昭和の集合住宅探訪 No.001: 神奈川県川崎市幸区下平間351 | ゑびすたろうのブログ

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さてと本日は、毎週末の土曜日にお世話になってる川崎市幸区の『小向マーケット』から自宅への復路で気になっていた、おそらく昭和30年だろうと思われる廃墟化した集合住宅を探検したお話です。


人が住まなくなった家屋は、住人がいる家屋よりも加速度的に家屋の崩壊が進むのはのは、長年この手の建屋の取材をしている私が身をもって感じること・・・

まぁ、私の住む川崎市中原区では近頃はあまり見なくなったのですが、川崎市の南部である幸区や川崎区(川崎國)では、実は結構残っていたりしまっす‼️

という事で今回紹介するのは、川崎市幸区の中で一番大きな敷地を持つ『東芝・小向工場』のそばにある、名前も分からないこちらの建屋でございます。

俯瞰だとこんな感じで、

アップだとこんな建屋・・・

鉄筋ぽい造りですが、バリバリの木造集合住宅で、私の自宅のそばにあった『共同玄関』&『共同便所』&『共同炊事場』とはちょいと違い、集合住宅の一階部が店舗になっているタイプ。


一階部が店舗になっている関係で通り側から屋根瓦が見えないようにする後付けの『看板建築』方式となっていて、現在は殆どシャッターやらベニア板で入口を閉鎖しているのですが、こちらが当時を偲ぶ証拠の明り取り窓にペイントされた店名・・・

これだけを見ても、昭和30年代くらいの感じがビンビン伝わってきます ┐(´∀`)┌


通りから時間をかけて二階居住部の様子を伺ったのですが既に住人はいないようで、生活感がまるで感じられない・・・


残念ながら既に集合住宅名を表す看板はなく、この集合住宅の名称は分かりませんが、近くに馴染みの立喰蕎麦屋さんがあるので、今度聞いてみようと思いまっす (๑・̑◡・̑๑)


と言う事で、早速調査でっす‼️


まずはジレラ・ランナーVXR125RST改を車が来ない場所に停めて、

改めて探索開始‼️


この辺りのお約束の風景である他人の自転車のカゴにゴミを入れる残念な風景を見つつ、

唯一存在する郵便ポストを確認すると、最後にこの部屋に住んだのは『森 友三』さんと言う方らしい・・・

その『森 友三』さん部屋の電力メーターも比較的新しいタイプではあるものの、

既にハーネスは外されていて

使用されてない事は明白・・・


二階居住部への階段を探してみると、恐ろしく安っぽい化粧板で塞がれており、

上部隙間から中を撮影で見ると、これまた恐ろしく幅の狭い急勾配の階段を発見‼️

この時点でこの集合住宅に居住者がいないことが明白となったなったので、後は気兼ねなく残りの箇所の探索を開始。


先程バイクを停めた場所から集合住宅の敷地に足を踏み入れると、

まさに『ワンダホ〜ッ』な空間が出現 (๑˃̵ᴗ˂̵)

やって来た通路を振り返ると、そこには私がガキンチョの頃によく見た風景が・・・

敷地内にあるこちらの大きめの建屋は、多分、当時付近に銭湯が無かったのでこの集合住宅専用の風呂場だと思われますが、残念ながら曇りガラスで中が見えません・・・


ですが、ガスの配管が地べたの上を這いながらこの建屋に入っているので、まず間違いないと思います d( ̄  ̄)

