幕末ヤ撃団

幕末ヤ撃団

勝者に都合の良い歴史を作ることは許さないが、敗者に都合良い歴史を作ることも許しません!。
勝者だろうが敗者だろうが”歴史を作ったら、単なる捏造”。
それを正していくのが歴史学の使命ですから。

今日、東京ビックサイトで開催された「SUPER COMIC CITY 33」にサークル参加して参りました。

 

↑東京ビックサイト

 

 去年の冬コミケは落選しておりましたので、前回の夏コミケ以来半年ぶりのサークル参加となります。サークルブースにお越し頂いた皆様、ありがとうございました。

 

 昨日の晩ご飯には、お台場で釣ったセイゴを塩焼きにして食し、お台場パワーを注入した上での参加ですw。

↑セイゴ塩焼き

 

 当ブログでも書いておりますが、GW冒頭で釣り上げたセイゴ(スズキ若魚)です。釣った直後にキチンと血抜きとかやれば、もっと美味いのでしょうが、スズキは群で回遊しているので一匹釣れればチャンスタイム。血抜きなんてことに時間を使うのはヤボというもので、針を外したらクーラーに放り込んで釣りを続行してました。なので多少海臭さは残るものの、泥臭くはないので割とおいしかったです。

 

 ということでイベント当日となりました今日、東京ビックサイトに入ってブースを設営。開場時間から同人誌の頒布を開始と相成ります。

 

↑我がブース。我が城w。

 

 感想としては、コミケほどではないにしろ、そこそこ満足な売上げと言ってよいのではと思います。というのも、今回からジャンルの統廃合が行われて歴史系が他のジャンルの一部として吸収されることになります。それだけ歴史サークルが減ったということなのでしょう。コミケも同じように歴史サークルがキリマンジャロの氷河と同等の勢いで後退減っており、なんとかしないと消滅してしまうという危機意識のみ高まっております(泣)。

 何かこう爆発力のある流行でも起こってくれないと、歴史サークルが増えない……。新選組ドラマ「ちるらん」放送で、新選組ファンが増えないかなとか思っているところ。まぁ、私は視聴してないですけども(汗)。いやぁ「ちるらん」は、少年漫画あるいは格闘漫画的過ぎて、史実を扱ってる私としては「なんか違う……」感じがしてるので積極的に見ようという気が起きなかったんですよね。まぁ、私も「るろうに剣心」はアニメ版も実写映画版も大好きなので、こーゆー格闘漫画は嫌いではないんですが、「ちるらん」で言われる武士らしさとか武士道とかがちょっとなー(苦笑)。

 それはともかく、イベントでの歴史ジャンルがこのような状態のため、事実上歴史ジャンルを目的に来場される人が少ない状況と思われる中、何冊かは頒布できたということでありがたいと思っております。改めて、ブースに来て頂きありがたかったです。

 

 またコミケと違って人混みに揉まれるということもなく、来て下さった方々と歴史談議とか出来ましたので、とてもたのしい一日でした。特に幕末思想史に関するマニアックな話とか、別の方と新選組の男色についての学術的な話とかしてましたなー。まー、私は武士道探求がメインなので、新選組の誰と誰が男色かという話までは把握してないんですが、武士道研究では、武士道書『葉隠』のなかに「武士道は、男色における忍ぶ恋に似ている」という話があり、男色とは無縁ではない……というか少しばかり男色とは何かということを知識として知っておかないと、葉隠武士道の議論ができないということがあるので、予備知識として少々程度知っているという事情もありまして(苦笑)。

 『葉隠』絡みの話題から、三島由紀夫の『葉隠入門』も話題に登場しました。ただ、この三島の『葉隠入門』には問題もありまして、いわば超インテリの三島由紀夫が西洋哲学や倫理学、心理学などの知識をフル活用して『葉隠』を分析し新解釈したものでありまして、三島由紀夫流『葉隠』になっちゃってるんですね。『葉隠』の著者たる山本常朝が、そんな西洋流の哲学的分析なんてしてませんから三島は必要以上に深く考えすぎなんですわ(苦笑)。なので、ぶっちゃけ三島流武士道になってしまっており、とても『葉隠』を深く理解したとは言えないものなので注意が必要。まー、珍しい間違え方ではありますけども。普通は、表面を軽く舐めただけの理解で間違うケースが多いんですが、三島の場合は著者たる山本常朝よりも『葉隠』を深く理解しようとして間違ってるわけです(苦笑)。書いた山本常朝は武士たる者はどうあるべきかを語っているのであって、三島のように人間とは何かというところまで深く考えてはいないわけです(苦笑)。ということで、三島由紀夫の『葉隠』の理解は間違った方向で理解して解説してますので、三島由紀夫研究ならば優れた史料にはなりますが、武士道を理解したい場合はあまり参考にならない本となります(爆)。

