12人産んだ助産師HISAKOさん、発達障害といえば、LITALICOさんのまねブログ21回目。
なかでも林真紀さんから3回目の発掘です。
元記事では「発達障害の我が子が」教えてくれたことを、HISAKOさんは過去に長女さんが教えてくれたことにしています。
がんばりすぎて疲れたママを見て、
子どもの胸に罪悪感が生まれるということを
わたしは長女から教えてもらいました。
「がんばらんでええ」は、長女さんが導き出してくれたもの。HISAKOさんにとっては本当のこと。
だとしても、言語化し、気付かせてくれたのは林さんの体験に基く文章だと思います。
LITALICOさんまねされの記録。
・「できるようになる」には、ひたすら『時間』が必要です(発達障害)
・発達に遅れがある子どものママは、周囲にどう関わられたら嬉しいんだろう
・外でいい子。家で暴れる6歳児 ←林真紀さん
・子どもが発達障害なら、ママは仕事は無理なのか?
・発達障害 きょうだいとの関わり
・苦手なこと、嫌なことからは全力で逃げ回っていい(発達障害)
・大人の会話に割り込む3歳児 ←林真紀さん
・まねブログ ”強みにもなる発達障害(2)MARKはADHD”
2019-10-04
娘の提案「飲みに行ってはいかがでしょうか?」
元記事
LITALICO発達ナビ
林真紀さん
2017-06-15
青 元記事
頑張りすぎは本末転倒。倒れる母を見て、息子の胸に生まれた「罪悪感」
赤 12人産んだ助産師HISAKOさん
発達障害のある子どもを育てていると、親の側も知らず知らずのうちに小さな疲れが蓄積してしまうことがあります。
発達障害の子どもを育てていると
知らず知らずのうちに
小さな疲れが蓄積してしまうことがあります。
音や味覚などに敏感なために、気を遣わなければならない部分が多かったり、
彼らは、人の声、人の行動、発言などに
異常に敏感であるという特性を持っているため、
周囲が気を遣ってあげなければならない場面が多いです。
学習上のサポートが毎日のように必要だったりすることも少なくありません。
感覚過敏でストレスを感じやすく
集中力も続きにくいので
小学生になると学習上のサポートを毎日のように
してあげなければならないことも少なくありません。
常にそばにいる親は、無意識のうちに生活環境や学習環境を先読みし、
ママであるわたしは、無意識のうちに
生活環境や学習環境を先読みし、
発達障害の子どもが不本意な癇癪などを起こさなくて良いようにアンテナを張り巡らしているふしがあります。
彼女が不本意な癇癪を起こさなくていいように
ビンビンにアンテナを張り巡らせています。
もちろん、親の生活は発達障害の子どものケアが全てではありません。
ママのすべきことは
発達障害の子どものケアばかりではありません。
仕事をしている人もいるでしょうし、兄弟・姉妹のケア、そして地域社会での活動などにも常に心を砕いているはずです。
仕事もしている。
きょうだいたちのケアも必要。
夫とのコミュニケーションも必要。
家事もこなさなければならない。
同時進行でたくさんのことに
時間と心と体力を割いています。
そんな目まぐるしい日々の中で、私自信もたまに、夕方になると動けないほど疲れきってしまう日があります。
目まぐるしい日々の中で
たまにイライラすることもあるようで・・・
でも、現在小学校1年生の息子はそんな私を気にかけている様子は全くありませんでした。
(第7子)は
「休みなさいよ」のときにも、
ママを気にかけてくれる様子はありません。
倒れている私の横でゲームをしているし、どんなに私が辛くとも、決まった時間になると「お腹すいた!」と揺り起こしてくる子です。
ちょっとメンタル疲れてるらしいぞと
わたしが自覚している横で
平気で癇癪を起こしたり、
朝の忙しい時間にいきなり何かに怒り出して
部屋にこもってしまったり・・・
僕はママにいっぱい迷惑をかけているのかもしれない。」とずっと心配していたそうなのです。
自分がママにいっぱい迷惑をかけていると感じ、
息子は私が疲れて横になっていることで、自分自身の存在に罪悪感を感じ、自信を失っていたのでした。
自分自身の存在に罪悪感を感じ、
自信を失っていたのかもしれませんね。
しかし、自分がいることで周りを不幸にしていることには、僕たちは耐えられないのです。」
自分の存在がママの笑顔を奪っている
そのことに耐えられなかった、
と話してくれました。
東田さんのこの言葉を聞いたときは、「私は別に息子がいるからって自分が不幸だとは思っていない」と思い、それほどこの言葉の意味について深く考えることはありませんでした。
わたしは自分が不幸だなんて思っていない。
けれども息子にとって私が寝込んでいるそのことこそが、自分が誰かを不幸にしている出来事に他ならなかったのです。
彼女にとっては、その表情こそが
自分がママを不幸にしている出来事に
他ならなかったのです。
発達障害の子どもを育てていると、どうしたって疲れて動けなくなるようなこともあります。
ママの自由を奪う赤ちゃん時代。
イヤイヤ期の子ども。
発達障害の子ども。
思春期の反抗期の子ども。
長い子育て期間には
どうしたって疲れてしまうことが
幾度もあります。
どんなに息子に幸せになって欲しいと願ったところで、私が頑張り過ぎて倒れてばかりいたら、本末転倒。
どんなにママが
子どもに幸せになってほしいと願ったところで、
がんばりすぎたらダメなんですよね。
それに気付くことができた出来事でした。
がんばりすぎて疲れたママを見て、
子どもの胸に罪悪感が生まれるということを
わたしは長女から教えてもらいました。

