つづき


幕末から昭和にいたるまでの国粋主義、即ち尊皇攘夷倒幕運動の思想基盤は本居宣長会沢正志斎国学水戸学)に求められるであろう。


しかし、これがなかなかのクセもので特に会沢正志斎など表面上キリスト教を批判していながら、キリスト教原理を使用していることは明らかである。

即ち本地垂迹説を逆本地垂迹説などにしてしまう度会神道吉田神道復古神道などの思想家らがよくやる換骨奪胎(パクリ)の所産である。

そして彼らは実際の天皇を離れて「理想の天皇像」を創りだした。

それが昭和に繋がる「天皇主義」である。


だから天皇をゴッドに、忠を殉教に置き換えるとよく分かると思う。


征韓論なども、記紀神話に古代日本が朝鮮半島に支配権を持っていたと記述されていることをもとに国学・水戸学の立場から唱えられたキリスト教的侵略正当化理論の手前勝手なものであった。

幕末に端を発した国粋主義の背後には西欧的近代合理主義並び一神教的原理主義があったのである。


キリスト教を人類普遍の原理として神の名のもとに侵略して行った西欧諸国と、並び民主制を人類普遍の原理として神の名のもとに侵略して行った米国と同じ思想構造である。


この単純な原理主義は血気溢れる若者たちを魅了するに時間はかからなかった。

それが倒幕への原動力となった。

しかし、尊皇と言いながら天皇を蔑ろにし、攘夷と言いながら西欧化、結局やったことは倒した幕府が我が国に合ったやり方で目指そうとしていたことであった。


それどころか廃仏毀釈などの思想弾圧・言論弾圧の暴政によって文化破壊や歴史捏造を積極的に進めた。



                         つづく


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