 

 あと頒布してて思ったのですが、なんか伊東甲子太郎を気にする方が多かったような気がするんですが、何かあったのだろうか??。「ちるらん」で最終回の話がネットで出てくるけども、これは芹沢鴨VS沖田総司だったと思うので、どちらかといえば芹沢鴨の本が売れるのかなと思ってたのですが、伊東甲子太郎テーマの本が売れてたので謎です(苦笑)。まぁ芹沢鴨も伊東甲子太郎も新選組の中では”水戸系”で、故あさくらゆう先生の研究テーマでした。その都合で、私も調査研究に同行したり、新選組水戸派の情報が多く教えて貰っていたので~。同人誌の方には、そうした情報を活用して書いていたりします。

 

 以上、今日は充実した一日を過ごせました。次は夏です。夏のコミケでは、久しぶりにオフセット本で新選組記事の再録総集編を御届けしたいと思っております。前回落選してたこともあり、夏は是非に当選したい。ということで、現在の夏コミケをターゲットに新刊を作成中ですので、サークル参加できたときにまたお越し頂けたらと思います。乞うご期待くださいませ。

 

今日、前々から行きたかった足利氏の本拠地たる足利市の史跡を巡ってきました。

↑足利学校

 

 足利は、言わずと知れた室町幕府を作り上げた足利氏の本拠地で、隣には新田氏の本拠地”新田荘”があります。新田の方は、あさくらゆう先生が存命中に何度か足を運んでいました。というのも、あさくら先生が調べている人物が新田の方にいたことから、レンタカーを借りて何度か行っていたんですね。その際、中世の武士道を調べていた都合で新田義貞に興味があったため、利害が一致して一緒にに行っておりました。足利市はその都度通過するだけで、ときより「足利学校」の看板が路上で出るたびに行ってみたいと思いつつもスルーし続けていたわけです。というのも、行き安さで考えた場合、足利市は電車線路が二社入っている上、各史跡も駅周辺に集中している。対して新田は史跡が駅から遠く離れすぎており、車がないとどうにもならなかったわけです。あさくら先生がレンタカーを借りてくれているから行けてたんですね。逆に言えば、足利の史跡は一人で行きたい時に行けば良い。新田はあさくら先生が調査に赴くタイミングをつかまえて、調査のついでに近場を通ったら立ち寄って貰っていた感じでした。

 しかし、いい加減いつまでも”いつか行きたい”と思っているだけではダメだろうし、ブログ連載している「武士道論」も鎌倉時代に入り、いよいよ源頼朝だけでなく、鎌倉幕府で平氏の北条氏が台頭すると同時に源氏嫡流としての足利氏がクローズアップされてくる段階です。で、今回はGWを利用して行ってこようとということになりました。

 

 電車で行ける場所の上に、見たい史跡も駅周辺に集中しているため、これまでみたいに歩き回って筋肉痛に苦しむことはないだろうと安易に考えていましたが、まぁ電車で行けるけど乗り換えが多く、電車乗ってる時間が長いんですわ。片道2時間30分罹りました。とはいえ、足利駅に着いてしまえば早いわけで、いつもの史跡巡りと比べれば疲労はしなかったなぁと(苦笑)。

 まー、テーマが平安~鎌倉時代関連の史跡に限定してしまえば、足利氏居館跡と足利学校の二ヵ所、いずれも駅から徒歩15分内なので楽なんですが、戦国時代まで含めると山城があるので登山になってしまう。さすがにそこまでの時間は無いということで、室町戦国期の史跡は外しております(苦笑)。

 ということで、今回も写真が多いので、解説はそこそこにしてサクサク進めて行こうと思います。

 

↑足利学校跡・入徳門

 

 まず行った場所は「足利学校」です。日本最古の学校として神奈川の金沢文庫と並び称される学校です。金沢文庫は鎌倉時代に作られていますが、こちらは奈良説や平安説、鎌倉時代(初期)の創建とされています。諸説あって創建時期が特定できませんが、間違いなく金沢文庫よりも古いと思われるわけです。

 史料的に確認できるのは、室町時代の関東管領上杉憲実が漢書を寄進したことがわかっているため、それ以前に学校として存在していたことは間違いないと思われます。

 何を勉強していたのかと言えば、当然”漢学&儒学”です。というか明治時代になって西洋学問が入って来ない限り、日本で学問といったら普通は漢学&儒学を指します。余談ですが、歴史出版社の武将ジャパンで商売しているライターたちが「坂東武者は文字の読み書きができない」と”坂東武士はバカしかいない”的な喧伝し広めていますが、この時代の読み書きって「漢文」ですよ。ひらがなじゃない……。あのライター陣に「漢文読めるか?」と問えば、一体何人のライターが「文字の読み書きができるライター」になるのでしょうね?(苦笑)。実際問題、年貢や税を納めたり集めたりするのが武士です。ひらがなも含めて完全に読み書きできなかったら、そういう武士はどうやって年貢の量や規定量の税を庶民から取り立てたり、朝廷に税を納めたりするんでしょうか?。ご存じの通り、京都の朝廷からは文字が読める徴税士みないな取り立て人がチェックしに来るなんてことはないわけです。武士が庶民から規定量を取り立て、中間マージンを差し引いた上で朝廷に税を納めてる。文字や数字が読めなかったら武士にはなれません。ということぐらいプロライターなら考えついて欲しいなぁと思っています。閑話休題。

