山田屋古書店 幻想郷支店

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物語を必要とするのは不幸な人間だ

作者は染井為人。

 

リヴァイヴ自立支援センターは社会復帰率92%を誇る、民間のひきこもり強制団体だ。中学時代から7年間ひきこもっている平本僚太はついに20歳を迎える。彼の下にやってきたのがリヴァイヴであった。最初は副所長を名乗る女性が説得にあたり、姿を見せないと元警察官という所長の海老澤を含む屈強な男たち4人が強引に彼の自室に押し入り、僚太をハイエースに乗せて走り去る。両親は涙を流しながらそれを見送っていた。僚太がたどり着いたのは九州にある研修施設で、そこではゴリラのような体格の女性指導員の元、社会復帰のための厳しい生活が待ち受けていた。

 

ひきこもり問題に焦点を当てた長編作品。あらすじに書いた平本僚太は中学進学時の学区変更で学校に馴染めなくなり、それ以来7年間は家族以外とは接点を持たないひきこもり生活を続けていた。その間も両親は様々な施設を頼ったものの効果は無く、ついに強引な手段に出たのであった。

 

もう一人スポットがあたるひきもりがいる。それが下田大知だ。彼は新卒で広告代理店に就職したものの、そこで激務とパワハラを受けて心が壊れてしまった。それ以来、何とか社会復帰しようと頑張っていたのだが、PTSDのような状態となってしまい、40歳を超える今も働けてはいない。

 

そんな彼らを強引に外に連れ出して矯正しようというのがリヴァイヴ自立支援センターである。あらすじに書いたように効果は抜群なものの、やり方はかなり強引で少しだけ自由がある強制労働付きの刑務所といった雰囲気だ。簡単に言えば戸塚ヨットスクールである。

 

僚太たちはそれに必死で耐えてきたが、ついに限界を迎える。そして彼らが行動した結果、運命共同体となり仲間意識が芽生え始める。ひきこもり仲間、家族の誕生であった。この辺がちょっと強引な感じもしたが、極限を越えた心理状態の結果と考えたらありえなくもないか。

 

もともとはひきこもりとして、この手の問題には考えさせられる部分がある。リヴァイヴのやり方もすべてが間違っているとは言えず、序盤の僚太たちの態度を考えればある程度の強引さは必要に思える。現代はひきこもり達から目をそらし続けているけど、もうちょっと何とかならないものか。

 

次は堂場瞬一。

作者は山白朝子。

 

読書は紙という時代は終わりを告げ、電子書籍も広く流通するようになった。その中でアマチュアの作家が作品を投稿する小説サイトが隆盛を極め、日々多くの作品が投稿されている。その中に埋もれた名作を掘り出すのが、スコッパーと呼ばれる人々だ。投稿作品がサイトのランキングに入った時点で既に出版社には目をつけられていることが多く、編集者たちはスコッパーと情報をやり取りし、ベストセラー候補の作品を探している。Cさんはスコッパーの一人で、共感覚の持ち主だった。平凡な作品でもその内部に潜んだ作者の心象風景を見抜き、その作家の将来性を感じ取ることが出来る。優秀なスコッパーだったが、Ω氏という作家と出会ってから彼女に異変が訪れる。

 

小説家として長い間生計を立ててきた「私」が業界の奇人変人たちを描いた短編集。あらすじは表題作の「スコッパーの女」より。墓掘り人の話かと思っていたら、ネットから有望な作家を掘り出す人という意味だったらしい。CさんはΩ氏の異常な内側に触れ、次第に狂気に陥り始める。

 

いわゆる業界の裏話を描いた作品集ではなく、超能力やサイコなどフィクションの奇人変人を描いたもの。小説家としての才能が枯渇し、ずっと廃業したいと願っているが、他に生きていく術を知らない語り手が自身よりももっと破滅的な人間と出会って話を聞く、という構成になっている。

 

読み進めていくと薄々感じ取れるのだが、常識人だと自覚している語り手の作家も相当な変人である。ラストではその真相が明らかになる。ひとつひとつの作品はホラーではありながらも悲惨過ぎないオチがあるのだが、ラストだけは悲惨というかここに落とすまでの過程が他の作品だったのだろう。

 

次は染井為人。

作者は堂場瞬一。

 

山城悟は偶然が重なり箱根駅伝の学生連合の監督になっていた。学生連合は箱根駅伝の予選会で落ちた大学から代表が選ばれ、様々な大学が混合で箱根に参加する。かつて山城も参加した学連選抜と同じだが、学生連合は成績を残しても所属大学が来年有利になることもなく、山城としては何を目的に走るのか分からないチームだ。そもそも山城は監督に向いていないという自覚もある。走る目的も無く、チームの雰囲気も緩い中、かつて学連選抜で監督を務めた吉池の孫で、学生連合のキャプテンでもある大輔だけがやる気に燃えている。果たして大輔はチームをまとめあげることが出来るのか。

 

大好きな「チーム」のシリーズ4冊目。前作では日向という期待の若手のコーチを引き受けた山城が、今回はついに出身の東体大の監督を務めることになる。そうはいっても前任者が病気で休養中のため、1年間という期間限定、しかも山城の希望で二度と監督はやらないという念書まで書かせている。

 

こう書くと相変わらず気難しそうな印象を受けるが、山城自身が監督に向いていないことを自覚しており、自身は故郷のレモン農家の取締役でもあり、さらに山城には自身のランニングチームを作って長距離選手を育成したい、という夢もある。相当な妥協の上に成り立っている話なのだ。

 

一方、このシリーズのもう一つの主人公である浦も転機を迎えていた。長年出身校である城南大の陸上部の監督を務め、箱根の常連と言えるまでに育て上げ、選手たちからの信頼も厚い。しかし今回が最後の箱根駅伝での指揮となり、浦は新たな道を進むことを決意していた。

 

選手たちの描写もあるものの、やはりこのシリーズは山城の存在が大きい。走ること以外は雑音と考えて全てを遠ざけてきた山城だが、だんだんと社会性が育まれてきたことは非常に感慨深い。自分のランニングチームで将来がある若者を指導したい、などかつての山城では考えられない。

 

中盤からは箱根を走る各選手の描写がメインとなるが、そこもやっぱりシリーズを読んできた人間としては山城の行動や言動に注目してしまう。山城はある意味では完成されているのだが、そこからどう変わっていくか、を見守るシリーズなんだよな。ちなみに本作で堂場さん200冊目らしい。

 

次は山白朝子。