やまのブログ

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コンシャスネス トーク その2

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控訴状(訂正申立書)

 先週半ばに裁判所書記官から電話があって9月15日付け控訴状のことで ここはこうしてくれませんか みたいなアドバイスを受けてその辺を直したものを昨日提出してきました 担当裁判所と事件番号を聞いたのでそれも表記しています

 アドバイスと言ってもすべて形式的な部分で内容については一切ノータッチ 当然ですよね ただ私としてはけっこうありがたい 内容で争いたい私ですが形式のことはさっぱり分からない (弁護士でもついてれば問題ないのでしょうが そんなお金があればインド行きの費用にしてしまう私) 争う前に形式で撥ねられたら泣くに泣けないですから 

以下にその訂正した部分を貼っておきます

 

 

 

令和4年(行コ)第269号
             控訴状 訂正申立書
                  令和4年9月15日
                       同年 10月17日改変提出
東京高等裁判所民事7部 御中

送達場所
〒110-0012 東京都台東区**************
           控訴人(原告) 山﨑一夫
                    tel ***-****-****

東京都 霞が関1-1-1
           被控訴人(被告) 国
           同代表者 法務大臣 葉梨康弘
           裁決行政庁 厚生労働大臣 加藤勝信

上記当事者間の東京地方裁判所民事第38部が担当した令和4年(行ウ)第87号 再審査請求処分取消請求事件につき 同裁判所が令和4年9月2日に言い渡した判決に不服であるため控訴を提起します
        主文
 1 原告の請求を棄却する
 2 訴訟費用は原告の負担とする

 控訴の主旨
1 原判決を取り消す 一審での原告の主張は厚生労働大臣が 令和3年9月17日付で行った厚生労働省発社援0917代1号の裁決を取り消す事と当該裁判の訴訟費用を被告の負担とすることでした
2-1 国(被控訴人)は私(控訴人)の自然権を基にする人権主張を抑えて生活保護手帳に記載された海外渡航に関する通達を適用する正当性のある理由を示すこと
2-2 もしもそれが出来ないのであれば国の上層部による無理解と過ちを認め再審査請求の裁決を取り消し 改めて正当な裁決をすること

 以下 控訴の理由の内容は9月15日提出分とまったく同じです
 

控訴しました

 9月15日付けで控訴しました 控訴状をここに公開するのですが最初の一枚は画像でアップします 手書きの追加部分は事務官さんのアドバイスで追記したものです 形式のことなら事務官さんはかなり丁寧に教えてくれます 感謝

 

 

 控訴の主旨
1, 原判決を取り消す
2-1  国(被控訴人)は 私(控訴人)の自然権を元にする人権主張を抑えて生活保護手帳にある海外渡航に関する通達を適用する正当性のある理由を示すこと 
2-2  もしもそれが出来ないのであれば国の代表者により無理解と過ちを認め再審査請求の裁決を取り消し改めて正当な裁決をすること

       控訴の理由
 1)
 私は事実と正当性を見極めてください 適用する法令があるならその後にお願いします と訴えていました
 東京地裁民事第38部が判決で示した事実認定については特に不満はありません 問題は正当性の見極めです 
 民事第38部は私の申し立てに対しその正当性を見極めようとせずにただ法令を理由にのみ棄却しています これはとても納得できることではありません

 例として語るのですが「殺人」という事実があったとする 事実認定だけはして しかし被告人の主張の正当性を一切吟味せず 被告人の行ったことは殺人であるから刑法第〇条によって有罪とする なんて判決があったならそれを認められるとお思いですか? その殺人が正当な防衛行為であった場合や相手に強く頼まれた安楽死であったりしたらどうするのですか 判決はその事案内容の正当性をしっかり見極めたうえでなければなりません
 しかるに民事第38部は私の主張を無視したままに棄却しています 裁判記録をご確認ください