 

↑足利学校由緒

 

↑学校門

 

↑孔子廟

↑説明

 

 儒学なので、孔子像が置かれた孔子廟があります。孔子を奉っているのですね。この点、江戸の湯島聖堂や水戸弘道館と同じです。とはいえ、湯島聖堂や水戸弘道館と比べるとこじんまりとした印象があり、コンパクトでした。まぁ江戸時代は完全に儒学を武士の義務教育としていたので、幕府や藩がキッチリ家臣全員が学べるように整備していたのに対し、足利学校の基本は「自学自習」です。そのために多くの漢書を所蔵し、必要に応じて読むことが出来る図書館の役目が主たるものだったろうと思います。

 

 

↑方丈(教室・学問を講義したり自習したりする場所)

↑方丈内部

 

 方丈の内部が上記写真となります。広いといえば確かに広いんですが、それが一部屋だけなんですよね。水戸弘道館だとこうした部屋が数部屋ありますので、やはり比べてしまうと規模的には小さいのかなと思います。

 

↑上杉憲実像

↑説明

 

 関東管領上杉憲実像です。関東管領として鎌倉公方を補佐する立場でしたが、鎌倉公方足利持氏が室町幕府六代将軍足利義教へのライバル心から対立。憲実は幕府との調和を保とうとしたために鎌倉公方から幕府側と見られ、ついに永享の乱に発展していきます。結局、室町幕府が持氏討伐に出てきたため、鎌倉公方側が敗北して乱は終わりましたが、これが後々しこりとして残り、関東戦国時代の幕開けとなる享徳の乱を誘発させていくことになります。

 

↑礼記正義

↑説明

↑尚書正義

↑説明

↑周易注疏

↑説明

 

 これらは関東管領上杉氏から寄贈された漢書となります。特に『礼記』は四書五経の一書であり、朱子学を創始した朱熹は、この『礼記』の一節だった『大学』や『中庸』を抜き出して一書とし、四書五経の列に加えました。内容的には中国古代の王朝”周”の頃の宮廷儀礼や礼儀作法、冠婚葬祭の方法などを細かく記してまとめた大著となります。

 

↑文選

↑説明

 

 これは以外でした。戦国期の小田原北条氏四代目、北条氏政も漢書を寄贈してたんですねぇ。後に豊臣秀吉に対して徹底抗戦し、小田原北条攻めで滅ぼされてしまうことになりますが……。

 

↑足利学校の外郭にある土塁と水堀

 

 足利学校の敷地は正方形となっており、武士の中世居館と同じように土塁と堀に囲われています。いざという時の防禦構築なんでしょうかね?。

 とりあえず足利学校の方は一通り巡りましたので、次の「足利氏居館跡」に向かいます。といってもすぐ隣ぐらいの近さなんですが……。

 

 

↑足利尊氏像

↑足利尊氏像

↑説明

 

 途中に足利尊氏像がありました。尊氏に関しては誕生地がはっきりしておらず謎です。ただ、可能性が高いのが鎌倉説。鎌倉幕府の元では有力な武士は皆鎌倉に館を持ち、そこを拠点に領地支配をしていました。足利氏も本拠地こそ足利荘ですが、生活地は鎌倉です。なので順当に考えれば足利尊氏も鎌倉で生まれ、鎌倉で少年時代を過ごしていたと考えられるわけです。が、史料的根拠が全くないなので、尊氏の少年時代は謎のままというのが現状となります。

 

 

↑足利氏居館跡「鑁阿寺」

 

 上記の場所が、足利氏居館跡となります。伝承では八幡太郎源義家の子源義国と義国の子義康の二代に渡ってここを居館としてたと伝わります。後に義康の子であり、源頼朝の従弟でもある足利義兼がここに鑁阿寺を創建。以来、奇跡的に戦乱の戦禍に一度も合うことなく現在に至っていると言います。

