アメリカ大学界全体の最近の流れとして目立ってきているのが、いかに州立大学のパフォーマンスを向上させるか、ということではないかなと思います。毎年税収から巨大な額が大学に投入されているわけですが、その「コスト」に見合った結果を大学は出しているのかどうか、というのが州の政治家達にとっては大きな関心ごとであるわけです。


しかし、当然ながら大学のパフォーマンスを測定すると一言に言うけれど、これは簡単なことではないですよね。


大学と言うのは教育・研究・社会貢献といった、多数の異なる目的を抱えた組織であり、またその一つ一つの目的も、企業でいう利益のように単純に数値化できるものでもありません。


しかし、数値化できませんからといってそれであきらめないのが、アメリカのたくましさであり、底力なのかなと思います。


(この「数値化」に関して、興味深いブログがあります。http://ameblo.jp/terada1963/entry-10058300716.html


2000年、インディアナ大学の教授に率いられたプロジェクトチームが、National Survey of Student Engagement (NSSE) というアンケート調査を開始しました。


http://nsse.iub.edu/index.cfm


このアンケートは、大学1年生と4年生を対象に、学生がどのように大学生活に関わっているのか、また逆に大学は学生にどれくらい積極的に関わっているのか、そしてそもそも学生は自身の学生生活に満足しているのか、ということを調査します。


それまでは各大学ごとに、このような調査は独自に行われていましたが、その結果を大学間で比較することはできませんでした。


故にこのアンケートの一番の特徴は、共通のメソッドで、調査を行うことによって、今まで大学間で比較不可能と思われていた大学教育の質というものを比較するメソッドを作り上げたことにあります。


もちろんこのアンケートに参加するのはただではありません。大学の規模の応じた価格設定がなされており、一番大きい大学になると年間約80万円かかります。


http://nsse.iub.edu/html/pricing.cfm


しかしそれでも、現在は681の4年制大学が参加しているという事実(初年度は276の大学が参加)からも、大学関係者の興味の高さを物語っています。


また2001年には、4年制大学だけでなく、2年制のコミュニティカレッジを対象にした、Community College Survey of Student Engagement (CCSSE)が、テキサス大学のプロジェクトチームによって作り上げられました。


http://www.ccsse.org/


ちなみに自分の州では、3年に一度、州がその参加費用を負担し、全ての州立の大学が、NSSEとCCSSEに参加することを義務つけました。そうすることによって各大学が州平均、全国平均と比べてどのような状況にあるのかを知ることがその目的です。大体州としては年間1000万円かかりますが、その額で州として年間1000億円投入している大学の教育に関する情報が手に入るわけですから、決して高い買い物ではないと思います。


今の自分の一つの仕事は、このNSSEとCCSSEのデータを分析することですが、非常に興味深いデータが満載であり、それによって多くのリポートを発表することができそうです。


このNSSEとCCSSE,一番アメリカらしいなと思うところは、どちらも連邦・州政府が主導して始まったプロジェクトではないということです。大学の教授と、そして、NPOで働く人たちが集まり、そして財団から資金援助を得て自分たちで独自に始め、政府は一切関わっていません。しかしそのデータは政府関係者にとって非常に役に立つ情報を提供してくれています。


日本もどこかの大学でNSSEのようなものを作ってくれる人はいないのかなとよく思います。そしてそこからNSSE、CCSSEと提携しながら日米比較も可能にするようなものも理論的には可能です。教育の質に関する興味は日本でも非常に高いはずですし、その有用性、今後の教育政策への影響力を考えれば、COEとかに提出すれば通るような立派な研究拠点となるような気がします。


と思ったら、COEって、毎年公募を行っているわけではないんでしょうか。なんかCOEのこと良く知らなかったのですが、教育学としての拠点の公募はもう終わっているようです・・・。しかもどちらかというと研究拠点というよりは、大学院研究に重点を置いているような感もしますし、でも心理学と、教育学と、公共政策をあわせた新領域としていけるのでしょうか????


http://www.jsps.go.jp/j-globalcoe/01_gaiyo_koubo.html


まあCOEだけが財源とも限りませんし、ともあれ、誰かやってみたいと思っている方いませんか?興味ある人、連絡下さい。NSSE、CCSSEに関する情報をもっと提供すること可能です。


