続 発掘品のおすそ分け | くるまの達人

くるまの達人

とか、タイトルで謳いながら、実はただの日記だったりするけど、いいですか?

昨日、発掘品のおすそわけと称して、
本棚をひっくり返して出てきた古い雑
誌に寄稿した原稿を紹介したら、なん
だか少し好評っぽいので、もう1回く
らい紹介してみようかと。もうすぐ朝
の7時。約束の原稿が仕上がらずに焦
ってるときほど、油売りに精が出るわ
けですが、この油を売ったら仕事に戻
りますゆえ、どうぞよしなに。


またしてもジャーマンカーズに寄稿し
た原稿ですね。ま、そのへんの山を崩
して行った発掘作業の成果物なので、
もし機会があれば次は他の山を掘って
みたいと思います。

記事は、ポルシェ特集のときのもので
す。W124以外では本が売れずに困
ってるという相談を受けて、ポルシェ
オーナーの皆さんを味方につけなさい、
と。日比野さんのところが頑張ってい
るやり方と競合しないところに必ずお
客さんはごっそりいます、と。だから
わたしの言う通りに少なくとも半年は
おやりなさい、と。そんな流れでほぼ
全編監修したポルシェ特集の一部分で
す。元日産自動車の武井道男さんに伺
いに行った話をまとめたものです。ド
ライバー誌の編集者に、山口にどうし
ても紹介したい人がいると八丁堀の居
酒屋に呼び出されたのが武井さんとの
最初だったかな。日産自動車の社員と
して経験された欧州駐在のときの話が
とてもおもしろく、じゃあポルシェの
企画やってみてよということになった
とき、いの一番で電話してお願いした
んですね。この話はジャーマンカーズ
の読者に読ませてあげたいって、すっ
ごく思ってましたから。

お題はメルセデス・ベンツとポルシェ
の蜜月的なんちゃら、と付けたと思い
ます。ポルシェ特集はけっきょく思っ
たほど売れ行きにつながらなかったと
いうことで1回で終わっちゃいました。
だから、1回だけ特集やってホイホイ
着いてくるようなポルシェオーナーた
ちじゃないんだって、彼らはあらゆる
雑誌で騙されてるからめいっぱい用心
深いんだって言ってるのにさ。今とな
っては、もうどうでもいいんですけど、
残念です。

というわけで武井さんのお話、どうぞ。
前澤さんのときのように茶化した書き
方にしてないのは、被取材者のキャラ
に因ります…あはは、前澤さんゴメン。


2015_02_23_500E


(前略)

当時、ヴァイザッハへ行くと、W12
4が走ってましたよ。ポルシェの連中
に聞くと、ダイムラーからの開発依頼
で仕上げている最中なんだと言ってま
した。ダイムラー側で大体の要素は作
ってきて、それを仕上げろっていうこ
とだったようですね。

500Eの開発がポルシェに任された
背景には、当時経営が苦しかったポル
シェを救済するための、いわばダイム
ラーによるポルシェエイドのようなこ
ともあったようですが、ヴァイザッハ
のテストコースをポルシェ以外のクル
マが走っていること自体は、決して珍
しいことではないんです。市販される
か否か、市販されても公表されるか否
かは別として、世界中の自動車メーカ
ーがポルシェに開発委託をしています。
だから、ベンツが走っていたとしても、
何ら不思議な光景ではないんですね。

そうこうしているうちうに500Eの
試作完成車が出来上がったんだという
話をダイムラーの人間から聞いたんで
すが、彼らはこのクルマを市販すべき
かどうか、相当悩んでましたね。曰く、
パフォーマンスとしては最高だと。も
の凄いクルマが出来ちゃったんだと。
ただし一方で、何ということをしてく
れたんだと言うわけです。なんだ? 
と聞くと、高いものばっかり使いやが
ってさぁ、と笑ってるんですね。この
まま生産ラインで流すと高いんだよね
ー、と。結局、少しだけコストダウン
方向にパーツを見直したらしいという
話を後から聞きました。

