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コンシャスネス トーク その2

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2018-08-20 04:33:39

植松聖と障碍者と共感能力に関する私見

テーマ:ブログ

 

 相模原障碍者施設殺傷事件というのがありました 今回の記事はその行為者の植松聖氏に対する私の見解から話が展開します 事件を知らない方には話が見えないので ここに事件のwikを貼っときます
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B8%E6%A8%A1%E5%8E%9F%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E6%96%BD%E8%A8%AD%E6%AE%BA%E5%82%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 私が植松聖氏に注意を引かれたのはあれだけのことをしていながら彼は悪いことだと思っておらず 自分は正しいことをしたつもりでおり 逮捕された後も自らの言動にぶれるところが無いらしいことからです
 どうやら彼は自らの信念を行動したようですね いわゆる確信犯 というやつでしょうか

 事件内容はまるで違いますが 確信犯ということではかっての私も大麻裁判でそれやってましたから この先植松聖氏の結末がどうなるかに興味を持っています

 私は多重人格です その私の中には植松氏の主張を受け入れる人格もあります おそらくはあなたの中にもあると思います
 ? ? となった方には次のことを考えていただけますでしょうか

 あなたもしくはあなたの奥様が妊娠している でも事前の検査でお腹の子は重度の障害を持っていることが分かった あなた どうしますか?

 お腹の子が重度の障害を持っている その時どうするか その考えの延長にいるのが植松聖です 考え方の原理的な部分では共通するところもあるでしょ? 少なくとも私にはあります
 でもだからといって 私に植松聖の真似は出来ません 多分 あなたもでしょう

 出来ない理由は複数あるけれど 私の場合 一番の理由は感性的なもの < 嫌だよ > って思いです

 < 嫌だよ >って思いはどこからくるんだろう? それは私自身の心の内におこる それは思考以前の思い 思考以前の思いを思考を使って探ってみる
 そもそも人に限らず命あるものを殺すことに< 嫌 >の思いがある 命あるものの中でも人間に対するその思いは特に強く 「特に」ということは思いの程度に対象によって差があるわけで その差は人間個々に対してもあるわけで どういう場合どういう状況によってその差がつくのか と考えていくと いきつくのが共感能力

 植松聖の共感応力はどうなってるんだろうか さて

 

 私は妄想します 私がこの現実世界の社会において植松聖の裁判を担当するなら どうするか 

 私はまず当人の気持ちを確かめようとするでしょう 本気か? それが君本来の気なのか?

 私の職場に全身麻痺状態の男がいます 私は看護師でも介護士でもないただの清掃員ですから彼を直接世話することはなくチラ見するだけですが その彼は自分では一切動けない 自分から人に何かを求めることが出来ない 麻痺した体に閉じ込められた彼には自分から意思表示する手段がない

 ちなみに彼の全身麻痺は生まれつきではありません 人生の途中でそうなった ということはそれは誰にでも起こり得る 

 もし君が全身麻痺を起こして彼と同じ状態になったら どうする? もとえ 全身麻痺を起こしてしまえば自分で何かをすることは出来ない でも体が麻痺していても意思は自由だ 君はその時何を思う? 重度の障害者になってしまった君は体が自由に動く他者に何を望む? 何を求める?



 植松聖がそれで動揺するようなら こいつはチンピラです 『自分がされたくないことを人にしてはいけない』 ってことが身についていない こいつをこのまま一般社会に置いておくことは出来ない 私が裁判官なら通常の手続きに則って粛々と裁判を進めるだけです 本音を言えば私は彼に興味を無くす

 でも もし植松が特に動揺することもなくそれまでの主張と何も矛盾しない姿勢を示すなら 彼をチンピラ認定して片付けるわけにはいきません 彼を裁くためには彼の主張を論破しなければならなくなります

 植松は自分の正しさを主張しているのです それを論破できなければ彼を罪には問えません これ 分かりますか? これはとてもとてもとても大事なことです 論破できなければ彼に罪を問えません 分かりますか?

 これが分からない人は裁判に関わってはいけません これが分からないままに人を裁くとあなたは人間存在の敵となり地獄行きが確定します
 死後の世界があれば、、、の話ですけどね (^_^)/~



 植松聖の主張の欠点は人の心が計算に入っていないことです

 彼は己の思想内で完結している その条件でなら彼は正しいのかもしれません でもそこには人の心が計算に入っていない 己に自分の思いや想いがあるように人にはその人自身の思想がある おそらく彼はそのことが分かっていない 気づいていないと言うべきかな

 少し前に描いた「職場でのこと 忖度」って記事に全身麻痺の男に接する職員たちの様子も描いています 植松も介護士をした経験があるようですがどうですか? 私が普段見ている職員たちと植松とではまるで違うでしょ それは思想の違い それは姿勢の違いに顕れる 天使か悪魔かってほどに違ってる では その違いはどこから来る? その現因は?