 ということは、平安時代末期の武家居館のまま現代まで残っているという部分が奇跡だったりするのです。もっとも、江戸時代以前の大寺は僧兵に守られていたりするのが普通なので、防禦用の土塁や堀といった防禦遺構は後々増設されているでしょうから平安鎌倉時代のままということはないと思いますケドも。また、近年の武士居館研究の進展から、平安鎌倉時代の武士の居館は、土塀や板塀程度の防禦であって堀などはなかったとされていますので、大きな土塁と水堀は室町期のものである可能性が高い。とはいえ、土塀や板塀だけの武士館は鎌倉の館の話であって、武士の本拠地たる本貫地の居館は土塁と堀によって守られていたという可能性は少なからずあるのではと個人的に思っていたりもしますが……この点は、後の研究進展を待つ他ないと思っています。

 

↑反橋

↑楼門

↑説明

 

 上記が鑁阿寺の正面玄関たる山門になります。

 

↑鑁阿寺由緒

 

↑鐘楼

↑説明

 

 鎌倉時代の創建時のまま残っているという鐘楼です。

 

↑本堂

↑説明

 

 やはり鎌倉時代の創建時のまま残っている本堂となります。長い歴史のなかで一度も戦禍に合っていないので、創建時のまま(まぁ改修とか修繕とかはあったのでしょうが)残っているのは凄すぎです。そりゃあ国宝にもなりましょう。

 

↑御霊屋

↑説明

 

 源氏祖先を奉る御霊屋です。源義国や義康など足利氏の祖先を奉っているのだそうです。説明にあるとおり、本殿の最奥部に義国・義康の墓と思われる石塔がありました。

 

 

↑経堂

↑説明

 

  やはり創建時のままの形態を守っている経堂。普段は非公開ですが、私が行った時は特別公開となっており、内部に収められている足利15代の木造を拝見できました。加えて足利氏が奉納したお経が収められているという輪蔵を回しても良いと言われてしまったので、お恐れながらと一周回させて頂いた次第です(苦笑)。っていうか、最初はチベット仏教とかにあるお経が掘られた小さな車(マニ車)を回すのだろうと思って探していたら、係員の人に「コレ」と言われ、経堂のど真ん中の中心に置かれている巨大な八角の書架を指さしたのでビビリました。「こ…これかい!これを回せと!?」という感じで、巨大な八角形の書架を回してきたですよ(苦笑)。

 

 他にも境内には多くの建物があり、いずれも文化財指定を受けております。写真撮影だけはしてありますが、ここでは割愛します。そんな感じで、建物関係を一通り見て回ったので、次は外周を取り囲む土塁と水堀を一周~二周して見て回ってきました。

 

↑土塁と水堀

 

 鑁阿寺は武士の居館跡でもあるので、中世武士居館の跡がそのまま残っている形になっています。居館の形は一辺約200メートルの正方形。上記写真はその一辺の土塁と水堀を撮影しています。四方ともこんな感じです。

 

↑土塁上部

↑土塁上部

 

 土塁は上れるように階段がありますので上ってみました。いやぁ中世居館の雰囲気が感じられて良いですなぁ~。ずっと寺だったこともあって整備が行き届いております。ちゃんと正方形に土塁と水堀で囲っており、四方それぞれに門がありました。

 ということで2周ぐらい見て回りまして、これで今日みたいものは一通り見た感じとなります。

 

↑鑁阿寺の売店でやきそばを食います。

 

 時間的にはお昼過ぎぐらいに一通り見終わった感じでした。まだ時間はたっぷりありますので、お昼ご飯にやきそばを頂きます。というか、よく考えたら朝ご飯を食べるのを忘れていたのでした(苦笑)。

 食べ終わったところで帰宅の途についても良かったのですが、最後に一ヵ所だけ見て回るべきところがありますので、そちらに向かいます。

 

↑国府野遺跡

説明

 

 鑁阿寺・足利学校とは線路を挟んだ反対側に「国府野遺跡」があります。遺構は埋め戻されてしまっているので、一見単なる市街地でしかありませんが、ここから古代の建物跡が発掘されており、古代足利郡の郡衙跡だろうと推定されている場所となります。一節では、足利学校も元々はこちらにあり、後に現在の場所に移されたという説もあります。ここに郡衙があったとすれば、併設される形で古寺が会った可能性も否定できません。真偽の程はわかりませんが、少なくとも奈良時代以前の古代において、この場所が足利の中心ではあったのだろうと思われます。

 

 以上、非常に有意義な見学をさせて頂いた一日となり、とても楽しかったです。これで新田荘と足利荘を制覇ということで、安心して武士道論の方を鎌倉時代から南北朝、室町時代へと薦められる準備が整ってきたといったところです。

 

↑ゲットしてきたもの

 

 図録やブックレットなど、買ってよさそうなものは全部購入(苦笑)。特に室町時代の儒学に関しては、まだ知見がないので調べなきゃと思っているところですので。すると次の目的地は「金沢文庫」かねぇ。

 

 ということで、そろそろ室町中期から後期、戦国期の史跡も巡っていきたいと思いますので、今後とも乞うご期待ください。

 

