大尊(たいそん)時代の幕開けです!! | 福岡の団塊ジュニア世代進路アドバイザー特定社労士・山本幸司のブログ

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生粋の福岡県人である「特定社労士」こと特定社会保険労務士によるブログです。

年に6回、奇数月に興行が行われる日本の国技・大相撲、

本日2024(令和6)年5月26日(日曜日)に東京・墨田区の両国国技館にて開催されていた大相撲2024(令和6)年5月夏場所が千秋楽を迎えました。


この場所を制したのは石川県河北(かほく)郡津幡(つばた)町出身の

西小結 大の里泰輝(おおのさと・だいき)関、


先場所、2024(令和6)年3月春場所にて110年振りとなる「新入幕優勝」を果たした尊富士(たけるふじ)関に続く


2場所連続となる超新星の誕生です!!

大相撲は番付が全ての「階級社会」、

入門を経て前相撲を取り、序ノ口→序二段→三段目→幕下→十両→平幕→小結→関脇→大関、そして最高峰である横綱の順に上昇しますが、

幕下以下の力士は無給で半人前の「取的(とりてき)」、

十両以上の力士は給料取りで1人前の「関取」、

雲泥の差があります。

更に平幕から横綱までの力士は「幕内力士」と呼ばれ、優勝の暁には「幕内最高優勝」として天皇賜杯に輝きます。


大相撲は原則として前相撲からスタートしますが、学生時代やアマチュア時代に実績を残した入門者は

「三段目付け出し」「幕下付け出し」

なる特別待遇が受けられます。


今場所、幕内最高優勝に輝いた大の里関の場合は学生相撲の強豪・日本体育大学の在籍時に「国体横綱」や「アマチュア横綱」のビッグタイトルを獲得したことで

いきなり幕下からのデビューが認められました。

わかり易く言えば「特待生」ですね。


鳴り物入りで角界に入門したのが丁度1年前となる2023(令和5)年5月夏場所、

期待通りの出世を果たし、この場所は初めて小結に昇進しました。

まだ幕内力士として僅か3場所目のことです。


5月12日(日曜日)の初日に角界唯一の横綱である照ノ富士関に勝利、


大の里関に横綱戦初勝利を献上した照ノ富士関は


左脇腹の悪化により翌日から休場、

角界ナンバー2である大関も4人中2人が途中休場、

「荒れる夏場所」と化しました。

大相撲は千秋楽に最後の3番を取る幕内力士は「これより三役揃い踏み」なる名誉な儀式に参加出来ます。




最後から2番目の取組に入っている大の里関も「これより三役」に登場しました。


国技館には大の里関の故郷から駆けつけた父親の中村知幸さんの姿も見られました。



今場所最大の見所である「これより三役」2番目の取組は

西小結・大の里関と西関脇・阿炎(あび)関との大一番


過去の対戦成績は大の里関の1勝0敗です。



館内は大の里関を応援するファンが殆ど




この取組に懸かる懸賞金は半端な額ではありません。



新鋭ながら既に大関の風格さえある落ち着いた大の里関に対し


気合十分の阿炎関、


期待の逸材と


幕内最高優勝の経験を持つ実力者との対戦は


大の里関が阿炎関を


一気に押し出し、


この瞬間、大の里関の初優勝が決まりました。

観客と抱き合う父親の知幸さん、



人生最高の勝ち名乗りを受ける大の里関、


土俵から降りた時


知幸さんは大粒の嬉し涙を流していましたが、


当の本人は至ってポーカーフェイスでした。



初優勝の大の里関は小結の番付で12勝3敗、

敗れた阿炎関は関脇の番付で10勝5敗、


小結と関脇は「三役」とも呼ばれますが、阿炎関は三役の地位で自身初となる2桁勝利を挙げました。

阿炎関にとって今場所は何かのキッカケとなったことでしょう。


大の里関の出身地である石川県河北郡津幡町も大フィーバー、



相撲少年・中村泰輝さんは大相撲力士・大の里泰輝関となり

僅か1年で故郷に錦を飾りました。


特に津幡町は今年の元旦(月曜日)に発生した石川県能登半島地震の被災地だけあって感慨深いものがあるでしょう。


大相撲中継を担当しているNHK総合ではニュース速報のテロップが流れ


幕下付け出しの「特待生デビュー」ながらも初土俵から7場所での幕内最高優勝は史上最速

であることが強調されていました。



今年の1月初場所に早くも幕内力士となって今場所が3場所目ながらも毎場所に渡り幕内最高優勝を競っていた逸材が


3度目の正直で夢を叶えました。
 

国技館の支度部屋に戻った大の里関は少し涙ぐんでいましたが


床山さんに髷を結ってもらいながら記者陣からの質問に応対する際には受け答えがキチンとしていました。



因みに大の里関は先場所に優勝した尊富士関と同じくチョンマゲ姿、

何故ならば出世の速さに髪の毛の長さが追いつかず、関取のシンボルである大銀杏が結えないからです。


チョンマゲを整髪した大の里関が花道に現れ


ご起立をした観客の皆さんと共に


国歌「君が代」を斉唱、


続いて公益財団法人・日本相撲協会の八角(はっかく)理事長より


憧れの天皇賜杯


同じく高田川理事より優勝旗


内閣総理大臣杯は岸田文雄首相の代理として村井英樹・内閣官房副長官よりそれぞれ授与されましたが、

中でも呼び出しさんの助けを借りずに重たい総理大臣杯を大の里関へ直接渡した村井副長官の力強さには


国技館内からドヨメキが起こりました。



恒例の優勝力士インタビューでは前もって師匠から一言、  

「優勝しても喜ぶな」


大の里関の師匠は現役時代に絶大な人気を誇った元横綱・稀勢の里関の二所ノ関親方、



寡黙な力士として知られていました。

まさに稀勢の里関、いや二所ノ関親方らしいですね。


涙目だった中村知幸さんもすっかり笑顔、
 

逆に大の里泰輝関こと中村泰輝さんは少し涙目


しかしながらインタビューの最後に

「これからどのような力士になりたいですか?」

と質問されると間を置いて恥ずかしながら

「…強いお相撲さんになりたいです…」


これには館内も大爆笑でした。


大の里関が授与されたのは天皇賜杯だけではありません。

幕内力士のうち、平幕・小結・関脇の力士を対象とした「大相撲三賞」では殊勲賞技能賞ダブル受賞に輝きました。



大相撲三賞、残りの1つとなる敢闘賞は今場所が幕内デビューだったモンゴル国出身の欧勝馬(おうしょうま)関、


偶然にも大の里関と同じく日本体育大学の出身です。


あと、1974(昭和49)年7月名古屋場所以来半世紀振りに復活した


「琴櫻」の四股名、


元横綱・琴櫻傑將(ことざくら・まさかつ)関のお孫さんである大関・琴ノ若傑太(ことのわか・かつひろ)関が今場所より「二代目」を襲名、


大関・琴櫻將傑(ことざくら・まさかつ)関は記念すべき場所を11勝4敗で終えました。


2場所続けて「チョンマゲ力士」が天皇賜杯に輝いた大相撲、


大の里関と尊富士関による「大尊(たいそん)時代」の幕開けです!!


最後になりましたが、大の里泰輝関、

史上最速の幕内最高優勝おめでとうございます!!





私は福岡県在住の「特定社労士」こと特定社会保険労務士です。


私は2012(平成24)年の11月から4年間に渡り

「合格基準が透明な社労士試験」

「受験生の努力が報われる社労士試験」

の実現を目指して日々奔走されていたtktk様の活動を誇りに思っております!!