 ところで職場の天使たちが創った8月の壁紙がこれです 
 (;・∀・) ハハ、、、

 

 障碍者を「障碍者」ってくくりだけで見ると
 <不便だろうなあ>
 と思う 助けられることがあれば助けてあげたい とも思う でも、、、とも思う、、、、 

 実際に障害者に出会うことなく 障碍者のことを考えていくなら 植松聖のような考え方になる人もいるでしょうね 特にニートとか引きこもりの人に多いかと思います 人と絡まなければ人の心は分からない 絡むことを怖れて自分の中に引きこもっていると自分の頭の中だけで考える すると人の心が眼に入らなくなるんだね だって 人と触れ合ってない 善い触れ合いも悪い触れ合いもない それでも当人の個性や環境により思いは違ってくるだろうけれど植松風の考え方をする人も一定数出てくるだろうと思う これは元祖引きこもりの私の経験から思うことです

 障碍者を助けてあげたい という思い それが仕事になったのが介護士や看護師ということですね でも それを仕事にすると「障碍者」とひとくくりにしてすべての障碍者を見ることはしなくなるでしょう いや 別に介護士や看護師でなくても日常的に障碍者を見ていればそうなります 普通はね

 私の40年来の友人が途中失明してるんですよ 友人と私はセールスマンやってる時に出会ったんですけどね(『ブックローン時代』) あるとき彼はケンカに巻き込まれて失明することになってしまった その後の彼は盲学校に通い医療療法士?だったかの資格を取り鍼灸マッサージの仕事をするようになりました 当時宿無しだった私は彼のアパートにちょくちょく泊めてもらってた そのアパートの1階には友人の勤める鍼灸マッサージの店があって幾人かの人が働いてました 事務の人を除き店主以下みんな盲人 で彼らを見ているうちに「障碍者」とひとくくりにする見方はどこにもなくなりました 障害者にもいいやつもいればいけ好かない奴もいる 障害を持っているってこと以外は健常者と一緒です 当たり前のことね 実際に付き合うなら障害以前にその人間を見る 普通はね
(^。^)y-.。o○

 途中失明した友人が私に熱弁したことがありました 言葉自体は憶えてませんが内容は憶えてます こんな感じ
「障碍者にとってはな まず大事なのは障碍者意識の克服なんや 障碍者になってもたっていじけてしもて そこから出られへんようになったら終わりや そうなったら心も歪んでまう 卑屈になったり傲慢になったり 俺ら目見えん それはもうしゃあないやん 健常者のようには出来ん 出来んもんについては すいません 助けてください ってお願いするしかない でも俺らは目見えん以外のことはみんなと一緒やん ところがな 障碍者意識がどう影響してんのか いじけてしもたり あまえてしもたり とかな まずそれを克服することや パラリンピック目指してるような人はそういうのは克服してる人なんやな でもみんながそうってわけやない 自分に出来ることは自分でやらなよ」

 障碍者の前に人間なんですよね ただ障碍に対する偏見があると心がいじけたり歪んだりしやすい 少々の偏りなら個性で許容されても謂れのない偏見は差別意識につながる これは障碍者にも健常者にも言えることですよね 方向は違うだろうけれど
(^。^)y-.。o○

 私が私として在るのは自分の意思があるからです 
  『 我思う ゆえに 我在り 』
 ってやつです あなたも同じですよ 植松聖も例外ではありません 違うのは「思う」その内容です 

 植松がどうしてそのような思いや想いを持つように至ったのかを調べるためには彼の生い立ちから見なければなりません(私はそういうめんどいことは苦手なのでやらない)
 
 なんにしろ植松聖の主張は人を肉体的機能的に振り分けるだけでその人の心が計算に入っていない 我思うゆえに我在り 人間存在の根源は意思です ところが植松はそれを見ていない 彼を論破するにはこの点をつくことですね

 その際に頭に入れておきたいのは彼には共感能力が働いていないかもしれないことです 
 
 引きこもって現実に人と接していないと共感能力が働きにくいということはあるでしょうが 植松の場合には当てはまりにくい 介護士をすることで実際に障害者たちと接しているわけですからね 本人の個性や環境がかなり特殊で人の心を思いやる余裕がないのか それとも先天的に共感能力を持たない体質なのか 

 共感応力が働かないってことは愛が分からないってことでもあります(自己愛は除きます) だから善悪とか優劣とかだけで人を見ることになる 世間ではそれをサイコパスと言い始めたようですね

 共感能力を当たり前のように備えた健常者からすればサイコパスは精神に欠損を持つ障碍者です 愛を知らない 人の心を感じることの幸福感を知らないってかわいそうな事ですが 当人はそのことを知らないでしょう 知らなくても生きていけるし外見的には健常者と何ら変わりませんからね 植松を論破する際状況によってはそのことに触れざるを得ないかもしれない それは残酷な行為かもしれませんが 上手くいけばそれが相手の心に眠っていた共感能力を動き出させるきっかけになるかもしれません 微妙なところですね ($・・)/~~~

 


 共感能力についてもう一つ 職場の隣接施設には知的障碍者と呼ばれる人たちがいます 隣接施設なのでそれこそ通りすがりに目に入るだけなのですがそれでも5年も出入りしていると通りすがりのチラ見も貯まります それで私最近思うんですけどね ここの職員さんたちは障碍者たちと心でコミュニケーションしてるみたい そんな感じの光景をちょくちょく見かけます 


 ちなみに私の同僚には軽度の知的障碍者が複数いるようです  彼や彼女達を見ているとやっぱり障害よりもまず人間が気になります 良い奴もいれば? と思ってしまうのもいます 健常者と同じです ただ軽度の知的障碍者に共通する点をあげれば自分に正直であることと 共感能力が高そうなことです そうなんですよね この人達 他者に何かを感じる力が強い 私の印象ですけどね

 では重度の知的障碍者はどうなんだろう?