漆喰の代わりに吹き付けたコンクリートの剥離も始まり、独特の染みが発生している外壁・・・

火事が起きそうな乱雑な電源線も、

後付けされたもので、追加された生活インフラのパイプが何とも言えぬええ感じとなっておりまっす‼️

こちらは先程見た二階に上がる階段の踊り場で、比較的新しい木材で通路の養生がされている辺り、

比較的最近まで居住者がいたと思われます。


こちらは近頃まず近所では見なくなった液化プロパンガスのメーターで、

最終検査日が2013年2月13日となっているので、今から9年前迄は居住者がいたという事・・・

外からの扉もない一階居住部の廊下には入れたので中に入ってみると、

下宿屋のような引き戸の扉があり、

この建屋が昭和30年代のものだということがよく分かります。


こちらは共同トイレで、久々に見た朝顔タイプの小便器・・・

大きい方は鍵がかかっていて見る事はできませんでしてが、当然洋式ではなくしゃがむ和式なのは想像できます・・・


昔の家にはよくあった木造の窓と防犯用の鉄格子も久々に見ることができました。

この手の曇りガラスは現在新品を入手するのは不可能なので、解体時には綺麗に処理されてリサイクルされるってよく聞きますぇ・・・


こちらは一階の飲食店用の簡易トイレだと思いますが、何やらこれもしっかりと施錠されていて中の確認はできませんでした ┐(´∀`)┌

その簡易トイレと店舗の間には油で汚れた一角があり、

そこの上を見ると、多分大型の換気扇が付いていたと思われる跡がありますねぇ・・・

換気扇があったと思われる周囲はかなり年季の入った油汚れが付いており、多分中華料理屋さんか焼き鳥屋さんだったんだろうなぁ〜と想像がつきまっす ヽ(´ー`)

因みにその換気口から中を覗いてみると、油で汚れた鰻の寝床の様な細長い店舗右側にはカウンターの跡があり、店内の残った内装が赤っぽいので中華屋さんだったんでしょうねぇ ┐(´∀`)┌


こちらはこの場所の昔の航空写真で、昭和20年代は辺りは畑ばかりで人も住んでいなかった様ですが、

昭和30年代には道路も整備され、今の建屋が存在しております。

この辺りは東芝・小向工場の城下町みたいな場所だったこともあり、今回紹介した集合住宅ほどではないにしろ、外装をいくら綺麗にしても明らかに『古いねぇ〜』と思われる集合住宅が集まっていて、

路地を奥に進むと、道路幅が1mもない路地がとなる事から、どうやらこの道は公道ではなく私道という感じが強く、

その極狭通路付近にある急勾配の鉄製階段が懐かしい古い集合住宅の柵には、

通り抜け禁止を促す看板が取り付けられていて、試しにこの看板に書かれている『小宮』姓を調べてみると、

今回の調査物件を含めたこの辺りの集合住宅の地主さんだと言うことが判っちゃいました ┐(´∀`)┌


今回調査した古い集合住宅が壊されずに残っているのかは、そこを含めこの辺りの古い集合住宅を纏めて取り壊し、大きめのマンションに建て替えするんだろうなぁと思わず気付いた感じで、本日はこの辺りで失礼致します m(_ _)m




おまけ

それにしても今回の廃墟はものすごい数の施錠の為の立派な南京錠だったのですが、実は南京錠はこれ(ボルトクリッパー)を使えば簡単に壊れすことが出来るので、


防犯上は正直な話ほとんど役に立ちません。

私が所有しているボルトクリッパーは日本製のちょいと高価な鍛造タイプなので、海外の有名なバイクのチェーンロックやU字パイプロッをはサクッと一発で切断可能な代物・・・

なのでバイクの防犯でワイヤーロックのみは狙われたら一発でAbductされて、千葉城(チバラギ)辺りに大量にある違法ヤードで人気車は大まかに解体されて支那や東南アジアへ、その他は部品を取られてフレーム番号潰された後に切断されてスクラップとなるのが御約束となります。


朝起きたら『愛車がない』のは私の住む川崎市では日常茶飯なので、


前述したロック方式でマンションやアパートの駐輪場や戸建の敷地の駐車場などに停めていても、人気車は簡単に持って行かれてしまうことを鑑み、複数の施錠とGPSトラッカー(私の場合はココセコム)と契約して、


盗難された自車がどこにいるのかが分かるシステムも入った方が良いと思いまっす d( ̄  ̄)