なんか一部で最近行方不明説があがっているようですが、とりあえず生きています。 得意げ


仕事が変わって1ヶ月ですが、覚えなければいけないことが沢山あって、なんかあっという間に一日が過ぎていっているような感がします。 仕事のペースも全然こっちの方が早いし・・・。とりあえずやるべきことが多すぎる。前の仕事は気楽だったなぁ。


政府ってもっとゆっくりしてるのかと思いきや、全然そんなことないんですね。政府関係者からの依頼には、そんなのどうやって答えればいいのかわからんって言うやつでも、すぐに答えを要求されます。そんなのが多いから、関係者以外からの要望はどうしても後回しになってしまい、外から見れば政府というのはいつも対応が遅い、なんて言われるんだろうなぁと思います。日本でも公務員が同じような形で叩かれているような気がしますが、ちょっと可哀そうなような気もします。


と思って日米両国の公務員の数を調べてみたら、日本は中央政府が約100万人、地方政府が300万人、計400万人。アメリカは連邦政府で270万人、地方政府で160万人てことだそうで、合計430万人。日本の人口は1億2千万人なので、公務員一人当たり抱える国民30人に対して、アメリカは人口3億人だから、公務員一人当たり大体70人くらい。


行政のシステムがそもそも違うので単純比較はできませんが、やっぱ公務員の仕事の効率が日本は悪いってことなんでしょうか?それとも行政システムそれ自体が非効率なのか?


日本はアメリカ以上に中央政府の権限が強いにも関わらず、全体の公務員が中央政府の公務員によって占められる割合がアメリカに比べてかなり低いです(日本-約25%、アメリカ-約60%)。その辺の理由はよくわかりませんが、素人の直感としては、日本は地方と中央のバランスが悪いような気がします。


すくなくとも自分の職場は多忙です。規制もやたら多いし。


それでも日本の企業に比べたら楽なんだろうなぁ。

というわけで今日は前回からの続きですが、本来大学にいけないはずの人の為にあるのが奨学金であるべきなのに、奨学金がなくても大学にいける学生達に財政援助をしているLottery Scholrashipというのは本末転倒ではないか、という意見があります。それはもっともなのですが、しかしそれはLottery Scholarship自体が他の奨学金とは異なるタイプの奨学金だということを理解する必要があります。


Lottery Scholarshipを導入している州はいくつかありますが、それらの州の特徴として、州の経済レベルが全国的に低いと言うことが挙げられます。


それでは、その経済を発展させるにはどうすればいいのか、ということですが、一つの単純な回答として、一人当たりの平均収入を増やすということです。そうすることによって、税収が増え、州の財政規模が大きくなり、州がより多くのことができるようになります。


そのためには、


①より沢山の企業を誘致し、雇用を増やす

②「優秀な人」を州内に引き止める


この二つは、どちらが先に来るのかと言う順序をつけることはできません。しかし、経済発展のためには両方欠かせません。


それでは、何をもって「優秀な人」と定義するのかですが、教育政策の上では、一つの見方として、それは「教育された人」ということになります。すなわち、大学を出たかどうか、つまり、大学の学位を持つ人、そして学力のある人、を意味します。


この根底にあるのは、Human Capital の論理であり、学力が高い人ほど労働生産性は高いと言う見方です。そして労働生産性の高い労働者が多ければ多いほど、その地域の経済は発展する、という理屈です。この論理の元では、教育は経済政策の一角として、経済発展の方程式に組み込まれています。


当然、一見、人間を機械のように扱うこの見方は、反発も多いですが、これはアメリカの教育政策の根幹に流れる思想と言っても過言ではないように思います。物事の解決方法よりも、解決できるかどうかに焦点を置く、アメリカ人らしい発想と言え、日本ではあまり受け入られがたい発想のような気がします。アメリカにおいては経済発展が政策の至上命題である限りは、この流れは変わらないでしょう。


話がそれましたが、その優秀な人=学力のある人を、州内に引きとめる為に作られたのがLottery Scholarshipであるわけです。すなわち、奨学金と言う報酬を渡すことによって、人材を州内に確保する、別の見方から言えば、州が人材を買って投資している、それがLottery Scholarshipの論理になります。


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政策研究の世界に入って数年発ちましたが、今一つ思うのは、全ての問題を一度に解決できる特効薬のような政策なんてありえない、ということです。一つの問題を解決すると言うことは、すなわち、それは別の問題を放置すると言うことであり、別の問題を作り出すわけです。


