※阪神・淡路大震災を源とする物語(フィクション)です
尚、ピンクのポンポンの時計は、今も去年の夏の代々木体育館で止まったままなので、登場人物が過去の出来事を考える時、1年の時差が生じますので、ご了承下さい。
母はずっと、布団の中で祖母の手を握っているようだった。少し、鼻をすするような音を立てた後、途切れ途切れに言葉を発した。
「お義母さん…… 東京から…… 嫁いできた私に…… よくして頂いて……、本当にありがとう…… ございました……」
言い終えると、母はそっと布団から両手を出して立ち上がった。入れ替わりで父が祖母の枕元に座った。そして、コートのポケットから隠すように物を出すと、両手を伸ばして布団の中へ入れた。
「向こうの体育館で、隣におるおばあちゃんから、お袋に渡して言われたもん、渡したからな。こんなもんしか持たせられへんけど、我慢してな。何も無いよりは、マシやで……」
「今日、昼から、家へ帰って、写真探してくるわ。家も、結局は壊されてしまうことになるやろし、ちゃんとした遺影くらいは作ったりたいしな」
そんな祖父の一言で、やっと父に渡し忘れていたフイルムのことを思い出した私が、言った。
「おじいちゃん、お正月の写真あるで。ママが火事やのに、フイルムを取りに、家へ戻ったんや」
「ほんまか?」
「うん」
そう言うと、私はジャンパーの右側のポケットのファスナーを開けて、フイルムケースを取り出した。
「ほんまや!」
父が興奮して、先に声を上げた。私は父にフイルムケースを差し出すと、父は受け取りながら言った。
「ありがとう、良かった」
久しぶりに、父の笑顔を見ることができた瞬間だった。
お正月に祖父母の家で撮った写真や初詣の時に撮った写真、父が同じ会社に勤務する人の結婚式に出席した時に撮った写真、そして震災前日に水族館へ出かけた時の写真や、同じ夜に家族で撮った写真も、そのフイルムの中に焼きつけられていた。