 

 夏コミ新刊を作成中ですが、ゴールデンウィークということで久しぶりに釣りに行ってきました。場所はお台場です。

まぁ、今回は夏コミ向け新刊とは言え、過去に書いた記事の再録&見直し、編集作業がメインで新規記事はあるものの100P内に収めるというページ数制限があるので原稿枚数としては少ない。比較的に遊びにいく時間は作れるわけです。

 

 しかし、今年のゴールデンウィークは天候に恵まれず、雨が降ったり降らないまでも降りそうな天候が続く。そういう意味で遊びにいくにもなかなか読めないところがある感じ。釣りの場合、これに潮の動きが重なる。天気が良くても、潮の動きが悪ければ魚は釣れない。なのでタイミングを計ってました。昨日は大潮直前の中潮で、今日から大潮になるものの雨が降る。したがって、行くタイミングはここだろうということで、昨日の夕方から黒鯛狙いで釣りに行ってきたわけです。

 

↑お台場

 

 お台場にあるいつもの公園に午後四時半過ぎに到着。天候は曇天。雨が降りそうですが、予報では”保つ”らしい。とりあえず、ウキ釣りで釣り糸を垂らします。想定では、大潮直前の中潮で、かつ午後四時頃の満潮から午後十時の干潮に向かう引き潮。お台場は隅田川河口でもあり、川の流れと引き潮効果で大きく潮が動く。はずだったんですが、なぜか潮が動かない……。止まっているわけではなく、とりあえず非常に緩やかに流れはしているものの、想定ではもっと早く動くはずだったんですが……。

 結果から言えば、大苦戦でした。もう少し早く潮が流れてくれないと、魚の活性が上がってこないわけです。明るい内はアタリもなく、夜になってからようやくアタリが出始めました。

 

↑塩焼きサイズのセイゴ

 

 なんとかセイゴ(スズキの若魚)を釣り上げます。まー、お台場のスズキは生臭さがあるので美味くはないんですが、魚体がキレイな若魚は居付きではなく外洋から入ってきた魚なので割と臭いもなく美味い。針の飲み込んでしまっているのでリリースしても死ぬだけなので、とりあえず塩焼きにしようと思いキープしました。

 一匹釣って坊主(何も釣れなかったの意、釣り用語)は逃れてひと安心したものの、以前としては潮が動かない。水位は下がっているから引き潮は起こっているわけで……こりゃあ、場所的に潮の逆流ポイントになってるんだろうなぁと感じました。東京湾奥は、基本的に人工島や運河が網目状に配されているため、潮の動きが日によって複雑に変化します。また港湾工事なども行われており、工事のためのネットなどが設置されてしまうと潮の流れが疎外され、場所によっては逆流現象が起こってしまう。引き潮ですから、本来であれば潮が沖に向かって流れていくはずなのに、なぜか今日は逆に隅田川方向に水が流れていくという逆流になってたわけです。これだと川の流れ+引き潮と逆流流れが相反し、結果的に潮が止まってしまう形になります。つまり、今日の釣り場は失敗した状態。これは苦戦必至です。

 

↑二匹目セイゴ

 

 岸壁近くはまったく潮が動かないため、遠投に切り替えました。岸壁には貝や甲殻類が付着しており、比較的に魚が付きます。ヘチ釣りという釣り方があるぐらいですから。しかし、このヘチの潮が動かない以上、遠投するほかない。ただ遠投の場合、運河だけに魚が居付くストラクチャ(障害物)がない。流してる餌と魚が偶然出会う「パンをくわえた遅刻直前美少女が、曲がり角でハンサムな少年と衝突する」レベルの奇跡を狙うという非常に非効率な釣りになってしまうわけですが、やむを得ず遠投を繰り返します。

 何度か遠投を繰り返していると、ようやくウキが水中に引き込まれてヒット。二匹目をゲットします。

 

 こんな感じで午後21時まで粘ったものの、今年は本命の黒鯛もフッコサイズのスズキも出ず。塩焼きサイズのセイゴ2匹に留まりました。でもまぁ、何も釣れないよりはマシなので、晩ご飯のおかず2食分ゲットで我慢することにして、帰宅の途に付くことに。まぁ、自然が相手ですから、こんな日もありましょう。

 

 さて、せっかくのゴールデンウィークなので、釣りだけでなくちょっと遠出しての史跡巡りも考えており、終盤の5月5日はスーパーコミックシティ(東京ビックサイト)でサークル出店の予定もあります。その都度、このブログでご報告したいと思いますので、乞うご期待ください。

 

追記.