ともかく500Eというクルマは、ダ
イムラーとポルシェのコラボレートが
なければ、絶対に生まれなかったクル
マです。ダイムラーの連中が独力で5
00Eを作り上げていたら、決してあ
あはならなかったと断言できます。そ
もそもポルシェとは、クルマに対する
考え方が違うので、彼らにはあのよう
な発想がないんです。

例えばレース参加資格を得るために量
産した、コスワースエンジンを搭載し
た190のモデルがありますよね。と
てもいいクルマですが、実にセダン然
とした乗り味だということは、ドライ
ブした経験がある方ならご存じだと思
います。あのモデルが参戦したレース
は、色々な箇所を大きく変更できまし
たから、市販バージョンではエンジン
やボディ形状など改造できない部分の
要件を満たしていれば、それで良かっ
たわけです。それよりも売らなければ
ならないという大命題がありますから、
セダンとして購入してくれるお客様が
求める条件を満たすことが優先という
のがダイムラーの考え方です。

ところが逆にポルシェには、そういう
発想がない。最高のスポーツ性能を備
えたW124を作ってくれというお題
を与えられたら、これ以上は世界の誰
にも作れるわけがないというものを完
成させて、依頼主に納める。コスト計
算がまったく出来ないわけではないで
しょうが、それはポルシェの仕事では
ないということでしょう。ポルシェの
エンジニアがダイムラーのエンジニア
から学ぶことはないんです。それはダ
イムラーには自動車業界のキングなの
だという強い自負とプライドがあるよ
うに、ポルシェにはエンジニアリング
に関しては絶対に世界一だという強い
自負とプライドがあるからなんです。


ダイムラー・ベンツとポルシェ、それ
ぞれの組織の雰囲気について、もう少
し丁寧にお話ししましょう。

まずダイムラーは、ひと言で言えば猛
烈なプライドを持った組織です。いつ
でもビシッとしたスーツを着て、最新
型のベンツに乗って現れるので、そん
なにいいサラリーをもらってるのかと
聞くと、規定の役付になるとスーツと
ベンツが会社から支給されるんだそう
です。つまり組織を上げて、各人にベ
ンツで働くことのプライドを自覚させ
ているわけですね。もちろん上っ面を
着飾るだけじゃなくて、彼らは、やる
べきことは全部やるという集団でもあ
ります。

ダイムラーのテストコースに90度バン
クを持った周回路があって、私も一度
走らせてもらったことがありますが、
あんなものは普通にクルマを作るだけ
なら必要ないわけです。なんたって直
角な壁ですから、クルマの強度さえも
てば、速度無制限で走れるんです。工
作精度だって安全性だって、環境問題
ももちろんそうでしょう。あらゆるテ
ーマを自ら提起して、何十年も先を見
越して研究し、データも取ってます。
その裏付けあっての王者のプライドな
んです。これはポルシェとは違った意
味で、すごいことだと思います。

一方のポルシェは、世界に冠たるエン
ジニア集団です。実は私が日産にいた
頃、MID4という4WDカーのフェ
イズ3をやるかどうかが問題になりま
して。副社長に呼ばれて、ポルシェに
行って相談してきてくれってことにな
ったんです。当時ポルシェは、959
をやってましたからね。早速出向いた
ヴァイザッハで、こう言われたことを
覚えています。

“959のようなクルマは、採算を度
外視して、ポルシェが持てる力を全部
そこに集中させて初めて出来るような
クルマなんだ。そのためには、それこ
そが我らの仕事だと発想できるような
組織が必要だ。組織というのは、つま
り人間だよ。かじり付いてでも完成さ
せるんだ! 我らの技術の粋を見せて
やるんだ!! っていう気概を持って仕
事に取り組んでいる人間で構成されて
いる組織かどうかということだ。ポル
シェはそうだ。日産は、どうなんだい?”

