互換性の王子 | 山田屋古書店 幻想郷支店

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物語を必要とするのは不幸な人間だ

作者は雫井脩介

 

シガビオの事業部長である志賀成功(なりとし)は取引先のスーパーとの接待ゴルフで栃木にやってきていた。夜はシガビオのオーナー社長である父の別荘に同僚たちと泊まり、みなと和やかに酔いつぶれるまで飲み明かした。その翌日、成功は地下室のベッドで目を覚ます。同僚の栗原や後輩の子安の悪戯だろう、と苦笑したが、なぜか地下室のドアが開かない。室内を見回すと記憶にない大量の食品や飲料水の段ボールが積まれていた。これは計画された監禁計画だったのだ。長期にわたって成功が監禁されている間、シガビオでは大きな変化が起きていた。

 

シガビオは従業員360名程度の中堅飲料メーカーで、健康志向のドリンクやパウチゼリーなどを販売している。成功の父である志賀英雄が一代で築き上げた会社で、2代目になるはずの成功は29歳ながらも事業部長という役職についていた。しかし監禁から脱出した彼は、自分の居場所が失われていることに気づく。

 

成功の後釜についていたのは父と前妻との息子である実行(さねゆき)であった。大手乳酸菌飲料メーカー東京ラクトの創業家の血を引く彼は後継ぎ争いに敗れ、人知れずシガビオで働いていた。成功の監禁中、会社には偽造の退職届が提出され、成功は勝手に出奔した落伍者と見られていた。

 

成功と仲が良かった社員たちは事業部から飛び込み営業の販売二課に異動させられ、何とか会社に復帰することが出来た成功もそこで平社員として扱われる。最初こそ納得がいかなかった成功だが、上からの無理なノルマを何とか達成しようと仲間たちとともに奮闘する。成功の努力と成長は読んでいて楽しい。

 

もう一人の主人公である実行、事業部時代に成功が恋していた早恵理、営業部の気が強い星奈など脇を固めるキャラクターも良く、恋愛模様など苦手な部分もあったが、登場人物に感情移入しやすく予想外に楽しく読めた。個人的に好きなのはダメ社員の大沼と社長の英雄で、どちらもかっこいい。

 

飲料業界の仕組みなどもきっちり描かれており、全体的に丁寧な作りの一冊で非常に良かった。ライバルの東京ラクトとの新商品争い、成功と実行の恋の行方、様々な要素が尖らずに綺麗に融合している。雫井さんの作品は物足りなさを感じることも多いのだが、この作品は傑作と言ってよい。

 

次は本城雅人。