最近ずっと更新ができないで、ご無沙汰してしまいました。

いつも見に来てくれる方、すいません。


先日、職場にアイルランドでいういわゆる文部省で働いている人たちが訪問してきました。

アイルランドは過去十年間でかなりのスピードで経済成長を遂げている国なのだそうです。

GDPもここ最近は二桁の伸びを続けているとのことで、話を聞いていて興味深かったです。


さて、ここで問題です。


アイルランドの代表団の人たちが、経済成長の大きな理由として挙げていたものはなんでしょうか?




(答えは一つではないのですが、ちょっと考えてみてください。)






というわけで答えですが、彼らが経済発展の理由の一つとして挙げていたもの、それは「英語がしゃべれる」、ということでした。例えば、英語がしゃべれるから外国、特にアメリカやイギリスなどから企業が入ってきやすい、ということをその利点としてあげていました。


その国にはそれぞれの事情があり、また私も経済のエキスパートでもないので、アイルランドについてあれこれ語ることはできません。しかし、彼らの話を聞く中で、英語が出来るというのが、いかに今の時代重要かということを強く感じました。


とくに感じたことは、英語が出来るということはもはやアドバンテージにすらならない、ということでしょうか。それくらい英語でのコミュニケーションが当たり前になってきているように思います。


随分前の話になりますが、昔日本のある研究者の方たちが僕のかつての職場を訪れたことがあります。通訳を介しての会議で約2時間くらいの長さでしたが、正直なところ、決して議論とよべるものではありませんでした。一回一回会話が途切れるから、お互い疲れてくるわけです。他の人は知りませんが、僕にとっては疲労感だけが残った会議でした。


ところが今回のアイルランドの人たちはもちろん普通に英語で会話をするわけですが、話がどんどん盛り上がっていくわけです。この会話のダイナミズムというものは、日本人の研究者の方たちの時には存在しませんでした。日本はこのようにして、欧米社会から取り残されているのか、ということを実感した時でした。


欧米の世界に対する影響力の強さは今更自分が述べるまでもなく、これを無視していくことは出来ないわけです。そして残念なのが、日本はその影響を受ける側であって、与える側ではないということですね。ようするにアジェンダを作る側ではなく、アジェンダに巻き込まれる側、なわけです。そしてその大きな理由として、英語ができない、ということが挙げられることは間違いないと思います。


そういう状況を打破すべく、次世代の指導者を育てていくのが大学をはじめとする教育機関の役割ですが、今の日本の大学で、そこまで競争力のある若者を育てている大学が果たしてあるのでしょうか。そうなりたいという若者は沢山いると思いますが、そういう人たちは海外、とくにアメリカ、イギリスに流出していくわけです。いわゆる頭脳流出が起こるわけです。


どのような英語教育を行っているか、ということは日本の大学において今後ますます重要になってくるように思います。今までの常識を覆すような、革命的な英語教育みたいなものを行う大学が出てきて欲しい、なんてことを感じた今日この頃でした。