いつかのブログでアメリカの大学の教授の給料は毎年のインフレ率よりも速く上昇していっているということを言いましたが、どうやらその傾向も変わりつつあるようです。


アメリカ大学教授の団体である American Association of University Professors が毎年行っている教授の平均給料に関する調査の結果を先日発表しましたが、それによると、2年連続で教授の平均給料は、インフレーションを下回ったということです。


http://www.aaup.org/surveys/06z/zrep.htm


今回は時間がないのでこれくらいで・・・。次回はこれに関する自分の思うこと(もしあれば)を書こうと思います。


今日は簡単に、一つの記事を紹介します。


http://chronicle.com/free/v52/i27/27b04201.htm


この記事、インディアナ州の高等教育のトップの人が書いた記事で、現在のアメリカの教育の問題を教育政策の観点から的確に書いています。日本とはまた違った事情がある、ということがこの記事から読み取れると思います。


アメリカから日本へ高等教育のコンセプトを輸入する際、この辺の事情を知っておくとおかないとでは、全然違う結果を生み出すように思います。Contextを理解しておかないと、本質は見えてこないというのはよくあることですし・・・。


今日は簡単ですがこの辺で・・・。



先日、僕の組織と他の2つ組織で一緒に、Community College Finance Symposiumなるものを開催しました。全米から約40人、様々なバックグラウンドを持った人が集まり、これからのアメリカのCommunity Collegeについて議論をし合いました。議論の内容は多岐に渡り、様々な問題が提起され、活発に議論が交わされました。 アメリカのCommunity Collegeの今後の流れを考える上で、自分にとっても非常に参考になったシンポジウムでした。


Community College、問題は様々あるのですが、その中の問題の一つが、個人的にはDevelopmental Education(別名Remedial Education)だと思います。ようするに大学の教育についていくことが出来ない学生に、高校までの授業の復習をして、大学の授業についていけるようにする、ということです。日本の大学でもそういう動きが出てきたということをきいたことがあります。


アメリカにおいて、Developmental Educationは、ほとんどの大学で行われてきましたが、その数はコミュニティカレッジを除いて、近年徐々に減少してきています。ちなみにコミュニティカレッジでは99.5%がDevelopmental Education Program を持っています。


http://nces.ed.gov/programs/digest/d04/tables/dt04_310.asp


(このDevelopmental Educationですが、その言葉の持つ意味合いは、大学の種類によって変わります。例えば研究型の大学や、私立大学などでは、ある程度の学力を持った学生たちを相手にするわけですが、コミュニティカレッジでは、例えば、中学校レベルの数学がわからないとか、英語をまったく書いたり読んだりすることができないとか、そういうレベルです。大体40-50%のコミュニティカレッジに通う学生がDevelopmental Educationを必要としているといわれています。つまり、大学の種類によってカリキュラムの内容が変わります。)


ともあれこのDevelopmental Education、4年制の大学で減少しつつあるのはわかるのですが、コミュニティカレッジにおいても廃止すべきだという声が出始めています。その理由として、


「お金の無駄使い」


ということがあげられています。これは要するに、中高でやるべきことをやってないのに卒業させた高校の責任である、という見方です。なぜ高校でやったことを大学でもう一度やらなければならないのか、高校の卒業基準をもっと厳しくすればいい、という主張です。


もともとこういう考え方は昔からあったのですが、昔は財政に余裕があったので表面化しませんでした。しかし今はどこの州も財政難であり、いかにどこの部分を削減するかという考え方が主流ですので、その槍玉によくDevelopmental Educationがあげられます。実際、いくつかの州では、Developmental Educationへの支出をやめると言い出しているところもあります。


実際、コミュニティカレッジにおいて、Developmental Educationは機能していません。もちろん、Developmental Educationによって恩恵を受けている学生は数え切れないくらいいます。しかし、Developmental Educationでも助けられない学生が、それ以上いるのは動かしようのない事実です。3年でコミュニティカレッジを卒業する率は全国平均で30%であり、これは非常に問題なわけです。そうであるが故にDevelopmental Educationそのものに効果があるのか、という意見が多いわけです。



(卒業率)

http://www.higheredinfo.org/dbrowser/index.php?submeasure=24&year=2004&level=nation&mode=data&state=0


