重力の虹/トマス・ピンチョン | れきしくん

れきしくん

読書レビューと歴史考察と投稿ネタが主な記事です。本を読むのは好きですが文章を書くのは余り好きではありません。大河ドラマは新選組!から欠かさず見ております。阪神ファンで隠れハルキストで藤子不二雄先生を尊敬しております。

二十世紀~現代アメリカの作家トマス・ピンチョン(1937~)の小説『重力の虹』(1973)を読みました。






トマス・ピンチョンはアメリカ・ポストモダン文学を代表する作家の一人です。毎年ノーベル文学賞の候補にもなっています。日本では全作品が邦訳されていて某出版社からは全集も出ております。『重力の虹』はピンチョンの三作目の長編小説で集大成の作品と言われております。というわけで、それ以前の作品も読んでおいた方がよいかなと思いまして、せっかく全集も出ているので制作年代の若い順から読んで行くことにしました。






1984  Slow Learner

『スロー・ラーナー』


短編集(全5篇)。この本は作者47歳の刊行ですが、収録作はすべてピンチョンが20代の時に文芸誌に発表したものです。ピンチョンの最初期の作品が読めるということで先ずはこれからにします。この短編集は軍人や軍隊の経験者のお話が多いです。若い頃のピンチョンは一時大学をやめて海軍に入隊していたので、その時の体験や見聞が元ネタになっているようです。ただピンチョンが米軍にいたのは比較的平和な時代でしたので(朝鮮戦争とベトナム戦争の間)小説に登場する軍隊に緊張感はなく、だらけきっております。そんな中でもピンチョンの小説の主人公は更に意識低い系で(作者がモデルのようですが)遊んでばかりで何もしないので外部から思いきった刺激を与えて(大災害や怪異現象など)世の中を引っくり返してやろう(革命)というのが作者の創作の意図ではないかと思います。革命は好きじゃないですがその才能が芸術に向かうのならOK。この先この作家には期待が持てそうです。


★★★★☆




1963  V.

『V.』


第①長編小説。作者26歳の作品。ウィリアム・フォークナー賞(その年の新人の最も優れた長編デビュー作に与えられる賞)受賞。長編小説『V.』は初期短編集『スロー・ラーナー』を膨らませたような小説でしたので始めからスンナリと入って行けました。ジャンルはあえて言うならスパイ小説。登場人物が多くてちょっと複雑なお話だけどエンタメ要素満載で最後まで楽しめました。これを読んでいる時に丁度TVのBSドキュメンタリーでナミビアの特集をやっていて、小説に書いてあるような悲惨な出来事が本当にあったんだなと思って、より興味が沸きました。


★★★★☆




1966  The Crying of Lot 49

『競売ナンバー49の叫び』


第②長編小説。作者29歳の作品。ローゼンタール基金賞受賞。これは先ずは文庫版(旧訳)で読みました。文庫版のみオマケの短編「殺すも生かすもウィーンでは」が付いています。この小説についてWikipediaでは「終始女主人公の視点を通して語られるので、ピンチョンの小説の中で入門者向けと言われる一方、読めば読むほど複雑になる小説としても知られている。」と紹介されています。入門者向けとありますが難易度は『V.』以上と思いますのでピンチョンの面白さのツボがある程度分かってから読んだ方がよいと思います。たしかに読めば読むほど複雑になる小説ですがそこが又楽しめるところでもあります。特に主人公がサンフランシスコの街を彷徨っている時の異世界に迷いこんだような感覚は堪らなく心地よいです。後で全集版(新訳)でも読みました。こちらの解説が素晴らしくて、お陰でだいぶこの作品を理解出来ました。


★★★★☆




1973  Gravity's Rainbow

『重力の虹』


第③長編小説。作者36歳の作品。全米図書賞受賞。これを読む時にはだいぶピンチョン慣れしていたので始めからわくわくして楽しんで読めました。どんな小説か?というと多くの方が仰るように先ずはメルヴィルの『白鯨』を連想します。『白鯨』は鯨に関するウンチクがやたら多くて海洋冒険ものというよりも鯨の百科事典を読まされているような小説ですが、『重力の虹』ではロケットのウンチクが延々と語られます。これが意外と面白くて、僕のように数学と理科が苦手な者でもハイレベルのウンチクに圧倒され酔わされてしまって、ほとんど意味が分からなくても読んでるうち知らぬまに虜となってしまいました。あとこれは長編小説ではありますが脱線につぐ脱線で色んなエピソードが詰め込まれた百物語的な面白さもあるので、途中で長編の筋を見失ったとしても個々のエピソードのみ拾って読み進めていくだけでも充分に楽しめるのです。何せ一回で理解するのは無理なので、理解しようとせずにこの馬鹿馬鹿しいネタの数々を素直に楽しんでいけばよいのではないかなと思います。無人島に持っていきたい本の候補ナンバーワン!


