クルマが笑ってる | くるまの達人

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とか、タイトルで謳いながら、実はただの日記だったりするけど、いいですか?

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もうずいぶん長い時間、クルマと距離
の近い仕事を続けているが、こんなに
幸せなクルマに出会うことは珍しい。
取り囲むようにして、なにやら弾けて
いるのは、このクルマに夢を託す学生
たち。

この日は、彼らの手によって完成した
クルマをキャンパスで走らせる、いわ
ば仲間たちへのお披露目が行われた。
プロドライバーの操縦によって疾走す
るレーシングカー。物珍しさに集まっ
た何千もの学生は間近で見聞きする本
物の迫力に、一様に目が点になり、大
きなエンジン音が通り過ぎた後の空白
を感嘆の騒ぎで埋めた。

してやったり大成功! と、興奮冷め
やらぬまま愛車を囲む彼らの表情は、
この上なく自信に満ち、明るい。

作り手の感情は、そのまま作品にも乗
り移るのか、私にはこの白いレーシン
グカーも最高に幸せな表情を浮かべて
いるように見えた。

彼らは工学部の学生で、この写真はも
う1年以上も前に撮影したものだから、
何人かは自動車メーカーや自動車関連
企業のエンジニアとして、すでに社会
へと巣立っている。

機密の多い業務に携わり、もう私とも
丸裸な会話など許されないところで働
く彼らには、だからせめて手がけたク
ルマが世に出るときに、内緒にしてま
したがこういうことだったんです! 
と胸を張って、この写真と同じように
私の前で弾けてほしい。作り手の自信
と歓喜が乗り移った素敵な表情のその
1台と共に、懐かしい顔を見せてほし
い。

クルマ作りから引退する日が訪れるま
で、新しい1台を完成させるたび、こ
の日の気持ちを思い出せるようなエン
ジニアであり続けることが、素晴らし
い機会を与えてくれた恩師や先人への
最大の酬いであり、顧客に対する責任
だと思うのだ。

2004年・東海大学湘南キャンパスにて。



栄久庵憲司さんが亡くなったというニ
ュースが、仕事中のMacの画面に飛び
込んできた。工業デザイナーとして、
数多くの作品を世に送り出した氏に、
わたしはお目にかかることができなか
ったが、デザインという分野でもの作
りに係わり続けたその生涯を思ったと
き、ふと昔書いた原稿を思い出した。

ご紹介した原稿と写真は、2004年に
遭遇した出来事の記録だが、わたしの
中のクルマへの視点が大きく変わるき
っかけになった大切な思い出である。

振り返ればずっと、そして今も変わら
ず、クルマとともにある人たちの笑顔
を追いかけているように思う。そして
不思議なことに、一心不乱な創り手の
思いの深さ、熱を帯びるほど繰り返さ
れた創り手同士の切磋琢磨の結果は、
産み落とされた1台のクルマにさえ笑
顔を招く。そしてもちろんその笑顔は、
その様子に興味を持って新たに集まっ
てきた多くの人たち一人ひとりの表情
を笑顔に変えてゆく。

すごい力だと思う。破壊ではなく、恨
みや妬みではなく、創造という人間の
英知の先にこそ生じさせることができ
る笑顔と幸せの連鎖。だからわたしは
人間の存在が尊いと思う。だからそん
な光景を目の当たりにさせてくれるク
ルマの近くにいる仕事が大好きなんだ
と思う。離れられないんだと思う。


いまも、そうだよ。そんな光景のど真
ん中に放り込まれて、感じたことを書
け、なんて、どうしてこんなに嬉しい
日々を与えてもらえるのかと思うと、
涙が出てくるね。さあ、書かなくちゃ。



山口宗久(YAMAGUCHI-MUNEHISA.COM)
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