しかし、もちろんこれに対する意見もあるわけで、彼らが主張するのは、


「教師の給料が安すぎる」


つまりどういうことかというと、ようするにDevelopmental Educationに参加する学生というのは、何かしら問題を抱えている学生たちであり、普通の学生以上にサポートが必要である、という論理です。実際に教える人たちというのは、安い給料で雇われた非常勤講師、なんていう場合が少なからずあります。現在Developmental Educationが機能していないのは、優秀な人材が集まっていないからだ、もっとお金をかけて優秀な人材をDevelopmental Educationに集めなければだめだ、というわけです。


正直、今の州の財政状況を考えた時、Developmental Educationにこれ以上お金を投入するのは財政的にも、論理的にも現実的ではないように思います。しかし、その一方で、Developmental Educationを廃止するなんてことはとてもできません。結局は今の財政支出の水準を保ちつつ、高校と連携しながら各大学が解決策を探していく、つまり大学側からと高校側からの双方向からの努力が必要だと、個人的には思っています。


この日、月、火曜日にかけて、カンファレンスに参加してきました。カンファレンスの内容はHigher Educationにおける Data Warehouseに関するカンファレンスで、非常に勉強になりました。


Data Warehouseとは一言で言えば、Decision-makingに役立つデータベース、みたいな意味が一番近いと思うのですが、今、アメリカの、とくに日本でも名前が知られているような大学がこのData Warehouseをここ数年で持ち始めてきました。


これだけだと意味がつかみにくいかもしれないので、例を出しますと、


例えばあなたが入試課で働いているとします。入試が迫って来ている時期だとします。学長から次の質問が来ました。あなたは以下の質問のうち、どれだけ答えられますか?


1.今現在、大学全体として、どれだけ出願書が届いているか?学部別、学科別では?出身の県、高校別では?性別、年齢は?高校3年間の成績別では?複数の学部を出願している人は何人いるか?等々


2.1の質問に関連して、去年と比べて、今年は何か変化が見られているか?


3.1の質問に関連して、過去5年間で、今年は変化は見られているか?


4.過去5年間の同じ日と比較して、何か変化が見られているか?


5.1の質問に関連して、入試日まで30日間の出願状況の推移に関して、過去5年間で何か変化は見られるか?


さて、ここで問題となるのが、これらの疑問にどれだけ答えられるか、ではなく、どれだけ早く答えられるかがポイントです。


① 5つの問いに答えることが出来ない


もし、これらの質問に答えられない場合、その大学はアメリカではまずやっていけません。いわゆる論外の範疇に入ります。


② 5つの問いに答えるのに1週間かそれ以上かかる


この場合は、アメリカの大学でもあまりいけていない大学の部類になります。


③ 5つの問いに答えるのに1日ー2日かかる


この場合は、まあ普通の、そこそこの大学かなという感じです。


④ 5つの問いに対してすぐに答えられる


この場合は、Administrationが結構しっかりしている大学かな、という気がします。ちなみにコミュニティカレッジで働いていた時、毎朝これを首脳陣に報告するのが僕のオフィスの役割の一つでした。


アメリカの大学には大抵 Institutional Research という部署があります。この部署では、大学のデータを管理していて、大学に関するデータを調査します。だからアメリカだと、上記のような質問は入試課ではなく、Institutional Researchにいきます。アメリカのほとんどの大学はInstitutional Research を持っています。


それで、肝心のData Warehosueですが、これが何を意味するかというと、


⑤ 学長が質問をする必要がない


つまり、学長が上記の質問に対して、自分でインターネットでData warehouseにアクセスして、一瞬にしてすぐわかる、ということです。いわゆる業界用語でこのシステムをDashboardといいます。


つまりData Warehouseとは、ただのデータを集積したデータベースではなく、首脳陣が知りたいような最新の情報を瞬時に取得できることを目的にカスタマイズされたデータベースのことです。そしてData Warehouseのユーザーは、首脳陣に限る必要はありません。例えば、入試課で働く人たちも、入試関連の情報、例えば上記のような質問に対しても、Data Warehouseによって、瞬時に答えられる、なんてことも可能なわけです。


Data Warehouseの概念は、ビジネスの世界から来たものです。Business Inteligenceという言葉を聞いたことがあるかも知りませんが、それをHigher Educationが模倣しはじめたのが90年代の中ごろくらいからになります。