↑夏コミケ合わせの新刊原稿

 

 また、夏コミケ用の新刊の方ですが、現在順調に編集作業中です。今回は100pオフセット本になりますので、いつものコピ本とは違い、ちゃんと製本された形態となります。ただ”はじめに”の序文も書きたかったのですが、その前に参考文献一覧を冒頭に掲載したら書く場所がなくなりました(爆)。辛うじて”もくじ”だけは作れた。

 再録原稿だけで90p近くあるので、新規部分で書けるページ数が少ないですね今回は。100p越えると製本代が倍に跳ね上がってしまうし、それで作ってしまうと売価も倍に跳ね上がる。それは避けねばなるまいし……。要点だけキッチリ書いて、幕末期の武士道の実態を実例と共にご紹介できればと思っております。こちらは8月のコミケットで頒布予定となりますので、こちらもご期待ください。

 

↑品川台場跡

 

 ゴールデンウィーク中に行われる大規模同人誌即売会「SUPER COMIC CITY 33 -day1-」に、サークル参加します。今回はその告知です。

 

サークル「幕末ヤ撃団」

イベント名:SUPER COMIC CITY 33 -day1-

日時:2026年5月5日 10:30~15:30

会場:東京ビックサイト

ブース:東2ホール て36b

↓イベント公式サイト

 

 

 今年のスーパーコミックシティも例年通り5日~6日の2日間行われます。我が幕末ヤ撃団が出店するのは、その一日目の5日となります。去年の冬コミケは落選して出店していませんので、半年以上頒布機会がなかったので、久々の同人誌即売会となります。新刊はありませんので、既刊誌を中心に頒布予定となっております。スーパーコミックシティは、超混み合うコミケと違って立ち話ぐらいできる程度の余裕がありますので、お暇な方はお立ち寄りくださいませ。

 

 さて、業務連絡は以上となりますが、折角なので今年の夏コミケの新刊内容予告でも……。

 

 現在、夏コミケでの新刊として、オフセット製本『新選組の武士道 幕末総集編』を作成中です。これは、以前から頒布していた一連の新選組の武士道探求本(コピー&ホッチキス製本)の再録編集して一冊にまとめたものとなります。その意味では、新しい記事があるというわけではないですが、一番の特長はまとまった形でオフセット製本する点かなと。

 コピー製本は、コミケに間に合わせるための締め切りがあり、校正チェックは行っているものの、どうしても悪文が出来てしまう。今回は、これらを修正し、かつ考えを改めたところなど小さな修正を加えた上で再編集しております。

 以前にも言った通り、本来なら戊辰戦争も含めた全記事をまとめたかったのですが、私が使っている印刷所のセット印刷は、100ページが限界で、それ以上の製本となると価格が倍に跳ね上がる。なので、安さ重視で100ページに収まるよう、今回は戊辰戦争に関わらない幕末京都時代の新選組記事をまとめました。

 

内容

●素行不良の武士道 新選組筆頭局長 芹沢鴨

●豪農の武士道 新選組局長 近藤勇

●新選組の武士道 新選組隊士 永倉新八

●倒幕の武士道 新選組参謀 伊東甲子太郎

●庶民の武士道 新選組副長 土方歳三

●新選組から読み取れる武士道(追加新記事)

 

 以上のような内容になる予定。メイン部分は以前に発行していた記事の修正再録で、最後に掲載記事から読み取れる新選組の武士道を総括し結論を出したいと思います。ただ、余った数ページで書くということで、厳しい文字数制限になっているため、どこまで書けるか……といった感じです。

 また、ページ数圧縮のために行間や文字間詰めを徹底的に行った上、コピー誌で掲載していた史跡写真なども省く感じになっているので、かなり読み辛いかもしれませんがお許しの程を。逆に言うと、読み安さや史跡写真も見たい方は、コピー本の方が合うかも知れません。内容的にも大きな解釈変更などはないので、総集編発行でコピー本の価値がなくなるというわけではないと思いますので。

 

 そしてこれは最後の新記事でどこまで述べられるかわかりませんが、新選組の武士道を俯瞰して見た時の感想として、”農民や庶民も武士道を知っている”ということかなと。通説では武士道は武士の精神とされていましたが、別に武士でなくても武士道を身に付けられるという事実の実証を新選組が示しているわけです。これは当然と言えば当然で、討幕派なら伊藤博文や大村益次郎、佐幕派なら天野八郎や大鳥圭介らがおり、彼らは元は武士じゃない。それでも武士道を発揮した人々であり、幕末・戊辰戦争ではこうした武士階級以外の人々が歴史を動かしているんですね。その代表的な団体が新選組ということになります。

 むろん、由緒正しい武家に生まれれば、幼少期から武士としてのしつけを受け、藩校などで武士たる者の倫理や精神を叩き込まれる。しかし、それも儒教道徳倫理であって士道とよばれる精神でした。もちろん士道と並行して戦闘者としての精神性、これが士道と区別され武士道と言われる精神ですが、これも教え込まれます。例えば、藩校などでは「喧嘩」をしろとは言いませんが、いざ喧嘩になってしまった時は、逆に喧嘩から逃げてはならないとします。喧嘩を吹っかけられて逃げ出すような弱者は武士ではないし、そのような軟弱者は藩や主君も不必要だから。実は、こうした行為は儒学倫理道徳では否定されています。