 通りすがりにチラ見している隣接施設には軽度の知障はいないようです いろんなタイプがいるようですがみんな目を離すことが出来なさそうな者達ばかりのよう でも意思は持ってるはずです
 重度な知的障碍者の場合 通常我々が持っている社会通念上の会話は成り立たないでしょう でも意思はある 彼らの意思はおそらく本能的な思い 原初的な想い 



 私 この5年ほど職場近くの公園に住む野良猫たちを見ています 高梨さん(仮名)という猫好きの女性がいて彼女がやってくると公園に住んでいる猫たちが集まってくる 多い時は20匹ほどいました 彼女はエサをあげながら猫たちのことをいろいろ教えてくれました 集まる猫たちの大半はすでに避妊手術が為されてました ボランティアの人がいて新入りの猫が来るとボランティアさんに連絡して病院に連れてくそうです 彼女曰く
「あたしはボランティアじゃないよ あたしはこの子たちが好きで餌をあげてるだけ」


 人間界ではこういう猫たちを地域猫と呼び始めていたようですね 元飼い猫だったのが少なくとも3匹いました イチロー シマジロー そしてサブと呼ばれてました イチとシマは人をそれほど怖がりません 元飼い猫だったからでしょうかね でもサブはあまり人に慣れません 元の飼い主と何かあったのかな いずれにしろノラ生活を始めると飼い猫時代とは決定的に違うところがある 無防備無警戒ではいられないってことです その公園は猫たちの住処ですが他にも鳩やカラスがいる それに何より人間たちが利用している 人間は猫好きの人ばかりじゃない
  
 猫たちを見始めて1年目のクリスマスの時 公園にやって来た高梨さんに魚の切り身のキャットフードを20~30個渡したことがあります 高梨さんはいつものカリカリに加えて切り身をあげてました その時1匹の猫が私に近寄ってきてスリスリしてきたんだ トラジローと呼ばれてる猫でした ちょっと驚いた トラはここの古株で人間たちから長老と認定されてました 特に人を怖がる猫ではありませんが自分から人に近寄るタイプでもない どうしたんだろう? と思った すると高梨さんが言いました
「そうか トラちゃん お礼言ってるんだよ 魚をありがとうって」

 まさか ってその時は思いました 実際にあげてるのは高梨さんで私は見ているだけ 高梨さんからは猫に代わってお礼を言われたけど 猫にそんな事情がわかるわけないだろうと思った でも 今は高梨さんが正解だったんだと思う 猫ってけっこう分かってる

 猫ってけっこう分かってる 私がそう確信したのはタヌキの挨拶を見た時だった
 タヌキはプライドの高い猫だった 見た目が非常にかっこよく女子高生たちからはクールビューティと呼ばれていた 私はタヌキが好きで贔屓していた それが伝わったのか私とタヌキはちょっと親しくなった それを見た高梨さんが驚いていた
「あら! すごい タヌキに触れたのお兄さんが初めてだよ あたしも無理 人に触らせない猫だったのに、、、」 
 私 ちょっと得意げ('ω')ノ でもいい気になってると
< 調子に乗るんじゃにゃあ!>
って感じの猫パンチをとばしてくるタヌキでした
 そのタヌキが体調良くなさそうになりました 医者に連れていこうとタヌキを探している人もいたらしいのですがタヌキはあまり人前に出て来なくなりました 
 でもその時はいつもの集合場所にいました 誰かが置いた段ボールの中で横になってました 当時高梨さんは事情があってこの公園に来るのをやめていて 私が餌をあげていたのですがタヌキは段ボール箱で横になったまま出て来ない 調子悪いんだな と思った私は餌を段ボールに入れてあげたのですが するとね タヌキは起き上がりスタスタと箱から出てゆく 餌には見向きもしない タヌキは2メーターほど離れたところでこちらに向き直りしっかり座ってこちらを見るのです 猫的には正座の感じですかね 特に弱ったところは見せない 凛々しくて誇り高いクールビューティがそこにいた 数秒後タヌキはどこかへ歩き出しそして二度と姿を見せることはなかった、、、

 タヌキの最後の挨拶だ って思った こいつ分かってるって思った 共感能力



 人間と猫では言葉によるコミュニケーションが出来ない それでも猫は猫なりに人間を見ている 特にノラ生活をする猫なら人を見分けられなければ危険きわまる どこまで信頼できるか その人間を見分けられなければ命にかかわる 他者を感じる力 それが必須
 人間なら習い憶えた常識知識の中で共感能力の欠損した者でもそれと分からず生きていける でも猫だとそれは難しい  



 それ 重度の知的障碍者も同じじゃないんだろうか 直接絡んでないので個性までは想像できませんが、、、、

 私は妄想します 人間社会に生まれたのが、、、幸いではなかったのかもしれない 

 もし 猫に生まれていたら もし鳥に生まれていたら ライオンに生まれていたら 象さんに生まれていたら もっと幸せに生きられたかもしれない 人間界には制約が多いんだ

 君からすれば人間の方が分かってないのかもしれないね ごめんね 好きにさせてあげられなくて

 最後は独り言でした (-_-メ)