Data Warehouseは、確実に意思決定の速度を加速し、また学内における情報公開度が一気に高める可能性を秘めています。大学のアドミニストレーションの質が大学の質を決める、といいますが、今後は、いかに各大学が質の高いData Warehouseを持つかが、今後の大学界の展開の鍵を握っていくような気がします。そのためには、IT部門をアウトソーシングするのではなく、やはり大学内に強力なIT部門を持つ必要があるように個人的に思います。特に世界的な大学を目指すのであれば、IT部門を強化することは必須です。


アメリカの強い大学というのはこのIT部門が非常に強いと思います。例えば学生規模が約1万人のある私立大学には、IT部門だけで約500人のスタッフがいるとのことでした。もちろん、多ければいいというわけではないし、とにかくお金がかかるのがIT部門なので、難しい問題です。


ともあれ、Data Warehouse、奥が深そうです。まだまだ素人なので、沢山勉強することがありますが、今後の展開に目が離せません。





今日は一つ便利なホームページを紹介します。

アメリカの大学の各大学の卒業率がわかります。


http://www.institutiondata.com


例えば、僕の在籍していたミネソタ大学は、4年間の平均卒業率が28%。5年で卒業する学生は48%。6年で卒業する学生は54%。ほぼ半分が6年たっても卒業できないわけです。


ちなみにハーバード大学は、それぞれ87%、96%、98%。やっぱりこういうエリート大学になると違いますが、こんなのは例外であり、これがアメリカだと思ってはいけません。


ともあれ、この卒業率の低さを説明するのに2つの見方があります。


①勉強についていくことが出来なくて(もしくはその他の理由で)、途中退学してしまう。

②他の大学へTransferしてしまう。


日本とアメリカの大学の圧倒的な違いの一つに、今2番目の理由としてあげた、学生の流動性があげられます。とくにPublicの大学、さらに言えばCommunityCollegeではその流動性は半端ではありません。僕の働いていたコミュニティカレッジでは約半分の学生が学期ごとに入れ替わっていました。


だから大学としては、いかに自分の大学の学生を引き止めるかに血眼になります。これを業界用語でRetentionというのですが、このRetention Rateをなんとかして引き上げようと、大学は様々な手を尽くすわけです。もっとも、本当に各大学ができることをやっているのか、というとそれは疑問です。様々な案は出ても、結局何も変わってない、なんてことはよくある話です。


ともあれ、いくら日本で大学間での競争が激しくなってきているといっても、それは入学者数、受験者数の確保という入り口のみでの競争であり、その後の競争はありません。アメリカは、それに加えて卒業するまでの数年間、他大学と競争するわけですから、日本の大学競争もまだまだ平和なものだといえます。日本の大学競争も、Transferの文化が根付いたら、本格的な競争になると思います。もっとも、大学の差別化が未だに大学のネームバリューによるという現状では、学生がTransferする理由もないとは思いますが・・・。




日本ではWBCがすさまじく盛り上がっていたようですが、アメリカではなんといっても大学バスケがWBC以上に盛り上がっていました。実際のところWBCはアメリカではそこまで国民の関心をひいてませんでした。アメリカが途中で敗退したということもその理由だとは思いますが、アメリカという国は、オリンピックをはじめとして国際的なイベントにはあまり興味がないようです。 この国では、アメリカで一番になることの方が、世界一になることよりも重要なようですね。


ところで、先日、僕の職場であるリポートを発表しました。


http://www.sheeo.org/finance/shef_sv06.pdf

(一応Principal Contributor として僕の名前も載っています。)


http://www.cnn.com/2006/EDUCATION/03/22/colleges.funding.ap/index.html

(CNNがこのリポートを取り上げています)


アメリカ50州の大学教育への財政支出に関するリポートで、1980年から過去25年に渡ってどのように各州が大学教育をサポートしてきたかを書いています。


簡単に内容を説明すると、州の大学教育への一人当たりの学生に対する支出は、2005年度に、過去25年で最低水準を記録しました。しかし、全体の支出額を見ると、インフレを考慮しなければ、2005年に最高水準を記録しているわけです。