従って、何が大事になってくるかと言うと、様々な政策を同時進行で行うこと、例えば、うちの州で言えば、Lottery Scholarhsipだけが州の奨学金ではないわけで、他にも貧困階級から来る学生をターゲットにした奨学金プログラムもあります。それぞれターゲットにしている学生は異なり、どちらも必要な政策と言えます。


しかし人というのは、物事を単純にしたがる傾向があり、他より目立つLottery Scholarshipだけを取り上げて、それだけを単独で議論しがちですが、大事なのは総合的に奨学金プログラムを議論することのように思います。


全体像を見失った政策論議ほど危険なものはない、そう思う今日この頃です。


これをいうとどこの州で働いているかが、わかる人にはわかってしまいますが、私の州は、数年ほど前に、ある奨学金プログラムを作りました。


その奨学金には、いくつか特筆すべき点があるのですが、まず1つめ特徴としては、税金が財源ではないということです。多くの州は、公営の宝くじを持っているのですが、自分の州は、その収益をこの奨学金プログラムに回しています。一般的にLottery Scholarshipとして知られている奨学金プログラムです。


そして2つめの特徴として、この奨学金は給与であり、学生は返還の必要性はありません。日本ではローンが奨学金の別名みたいになっていますが、個人的にはローンと奨学金は違うと思うんですよね。ローンはある意味学費の後払いですから、Scholarshipではなく、Deferred Paymentの部類に入ると個人的には思います。


話がそれましたが、そして、3つめに、奨学金の給付条件として、州内の高校を卒業し、高校卒業時のGPAが3.0であること、もしくは、ACTのスコアが21以上であること、そして高校を卒業してから15ヶ月以内に州内の大学に入学することとなっているのですが、それをクリアすれば、無条件で奨学金が給与されます。4年制の大学ならば約4000ドル、コミュニティカレッジならば約2000ドルが、年間で支給されます。ただし、大学のGPAが2.75を切ると、その奨学金資格は剥奪されます。


なぜこの話をしているかというと、先日、議会で教育関連の委員会がありました。その時の一つの議論が、この奨学金プログラムは、本来の目的を果たしているのかどうか、という内容だったわけです。それに関して自分の上司が答弁をしなければならなかったので、その答弁の準備にここ数日間取り組んでいました。


自分は委員会には傍聴者として参加したのですが、政治家=政策決定者の考え方を知る上で非常に勉強になりました。委員会に入っている議員と言うのは、大学教育政策の素人が大半です。従って、聞いてくる質問も単純なものが多かったのですが、しかし、素人だからこそできる大胆な、しかしよく考えれば的を得た質問がたまに飛んできて、それは非常に考えさせられました。


最も、自分達もそういう質問を予測して答弁を作成するわけですが、今回は以下の質問を想定していました。


①Lottery Scholarship以降、大学に通う学生数は増えたのか?


回答: 州全体として学生数は特に増えていないが、より多くの割合の学生が4年制大学に通うようになるなど、学生の進学パターンに変化が見られた。


②Lottery Scholarshipによって、学力のある学生をより多く州内に引き止めることができたか?


回答: 州の旗艦大学には、州内からより学力のある学生が来るようになった。一方で州の外に出て行く学生数は多少減少した。他の大学は変化なし。


③Lottery Scholarshipによって、学生数が増えた結果、大学のキャパシティは今後大丈夫か?


回答:今後10年間は大丈夫と思われる。


簡単に言うとこんな感じなのですが、それ以外にある議員からはこんな質問が飛んできました。


Lottery Scholarshipをもらうことができる学生と言うのは、大体金持ちの家族で育った学生が多いのであり、彼らは別に奨学金がなくても大学に通うことができる。本当に奨学金が必要なのは、貧しい家庭から来る学生であるはずなのに、この奨学金はそういう人たちを助けないで、もともと助ける必要がない人に向けられている。それに関してどう思うか?


確かに、この議員の言っていることはもっともです。Lottery Scholarshipについての議論の際、いつもこの類のコメントが必ずでてきます。実際、うちの州においては、約4分の1のLottery Scholarshipの受給者が年収1000万円以上の家庭から来ています。


しかし、Lottery Scholarshipというものは、多少他の奨学金プログラムと異なるタイプの奨学金であると言うことを理解する必要があります。


ちょっと長くなってきたので、続きはまた今度に・・・。

先日、ニューイングランド地域の大学で働く、Institutional Researcher(以下IR)のカンファレンスに参加してきました。前の職場にいたときに提出したProposalが通っていたので、そのプレゼンをするためです。