 独り言は続きます この世に生を受けたからには 運命だと思いたい 人生は修行だ カルマを重ねてぼくらは生きていく それはみんな同じだ だから 君と僕は対等なんだ 君は君の 僕は僕の天国へゆく 死後の世界があれば、、、なんて言わない この感覚が分かる君には自身の存在が確認できるだろう 共感能力は来世を信じる鍵のようなものだ

 タヌキ また 会いたいな 出来るなら人間に生まれ変わってきてくれるとうれしいが ($・・)/~~~

 
 2016年1月22日撮影 在りし日のタヌキ

 

  

 
 

 

2018-07-23 02:42:32

カルマ

テーマ:密教

 

 カルマのことで少し言葉を残します まず前提から、、、、

 「カルマ」という言葉があるのはインド渡航前から知っていましたが日常で耳にすることはなかった 宗教絡みの言葉らしいけれど家で何度も開かれていた某宗教団体の座談会でも「カルマ」の言葉を聞くことは無かった 

 「カルマ」という言葉を実際に耳にするようになったのは1988年にインドに渡ってからのこと 最初はヒッピーの流れを継いだようなバックパッカーたちから そしてサドウたちから さらにヒマラヤの村人たちや パリワラたちから耳にするようになった 

 耳学問の結果 「カルマ」という言葉は「時を超えた因果応報」ということらしいと理解した

 カルマを語る人の内容はそれぞれで一定しないが時を超えていなければ成立しないと言うことでは共通していた
 その共通する部分だけを取り上げれば次のようになる

 過去のカルマが私に今の運命となってあらわれている この運命にどう対応し生きてゆくかが未来のカルマとなって私の運命にあらわれる

 と いうことのようです で 過去のカルマであれ未来のカルマであれそれがその人一代の行為(ヒンディではカルナと言います)であればその結果訪れた運命は因果応報ということで片付けられるのでしょう 
 でもカルナでなくカルマと使う場合は前世や来世のそれを含んでいるということです
 
 つまりカルマというのは死後の世界があることを前提とした考え方です 何をいまさらでしょうが これが前提です 

 さて 死後の世界の存在は有るとも無いとも分かりません 私は全肯定も全否定も出来ない  

 死後の世界などあるわけない と信じて疑わない人にはこの一文は何の役にも立たない

 でも もしあなたに一片の疑念があるなら自身の生き方に役立つこともある、、、、、かもしれません

 憶えておいてください カルマには2種類ある 

 善いカルマと悪いカルマなんてのじゃないよ あほらしい (^。^)y-.。o○

 でも カルマには2種類ある

他の魂とつながるカルマと他の魂とは繋がらないカルマ 

 

 

 ソウルメイト 運命の人 なんて感じるのは前世からの縁があったからかも と考える人はそれなりにいると思います

 前世のカルナ(行為)が魂レベルに刻まれていて時を超えて再会したその相手にカルマとなってあらわれた 各々のカルナにはその心の思いがあるでしょう その思いの積み重なったものがカルマの正体だと考えられます 
 でも前世の記憶がない我々はその相手になぜ心が震えるのか 分からない 前世の記憶がない我々には論理的な理解ができない でも感覚的には思いますよね そのカルマが強ければ強いほど 運命なのか と


 ところで ずっと繋がっていたい人ともう関わり持ちたくない人があるでしょ それを選ぶのはあなた自身です
 あなたの未来のカルマはあなたが今現在これからの行為(カルナ)で作っていくってことは自覚しておいた方がいいかと思います

 ちなみに他の魂とつながることを拒否したカルマは世界が肩代りすることになるでしょう
 エネルギー保存の法則とかいうのがカルマにも当てはまるならそういうことになります 

 そういえば2000年ほどの昔に面白い言葉残してた人がいましたね
『良いことをする時は隠れてやりなさい 世間に知られたらその時点であなたは褒美を貰うことになります でも世間に知られなければあなたは神様から褒美を貰うことになるからです』

 私 それすごく分かる気がする 似た様なこと考えてる人って時を超えているんだね

 とはいえ それは 死後の世界があればの話ですけどね

 さて 死後の世界は有りや無しや ($・・)/~~~


 
 



 

2018-07-02 04:25:30

職場でのこと 忖度

テーマ:密教

 

 職場で顔を合わす一人の女性が気になっていた というか もやっとした気分だった ま やっぱり気になっていたってことだけれど でもどうすることもできなくて内心の困りごとだった それがこの4月に彼女が転勤になっったので まとめてみようとこの記事を描き始めた 

 読者の皆様 今回の記事はこれまでに描いた「メラリアル」のそれとかぶります 読まれた方には思い出しながら見ていただけると面白いかと思います
 そして考えていただければと思っています そのために描いています

 ただ関係者の人に対しては 私はとても微妙な心持でいます もし この記事が関係者の誰かの目に留まったならば 素敵な対応をお願いできれば幸いです 実のところ 私はどうすればいいのか分からないのです

 

 