これは何を意味しているかというと、


①政府の支出がインフレーションに追いついていない

②政府の支出が学生数の増加に追いついていない


ということになります。


アメリカ経済は2001年に約10年ぶりに景気不況に落ち込みました。

アメリカの社会的特徴として、経済が不景気になると、学生数が増える、という傾向があります。一般的には、不景気で仕事を失った人たちが大学へ戻る、と考えられています。また、経済が停滞しているので、政府も支出を簡単には増やせません。一方で学生数は増えるわけだから、当然のことながら、政府の一人当たりの支出は減るわけです。80年代初頭、90年代初頭にも同じような現象が起こっています。(詳しくはリポート中のFigure2を参照)


以上、簡単な内容の紹介ですが、このリポートは、正確な数字を伝えることをその最大目的としています。この数字がどう解釈されるかどうかは、自分たちの守備範囲外のところであり、政治家や官僚に委ねています。


このリポートの根底の理念としてあるのは、正確な情報なくして、健全な政策議論は起こりえない、という理念です。正確な情報だけでは十分条件にはなりえませんが、必要条件であるということは間違いありません。このリポートを通して、健全な議論が行われるようになればいい、そう思います。


そういえば、ちょっと前の話ですが、ハーバード大学の学長が辞任を発表しました。

歴代のハーバードの学長は10-20年、もしくはそれ以上勤めるのが一般的だそうですが、今回の学長はわずか5年。辞任に追い込まれたという方が正しい見方だと思います。


そもそも辞任のきっかけとなったのは、それから一年位前に彼が、ある学会で述べた発言が男女差別だ、ということでした。理数系に女性が少ないのは、遺伝的な理由があるかもしれない、といったような内容でした。彼は、歯に衣を着せない発言をすることで有名だったそうであり、あの問題とされる発言も、議論を盛り上げるためにあえて仮説として発言したことがそもそもの理由だったそうですが、その発言が切り取られて一人歩きしてしまった感がしないでもありません。


http://chronicle.com/weekly/v51/i21/21a01201.htm


しかし、今回の事件のポイントは、問題発言の是非よりも、教授会の圧力がサマー学長を辞任に追い込んだという事実ではないでしょうか。


ハーバードは、一般的に教授の力が圧倒的に強いということでも有名な大学です。

学長をトップとした完全中央集権型のモデルがあるとすれば、ハーバードは全くその反対側に位置する組織という感じです。つまり一人一人の教授の独立性が強く、その中で組織としての調和が保たれる組織である、ということを僕の上司が述べていたことを覚えています。実際に調和が取れているかどうかはしりませんが。


ともあれ、サマー学長は、このように一癖も二癖もあるハーバードの教授陣と、就任当初から折り合いが悪かったそうです。要するに、サマー学長の運営の仕方が、教授陣たちの中で反感を生み、そして去年の1月の発言が、教授の中にたまっていた不満を噴出した、という見方が現実に近いようです。


http://chronicle.com/weekly/v52/i26/26a01001.htm


昔、大学院の授業で組織論の授業を履修したことがありましたが、組織改革の要諦として4つの要素を考慮しなければならない、といっていたことを覚えています。


1.組織構造

2.人事

3.組織内のPolitics

4.組織の文化


この中で最も大事かつ効果的なのは4番目の改革であり、一番失敗しやすくかつ危険が伴うのが1番目の改革である、ということでした。


各大学、組織には、それぞれの文化があります。

ハーバードの教授の力も一つの文化です。

実際、教授会における学長の不信任投票が、辞任の理由の一つとなっていますが、

この不信任投票自体に拘束力はありません。

まさに、サマー学長は、この文化の壁に敗れた、と、僕は思います。

今回の事件は、大学における組織改革のケーススタディとして非常に興味深いと思うのですが、

だれかケーススタディとしてまとめてくれないかなー、なんて思った今日この頃でした。




仕事の性質上、数字とにらめっこする日々が続いていますが、今日はそれに関する話を一つ。


アメリカの大学は、連邦政府から奨学金をもらっているところは、つまりほとんどの大学なのですが、その代わりに、大学に関するデータを提出することが定められています。前にも少し紹介したことがありますが、そのデータベースをIntegrated Postsecondary Education Data Systems (通称 IPEDS)といいます。


