発掘品のおすそ分け | くるまの達人

くるまの達人

とか、タイトルで謳いながら、実はただの日記だったりするけど、いいですか?

わたしが過去に乗っていたクルマのこ
とをfacebookで少し書いたのですが、
そのときに古い写真や記事が掲載され
た雑誌をゴソゴソひっくり返しまして。
そうすると埋もれていた懐かしい写真
や、そういえばこんなこと書いたっけ、
みたいな軽い発掘状態になりまして。

ジャーマンカーズという雑誌にかつて
原稿を書いていたのですが、ところど
ころに面白いことを書いてますね、わ
たし。自分で言うのも何ですが、とこ
ろどころ、おもしろいです。仕事の手
を止めて、何冊か読み返してしまいま
した。たまたま手に取った数冊の同誌
の中に、2010年3月号があって、そ
の中で故前澤義雄さんのコメントを紹
介していました。元日産自動車のデザ
イナーの前澤さんには仲よくしていた
だいて、この企画のときも電話を掛け
て「ブリスターフェンダーを褒めちぎ
ってくれ、という編集部のオーダーに
応える原稿を書きます。私が聞き役に
なりますから、褒めちぎってもらえま
すか?」とお願いしたところ、5秒ほ
ど沈黙があって「ん、いいよ」と微妙
な快諾をしてくれたことを思い出しま
す。

デザイナーの氏にとってみれば、何か
1つのテーマを褒めちぎってくれ、と
いうオーダーは、無茶苦茶な頼まれ事
に違いないんですが、氏が自動車ジャ
ーナリスト家業を始めて数年の間に、
予定調和で内容を作っている雑誌がど
れほど多いかという現実を知って、あ
の前澤さんも対応されるようになった
のだなと妙な気持ちで飯田橋近くのご
自宅まで迎えに行った記憶があります。


実はブリスターフェンダー以外の話の
方がおもしろいこの原稿、前澤さんの
声が浮かんでとても懐かしかったので
途中から紹介しますね。わたしが自分
の500SEに乗って前澤さんを迎えに
行ったあたりから、です。


2015_02_22_GCARS


(前略)

「おはよう。山口くん、クルマ乗り換
えたかぃ? なんだか……」

いや、前と同じですよ。

「いや、なんだか高級になった感じが
する。気のせいか。それはそうと、今
日はブリスターフェンダーの話をすれ
ばいいのか?」

はい、ブリスターなドイツ車たちは、
なぜ僕らの心をわしづかみにしたのか
というのが全体の……。

「ベンツというメーカーは、そういう
ことはせんだろう。彼らは完璧主義だ
からな。そういうことはしない」

あ、そうなんですか。あまり本題と関
係ないような気がするんですけど、お
もしろそうなんで少し話し……。

「そもそもヨーロッパの自動車メーカ
ーには、連綿たるクルマ作りの伝統が
ある。だから、スケジュールを厳守す
ることが何よりも優先される日本車と
は、自動車作りへの考え方が違うのだ。
開発過程で生じるいろいろなことがこ
とがうまく片付かないと、目標の日程
が来ても伸ばしてしまう。結果、当初
の予定から発表日がずれてしまうこと
だってある。これは今でもそうだが、
特にモデルサイクルが長かった80年代
頃までは、その傾向が顕著だったな」

そんなことが許されるんですか?

「許される。というか、彼らから見た
ら、日本の自動車作りのほうが許され
るのか、ということなのかもしれない。
本当にそのままで客に売ってしまうの
か? というわけだ。

かつての欧州車は、1つのモデルを発
表したら、それを8~10年くらいは作
り続けていたわけだ。1ヶ月や2ヶ月、
いやそれが半年くらいであっても、そ
のくらいのズレは、10年の中でみたら
誤差に過ぎん。それよりも、問題点を
可能な限りまっとうな方法で解決して
から客に提供するということのほうが、
よっぽど尊ばれておったわけだ」

では、それができない日本車の場合は、
マイナーチェンジで気になっていた箇
所を解決するわけですね?