プレゼンはまあまあうまくいったと思いますが、州レベルの財政政策の話がテーマなので、なんか自分のセッションは参加者が少なかったかなぁと思いました。


IRのカンファレンスに参加するたびに思うのは、ほとんどのセッションが研究手法に関するテーマばかりで、政策論議(大学レベルも含めて)の場所がほとんどないということです。IRこそ、大きな視点で大学というものを観察する視野が必要だと思うのですが、しょうがないのかもしれません。


ところで、このカンファレンスのメインゲストとして、ペンシルバニア大学の、ロバート・ゼムスキー教授が来てました。Spelling Commission(日本で言う教育再生会議みたいなもの)の一員でもあった教授が、アメリカ高等教育の現在と未来に関する話をしたのですが、非常に良い話が聞けたと思います。なんか前日まで日本に滞在していたようで、教育再生会議かなんかに参加していたのでしょうか?


特に印象に残ったのは、なぜSpelling Commissionが失敗に終わったのか、ということに関する彼の意見でした。


(Spelling Commissionは昨年、いくつもの会議を経て、2006年9月にアメリカの高等教育の今後のグランドデザイン的な報告書を発表しました。)


教授は、報告書はいいことを言ってはいるけれども、誰が何をすべきかというところまで踏み込んでいないという問題点を指摘し、「だから報告書が発表された後も、何も変わらなかった」と結論付けました。


個人的には、初めて公式にSpelling Commissionが失敗だったという発言を、Commission Memberの口から聞いたということが印象に残りましたが、しかし、一方で、それが本当に失敗だったのか、ということに関してはあまり賛成できないように思います。


Spelling Commissionの一番の貢献は、世論をまとめた、ということにあるような気がします。すなわち、今まで様々な人たちが別々の場所で、高等教育の問題点を部分的に指摘しあっていたに過ぎなかったのが、このSpelling Commissionを通して一つの文書として公式見解としてまとめられたわけです。また、政府の役割という点にも言及し、政府がどこまで大学にかかわるべきか、という議論も行われ、これは政策議論をする上で非常に有効な文書だと思います。


(個人的には、日本の教育再生会議もいきなり問題点を議論しあうのではなく、政府の役割と大学の役割の明確な定義から始め、その役割の上で、政府は何をすべきかという議論を行う方がいいような気がします)


ゼムスキー教授も認めているように、Spelling Commissionの報告書の内容自体には、様々な専門家を巻き込んだだけあって、特に問題提起の部分は、非常に広範囲にわたってカバーされていて、そこまで問題はないと思います。従って、「Spelling Commission Reportでこう指摘されているように・・・・」という形で議論を整理することがある程度可能になったわけで、今後の政策議論のある程度の方向性を定めたというだけでも十分すぎる貢献なのではないのかという気がします。


一方で、もう一つ印象に残ったのが、教授の主張した、卒業生に対する学校満足度調査を国レベルで行うべきだと言う意見でした。


Spelling Commissionの報告書の中で、おそらく一番議論を呼んだのが、国レベルのStudent Unit Recordのデータベースを作るべきだと言う主張でした。今までは、各大学がIPEDSと言われる7種類に渡る調査書を毎年連邦政府に提出してきているのですが、その機関レベルのデータから、さらに踏み込んで学生一人一人の個人に関するデータを提出させるということです。これには私立大学を中心に猛烈な反対があり、現在のところは、まだどうなるか見通しが立っていないのが現状です。


この話を通して、ゼムスキー教授は、Unit Recordも大事だが、それよりも必要なのは、一人一人の学生が、自分達の受けた教育をどう評価しているのかということを政策立案に関わる人たちが知ることではないかと述べ、卒業生に対する学校満足度調査を全国レベルで行うべきだと主張していました。しかもUnit Recordを設立するより、ずっとコストがかからないし、より政策に役に立つと言う利点があるわけで、なるほなどと思いました。


データはあればあるほどいいというのではなく、使われなければ意味がないわけで、役に立つデータと役に立たないデータの分別をはっきりさせる必要がある、ということを改めて認識させてもらいました。