ホームページはこちら http://nces.ed.gov/ipeds/


このホームページにいけば、1980年から2005年まで、ほとんど全ての大学のデータ、例えば、在籍者数、大学の財政、教授の給料、教授の人数(ランク別)、など様々なデータを得ることが出来ます。そしてこれは、サンプルではないので、かなり正確なデータを得ることが出来ます。現在存在する、もっとも信用できるデータベースの一つであるIPEDSは、教育政策をテーマにした論文の多くは、IPEDSからデータをひっぱてきています。誰でもIPEDSからデータを得ることが出来ます。


一見このようにとても便利に見えるIPEDSですが、しかしこのIPEDSにも弱点があります。

それはデータの一貫性がないということです。


連邦政府は毎年といっていいくらい、要求するデータを増やし、そして今まで集めていたデータを集めなくなったりもします。また、同じようなデータであったとしても、そのデータの定義するところが微妙に違っていたりします。これは何を意味するかというと、過去との比較が出来ない、ということです。


例えば、最近の例を挙げると、私立大学は1997年から、そして州立大学は2002年から、大学の消費収支計算方法が変わりました。これによってIPEDSでは、現在の収支状況と過去の収支状況を比べることが出来ないわけです。また、私立と州立の横の比較も単純にはできなくなりました。


話がややこしくなりましたが、要するに何が言いたいのかというと、「データはあればあるほどいい」という考えは必ずしもいいとはいえない、ということです。IPEDSは年々肥大化し、これからさらに細かいデータを要求するようですが、果たしてそこにどこまで意味があるのか、疑問が残ります。


データというのは、それだけでは何の意味ももちません。

そのデータに意味を与えるのは、それを分析する人であり、使う人です。

そうなった時、「データ」は初めて「情報」となるわけです。

したがって、データを集める上で、単純にできるだけ集めればいい、というのはよくありません。

逆にのちのち処理に困るようになり、逆に時間とお金の無駄になります。


データベースを構築する際、しっかりとストラテジーをたてて、長期的視野にたって、使いやすいデータベースを考えていくことが重要になってくるわけです。






最近ずっと更新ができないで、ご無沙汰してしまいました。

いつも見に来てくれる方、すいません。


先日、職場にアイルランドでいういわゆる文部省で働いている人たちが訪問してきました。

アイルランドは過去十年間でかなりのスピードで経済成長を遂げている国なのだそうです。

GDPもここ最近は二桁の伸びを続けているとのことで、話を聞いていて興味深かったです。


さて、ここで問題です。


アイルランドの代表団の人たちが、経済成長の大きな理由として挙げていたものはなんでしょうか?




(答えは一つではないのですが、ちょっと考えてみてください。)






というわけで答えですが、彼らが経済発展の理由の一つとして挙げていたもの、それは「英語がしゃべれる」、ということでした。例えば、英語がしゃべれるから外国、特にアメリカやイギリスなどから企業が入ってきやすい、ということをその利点としてあげていました。


その国にはそれぞれの事情があり、また私も経済のエキスパートでもないので、アイルランドについてあれこれ語ることはできません。しかし、彼らの話を聞く中で、英語が出来るというのが、いかに今の時代重要かということを強く感じました。


とくに感じたことは、英語が出来るということはもはやアドバンテージにすらならない、ということでしょうか。それくらい英語でのコミュニケーションが当たり前になってきているように思います。


随分前の話になりますが、昔日本のある研究者の方たちが僕のかつての職場を訪れたことがあります。通訳を介しての会議で約2時間くらいの長さでしたが、正直なところ、決して議論とよべるものではありませんでした。一回一回会話が途切れるから、お互い疲れてくるわけです。他の人は知りませんが、僕にとっては疲労感だけが残った会議でした。


ところが今回のアイルランドの人たちはもちろん普通に英語で会話をするわけですが、話がどんどん盛り上がっていくわけです。この会話のダイナミズムというものは、日本人の研究者の方たちの時には存在しませんでした。日本はこのようにして、欧米社会から取り残されているのか、ということを実感した時でした。


欧米の世界に対する影響力の強さは今更自分が述べるまでもなく、これを無視していくことは出来ないわけです。そして残念なのが、日本はその影響を受ける側であって、与える側ではないということですね。ようするにアジェンダを作る側ではなく、アジェンダに巻き込まれる側、なわけです。そしてその大きな理由として、英語ができない、ということが挙げられることは間違いないと思います。