「いや、解決できん。マイナーチェン
ジで解決できるような問題は、そもそ
も問題じゃない。あ~ぁ、と思ったら、
基本的に最後まであ~ぁだ」

話を少し元に戻します。なぜベンツに
はブリスターフェンダーなモデルは存
在しないんですか。

「ベンツは、そんな欧州のメーカーの
中でも、とりわけ完璧主義だからだ。
最近はちょっと微妙な感じもするが、
少なくともかつて私が自動車作りの現
場にいた時代はそうだった。

すなわちブリスターフェンダーという
のは、その発想の根底に“諸般の事情
を鑑みた結果、やむを得ず”という考
え方がある。あくまで機能体としての
形状をもともとあるデザインにくっつ
けただけだから、全体のデザインの中
に調和しようとか溶け込んでいこうと
いう類のものではないわけだ。だから、
本当はどうなんだ? と尋ねられたら、
決して最高のデザインですということ
にはならない。ベンツは完璧主義だか
ら、基本的にそういうものは作らない」

大勢のベンツオーナーが、ブリスター
なベンツを望んでもダメですか?

「そういうものはAMGやロリンザー
がやってくれる。あるいは、ベンツ以
外を探せば、いくらでもある。そうい
う考え方だ。少なくとも、私が自動車
作りの現場にいた頃まで……」

あ、そうですか。うれしいようなさみ
しいような話ですが、その辺にブリス
ターフェンダーとは何なのか、という
答えがあるような気がしますね。そろ
そろ着きますから、よろしくお願いし
ます。

(クルマ、取材先へ到着)

さきほど、ブリスターフェンダーは
“やむを得ず”的な要素があるとおっ
しゃってました。

「そうだ。そもそもブリスターフェン
ダーが必要になるようなケースという
のは、スタンダードな仕様に対してト
レッドを拡げたモデルを設定しようと
するときなわけだ。そのクルマでレー
スに出るんだとか、ライバルメーカー
からワイドトレッドなスポーツモデル
が登場して急遽対応しなければならな
くなったとか、理由は様々だが、とに
かくワイドトレッドを包み込むボディ
が必要になる。

3つの解決方法がある。1つはオーバ
ーフェンダーだ。既存のフェンダーア
ーチを切り拡げて、そこに金属や樹脂
で作ったオーバーフェンダーをねじで
留める。この方法は、一般的に自動車
メーカーがやるような仕事じゃない。
自動車メーカーは町のチューニングシ
ョップじゃないんだから、もう少しき
ちんとした仕事をするのが普通だ。

2つ目がブリスターフェンダー。もう
少しちゃんとしたものを作らなければ
ならないとなれば、フロントフェンダ
ーだけ、あるいは前後のフェンダーを
新たにプレスで製作して組み立てる。
レースのホモロゲーションモデルとし
て、ある程度の台数を製作するときな
どはこの方法がふさわしい。ただし、
世界中の自動車メーカーを見渡してみ
ると、実はこの方法を採用する例とい
うのは、意外に少ないことに気づくは
ずだ。

3つ目は、すべてのデザインをやり直
してしまう方法。2の方法でいいです
よって言われたって、ウチの製品では
そういうものは出せませんよ、という
メーカーは、この方法を採る。ベンツ
もきっとそうなのだろう。かつてパル
サーのスポーツ仕様として、GTIー
Rというモデルをデザインしたことが
あったが、このときも3の方法を採っ
た」

贅沢ですね。

「ブリスターフェンダーのようなデザ
インをやろうなんて言ったら、バカ野
郎って、そんなデザインするんじゃな
いって許さなかった。ボンネットの膨
らみは仕方なかったんだが」

ということは、前澤さんはアンチ・ブ
リスターフェンダー派ということなん
ですか?