 由紀さんが私に聞いてきた
「Gさんが好きなの?」
「うん でも私はみんな好きだよ」
 すると長谷川さんがこう言った
「でも 私達(に対するもの)とは違うでしょ?」
「うん 違うかな でも どう違うかが分からない」
 由紀さんが聞いてきた
「身を固める気はあるの?」
「無い」と私は答えた

 Gさんのことが深く気になりだしたのは次の一件からだった 

 その時 事務所にはGさんと中原さんがいた 他には誰もいなかった Gさんは椅子の背にもたれてちょっと間の抜けた顔をしていた 彼女のそんな顔を見たのは初めてだった 私は思わず言った
「そうか あなた松たかこに似てるんだ」
 
「はあ?!! 私が学生時代になんて言われてたか知ってますか!*****ですよ!」
Gさんは声を張り上げていた 傍にいた中原さんは爆笑していた Gさんはさらに言う
「眼科紹介しましょうか!!」( `ー´)ノ
「、、、、」(´・ω・`)
 彼女は切れていた 私はそのリアクションに驚いて何も言えなかった どう対応すればいいのか分からなかった

 中原さんの爆笑はちょっと失礼かもだけど気持ちは分かる Gさんと松たか子では普段見ているイメージがちょっと違い過ぎる 魅力的なオーラ(雰囲気)で人の憧憬を集めるだろう松たか子 対してGさんのオーラは人から憧憬の目で見られるようなものでもない
 でもその時の私は「思わず」そう言ったのだ そこに他意はない お世辞で言ったのでもなければ嫌味で言ったのでもない ただ私に見えたままを言ったのだが、、、
 
 なんだ この反応は 私が驚いたのは言葉の内容よりもその距離感だった

 彼女は勘違いしている それが単なる勘違いで終わるものなのか それとも運命に繋がるものなのか どっちだろう? その距離感はパリワラたちのそれと同じだ どういうことなんだろう? 分からなかった 

 

 

 あるとき1週間ボランティアの少年と少女が来ていた 少年の方はあまりやる気が無さそうだったけど少女の方はがんばろうとしているように見えた この施設の職員には人生のベテランが多い その中に交じってがんばろうとする少女に感じることがあった その少女が事務所で挨拶して帰った後に私はGさんに言ったんだ
「あのこ 可愛いね」

「まだ中学生ですよ!」"(-""-)"
Gさんはやや声を荒げてそう応えた どうも私の言葉を別の意味に取らえたらしい 私の説明不足と言えばそうなんだけど、、、、(´・ω・`)

 あるときGさんに彼氏いるの?って聞いたら堅い調子で応えが帰って来た
「ご想像におまかせします」(-_-メ)

 ある時 世界が人を通じて教えてくれた
「彼氏いない歴イコール年齢じゃないのって思っちゃうじゃない 彼女に恋愛経験はどうなの?って聞いたことあるんだけどさ 「まあ それなりに」 だって あるってことなんだろうね」

 その後 私は思うところがあり「愛と性のコンプレックス」を描いた 伝えたいことがあった 伝えたいが語りにくいってことがあったんだ
 

 

 私は福祉施設の掃除をしている 先日ここに着任して2年目の主任に何気なく言った
「ネットとか見てると老人問題もいろいろあるようですけど ここでもいろいろあるんでしょうね」
「そうなんです あるんです いろいろあるんですよ」
坊主頭の主任が深くうなづいていたのが印象的だった
 何気なくとはいえ私からそんな言葉が出たのはその時事務所にいた車椅子の老人が目についたからだった この老人いつも事務所にいるんだ 

 事務所は職員のための仕事場で利用者さんの具合が悪くなった時のためのベッドが二つある他には利用者用の設備はない 通常利用者さんは大広間にいる そこには大きなテレビやカラオケなどが備えられており利用者さんたちはそれぞれにくつろいでいる
 でもその老人はいつも他の利用者さんとは離れて何をするでもなく事務所にいる
 この老人 厄介だった 近寄ってくる職員に毒づきまくっていた 掃除夫の私にも絡んでくる
 <うるせえ ジジイ えらそうにすんな>
と心では思いながらも まあ それなりに相手をしていた
 職員からこの老人の元の職業を聞いて へえ って思った 言われてみると確かにその雰意気はもってる そんな人がなんでここに? 元職を考えるとこの施設は庶民的すぎないか
 しょっちゅう顔を合わすうち老人の態度が軟化してきてそれなりに喋れるようになり 私を見ても毒づかずに話しかけてくるようになった 
<やっぱり誰かと話したいんだろうかな プライドが邪魔してんのかな 私が掃除夫だから気にせず話しやすいのかな> 
 とか思ってた 数か月後その老人は特に喋らなくなった 私の顔をみても特段の反応をしなくなった 
< 、、、? >
 そして先日 その老人が事務所にいなかった 傍にいた由紀さんにあの人どうしたの?と聞いた
「**さん 今日は外(大広間のこと)にいるのよ」
「人と普通に喋れるようになったの?」
「ううん まだ 今は観察中ってとこかしらね みんないろいろあるからね」

 うん みんないろいろあるんだろうね 

 