2)
 上記の控訴理由とは別にもっと奥深くそしてとてもとても大事な二つ目の控訴理由があります 裁判官の職務と内心の問題です
  以下 話は少し長くなりますが最後までお付き合いください その上でのご判断をお願いします

 地裁に国を被告とした本件の訴状を提出した後に民事38部から原告の私に連絡がありました 被告を国から福祉事務所に変更しませんか? という提案でした 収入認定された金銭の返還にはその方が得であろうといった内容も書かれてました
 それは原告の私にとって有利な提案かとは思ったのですが それでもお断りしました 私の本意は金銭の返還よりも主張に対する回答を求めることにあったからです 

 海外渡航に際しての収入認定に納得はしていませんがそれでも福祉事務所としてはそうせざるをえないのだろうとは思ってました 役人は法令に従うのが基本です 私のように生活保護を受けながら毎年のようにインドへ渡航するなどはおそらく前例がないだろうし生活保護手帳に海外渡航に関する通達がある以上見逃し続けるのは役人としては具合が悪いでしょう 
 福祉事務所から渡航前に収入認定のことを聞かされた際に私はそれには納得できないのでその場合は東京都知事宛てに審査請求する旨を伝えていたこともあり事務所の判断では決めがたいことを上層部にお伺いを立てるような意味合かと私は思いました 今でもそう思っています 
 ところが審査請求をした東京都知事も再審査請求をした厚生労働大臣も私の問いかけに答えず法令を理由にのみ棄却しました だから裁判所に訴え出たのです 

 ここまでの流れは民事38部に提出した裁判所への回答にも書いております だから民事38部はこの事情を知っていたわけです 裁判所に求めていたのは私の人権主張を無視して厚労省の海外渡航に関する通達を適用したことへの違憲訴訟です

 知っていたにもかかわらず主張を無視したのは倫理的に赦されません 
 そもそも裁判官の職務は訴えのあった事案についての事実と正当性を見極めそのうえで適正な法令を適用することでしょう なのにこの判決は裁判官としての職務放棄です 
 けれどもそれを咎める法令がありません ここに司法の非常に重要な問題が隠れています

 裁判官により故意と見做さざるを得ない不当判決が為されてもそれを咎める法令がない これは立法部の怠慢と捉えることもできそうですが 私としては裁判所の判決にはあまり制約を掛けるべきではないと考えます なぜなら訴訟は一般論では収まらないからです
 立法部は一般論で考えて法令を作りますが司法部は個別の具体的な事案に対応することになります 当事者達の様々な情状は法令で杓子定規に規定できないだろうしするべきではない これは裁判官が事案の内容を見て適宜判断するべきでしょう だから裁判官にはかなりの自由裁量が許されて当然です 
 しかしながら自由裁量が赦されるのは裁判官に悪人はいない 少なくとも法廷では良心に従い中立の立場で事実と真実(心情的な正しさ 正当性)を見極めて裁いている のが大前提です 

 「良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います」
 一般人が証人として法廷に立つ場合は上記のような宣誓を求められますよね 
 法廷は真実を求める場であり だからこそ神聖なんです その法廷を司る裁判官が故意に倫理に悖る判決を出すなど言語道断 これでは裁判官自らが法廷を侮辱していることになる  

 控訴理由の二つ目はこの事実を認めていただくことです 
このことを判決に明記していただくことで一つの判例となり今後裁判官の故意によるあるいは故意と見做さざるを得ない不当判決がなくなることを望んでおります

3) 自然権と規則の関係について
 人類社会が現在のようになるまでには長い道のりがあります その道のりはどのように成り立っているのかを考えます

 人の心には思惑があり 人と人の思惑が絡み合って人間関係ができ人は集まり村になり さらには国も興りあるいは滅びその道のりがこれまでの歴史になります 
 具体的にはそれこそいろんなことがあった 争いがあり仲直りがあり裏切りもあり、、、個人の歴史に そして人類の歴史にいろんなことがあった 
 そのいろんなことが可能だったのは人の心に感じる、思う、考える等の能力があったからです その心の能力は他者から与えられたものではなくまた他者に取り上げられるような性質のものでもない それは人が持って生まれた能力 それが天賦人権 それが自然権 つまり自然権の正体は人の内心です 内心の思いがいろんな形で言動に現れる

