働くということ・12 中村正幸さん | くるまの達人

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とか、タイトルで謳いながら、実はただの日記だったりするけど、いいですか?

中むら鳶工業所
江戸消防記念会 筒先頭
中村正幸さん


江戸時代に大岡越前がね、あまりに火
事が多いっていうんで自衛の消防団み
たいなものをこさえたわけ。それが江
戸の火消しで、地域ごとに組織されて
てあたしは三番組の筒先頭(つつさき
がしら)っていう役割。

もちろん今では実際の消火活動はやら
ないから文化遺産的な意味合いが強い
んだけど、それでも東京の下町あたり
じゃ、町の面倒役として憧れの存在な
んだよね。うん、少なくとも自分にと
っては、なりたくて仕方ない存在だっ
た。

だから仕事は鳶(とび)。伝統的に、
家の構造に詳しい鳶だけが火消しにな
れるの。大した消火技術がなかったそ
の昔は、火を消すというより、火元周
辺の家屋を壊して延焼を食い止める破
壊消防だったなごりなんだね。

お祭りとか町の年中行事のときには、
火消しの法被(はっぴ)を羽織って出
かけるわけ。ご祝儀を頂くこともある
けど、生活を支えてる仕事は鳶の方だ
よ。それでも、それ出番だってなると
鳶の現場を休んじゃうくらい忙しくな
る覚悟しなきゃならないし、収入のこ
とだけいうと逆にマイナスなんじゃな
いの。

なんでそんな効率悪いことやってるの
なんて言う人いるけどさ、好きなんで
すよ。答えになってないかも知れない
けど、ほんとそれだけ。

自分の“好き”を見つけられない子、
多いみたいだね。子供だけじゃなくて、
大人もそう。小さい頃から次々にテー
マを与えられて、それをこなしていく
訓練ばっかりしてるから、そんなこと
になっちゃうんだね。

次は何、あたしは何って、自分で方向
性を見つける練習してないから、結局
自分自身を分かってない人間になっち
ゃうわけよ。

楽じゃないよ、苦労するよ。自分にど
れだけの能力があって、なにが出来る
のかってことが、いい意味でも悪い意
味でも見えてきちゃうわけだから。た
だ、そうやって精神的に強くなってい
くんだよ、人間って。自分の生き様見
えてくるんだよ。

心底好きなことを持ってる人は強いよ、
人にもやさしいよ。だって、好きなこ
とを守ろうとするからね。のめり込め
ば込むほど、自分ひとりの力だけでど
うにもならないことがあるってことも
経験するはずだからね。

あたしの例で言うと小さなことかもし
れないけど、現場で自分たちの仕事が
終わったら、次の職人がすぐに仕事に
取りかかれるようにきちんと片づけて、
その日一日を終わらせて帰ってくると
かさ。

火消しはそっちが忙しいから現場がい
い加減だなんて、絶対に言われちゃい
けないし、流石だねってことをごく自
然に積み重ねていれば、いざ祭りだっ
ていうときに、いい仕事しといで、っ
て気持ちよく送り出してももらえるわ
けじゃない。

サラリーマンやってる人で、会社辞め
て独立しますっていう話、最近よく聞
くけど、今まで勤めてた会社を悪く言
ったり、けんか別れみたいなことしち
ゃダメだよね。

独立できるようになるまで仕事覚えさ
せてもらったのは、その会社だろ。

確かに君の力もあるかも知れないけど、
君の力だけで独立できるんじゃないよ。

なになに会社に勤めてましたってこと
を一切口にせずに、やってみな。

自分にどれだけの力があるのかって分
かるから。好きなことがあって、それ
を生き甲斐に感じられるなら、大切に
しなきゃいけないものが五万とあるこ
とにも気づくはずだから。

確かに苦労するよ。でも、それと気づ
かれないようにさらっとやるのよ。

それが粋ってもんでしょ。

Interview, Writing: 山口宗久


かもめ・2005年1月号掲載
※内容は、すべて取材時のものです

※記事掲載への思いについて。


山口宗久(YAMAGUCHI-MUNEHISA.COM)
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