 儒学では「韓信の股くぐり」のような逸話から、”大望のある者は、下らない争いは恥を忍んでもしないもの”とされているのですね。下らない争いや、つまらない諍いで怪我をしたり、命を失うことほどつまらないものはない。これが儒学倫理や道徳からの主張です。しかし、武士教育では「武威・武名」の思想が受け継がれているため、恥は絶対許さない。特に弱者と言われる恥は徹底して忌避する。その精神性こそが武士道精神の根幹になっているわけです。だから、いかに大望を持っていても「股をくぐらせる」ような恥辱を与えられるぐらいなら斬り死にする方を選べ。と、武士教育の場では教えられることになります。実際に適用されることはほとんど無かった武士の特権「無礼討ち」も、幕府法で認められ廃止されなかったのはこのためです。

 ただし、これは絶対のルールというわけではないので、儒教道徳的な士道と戦闘者として武威武名にこだわる武士道をいかに折衷するかは個人に任されていました。故に武士道は、個人個人で違っていたわけです。

 芹沢鴨や伊東甲子太郎、永倉新八は地位身分は低いものの武士の家の生まれ育ったので、こうした教育を受けていた。これに対し、近藤勇や土方歳三は違うんですね。ただ、近藤は若い内に天然理心流三代目近藤周斎の養子に入っているので、主君こそ持っていないものの辛うじて武士の何たるかを義父の周斎先生から教えられてきたと思われます。が、土方歳三は違うわけです。土方の若い頃は商家に丁稚奉公に入り、商人の修行をしていた。彼が奉公先から実家に戻ってくるのは二十代になってからで、天然理心流に正式入門するのも遅く、入門して数年後にはもう新選組での活動に入ってしまっている。武士教育なんて全然受けていないのです。しかし、彼が武士道を発揮していたことは、皆さんも良く知るところかと思います。土方歳三はどこで武士道や士道を身に付けたのでしょうか?。

 こうした部分に着目して、新選組隊士達個々人の行動を考察し、士道と武士道とを分けて考察してきたものが、新選組の武士道シリーズ(コピー本)となります。これをオフセット製本で編集し直した時、何が見えるのか?。最後の大まとめを新記事で書こうと思っています。

 

 さて、では戊辰戦争編はどうなるのか?。ということになりますが、これはまた後日「戊辰戦争 総集編」として発行したいと思っています。戊辰戦争となると官軍賊軍という新しい区分けで色分けされてしまい、王道主義(これが日本では尊王主義になる)をとる儒学の順逆論に基づいて賊軍とされた側の士道が一切認めて貰えない、論理として成立しない状態になってしまう。このため、幕末時代の士道や武士道とはまた違った見方が必要になってきます。なので、総集編も幕末編とは別になっても大きな問題にはならないし、むしろ別々の方が理解しやすいだろうと思いますので。

 

 ということで、今年の夏コミケは新選組で行きたいと思いますので、乞うご期待ください。

 

↑開花

 

 昨日のことになりますが、恒例のサークル「幕末ヤ撃団」花見を行ってきました。

といってもコロナ流行前はサークルの仲間たちと和気あいあいにやっていた花見も、コロナ終息後は非常に寂しくなってしまっておりますが……。

 

↑神田川と桜並木

 

 場所は去年と同じ神田川沿いの桜並木がある土手沿いの公園です。

 

↑ビール2缶とお供え用お酒

 

 これまで通り、茶碗が2つありますが、一つは研究家故あさくらゆう先生の分と、もう一つは我が大親友であったマジンガー大久保氏の分。両人ともコロナ流行前後に他界してしまいました。コロナに殺されたわけではなく別の病気によるものです。コロナに罹ったのは幕末ヤ撃団では私だけやからなぁ……。

 もう一人の親友K氏は、脳卒中に倒れること数度……ってか何度も脳卒中を起こしながらも生きていることが奇跡ではありますが、その奇跡と引き替えに身体障害を抱えて家から遠くに出歩くことができない体になってしまっております。結果として、幕末ヤ撃団でサークル売り子に活躍してもらっていた友人が、私を含めて4人いたわけですが、現在五体満足で動けるのが私一人になってしまっているという状況。コロナが終熄し同人誌即売会も再開されたものの、サークルで運営や売り子ができるのが私一人って何コレっていうね……。

 

↑夜桜

 

 やはり桜は夜桜ですなぁ。これを見たいだけで毎年花見してます。

 