そういう状況を打破すべく、次世代の指導者を育てていくのが大学をはじめとする教育機関の役割ですが、今の日本の大学で、そこまで競争力のある若者を育てている大学が果たしてあるのでしょうか。そうなりたいという若者は沢山いると思いますが、そういう人たちは海外、とくにアメリカ、イギリスに流出していくわけです。いわゆる頭脳流出が起こるわけです。


どのような英語教育を行っているか、ということは日本の大学において今後ますます重要になってくるように思います。今までの常識を覆すような、革命的な英語教育みたいなものを行う大学が出てきて欲しい、なんてことを感じた今日この頃でした。




今日はある野球チームの話をしたいと思います。


ある野球チームがあります。このチームは、長い間低迷し続けてしまっています。あまりにもこの低迷時代が続いてしまっているため、選手たちも負けになれてしまっています。とくにこの傾向はベテランの選手に多く見られる傾向です。若手も始めは燃えているのですが、知らず知らずのうちにこの負けの文化に毒されていきます。


なんでこのチームが勝てないのか、それには理由があります。それは、このチームでは、若手はまずレギュラーになれない、という不文律のルールがあります。長い間このチームに在籍している人がその力や実績に関わらず優先的にレギュラーに選ばれる仕組みになっているわけです。


また、このチームでは、実績に関係なく数年に一回必ずコンバートをすることが決められています。セカンドで経験を積んで、いよいよこれから、というときにライトに回された、なんてことはよくある話です。


このチームのピッチャーは、やはりタレントはそろっていませんが、中にはいい球を投げるピッチャーがいますが、それでもチーム力自体が弱いために、結局勝てません。「他のもっと強いチームに行けばもっと勝てるいいピッチャーなのに」というのは、解説者が口を揃えて言う言葉です。


そしてこのチーム、絶対に選手を首にしないし、トレードもありません。選手からすればなんていい球団なんだということになりますが、その結果年々全く活躍しないお金のかかるベテランが増えてきて、実は球団は困ってます。もちろん、FAを使って外のチームにいけるだけの選手もいません。


たまにこのチームは、他の強いチームから選手を引っ張ってくることもあるのですが、このほかから来た選手たちは、チームのレベルの低さにあきれてしまっています。そのうち半分がやめてもといたチームに戻り、残りの多くは、そのチームの環境になれてしまい、残りのごく少数が、チームを何とかしようと奮闘しています。


当然監督もこのチームにはいますが、この監督は、やはり昔からこのチームに在籍している人のため、やはり負け体質が監督にも染み付いてしまっています。またこの監督は選手全てとコミュニケーションは取りません。監督が大体話すのは、あってもベテランの選手たちで、チームの方針も監督とその取り巻きだけで決まってしまうことがほとんどです。


またこの監督、ビジョンというものがなく、毎年優勝を目標には掲げるけども、監督自身がそんなこと出来るとは思っていません。当然、選手たちも、口だけのスローガン、と割り切っています。毎年同じようなことが繰り返されてます。


もちろん、こういうチームに危機感を抱く人は幾人かいます。

大体若手の人であったり、たまにいる、他のチームから来た人たちなどです。

彼らは、このままではチームはいけない、ということで、人知れず努力をしています。

他のチームの若手の選手と交流をしたりするなどして、情報を交換するなどして、チームを何とか強くしようと努力しています。


さて、ここで問題です。



「このチームを強くするためにしなければならないことはなんでしょうか?」



①FAをすることによって選手の補強をする

②監督、コーチ陣を一新して、力のある首脳陣を集める

③優秀な新人を集めて育て上げる

④意識ある選手たちに改革を期待する



人によると思いますが、一番効果的なのは、①と②でしょう。とくに②が重要になってきます。最近の例では、弱小阪神があそこまで強くなったのは、監督のおかげ、というのはいまさら僕が強調することでもありません。③はチームが変わるまでの影響力は持てず、おそらくその新人も芽が伸びない確立が高いでしょう。④はほとんど奇跡のような話です。


野球の話が長くなりましたが、このチームの話、日本の大学に対して僕が持っているイメージです。ピッチャーは教授であり、他のポジションは職員です。監督は学長で、コーチ陣は副学長陣などになります。


組織はトップが替わらなければ、絶対に変わりません。ならばトップにいない自分たちがしなければならないことは何か?それは、最高の監督が来た時に、クビにされないで使ってもらえる自分であるように今のうちからしっかりと努力をしておく、ということではないでしょうか。