山中伊知郎の書評ブログ -232ページ目

「この人、痴漢!」と言われたら

「この人、痴漢!」と言われたら―冤罪はある日突然あなたを襲う (中公新書ラクレ)/粟野 仁雄
¥798
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もし何かの事件の犯人として逮捕された上に起訴までされたとしたら、いったい何%の割合で裁判で「有罪」になるのか?

 いわゆる起訴有罪率だが、私も、先日、弁護士さんに取材して、その数字を聴いてあ然としたね。日本においては「99.9%」以上。つまり、起訴までいったら、ほぼ罪は逃れられないと考えたらいい。

 でも刑事も検事も裁判官も、みんな人間なのだから、そんな「ほぼ完璧に真犯人を見つける」なんてマネができるはずはない。結局、そのうちの何%かは「濡れ衣」、いわゆる「冤罪」の人を逮捕して強引に「真犯人」にしたてあげているわけだ。

 殺人などのヘビーな犯罪に限らない。痴漢、万引きといった、いかにも日常的な犯罪の中にも「冤罪」で裁かれている人は多いし、名誉を失墜するという意味では、当事者やその家族に耐えがたい苦痛も与える。映画『それでもボクはやってない』でも、その様子は克明に描かれている。

 『「この人、痴漢!」と言われたら』は、そうした冤罪の現状、冤罪を生む土壌、自分が冤罪被害者にならないための心がけを、極力、コンパクトに、わかりやすく教えてくれる。

 私としては、もっともためになったのが、「痴漢」の疑いをかけられた時の対処法。駅事務所に連れていかれたら、もう逮捕されたのと同じ。しかし、バタバタと逃亡を図れば周りに取り押さえられる。冷静に、自分の名刺を相手に差し出して、「話があるなら連絡してください」とホームで被害を訴える女性にいい、ごく自然のその場をひとまず立ち去る。いやあ、読むだけなら簡単そうだが、いざとなったら頭に血が上って、こんな態度はできないだろうなァ。

 知り合いの女のコと遊んであげたら強制わいせつで捕まっちゃったり、停車していた車に白バイがぶつかって来て警官が死に、車の運転手が逮捕されて実刑判決を受けたり、本の中には、理不尽だが、いつわが身にふりかかるかわからない事件もいくつも紹介されている。

 コワい。警察や検察がその気になれば、「犯罪者」なんて簡単に作れるのだから。


KAGEROU

もう、年末ジャンボブレイク状態としかいいようのない『KAGEROU』現象。私も発売翌日の16日に買ってしまった。なんだかいかにも時流に乗っているようで、コンビニで18禁のH本を買うより恥ずかしかった。

 私の買った神田三省堂などは、入口入って、ずっと『KAGEROU』だらけ。さながら一大キャンペーンをはっているような騒ぎであった。

 マスコミも盛り上げてますな。週刊新潮買ったら、わざわざ3ページの特集記事作って「『KAGEROU』の冷笑的読解法」なんてやってる。中身読むと、「文章のレベルが低い」なんてことを縷々書き連ねているものの、正直いって、これは「宣伝」だぜ。こんなにたっぷりとページ数をとって、じっくり一冊の本に触れてくれる、宣伝効果抜群の書評はなかなかない。「へー、そんなにレベル低いの? どのくらい低いか、ちょっと読んでみよう」になるにきまってるじゃないか。アマゾンカスタマーレビューも400件くらいたまってるし、これはもう、生半可なブレイクではないな。

 「文学賞受賞=小説家デビュー」の、いかにも使い古された古臭い構図を、こんなにリフレッシュしてくれた功績は評価しなくてはならない。また、活字の世界も、やりようによってはこれだけ社会にインパクトを与えるんだぞ、ということも立証して見せてくれた。出版界は斜陽だ何だといわれながら、やればできる。まだまだ音楽CD業界などに比べて、社会的影響力は残しているのだ。

 あの週刊新潮の記事にしても、表面はバカにしているようにみえて、「こういう本が出てきて嬉しい」という喜びにあふれていた気がするもんね。

 これをキッカケにして、「自分も小説書いて、文学賞に応募しよう」と考える人間は当然増えるだろう。ネット小説の世界もますますにぎやかになるだろう。いいことじゃないか。

 ちなみに、読んだ感想についていえば、マイナーな同人誌に載っていそうなマンガの原作みたい。読みやすくて、ちょっとユニークな世界観を狙ってはいるが、驚くほどの新しさはない。

 いや、中身をとやかく言うのはヤボってもんだ。『KAGEROU』は、「KAGEROU現象」を起こした貴重な本として、その存在を出版界あげて喜べばいいのだ。

KAGEROU/齋藤 智裕
¥1,470
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食べる日本語

どうもダメだな。気楽に、読みたい本を読んで書きたいことをかけばいいや、と書評プログをはじめてはみたものの、やりだすと、ついつい「身構えて」しまう。本を開く前から、すでに、どこを書こうかとスタンバイ状態になり、読んでいる最中も、そっちに頭がいって、だんだん「仕事」みたいな気になってくる。

 こりゃいかん。

 てことで、今回、手にしたのは、神保町の古本屋で見つけた『食べる日本語』。食べることに関する様々な言葉を集め、その一つ一つに、見開き2ページで、ウンチクの入ったコラムがついている。たとえば「つるつる」なら、「俵万智はトコロテンの食感に、渡辺淳一はイカの刺身の食感表現に使ってますよ」などといった具合に。