★★★★★




1990  Vineland

『ヴァインランド』


第④長編小説。作者53歳の作品。全米図書賞最終候補作。ピンチョンの17年ぶりの新作ということで刊行当時は読書界の話題となったようです。池澤夏樹さん選集の世界文学全集の一作にも選ばれております。内容はB級映画のようなドタバタ劇でその軽過ぎるノリに初めは付いていけませんでしたが慣れてきたら超ハマりました。これを読むと作者はかなり左よりの人だなあと思うのですがあんまり面白かったので許します。好きなキャラクターはアメリカ人のくの一のDL。“一年殺し”という暗殺拳の使い手です。この本は二度読みました。二回目は倍面白かったです。何度でも読める本です。これは買い。


★★★★☆




1997  Mason & Dixon

『メイスン&ディクスン』


第⑤長編小説。作者60歳の作品。メイスンとディクスンとは18世紀に実在した英国人の天文学者と測量士です。当時植民地だったアメリカに“メイスン・ディクスン線”なる南北の境界線を引いたことで歴史に名を残した人たちです。この小説はほとんどがフィクションの荒唐無稽な冒険物語です。原作は古英語の文体で書かれているらしくて、翻訳はそれっぽい雰囲気を出すために明治か大正時代のような古くさい日本語の文章で書かれています。これを読んでる時はくそ暑い時期だったので集中力が途切れて今一乗りきれなかったので涼しくなってからもう一度読み返しました。地味だけどもじっくり読めば染みてくる小説です。面白い、これも買い。


★★★★☆




2006  Against the Day

『逆光』


第⑥長編小説。作者69歳の作品。超長い。でもピンチョンにしては読みやすくてスラスラと頭に入ってくる文章。内容は『重力の虹』や『V.』と同系統の重厚なエンタメ大河小説。面白い。でも長過ぎる。読み終えた時は満足感はあったけど、もう二度と読むもんかと思った。


★★★★☆




2009  Inherent Vice

『LAヴァイス』


第⑦長編小説。作者72歳の作品。これも読みやすい、ハードボイルドな探偵小説です。ピンチョン作品では唯一これが映画化されました(邦題:インヒアレント・ヴァイス)。主人公のドックは探偵でヤク中で初対面の女性の前でもすぐにもっこりする冴羽獠のようなやつです。ピンチョン作品ではお馴染みのダメ男の主人公ですが、このドックという探偵は話が進むにつれて僕はどんどんと好きになっていきました。ピンチョンの全作品で一番好きなキャラかも知れません。主人公が常にマリワナ吸ってるのも微笑ましくて、読んでいて楽しくてハイになりました。映画も観てみたいです。


★★★★☆




2013  Bleeding Edge

『ブリーディング・エッジ』


第⑧長編小説。作者76歳の作品。現在作者は86歳でこの十年新作も出ていないのでこの『ブリーディング・エッジ』がピンチョンの最後の作品になるかも知れません。2001年のニューヨーク・マンハッタンが小説の舞台です。ピンチョン自身がマンハッタンに住んでいたので当時の生々しい状況が伝わってきますが、それほど悲壮感はなくて全体的に明るいトーンであります。主人公はシングルマザーの働く女性です。これも面白い小説ですが情報量が多過ぎてちょっと混乱しました。これはもう一度読みたいです。


★★★☆☆





▽ P(ページ数)の比較。


1666P『逆光』上下

1428P『重力の虹』上下

1073P『メイスン&ディクスン』上下

*748P『V.』上下

*677P『ブリーディング・エッジ』

*546P『ヴァインランド』

*496P『LAヴァイス』

*230P『スロー・ラーナー』

*221P『競売ナンバー49の叫び』





はじめは『重力の虹』までを読むつもりでしたがピンチョンに強烈にハマってしまって結局全作品を読むことになりました。そのあとも気になっていた順から『ヴァインランド』『メイスン&ディクスン』『競売ナンバー49の叫び』『スロー・ラーナー』と再読して、こうなったら『重力の虹』と『V.』ももう一回読もうか、なんなら『逆光』も、と思ったのですが年を越しそうなのでやめました。又いつか読みます。何回でも読めます。ピンチョンの小説は全作品が買いです。