※阪神・淡路大震災を源とする物語(フィクション)です
尚、ピンクのポンポンの時計は、今も去年の夏の代々木体育館で止まったままなので、登場人物が過去の出来事を考える時、1年の時差が生じますので、ご了承下さい。
確かに、祖母の顔色はいつもと違っていたし、苦しそうな顔つきだった。でも、三日前に元気な姿を見た私には、信じられないことだった。
妹が私の隣に座り、私と同じように手を伸ばして祖母の頬に触れた。
「おばあちゃん、寒いんちゃあう? 顔、冷たいで」
祖父がポツリと言った。
「来てくれて、ありがとう。でも、死んだら、寒いも暑いも関係ないから、大丈夫や」
「そうなん?」
「そうや」
「おばあちゃんの元気な時の顔だけは、忘れんといてな」
「うん」
妹が返事をした後、ただ沈黙が流れた。
いつの間にか祖母の枕元に座った母が、布団の中へ両手を伸ばし、祖母の手を握っているようだった。
「お義母さん、東京から嫁いできた私によくして頂いて、ありがとうございました」
母は静かに涙を流していた。母が布団から両手を出して立ち上がると、入れ替わりで父が祖母の枕元に座った。そして、コートのポケットから隠すように物を出すと、両手を伸ばして布団の中へ入れた。
「向こうの体育館で、隣におるおばあちゃんから、お袋に渡して言われたもん、渡したからな。こんなもんしか持たせられへんけど、我慢してな。何も無いよりは、マシやで……」
「今日、昼から、家へ帰って、写真探してくるわ。家も、結局は壊されてしまうことになるやろしな」
祖父の一言で、やっと父に渡し忘れていたフイルムのことを思い出した私が、言った。
「おじいちゃん、お正月の写真あるで。ママが火事やのに、フイルムを取りに、家へ戻ったんや」
「ほんまか?」
「うん」
そう言うと、私はジンパーの右側のポケットのファスナーを開けて、フイルムケースを取り出した。
「ほんまや!」
父が興奮して、先に声を上げた。私は父にフイルムケースを差し出すと、父は受け取りながら言った。
「ありがとう、良かった」
久しぶりに、父の笑顔を見ることができた瞬間だった。