中国の場合
中国の場合、このような個人によって成された日記に関する傾向は、歴史の表面に現れてきた時点を比較するかぎり、前節で説明し たヨーロッパのそれに近いように感じられる。また曾沢もその論文で指摘されているように、時間的にも内容的にも日本の日記の直接の起源とはなり得ないもののようである。それでは日本の日記は、紙(それも中国から元号などとともに移入された暦)に漢字で記されながら中国のそれとは無関係に誕生し発達した文化なのであろうか。この点、曾沢が述べているように、中国で創出された起居注について説明する必要があろう。
「日記」という語自体
、「日記」という語自体は古い起源をもち、日本における日記とは用法がかなり異なり、様々な内容のものを含んでいるが、それでも実際に作品が残され始めるのは、「日記」の語が現れてから約千年以上たった宋代以後のようである。特に日次記としての日記で最も古いものは、宋代
の詩人黄庭堅
の『宜州家乗』で、彼の没年である崇寧4(1105)年正月元日から没する前の月である8月29日までの日記である。次いで元
の郭天錫日記で、至大元(1308)年8月27日から翌年10月30日までの日記である。以後明代では「日所歴夜必記之」と冒頭に記された馮夢禎の快雪堂日記、李日華の味水軒日記などがあり、これらはいずれも1年乃至10数年くらいの比較的短いものが多いが、清代になると、残存数も増加するとともに生涯にわたって記される大部のものも現れるようになる。