※阪神・淡路大震災を源とする物語(フィクション)です
学校へ着くと、既に体育館は家が倒壊や半壊した人達が避難していた。体育館の入り口脇に居た他の学年を担任していた先生に母が、近所でガス漏れが発生した事情を説明すると、先生が区役所の人に相談すると、区役所の人が言った。
「体育館、寒いんで、なるべくなら自宅におった方がええと思いますけど……」
「ダメということですか?」
「そうではないんですけど、家みたいに断熱材とか入ってないから、床も壁も寒いんですよ。もし、家が近いんやったら、荷物だけでも教室、置いて、ほんまに何かあった時に、来てもろた方が、お子さんも小さいし、暖房もカイロも無いんですよ」
母は暫く俯いて考えた後、言った。
「じゃあ、荷物だけ、教室に置かせて下さい。後、夜はこちらにお願いします。電気が無いのは家に居ても同じですから」
「分かりました、ほな、教室は一年生の教室、つこうて(使って)下さい。鍵、開いてます。あと、貴重品は自己管理で」
「ありがとうございます」
そう言うと、母は私達を連れて校舎へと向かった。私と妹は下駄箱で上履きに履き替えて母の所へ行くと、母は靴下のまま、廊下へ上がっていた。
「ママ、寒いやろ?」
私が声を掛けると、
「うん、寒い。一度、家へ戻って持って来ないとね」と言い、力なく笑った。
妹の教室へ行くと、同じ様に荷物だけ置いていた人達が居た。母は他の人達がやっていた様に、小さな机を四つ、くっつけると、その上下に荷物を置き、
「じゃあ、帰ろうか?」と言い、教室を出た。
学校へ向かう時はリュックや他の荷物が重くて、いつもよりも遠く感じた学校が、帰り道は手ぶらだったせいか、いつもより速く感じた。小学校へ行く時も帰る時も、坂道ですれ違った車は一台も居なくて、坂道の途中、やはり避難しようとしていた近所の家族とすれ違い、声を掛けられた。
母が小学校での対応を説明すると、
「ウチは年寄り[が]、居るから、取り敢えず、年寄りだけでも預けてくるわ。死なれたら、どうにもならんし、こっちも後悔がのこるしな…… あんたとこも、御主人が一緒やないということは、もう、暗うなるのに、まだ御主人、実家、行ったまんまやろ? 聞こえとったんや、頑張ってな」
そう言って、坂道を上がっていった。
「ありがとうございます!」
母が、近所の人の背中に向けてお礼を言うと、振り返ることなく、片手だけ振り返された。