「だから、先から言っておる。やむを
得ずという要素を含んだ解決策の1つ
がブリスターフェンダーなのだ。デザ
インというのは、1箇所動かすと、す
べてを動かさないと収まりがつかなく
なるほど、いっぱいいっぱいに極めた
代物なんだ。だから、フェンダーだけ
もっこり膨らませてしまったら、全体
のデザインの中でつじつまが合わなく
なってしまうのは道理だと知って欲し
い」

あらら。今号の特集はブリスターフェ
ンダーを賞賛しまくる……。

「ただし」

はっ、ただし何ですか? なに?

「それを楽しむという考え方もある」

おっ、いいですね。教えてください。

「スペシャルバージョンとして、ブリ
スターフェンダーをやろうということ
になれば、それはそれでおもしろいね
ということになる。つまり、とってつ
けたような異様な感じがブリスターフ
ェンダーの醜さであり、逆にそれが他
にないインパクトを与える特徴でもあ
るわけだ。

これも先に話したことだが、オーバー
フェンダーやブリスターフェンダーを
備えた多くのクルマは、レースのため
の特別な仕様であったわけで、そもそ
も強くて速いという、そういうクルマ
が好きな人にとってはポジティブなイ
メージと共にあるわけだ。商売を考え
た場合、ハイパフォーマンスモデルで
あるということを黙ってアピールする
ために、そのイメージを利用しない手
はないと考えるのも道理ではないか。
BMWの8シリーズというクルマは、
全モデル、ブリスターフェンダーが標
準仕様になっているだろう。不幸にし
て、商売としては成功しなかったが、
フラッグシップカーとしての強さや速
さを演出しようとしたのだろう。

こういう例もある。アウディクワトロ
というモデルは、フルタイム4WDと
いう技術を大きな特徴として誕生した
わけだ。4つのタイヤが力強く路面を
蹴り出すんだぞ、というイメージをど
うやって表現するか。アウディの中で
どういう議論があったか知らんが、そ
うだブリスターフェンダーをやろう、
という意見が採用されたことはクルマ
を見ればわかる。確かに、4つのタイ
ヤの存在感は、見事に表現されておる」

やっぱりブリスターフェンダーは、力
強さの象徴なんですね。

「ただし」

へっっ、今度は何ですか? せっかく
いい感じなんだから、もう……。

「ヨーロッパの自動車メーカーではデ
ザイナーという仕事が正しく理解され
ている、という背景があってこその楽
しさであり、完成度だということも忘
れてはいけない。そもそもデザインと
いう言葉は、商品のコンセプトワーク
やエンジンやシャシーなどのエンジニ
ア、デザイン、そしてセールスに至る
まで、すべての内容を指し示すものだ
という常識がヨーロッパの自動車メー
カーにはある。だから、彼の国の自動
車作りはエンジニア、デザイナーや企
画者などが一緒に議論しながら完成さ
せるというのが常識だ。ところが日本
のデザイナーの仕事は、エンジニアが
完成させてきたコンポーネンツを持っ
てきて、それらしく見える着物を着せ
ろ、というスタイルが長らく続いたし、
今もその状態から完全に脱却したかと
いえば、そう言いきれない雰囲気がま
だ残っておる。由々しきことだ」

あ、前澤さん、GCはドイツ車ファンの
ための本ですから、ひとつ……。

「だから、ドイツのクルマはいいぞと
言っておるんじゃないか。エンジニア
とデザイナーが、同じ目線で意見を交
わしながら、ここはデザインが大切だ
からエンジニアリングで工夫してみよ
うとか、ここは性能確保のために譲れ
ない部分だと言わればデザインでうま
くカバーするよ、という自動車作りの
現場で働く人たちの声が聞こえてくる。
私の目に美しく映っているかどうかは
別として、私はドイツの自動車作りの
そういうところが好きだぞ。ブリスタ
ーフェンダー、いいじゃないか」




山口宗久(YAMAGUCHI-MUNEHISA.COM)
Twitter / nineover
facebook / Yamaguchi Munehisa