 全体は三章にわかれて、こうした「つるつる」のような擬音、擬態語で1章、「ふくよか」「淡泊」などの味についての言葉で1章、「完熟」「別腹」など、食事めぐりの言葉で1章。

 とにかくこういう本て、最初から順番に読まなくてもいいのが、ありがたい。「オレは『むしゃむしゃ』からいこう」「私は『フルーティ』のページから」と勝手に好きなところから読み始められる。だから「仕事」の気分にならずに適当に読んでいける。そして、読んだからといって、別に大して「役に立たない」のが、いい。「『にちゃにちゃ』って言葉は出雲風土記にも使われていたらしい」と知っていても、自慢にならないからね。単なる雑学本よりも、こうした食のウンチクを集めたものは「高度なムダ」の味わいがあるのだ。

 また、こういうコラムが、実用一点ばりのイメージの日経新聞に連載されていたのも、なかなか興味深い。

 読み終わった途端、中身はほとんど忘れてしまったが、それもまたよし。くれぐれも日本語の勉強をするつもりで読んだりしないように。

食べる日本語/早川 文代
¥1,000
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百瀬、こっちを向いて。

 「ピュアな恋愛」と聞くと、すぐに連想するのが村下孝蔵の『初恋』だ。学生時代、放課後の校庭を走っている女のコを見て胸がキュンとした、なんてのは多かれ少なかれ誰にも経験があること。酒を飲んで家に帰り、ついYou Tubeでこの『初恋』を聴き、昔を回想して涙がぽろぽろ出てきた、なんて経験もある。つまり、55歳のオッサンである私でも、「ピュアな恋愛」に対する感受性は、ある。

 ただ、『百瀬、こっちを向いて』という短編小説集には、ちょっと違和感があったな。地味な少年少女のピュアな恋愛を描いた連作、という売りにつられて買ってみたが、どうも掲載された4作通して、設定に「小細工」がありすぎる。

 表題作『百瀬、こっちを向いて』は、偽装恋愛でウソの付き合いをしていた男のコ側が、本当に女のコを好きになってしまう話。『なみうちぎわ』は、5年間、植物状態になって目覚めた女性が、その原因を作った少年と恋に落ちる話。『キャベツ畑に彼の声』は女子高生が好きになった先生が、実は売れっ子作家だった話。最後の『小梅が通る』は、わざとブスな化粧をして素顔を隠していた美少女が、そのブスの顔の彼女の方を好きになる男のコに出会って、戸惑う話。

 こういう、設定に対する凝り方って、やっぱり必要なのだろうか。もっと単純に、普通の男と女が普通の出会い方をするストーリーはできないものか。若い読者は、こういう入り方の方が感情移入しやすいのか? 

 どうもよくわかんないな。極端にいえば、『伊豆の踊子』や『潮騒』の方が、男女の出会いとしてみれば、もっとシンプルでピュアだった気がするが。

百瀬、こっちを向いて。 (祥伝社文庫)/中田 永一
¥600
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大和魂

 時の立つのは早いもので、南アフリカワールドカップの記憶も、だいぶ薄れてきてしまった。1つには、ワールドカップがあれほど盛り上がったにもかかわらず、その後のJリーグが今一歩で、「サッカー熱」がどんどん冷え込んでしまったのも要因としてあるだろう。

 ことに、私も18年間、ずっと応援し続けている浦和レッズ。一試合当たりの平均観客数の下落はJトップ。埼玉スタジアムに行くと、去年まではまったく空席がなかったゴール裏のサポーター席まで、うしろの方は空いていた。たまらなかったね。だいたい「ぜひ見たい」と思う魅力的な選手がどんどんいなくなっちゃったんだから、そりゃ集客も悪くなる。最たるものが闘莉王だ。あの、DFのくせにいつの間にかゴール前でスタンバってる攻撃精神や、チームの雰囲気が沈滞すると大声出してハッパをかけているムードメーキングで、90分、彼を見ているだけで退屈しなかったもんな。


 買ってしまいました、闘莉王の新刊の『大和魂』。ま、たぶんほとんどがワールドカップ絡みで、それに名古屋の優勝秘話が入っているのだろうとは予想していた。だが、ここまでレッズ時代の話がほとんど出てこないとは思わなかったな。正直、私としては、もう報道されつくしたワールドカップネタよりも、レッズから名古屋に移った際の真相に、幾分でも触れてくれるのを期待した。考えてみりゃ、それは露骨には書けないだろうけど。

 ほんのちょっと触れられていたのが第三章。6年間を浦和で過ごした日々を忘れない、と語っていると同時に、「戦力外通告」を受けた2009年も、自分はJベスト11に選ばれた、とさりげなく付け加えている。また、フィンケ家督の方針がショートパスを多用する組織力重視であったが、サッカーは組織と個のバランスがしっかりしていなくては決定力は生まれない、とも記されていた。

 しょうがないな。クラブや監督批判するといっても、せいぜいここまでなんだろう。そこ以外のワールドカップ関連は、私には少々退屈。

 とにかく闘莉王のいなくなったレッズは神輿の出なくなった三社祭のようなもの。どーも盛り上がりに欠けるぜ。



大和魂/田中 マルクス闘莉王
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