というわけで、こういった教授の話が聞けたので、総合的にはいいカンファレンスだったかなと思います。

というわけで、新しい仕事が昨日から始まりました。

朝8時出勤で、一日7.5時間労働というのは、前の仕事と変わらないのですが、前と違うのは服装がかなりフォーマルになったと言うこと。


最初に行わなければならないのが、様々な書類手続き。

やはり、前働いていた職場(NPO)と比べて、様々な規制(ルール?)が多いことを実感します。

前の職場は10人ほどの組織だったので、様々融通が利きましたが、政府ともなるとさすがにそうはいかないわけですね、当然ながら。


あとは、Director としての途中入省とはいえ、扱いは新人と同じです。

有給休暇も新卒一年目の扱いと一緒で、最初1年間くらいは、しっかりと積み上げていかなければいけないですね。その辺は、アメリカのカルチャーなのでしょうか、職員は横一線で平等に扱うという意識を感じます。有給だけでなく、基本的に、勤続年数が多ければ多いほど、職員は手厚い保護を受けるようです。もっとも6年目が最初の区切りで、はたして自分はそんなにはいるのだろうかと思いますが・・・。


とりあえずなんだかんだと違いはありますが、新しい経験を求めてやってきたので、文句を言わず、しっかり頑張って来たいと思います。

今日は、現在の職場の最後の日。


最後だということで、会社の費用持ちで、職場の皆でボールダーにあるレストランに行ってきました。


なんだかんだと今まで色々ありましたが、今の職場には、振り返ってみれば家族のように大事にして頂いた2年間でした。


いつか自分が、組織のトップになることがあるのなら、この会社のように社員を大事にできる組織にしたいものだと思います。


ところで、来月から働く某州政府ですが、な、な、なんと、毎日ネクタイを着用しなければならないということが今日わかりました。ガーン


日本ではそんなの当たり前だと怒られそうですが、アメリカでネクタイを着用しなければいけない仕事をしている人を実は自分は今までほとんど見たことなかったんです。他の州政府ではビジネスカジュアルでOKというところが多く、今まで所属していたいくつかの職場でもネクタイを要求するところではなかったのですが・・・。チョキ


まあ別に大騒ぎすることではないんだけども、アメリカでもネクタイをしなければならない仕事はあるんだ、ということを改めて知ったということで、今日はブログ更新してみました。


でも、毎週金曜日と、5月末から9月上旬までは、ネクタイをしないでもいいということですので、日本に比べればやはり楽なのかもしれません。



引継ぎでこっちは忙しいだけでなく、あと2日しかいないのに、仕事を振られました。


同僚が、ある州の教育の委員会に所属している議員の研修会にゲストスピーカーとして招かれて、それでプレゼンをするからその州に関するデータを集めてくれとのこと。


しかし、アメリカの大学は連邦政府に毎年沢山の機関データを提出しているものの、正直実際に使えるデータと言うのは本当に限られているような気がします。


データはただ集めればいいのではなく、データ用途の目的をしっかり確立した上で集めなければ、ただの時間とお金の無駄のような気がします。特に財政関連のデータは、なんとか改善できないものなのかと思う。財務諸表のデータをただ集めるだけでは、政策に役に立つ分析はあまり役に立たないです。


また、データの定義を途中で変えたり、新しいデータを集め始めたと思ったら、いつの間にかデータコレクションを行っていないものもあったりと、非常に使い勝手が悪い。


データと言うのは、Cross Sectionalと、Time Series両方の観点が必要であり、それができないデータがほとんどだから困る。


大は小を兼ねると言うのはあれは誤りですね。

ちょっと前のブログで、来月半ばから仕事変わります、と言いましたが、実はまだ同じ職場にいます。

外国人が政府で働くということで、ビザの手続きプラス州の官僚制度などが障害となって、今月いっぱいは今の職場にお世話になり、来月より仕事を開始することになりました。


一旦は今月上旬にやめることになっていた私ですが、それを引き伸ばして今月いっぱいまで働かせてくれる今の職場には本当に感謝です。


それで目下今は何を行っているかと言うと、題名にもありますが、引継ぎです。


よく去り際が大事と言いますが、引継ぎと言うのは、思いのほか難しいんだなと痛感しています。特に自分が一人で行ってきた仕事など、前々からしっかり引き継げるように準備していたつもりでしたが、いざ次担当する人に引き継ごうとすると、やはり様々困難が出てきています。次の仕事では、今回の経験を生かして、もっと引き継ぎということを意識して仕事をして行こうと思っています。



珍しく2日連続の更新。


タイトル変えました。


前は「大学事情」だったのですが、大学の内部でどうこうと言うより、仕事柄、政府と大学政策についての話の方がもともと多かったので、今回の仕事を変えるというのを口実に、タイトル変更します。


とりあえず、残り2週間、引越しだの、引きつきだので色々ありますが、頑張ります。