山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

アメーバブログにて超短編小説を発表しています。
「目次(超短編)」から全作品を読んでいただけます。
短い物語ばかりですので、よろしくお願いします。


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 どこか遠くない場所から聞こえてきた犬の咆哮を察知し、それを手掛かりとして意識は深い睡眠の谷底から現世の地平まで力強く這い上がってくる。目を覚まして周囲を確認すると私はどうやら屋外のベンチに横たえていたようで、そこは町中の小ざっぱりとした広場だった。近所の住人らしい人々が犬を散歩させていたが、その中の一匹が他の同類に対して飽きもせずに吠え続けていた。
 
 肌寒いように感じられたので私は上半身を起こして肩を竦ませた。上空はよく晴れていたが、既に陽光が弱まっていて夕刻が迫っている気配だった。ベンチは石造りで堅く、こんな場所でよく熟睡できたものだと我が事ながら感心させられた。
 
 一体どれだけの時間を眠り続けていたのだろうかと考えてみたが、脳内に回答は生じなかった。ここにいつ来たのかも知らなかったし、そもそもこの公園には少しの見覚えもないのだった。私は目を閉じて慎重に自問自答を繰り返し、やがて自分が記憶喪失に陥っていると断定した。名前や住所などの情報がごっそりと忘却されているらしかった。この世界がどれだけ広大だとしても現時点の私は知人という存在を一切持たないのだった。
 
 しかし、一方で私は別の事実を認識していた。つまり、その記憶喪失という症状が他ならぬ私の思惑によって仕掛けられたものであるという自覚があるのだった。どうやら私は個人情報に関わる記憶を意図的に隠匿し、その悪条件を背負ったまま元の生活に復帰できるのかという挑戦を自分自身に突き付けているらしかった。そして、それはこの社会では幅広く親しまれている一人遊びの形態だった。
 
 とりあえず手掛かりを求めて身辺を調べてみたが、荷物は見当たらず、財布には紙幣と小銭しか入っていなかった。それに、両足にはほとんど疲労感を覚えなかった。以上の事実から推理し、自分の性格が良心的であれば日没までに徒歩で帰還できる範囲に自宅があるのではないかと思われたが、その前提条件に信頼を寄せて良いものかどうかに多少の逡巡があった。
 
 考えている内に一段と身体が冷えてきて軽い空腹も生じてきたので私は食堂を探そうとベンチから立ち上がって広場を後にした。食事を取って満ち足りた気分になれば記憶から新たな手掛かりを得られるかもしれなかった。既に夕日が空の片側を赤く染めていた。私は住宅街の道路を歩きながら溜め息を着いた。このような煩わしいゲームに巻き込ませるのならば本来の生活はきっと退屈なのだろうと推察し、そのような日々に帰還しなければならない義務などあるのだろうかと自問していた。胸中には自己のしがらみから解脱できたという清々しさがあり、私はその気ままな境遇に魅力を感じ始めていた。

目次(超短編小説)
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