その回答を持ち帰ってから、MID4
は止めようようという結論が出るまで
あっという間だったのは、笑い話にも
なりませんが、私的にはポルシェがポ
ルシェたる所以を思い知ったような経
験でしたね。

他にもこんな話があります。アウトバ
ーンの国ドイツでも、近年は250km
/hの速度リミッターが取り付けられ
るようになりました。ところがポルシ
ェだけには、それがありません。日本
で1社だけそんなことをやったら、大
変な問題になりますが、ドイツの他の
メーカーの人間にその事を話すと“だ
って彼らはポルシェじゃないか”とい
うわけです。ポルシェが250km/h
までのクルマしか作らなくなったら、
ドイツの自動車工業は衰退してしまう
と。つまりドイツにおけるポルシェの
位置づけは、単なるメーカーではなく、
エンジニアリングにおけるシンクタン
クだということなんです。さらに言え
ば、ドイツのメーカーに限らず、究極
の技術を完成させたいときにポルシェ
に相談するのは選択肢の一つとして恥
ずべき行為じゃない、それほどの存在
ということなんですよ。


ご存じのようにダイムラー・ベンツも
ポルシェもシュツットガルトという町
にあります。この町にはボッシュもあ
りますから、どれだけ多くの自動車技
術がこの町から生まれたのかと思うと、
驚くばかりです。

私はプライベートな時間の彼らとも、
幾度となく一緒に過ごすことがあった
のですが、ダイムラーのエンジニアた
ちのほとんどは、ポルシェが実に好き
でした。自宅を訪ねると、ガレージに
911が並んでいるわけです。あるエ
ンジニアは356に乗って会社に通っ
てましたね。私が、ポルシェはいいよ
ねと言うと“そうだろ、分かるかい?
これはとんでもなく楽しいクルマだよ”
って、異口同音に言っていたのを覚え
てます。

同様にポルシェのエンジニアが、ファ
ミリー用のセダンやワゴンを買うとき
は、間違いなくベンツです。少なくと
も私が付き合っていたポルシェの人た
ちで、ベンツ以外のクルマをいわゆる
実用車として選んで乗っていた人はい
ませんでした。

これは同郷のよしみなのかと思ってみ
たこともあるんですが、どうやらそれ
だけではないようなんです。つまりエ
ンジニアとして、お互いが作ったクル
マを見たときに、実に納得がいくらし
いんですよ。ダイムラーのエンジニア
は、ポルシェの各部に見られる技術的
なテーマに対するポルシェのエンジニ
アの解決法をチェックしながらフムフ
ムとうなずいてますし、ポルシェのエ
ンジニアはベンツの各部を見て、実に
論理的で素晴らしいという感想をもら
すわけです。

先に話しましたが、ダイムラー・ベン
ツとポルシェは、クルマ作りにおける
フィロソフィーがまるで違います。そ
こに共通して見いだす点というのは、
ほとんどありません。ところが、エン
ジニアリングという観点まで突きつめ
れば、両社のエンジニアがもの作りに
の過程で生じるテーマを解決する理論
や手法というのは、実によく似ている
のではないかと思うのです。だからこ
そ、お互いが作ったクルマを前にした
ときに、ニヤッとほおが緩むポイント
がいくつも見えてくるんでしょうね。
余談ですが、どうも両者とも、BMW
は自分たちの発想とはちょっと違って
馴染まないと考えてる様子がありあり
と分かるんですよ。あれはラテンの発
想で作ったクルマだと、シュツットガ
ルトのエンジニアの目には、明らかに
そう見えているようですね。

※この号の出版後、一部内容に事実関
係の再確認が必要な部分が見つかりま
した。その部分のみ割愛しています。
写真は友だちのクルマをわたしが撮っ
たもので、記事とは関係ありません。



山口宗久(YAMAGUCHI-MUNEHISA.COM)
Twitter / nineover
facebook / Yamaguchi Munehisa