※阪神・淡路大震災を源とする物語(フィクション)です
尚、ピンクのポンポンの時計は、今も去年の夏の代々木体育館で止まったままなので、登場人物が過去の出来事を考える時、1年の時差が生じますので、ご了承下さい。
翌日、父は震災後、初めて会社へ向かった。スーツはなくなってしまったスーツケースに入っていたので、祖父母の家から持ち出した服で、父は出かけた。
母と妹は父を見送ったけれど、私は朝御飯も拒否し、ずっと横になっていた。
父を見送った母が、私に声を掛けた。
「パパ、行っちゃったわよ」
それでも、母に背中を向けたまま言った。
「一人でも東京、行きたい。こんなとこ、イヤや」
「そっか……」
母は黙ってしまったけれど、ずっと傍に座ってくれていた。
暫くして、妹が急に泣き出したので、振り向くと、見知らぬ中学生くらいの男の子と母親らしき女性が、すぐ傍に立っていたけれど、横になっていた私を間に、母親らしき女性が座り、促されて男の子も座った。
妹は母親にしがみついて泣いていた。
「あの、すみませんでした。甥っ子がお菓子をとったみたいで……」
「そうですか」
明らかに、母の顔が戸惑っていたせいか、女性が話を続けた。
「両親共に地震でケガして、今は私が世話してます。ここに他の親戚が避難しているかもしれへん思て、捜しに来た時、一人で放っておいた時に、お菓子、取ったみたいで…… この子が、昨日、お菓子、食べてたんで、どないしたん?って、訊いても、貰たとしか言わんから、ホンマのこと言い!言うて、怒ったら、やっとホンマのこと言いました。ほんま、ごめんなさい」
「はぁ……」
母が何か文句を言えるうな相手ではないことは、私にも分かった。
「ほら、『ごめんなさい』は?」
女性に促されて、男の子が面倒臭そうに言った。
「ごめん… なさ」
その時、体育館中に響き渡るようなビンタの音が聞こえた。
「ちゃんと、謝り! この、アホが!」
男の子が大声で泣き出し、女性が言った。
「ごめんなさい、この子の親の躾けが悪うて。今は何も返せるもんが無いけど、いつか余裕ができたらお詫びはしますから」
「……」
「すんません、ほな、今日はこれで、失礼します」
男の子は泣いたまま、女性に手を引っ張られて立ち上がり、そのまま体育館を出て行ったのだった。