 遠い遠い昔 人類が誕生して間もない頃には善悪の概念などなかったでしょう 人と人が出会い家族となり村が出来ていく過程で集団生活を円滑に行うにはこれこれのことはしてはいけないなどと学ぶことになり そこで善悪の概念が生まれ また簡単なルールが出来てきたと推測されます 法令の始まりですね その原初の時点では自然権の概念などまったく知らなかったことでしょう(自然権を理解するには哲学的思考が必要) 
 自然権など知らなかったでしょうが それでも善悪の概念を自分達なりに理解し規則や法令を作り上げてきたのは人々の内心の思考力があったからです 自然権があったればこそ善悪の違いを区別でき道徳ができ今の法令が出来ている 法令を作ったのは人々の内心という持って生まれた自然権によるのです

 ところが本件では法令が自然権を無視するという頓珍漢な暴挙が為されてる このことの重大性を理解できますか?

 法令が整備された社会が当たり前になることでなぜ法令があるのかが分からない人が増えたのでしょうね だから「法律に違反しなければいいんだ」のような考えが世間で幅を利かすようになってしまった そしてまた内容を理解するのでなく名前を記憶するだけの人が増えてしまった 例えとして「表現の自由」を語ります
 「表現の自由」を連呼している人をよく見かけますが表現の自由が正当な人権と認められるためには具体的な表現が正当なものである必要があります その表現内容が特定の誰かを誹謗中傷するものや社会を乱す目的のデマなどを「表現の自由」があるから正当な人権などと認められるわけがない 

 自然権に善悪も正邪もないんです 人は持って生まれた自然権によって善いことも出来れば悪いことも出来る そしてまた自分の言動の善悪を判別する能力も持っている それもまた自然権によるものです 一般的にはそれが良心と呼ばれる 
 ただ時に自然権による主張の善悪あるいは正邪の判断が難しいこともある 福祉事務所は私の主張と規則のどちらを優先するべきかを迷ったのだと思われます 
 けれどそれなりに上位者の立場にいる者がその判断をできないというのは情けない 特に裁判所 違憲審査権はなんのためにあるんですか
 
 役人は法令に従うのが基本と先に言いましたが裁判官は例外です 三権分立は立法行政司法が並び立つことを意味するものでしょう 裁判官は法を司る者です その裁判官が法令に隷属してどうするのですか 裁判所が立法や行政の下部組織に成り下がってどうするのですか
 その法令が明らかに憲法に違反しているなら法令違憲を その法令が憲法に違反してるとまでは言えなくても当該事案の状況下での適用が不当であるなら適用違憲を しっかり見極めてください

4) おまけ
 私は法曹界に近しい人間ではありません なので法曹界の常識は知らないのですが裁判は何度か経験しており(主に刑事裁判)多少の奮囲気は感じてます 私のその感覚によると日本の裁判所では自然権の扱い方に迷っている印象です 違いますか?
 担当裁判官殿には私の言葉の内容をしっかり吟味してください 正しいと思われますか それとも間違ったところがあるでしょうか 間違いがあるならどこがどのように?

 特に間違いがないようなら原審判決を破棄してください 自然権と法令の問題については後は国が引き継ぐことになります その時には本件も話題になるでしょうしメディアも取り上げるでしょうから皆で考えればいい あとはなるようになる

 自分の仕事を全うしましょう よろしくお願いします
 
 

令和4年(行ウ)第87号 判決文

9月2日に出された判決を公開します

 

 

 

 

 

私はこの判決に対して控訴いたしますが いま現在の私の脳内ではかなり嫌味たらしい文章がイメージされています(#^.^#)

 

 

 

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