 ということで、とりあえずここからはサークル「幕末ヤ撃団」の告知コーナーです。

 2026年5月のゴールデンウィークに開催される「スーパーコミックシティ」にサークル出展予定となっております。

 

イベント名: SUPER COMIC CITY 33

開催日時:2026年5月5日~6日(二日間)

会場:東京ビックサイト

 まだサークルブースの配置連絡が来ていないので、情報が到着したら再度告知したいと思います。

新刊はなく、既刊誌を頒布予定です。

 なお、一般入場に千円前後の入場券が必要となります。今まで入場無料だったコミックマーケットも、コロナ後は一般入場者からも入場料を取るようになってしまったため、スーパーコミックシティとコミケも入場コストが同じになってしまいました。が、参加者がやたら多く、参加するだけでも覚悟しなきゃならないコミケと比べれば、まだ参加者は少ないスーパーコミックシティの方が楽に参加できるのではなかろうかと思います。

 

 そして大本命は2026年夏のコミックマーケットでしょう。

 

イベント名: コミックマーケット108(夏コミケ)

開催日時:2026年8月15日~16日(二日間)

会場:東京ビックサイト

新刊予定:同人誌『新選組の武士道(総集編)』

 

 前回に続き、東館の半分が改修中のためサークル参加の枠が減っている状況です。前回は落選で泣いたが、今回こそは当選参加したいところ。新刊予定としては、これまで分冊で作成してきた「新選組の武士道」に関するコピー本の内、戊辰戦争中心記事を抜いた幕末中心記事をオフセット一冊にまとめた本を出します。新選組を通して幕末時代の武士道とはどのようなものかを示したいと思います。武士という存在だけでなく、志士という存在の精神性を提示してみたいと思っています。このため、単なる過去記事を改修まとめだけに留まらず、それらを統合した新記事も書いて掲載する形で考えています。

 ちなみに、新選組の戊辰戦争に関しては、先に述べた『新選組の武士道 幕末総集編』とは別に、来年あたりに『新選組の武士道 戊辰戦争総集編』として出したいと考えています。

 ホントは幕末の混乱期と戊辰戦争を全部まとめて一冊にと思っていたのですが、私が使っている同人誌印刷所のセット印刷だとページ上限が100pなので、ちょっと無理でした(苦笑)。なので上下巻の2冊になるかなと。また、戊辰戦争が始まると新選組は朝敵になってしまい、儒学的には薩長両藩は官軍として絶対正義になってしまう。逆賊とされた側は学問論理的には正当性がなくなってしまう上に絶対悪・罪人にされてしまうため、その精神性や武士道も幕末の混乱期とはまた別のものに変化せざるを得ないんですね。なので、別冊にした方がテーマとしてもわかりやすいということもあります。

 余談ですが、こうした官軍賊軍という考え方の根底には、儒学の「順逆論」が関係してくる。だから、ここをしっかり押さえないといけないんですが、順逆論を重視すると”天皇側が絶対正義(官軍が正しい)、天皇に逆らう側は逆賊(賊軍は悪)”となり、いわゆる徳川宗家と幕臣、会津藩、新選組の行動は間違っているという論理になってしまう。これを嫌った会津贔屓系作家や新人物往来社系のライターによる運動が展開され、「順逆論で考えてはならない」という理屈が一般の歴史ファン層に埋め込まれました。結果として、順逆論無視して歴史を評価するというのが定番になってしまった。会津藩や新選組など敗者の側に立ちたいという気持ちは理解するが、こうした順逆論を無視した結果、土方歳三や奥羽越列藩同盟が明治新政府を否定する論理(それは順逆論に対する対抗論理であり、彼らが苦しみながら考え出したアンチテーゼ)をも無視して歴史的評価を与えることになってしまっております。幕末ヤ撃団というか私ですが、それは違うだろうという観点からあえて薩長両藩が振りかざした順逆論にどう佐幕派諸藩が抵抗したのかを私としては史実として捉え直し、それをある程度は提示できた。なので、『新選組の武士道 戊辰戦争総集編』ではこの考え方で新選組や榎本武揚、奥羽越列藩同盟の戦いを捉え直し、総括したいと思っております。

 

 なお、続けて冬コミケにも参加する予定で考えておりますが、それは夏コミケが終わったら告知したいと思います。

 

 

 このお花見会場は、だいたい夜8時ごろに警官が「今日は終了~」と言いながら巡回するので、その前の7時に撤収します。あさくら先生と大久保さんに捧げていたお酒は、彼らが飲んだということで神田川へ。

 

 

だいぶ暗くなってきたので、これで今年のお花見は終了としました。これぐらい暗くなると夜桜が映えますなぁ。

 

以上、告知メインとなりましたが、皆様も健康に気をつけて頂いて、イベント会場でお目に掛かりたいと思います。今後ともサークル「幕末ヤ撃団」をよろしくです。