 この施設に1週間に1度やってくる全身麻痺の利用者さんがいます ここでは事務所にあるベッドでずっと横になっていますが この人 私より二回りほど若いんですよ 奥さんがいて子供が2人らしいです、、、、
 私が掃除のために事務室に入るのはその彼が帰るための準備を始める頃です ベッドから車椅子に移って大広間に移動して送迎バスの時間を待ちます 彼の周りに楽しそうな言葉が飛び交ってます 職員さんたちがその彼を相手に話しかけてるんです 
 「 ね 聞いていい? 私って痩せたと思わない? 痩せてないって思うなら 目パチパチやって 痩せたと思えばそのままでいい どう?」
 (>_<)(;・∀・)(>_<)(;・∀・)
「え~! 私 ショック!!! ショックで痩せちゃうわあ」
 みたいな感じで、、、 ずっと続いてます
 作業は楽じゃないでしょう 手も足も動かないその彼は決して小柄じゃないですからね 彼は動けないだけじゃなく喋ることもできない でも目は見えているし耳も聞こえている その彼を相手に職員さんたちが話しかけてるんです

 ここには彼のように喋れない人やあまり喋らない人もいます そういう人達にも職員さんたちは話しかけてます それを相手がどう思っているのか本当のところは分からない <うるさい> と思っているかもしれない 人の心は分からない だから忖度する 

 この職場は明るい いつも笑いが絶えない この雰囲気は職員さんたちが利用者さんたちを忖度した結果創り上げられています 私はこの雰囲気大好き こういう世界にいると癒される 
 裏には苦労があるだろうさ でもそれを表に出さずに笑ってる ここの職員さんたちプロだと思う

 



 そのプロたちに交じって中学生の男女がボランティアで手伝っていたことがあった 男の子の方は早く帰りたがってるようにしか見えなかったけれど女の子は気を張っているように見えた お手伝いしなくちゃと思ってるんだろうな とはいえプロのなかに混じったアマチュアです 何ほどのこともできないんだけどがんばろうとする姿勢は見ていて可愛い  

 それはG子に対してもそうだったんだ 中学生女子のボランティアとアラサー女子の職員という立場の違いはあっても私が受ける印象は同じ類いのものだった

 初めて見た時 G子の外見はまったく私の興味を引かなかった それが彼女の仕事ぶりを見るともなく見ているうちに 可愛いな と思うようになった それからは機会あれば話しかけるようになり そしてあの言葉が出た
「そうか あなた松たか子に似てるんだ」
「眼科紹介しましょうか!!!」

 彼女の反応に驚いた この距離感は近すぎる まるで遠慮がない 私とこの距離感で接するのはパリワラたちだけだ 私と彼女はそんな関係じゃない 友達とも言えない 良くも悪くも職場で顔を合わすだけの関係 私の言葉に自分の立場を忘れるほどの刺激を受けたのか? それとも元々そういう人?

 容姿に強いコンプレックスがあり思わず切れてしまったのかと思うけれど だとすれば それは勘違いしてると思う 内面で表に表れる雰意気はかわる
 事務仕事の時の彼女は地味顔で特に魅力的とは思わないけれど ぼけっとしてる時のGさんはけっこう魅力的に映った この変化は私好みで実はパリワラたちもそうなんだ
 
 パリワラたち 外では地味だよ 知らない人から外見的な評価はされることがあるかもしれないけれど一見で「魅力的」のような内面的な評価をされることは絶対ないだろう みんな外で知らない人に会ってもムスっとしてるだけだからね でも家に居る時はまるで変わる みんなリラックス 子供たちは自由奔放 個性全開 それがものすごく可愛いくて その魅力は半端ない 

 

 

 

 

 

 

 

 人は家に居る時と表に出る時では違うんだよね 誰と話しているかでも違う それは誰でもそうだと思う
 違うのは内と外のそのあり様 これは人によるが。。。
 
 内と外が違うのはG子もそうだろう ただ彼女が自分のそれをどう思っているのか どう捉えているのかが分からない
 ことによると自分を勘違いしているかもしれない 私はちょっと気になっていた
 さらにそれ以上に気になるのは私と縁があるのかどうかだったのだが

 彼女は距離感を間違えている それはおそらく自分のコンプレックスに触れられたことによる興奮のためだろうけれど 興奮がおさまり自分の勘違いに気づいた後も私とその距離感で話せるのだろうか 私はそういう人をこそ求めている 確かめたかった 話を聞いてみたかった だから強引な誘い方をしたのだけれど 

 やめておけ

 世界は私にそう示唆してきた(参照 「プラトニックラブ」)
(´・ω・` 、、、、

 

やめておけ
 と示唆された去年の5月のあの火曜日以来私は極力近づかないようにしていた それでも彼女を見るたびもやもやした気分になっていた もやもやが最も如実に表れるのは彼女の挨拶だった


 彼女は一日のうちに私を見ると挨拶してくる ところかまわずだった 私の作業中でも私の後ろからでも挨拶してくる それも小さな声で 張りのない声で 私の心にもやもやが溜まる

 

 私の職場は3階にあります 階段で3階に上がると正面にエレベータ― 左にカーテンがあってそれをめくって入ったところに椅子が並んでいます 利用者さんが帰る際にそこで待ちます その向こうはそのまま大広間ですが待合を越えたところの左が事務室です にぎやかな大広間に比べて事務室は利用者さんたちがいる間は閑散としています 私は事務室やお勝手等をチラ見しながら大広間を突っ切って女性トイレに入ります そこの小部屋に利用者さんの紙おむつと共に掃除用具が入っているからです そして私はゴミ出しから仕事を始めます 女性トイレ男性トイレ大広間とあちこちのゴミ箱を回り事務室へ

