海人のみどころ
前回は海人のあらすじを書きましたが、"みどころ"についてもお話致します。この曲は数ある能の演目の中でも、実に内容のある、そして現代の我々でも理解し易い曲です。また切り口を変えることで、味わい方や楽しみ方が多く見えてきます。先ずは全くご覧になったことのない方向けに、一つご紹介いたします。
能の演目にはそれぞれ見どころや聞きどころの場面がありますが、その中でも特に重要で優れている箇所を「〜の段」と名付けています。これを段物と呼びますが全ての演目にあるわけではありません。
そして能『海人』では段物があり「玉之段」(たまのだん)と呼びます。玉之段では、海人が海に潜り竜宮にある玉を取り返す場面をリアルに演じます。
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玉之段
龍神に取られた宝物の玉を取り返す代わりに、海人は淡海公との間にできた1人の男の子を「藤原氏の後継ぎにする」という約束をして龍宮に向かって海に潜ります。玉の段はそのシーンから始まります。
そのとき人々力を添へ
引き上げ給へと約束し
一つの利剱の抜き持って
海人は千尋の縄すなわち長い長い紐を腰につけて潜る準備をします。「もしかの玉を取り得たらば、この縄を動かすべし」と、玉を取り返した合図を縄で知らせるので、上で待つ人々に力を合わせて自分を引き上げてもらうように約束します。
かの海底に飛び入れば
空は一つに雲の波
煙の波を凌ぎつつ
海漫漫と分け入りて
深い深い海の底に潜って行き、いよいよ龍宮に到着します。その三十丈の高い高い玉塔に玉が籠め置かれています。1丈は3m程度なので100m程の長さです。そしてそこには、八龍並み居たり、そのほかに悪魚、鰐(サメのこと)たちが沢山いて、玉を守護しています。
逃れ難しや我が命
さすが恩愛の故郷の方ぞ恋しき
この状況を見て、海人は自分の命はここで尽きると思ったのです。もう会えないであろう我が子、そして夫の淡海公に別れを告げるのでした。
又思い切りて手を合わせ
南無や志度寺の観音薩埵の力を合わせて
お力をくださいと手を合わせて、利剱を額に当てて龍宮に飛び入ります。その凄まじい勢いで、玉を守護する龍や悪魚たちはバッと逃げてしまいました。その隙に、海人は宝珠(玉)を盗み取って、逃げようとします。ところが守護神の龍や魚たちは、それに気がついて、海人を追っかけます。
かねて企みし事ならば
待ちたる剱を取り直し
乳の下をかき切り
玉を押し籠め
剱を捨ててぞ伏したりける
追っかけられた海人は、玉を取り戻される前に、その乳房の下を持っていた剣で切ります。その中に玉を押し籠めて隠しました。海人がその剣によって身を痛めることで、あたりにはその血が漂います。不浄を嫌う龍神たちは、再び逃げ帰ってしまうのでした。そして、約束していた通り、玉を取り返した合図として縄を動かしました。
上で待つ人々は喜んで海人を引き上げます。しかし、そこに玉の姿はありませんでした...
ここまでが、玉之段で演じられるシーンです。海人の玉取りの回想ですが、非常にリアルに謡われて行きます。
この玉之段は短い演出形式の仕舞という形で独立して演じられたり、独吟(謡のみ)や独調(謡と一つの囃子)としても多く見られます。
そもそもドラマチックな本曲「海人」という曲自体が、流儀問わず人気があり、舞台でお目にかかる機会がとても多いのです。
あとがき
僕は今回の舞台が能「海人」の初演ですが、玉之段は仕舞と独調で何度か勤めて参りました。
また、房前大臣役の子方の経験、先生をはじめ諸先輩方の能公演による地謡にも入りました。僕の短い人生でもずいぶん触れたように思います。
そしてこの曲は、何百年もの時の中、繰り返し再演され、先人たちによる弛まぬ努力のもと工夫されて演じてこられました。副産物として小書(こがき:特殊演出)が多いのもその特徴と思われます。
僕自身も本演目を勉強するにあたり、今まで見てきた海人の舞台を可能な限り思い出して稽古に活かしていきたいと思っております。
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今度は僕の稽古のことなども書きます。宜しくお願い致します。チケットのご予約も増えております。有難うございます🙏
つづく...
舞台
⚫︎2024年5月14日
東京・神田明神 神田明神薪能
能「葵上」ツレ
⚫︎2024年6月15日
東京・国立能楽堂 潤星会
能「海人」シテ
⚫︎2024年6月22日
京都・観世会館 若手能
能「敦盛」シテ
活動・いろいろ
YouTube発信!無観客能公演です。金剛流のみに残る能「雪」を舞いました。独特なカメラワークは、新しい視点で能をご鑑賞いただく、という狙いがあります。
袴の畳み方動画をつくりました。
実況の如く、能公演ビデオを複数人で話しながら見てみる企画です。初めは「能を見たことのない方」と話しながら見てみました。
ECサイト・ISUMI
ISUMIのグッズも宜しくお願い致します。ISUMI手ぬぐいは、手捺染の高級手ぬぐいです。能の演目をモチーフに制作しております。初回の手ぬぐいは「翁」は完売しました。
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