↑品川台場跡
ゴールデンウィーク中に行われる大規模同人誌即売会「SUPER COMIC CITY 33 -day1-」に、サークル参加します。今回はその告知です。
サークル「幕末ヤ撃団」
イベント名:SUPER COMIC CITY 33 -day1-
日時:2026年5月5日 10:30~15:30
会場:東京ビックサイト
ブース:東2ホール て36b
↓イベント公式サイト
今年のスーパーコミックシティも例年通り5日~6日の2日間行われます。我が幕末ヤ撃団が出店するのは、その一日目の5日となります。去年の冬コミケは落選して出店していませんので、半年以上頒布機会がなかったので、久々の同人誌即売会となります。新刊はありませんので、既刊誌を中心に頒布予定となっております。スーパーコミックシティは、超混み合うコミケと違って立ち話ぐらいできる程度の余裕がありますので、お暇な方はお立ち寄りくださいませ。
さて、業務連絡は以上となりますが、折角なので今年の夏コミケの新刊内容予告でも……。
現在、夏コミケでの新刊として、オフセット製本『新選組の武士道 幕末総集編』を作成中です。これは、以前から頒布していた一連の新選組の武士道探求本(コピー&ホッチキス製本)の再録編集して一冊にまとめたものとなります。その意味では、新しい記事があるというわけではないですが、一番の特長はまとまった形でオフセット製本する点かなと。
コピー製本は、コミケに間に合わせるための締め切りがあり、校正チェックは行っているものの、どうしても悪文が出来てしまう。今回は、これらを修正し、かつ考えを改めたところなど小さな修正を加えた上で再編集しております。
以前にも言った通り、本来なら戊辰戦争も含めた全記事をまとめたかったのですが、私が使っている印刷所のセット印刷は、100ページが限界で、それ以上の製本となると価格が倍に跳ね上がる。なので、安さ重視で100ページに収まるよう、今回は戊辰戦争に関わらない幕末京都時代の新選組記事をまとめました。
内容
●素行不良の武士道 新選組筆頭局長 芹沢鴨
●豪農の武士道 新選組局長 近藤勇
●新選組の武士道 新選組隊士 永倉新八
●倒幕の武士道 新選組参謀 伊東甲子太郎
●庶民の武士道 新選組副長 土方歳三
●新選組から読み取れる武士道(追加新記事)
以上のような内容になる予定。メイン部分は以前に発行していた記事の修正再録で、最後に掲載記事から読み取れる新選組の武士道を総括し結論を出したいと思います。ただ、余った数ページで書くということで、厳しい文字数制限になっているため、どこまで書けるか……といった感じです。
また、ページ数圧縮のために行間や文字間詰めを徹底的に行った上、コピー誌で掲載していた史跡写真なども省く感じになっているので、かなり読み辛いかもしれませんがお許しの程を。逆に言うと、読み安さや史跡写真も見たい方は、コピー本の方が合うかも知れません。内容的にも大きな解釈変更などはないので、総集編発行でコピー本の価値がなくなるというわけではないと思いますので。
そしてこれは最後の新記事でどこまで述べられるかわかりませんが、新選組の武士道を俯瞰して見た時の感想として、”農民や庶民も武士道を知っている”ということかなと。通説では武士道は武士の精神とされていましたが、別に武士でなくても武士道を身に付けられるという事実の実証を新選組が示しているわけです。これは当然と言えば当然で、討幕派なら伊藤博文や大村益次郎、佐幕派なら天野八郎や大鳥圭介らがおり、彼らは元は武士じゃない。それでも武士道を発揮した人々であり、幕末・戊辰戦争ではこうした武士階級以外の人々が歴史を動かしているんですね。その代表的な団体が新選組ということになります。
むろん、由緒正しい武家に生まれれば、幼少期から武士としてのしつけを受け、藩校などで武士たる者の倫理や精神を叩き込まれる。しかし、それも儒教道徳倫理であって士道とよばれる精神でした。もちろん士道と並行して戦闘者としての精神性、これが士道と区別され武士道と言われる精神ですが、これも教え込まれます。例えば、藩校などでは「喧嘩」をしろとは言いませんが、いざ喧嘩になってしまった時は、逆に喧嘩から逃げてはならないとします。喧嘩を吹っかけられて逃げ出すような弱者は武士ではないし、そのような軟弱者は藩や主君も不必要だから。実は、こうした行為は儒学倫理道徳では否定されています。
儒学では「韓信の股くぐり」のような逸話から、”大望のある者は、下らない争いは恥を忍んでもしないもの”とされているのですね。下らない争いや、つまらない諍いで怪我をしたり、命を失うことほどつまらないものはない。これが儒学倫理や道徳からの主張です。しかし、武士教育では「武威・武名」の思想が受け継がれているため、恥は絶対許さない。特に弱者と言われる恥は徹底して忌避する。その精神性こそが武士道精神の根幹になっているわけです。だから、いかに大望を持っていても「股をくぐらせる」ような恥辱を与えられるぐらいなら斬り死にする方を選べ。と、武士教育の場では教えられることになります。実際に適用されることはほとんど無かった武士の特権「無礼討ち」も、幕府法で認められ廃止されなかったのはこのためです。
ただし、これは絶対のルールというわけではないので、儒教道徳的な士道と戦闘者として武威武名にこだわる武士道をいかに折衷するかは個人に任されていました。故に武士道は、個人個人で違っていたわけです。
芹沢鴨や伊東甲子太郎、永倉新八は地位身分は低いものの武士の家の生まれ育ったので、こうした教育を受けていた。これに対し、近藤勇や土方歳三は違うんですね。ただ、近藤は若い内に天然理心流三代目近藤周斎の養子に入っているので、主君こそ持っていないものの辛うじて武士の何たるかを義父の周斎先生から教えられてきたと思われます。が、土方歳三は違うわけです。土方の若い頃は商家に丁稚奉公に入り、商人の修行をしていた。彼が奉公先から実家に戻ってくるのは二十代になってからで、天然理心流に正式入門するのも遅く、入門して数年後にはもう新選組での活動に入ってしまっている。武士教育なんて全然受けていないのです。しかし、彼が武士道を発揮していたことは、皆さんも良く知るところかと思います。土方歳三はどこで武士道や士道を身に付けたのでしょうか?。
こうした部分に着目して、新選組隊士達個々人の行動を考察し、士道と武士道とを分けて考察してきたものが、新選組の武士道シリーズ(コピー本)となります。これをオフセット製本で編集し直した時、何が見えるのか?。最後の大まとめを新記事で書こうと思っています。
さて、では戊辰戦争編はどうなるのか?。ということになりますが、これはまた後日「戊辰戦争 総集編」として発行したいと思っています。戊辰戦争となると官軍賊軍という新しい区分けで色分けされてしまい、王道主義(これが日本では尊王主義になる)をとる儒学の順逆論に基づいて賊軍とされた側の士道が一切認めて貰えない、論理として成立しない状態になってしまう。このため、幕末時代の士道や武士道とはまた違った見方が必要になってきます。なので、総集編も幕末編とは別になっても大きな問題にはならないし、むしろ別々の方が理解しやすいだろうと思いますので。
ということで、今年の夏コミケは新選組で行きたいと思いますので、乞うご期待ください。




































