 この間 私は基本的に黙ったままで作業をします

 ただし人と目が合った場合は別です 目が合ったのが利用者さんなら軽く会釈します(よく私に声をかけてくれる利用者さんの場合には小声で こんにちは と軽い会話があることもあります) 目が合ったのが職員の場合はたいてい向こうから「こんにちわあ」とか「ご苦労様で~す」と挨拶があり私も「はい こんちわ」と返してます 

 事務所に入ると主任が「こんにちわ」と声をかけてくる 電話中とかお客さんの相手をしてるのでないなら必ず声をかけてくる でもこの時の主任の「こんにちわ」は大広間で目が合った職員からの「こんにちわあ」とは微妙に違うと感じている ありていに言えば半分は儀礼のためだろうと思っている
 「半分は」というのはこの時以外は主任も他の職員と同じだからです

 挨拶はコミュニケーションの始まりで大事なことです
 でもその挨拶の仕方は相手や状況によって変わるものです

 私の仕事はパートで一日仕事してるわけではありません その時間 私にとってはその日の仕事始めですが施設の職員はもう何時間も前から仕事をしている 職員の主な仕事は利用者さんの世話ですが その世話仕事の真っ最中に私は仕事を始めます 私はそこで挨拶はしません 挨拶は大事でも職員の仕事の手を止めさせてまでするものでもない ここは利用者さんのための施設ですから優先順位の問題です 

 事務所にいる時の主任はたいていパソコン開いての仕事中です 相手がパソコンなら目を離して掃除夫に挨拶してもパソコンは気を悪くしない
 掃除夫の私は客でないのはもちろんだけどここの職員でもない外部の者 だから主任はこの施設のトップとして軽い挨拶はしたほうがいい と考えてるんだろうかなと思う この辺は主任の個性でしょうが なんにしろ やっぱり優先順位の問題かと

 Gさんの優先順位は何だったんだろう 気になっていた やめておけ と世界に示唆されても 視界に入ると気になる 気になる私に世界は人を介して私に告げる
「Gさんはおどおどした感じなのに言うことは言うしね まあ 個性的だよね」
 
 同感 そう そういう感じだった 

 Gさんが横になっているおばあちゃんに言ってた言葉が部分的に聞こえてきたことがあった
「********* 私はこの仕事が好きでやってるからいいんですけど ********」

 違和感があった この仕事がいかに大変かを言いたかったようだけれど、、、彼女に聞いてみたいことがあった でも それは職場での雑談には向かない
 中坊のボランティア男子がエレベーターで帰ろうとした時に言ってたことも耳に残る(注 言葉は正確ではないけれどこの意味のことを言ってた) 
 「エレベーターは出来るだけ空けときたいの だから階段を使うようにしようね」

 正論だ このビルにはエレベーターを使うしかない人がたくさんいる 元気な者は階段を使うべき 言葉の内容には問題ない なのに少し違和感があって気になった でも確かめられない おそらくこれがGさんでなく他の職員だったなら違和感はなかったと思う それは音色の違いからくる感覚的なものだった

 

 その彼女が4月から転勤でこの職場からいなくなった 私の脳裏にもあらわれなくなっていたが5月になって長谷川さんからこんなことを聞いた
「土曜にGさんが来てたよ 伊藤ちゃんもね 人手不足の時だから 思いっきし使ってやった」(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

 Gさんが来てたのか 彼女は、、、いい人なんだろうな 休日にボランティアに来るんだから 少なくともいい人でありたいと思っているんだろうな と思う 
 この施設では移動になった後にも顔を見せに来る元職員は少なくない でも それって移動後半年ぐらいの間なんだよね
 でも 伊藤さんは他の施設に移動してもう2年超 それでいて休みの日にボランティアに来るって他にはいなさそう 多分 彼女は善意とか人の評価ではなくこの施設の雰囲気が好きで来るじゃないかと思う(注 伊藤さんについては「包容力の源」で)

 『世界は女性性のなかにある』 なんて言葉を30代になって知ったのですがタカハシたちのことを思い出してけっこう納得してました 「メラリアル」に集めた記事には私が20代の時に知り合っていたタカハシやヒロスエが出てきます 憶えてらっしゃるでしょうか 当時20歳そこそこの私が彼女達のことをこう思ってました
< 私より高いところから見てる >
 彼女達は一歩引いて見ているようなところがあって そういうのって視点を上にあげるんですよね でも当人達は無自覚かもしれません 結果として上から目線でいながら上から言動じゃない彼女達がそこにいた この辺は60代の今になって分かることですけどね 包容力の源はこういうところにあるような気もします

 で その点で今顔を合わせている由紀さんや長谷川さん達も同じように感じるんですよね もちろん個性は4人4様でしょうが なんにしろ一歩引いて見るようなところは共通してるみたい 
 これは由紀さん長谷川さんだけじゃなく他の職員にも共通する人が多そうです 施設職員と利用者の関係を考えれば当然のことでしょうけどね ただGさんのそれに関しては ちょっと微妙なところがあった




 私は他者とのコミュニケーションは表と裏で同時に行っている 表の言動をしながら裏では別のことを伝えようとしている 他者の表の言動を聞きながら裏で伝わってくるものを捉えようとしている ほとんどの場合無自覚にそうしている 

 読者の皆様 これ分かりますでしょうか? おそらくあなたも無自覚にそうしていると思います

 分かる人もいれば分からない人もいると思いますが説明はしません その代わりにこれ貼っときます 

この素晴らしき世界 歌詞


 「この素晴らしき世界」で歌われているのと同じものが今の職場にあります この施設では表のたわいない会話でにぎやかですが裏では「アイ ラブ ユー」がとびかってる  

 分かる人にとっては あたりまえじゃん って思うでしょう でも 分からない人もいるんでしょうね 世間には幼稚園・保育園での子供たちの声が騒音にしか聞こえない人もいるようです そういう人にはこの施設内での仕事は難しいと思う

 一般論として言ってしまえば 私にとっては天国 でもあなたにとっては地獄 そういうこともあるってことです

 この前の記事で音楽や漫画について私の個人的な感覚の話をしていますが 私はそういう自分を見ることで分かる(つもりの)ことと分からないものがあるのが分かるわけです それはおそらくあなたにもあるはずなんです 人は違う 良い悪いとは別に人には得手不得手がある それは物理的なことだけでなく感性的なところでもあるんです 

 ここでちょっと難問が生じる 

 どうやって伝えればいいんだ 

 一般的には イエス・バット法か理詰めの力技でいくか 仏教的にはそれを 摂受や折伏とかいうらしい
 でもどちらにしてもとても大事なのはそれが出来る状況をつくること 

 もどかしくてもどうすることも出来ない

 

 

 5月のある金曜にこの3月で退社した森さんが顔を出していた 森さんは私を見ると片手をあげハイタッチ 元気? と ご挨拶 
 この森さんはここでは皿洗いや洗濯など用務の仕事をしていた人なんだけど ちょっと顔立ちが八千草薫に似てるんだよね だけではなく雰囲気もそう離れてはいない 八千草薫から女優とかセレブ的なイメージを排除して一人の人間と見るなら多分森さんとそう違わないんじゃないかと思う

 その森さんが帰った後に今度はGさんが顔を見せた 私は1年前のあの火曜日以来(参照 プラトニックラブ)彼女には近づかないようにしているので遠くから見ていただけだったけれど松たか子には似ても似つかない でもけっこういい顔はしていた ペコちゃんだ
 
 Gさんが着任して1年を過ぎた頃から時折不二家のペコちゃんみたいな顔になることがあるのに気づいた そこにいる人達の気心も知れて来て仕事にも慣れてきたからかな と思った そうであるならこのペコちゃんが彼女の表の顔になりそうな気がするのだが、、、、(注 ここで言う「表」はプラトニックラブで長谷川さんを語った時のそれです)
 転勤後に顔を見せた際にもGさんはペコちゃんの顔になっていた それはいいのだが服が似合っていない、、、、

 ファッションってけっこう大事なものだと思う ファッションを通してその人が見えるってことがある 特に個性的な人ほどそのファッションにその人の人生が顕れている

 そのうち気が向いたらファッション論みたいなの描いてみようと思う 私は流行について興味ないし分からないのでそっち方向のファッション論ではないですが そのうちです 気がむいたらです 約束はしないです 

 なんにしろGさんのファッションは目立つし一定の方向性はあるにはありそうなんだけど それを個性的と言っていいのかどうかが分からない 


 Gさんが顔を見せる2.3ヵ月前のある日のこと 彼女が移動になる前だ 私は仕事が終わりロッカーに戻ろうとしていた 隣接施設職員のスターウォーズのロボットコンビを連想させる女性二人が廊下で囃している声が聞こえてきた
「わあ 熊さん 明日 Gさんとデートするんだあ」


 更衣室に入って来た熊さんは居合わせた他の男子たちから いいですねえ 明日デートですか とか言われて照れていたようだった 彼は結婚前提の相手を探しているらしい そして皆にこう言っってた
「もし誰かいい人がいたら 紹介してください お願いします」

 熊さん 真面目で素直な人なんだなあ と思った 一見して彼とペコちゃんなら似合いだなと思った 

 私見だけれど外見的には似合いだと思う 熊さんの内面は知らない でも多分 通常の振れ幅は少ないと思う 異常事態にでもならない限り熊さんの表と裏に大きな差はないと思う Gさんは通常の振れ幅が大きい そのことを踏まえてお互いの価値観の確認をすればいいと思う 表向きの価値観は合うだろう でもそれじゃない 同僚レベルじゃないんだ 結婚は人生を共にするということだから 家に居る時 内側の価値観 お互いのそれを確認し許容できるなら この二人は似合いだ 幸せになれそうだ Gさんはそれが自信になって一皮むけるかもしれない 通常の振れ幅の大きい人がそれを自覚しコントロールできるようになれば これは興味深い人間になる可能性大 

 でもお互いの内面を確認することなくズルズル付き合うと 後にめんどくさいことになるってことも、、、

 ま 他人事だし どうでもいいんだけどさ(^。^)y-.。o○

 

 

 

 

 

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