最近の鉄道模型は、一昔前じゃ考えられないくらい多くの車両が製品化されて、工作なんてする必要もなくなってきてるよねえ...。 できがいいのはありがたいけど、いじる楽しみが無いし値段は高くなる一方。いじることをしないから、あまり愛着も沸かないし、値段が高すぎるから、よっぽど欲しい車両でもない限り、完成品を新品で買うようなこともなくなってしまった私。

 ここで取り出したのが、東武6050系キット。




 このパッケージ....、懐かしいよねw まだGMに「作る楽しみ」というものがあった時代のもの。現在は高価な完成品ばかりになり、グリーンマックスには見向きもしなくなって久しい。このパッケージが流通していたのが、確か私が中高生の頃。模型売り場でこういうのを見るだけでわくわくしたものです。




 説明書としては、正直わかりやすいとは言えないようなものだけど、これで十分だよねw いくつかキットを作ってるうちに、自分流の作り方みたいなのが身についてくるし、余った部品やサービスパーツをどう活用するか、そんなことを考えてるだけでも楽しかったものです。まあこの6050系については、サービスパーツの類は入っていなかったのだが...。とりあえず仕上げてみた。




 まあ私とて雑な作り方は中高生の頃と大して変わらないけれど、この複雑な塗りわけを塗装でしてみたり、崩壊防止に接着剤はプラモデル用ではなく瞬間接着剤を使ったり、動力は鉄コレのものを使ってみたり、まあまあ多少は当時から進化しているでしょうか...。ちなみにこの形式もいつのまにか完成品が出てきて(ものすごく高い)、鉄コレも出てきて、未塗装キットなんて直ちに放逐されてしまいましたが..。しかし行き先シールが1両ぶん(行き先によっては2両)しか入ってなくて困った。キックミットさんにわけてもらったものや、東武8000系のものなどから取ってきて、なんとか4両ぶん貼り付けたが。

 もうひとつ。先日中野で、これまた懐かしいものをゲット。




 東海色デカールw 帯色が5両ぶん含まれていて、確かこれは211系キットとかに入っていたような。間の悪いことに、211系はちょうど4月に作ったんだよ...。そういえば211系も、いつの間にか未塗装キットが絶版になって、バカ高い完成品になってたんだよな。工作好きな人間としては許せんわ...。

 ノリで買ったはいいが(安かったし)、何に使おうか。鉄コレで東海の123系が出るとかいう話だが、まあ年末まで出ないでしょうw 他にこの湘南色帯をまとっている車両と言えば...w




 旅先でよく見かける、キハ40と48を東海色にしてみた。デカールを使えば塗装がすこぶるラク。基本的に白一色だし。あとは余りのクーラーを載せて、行き先は113系キットのシールから亀山というのを取ってきて貼り付け、ものの数時間で完成。こういう工作を、楽しいと思える人がもっと増えてくれればいいのにな。

 どうでもいいけど...、GMのエボリューションだっけ?103系の未塗装キットが出てるの。あれってどうなのかな。正直あれは絶対こけると思うんですが。全国の鉄道模型ファンの望む、最大公約数的な車両が103系となるのだろうけど、どこからも103系は出尽くしてるから、私にはあんまり魅力って感じないよねえ...。それにクーラー程度の改造ならそのへんの完成品にしてもいいわけだし、専用の床板などまで揃えたら結局完成品より高くつく気がするし、台車とか別売りなら、「必要なときに必要な部品が売ってない」なんて事態になる可能性も大いにあるだろうし。こういうこと考え出したら、結局KATOの完成品をいじるなりすればいいって話に行き着いてしまう気がするわけですよ...。

 エボリューションは多分これで終わりだと思う。ここでこけて、未塗装キット全て絶版なんて事態にならないことを祈ります..。

 2007年、廃止の噂を聞いた私は、キックミットさんを誘って三木鉄道を見に行くことにした。




 9月のまだ暑い時期のことだった。厄神から三木鉄道のレールバスに乗り、三木に着いたら市内を散策。




 古そうな建物があったり、あと兵糧攻めで有名な三木城跡へ行ってみたり、かなり有意義なひと時だったのを覚えている。

 で、なんでこういう話になるのか。去年の夏、中古屋を覗いていたら、トミックスのハイモ180のジャンクを発見したのです。ハイモ180は樽見鉄道のレールバスなのだが、富士重工LE2の同じシリーズってことで、色違いの三木鉄道、北条鉄道カラーのも売っていた。子供の頃は大して興味もなく、小学生の頃に市場からはすでに消え去り、高校生の頃に一度未塗装キットで再販されたものの(このときはゲット)、それ以後生産されることはなかった。

 でもその北条鉄道のジャンクはモーターが入っておらず、活用方法も思いつかないため放置。そして去年の秋、同じくジャンクでついに動力車のハイモ180を2両ゲット。だが、ここでも他にいろいろ忙しかったせいで放置。だが、キックミットさんがハイモ180の未塗装キットを入手したあたりから話は急展開することとなる。
 
 そうそう、キットには樽見、有田、三木のデカールが入っていて、キックミットさんは樽見鉄道カラーにするとのことなので、そうなると三木のデカールは余るはずw どうせ捨てるならと、無理を言って先日分けてもらった。こうなると話は早い。




 ジャンクの2両を引っ張り出して、作業開始。




 分解し、奥のいただいたデカールを貼ることにする。実車のミキ180とは窓周りの形状が違うのだが、まあこの際いいでしょう。車体強度があまりなく、窓ガラスを外すときがちょっと怖かったが、完全に分解してIPAにどぼん。これ、昔の製品だからか地色は黒。




 ブラックバスw とりあえずサーフェイサー吹いて白色を塗って、デカールを貼る。




 完成。同じ地域を走る神姫バス車両といっしょに撮影。こうしてみたら、レールバスの名前の通り、バスとほとんど大きさはかわらない。それゆえ実車はすぐに廃車になったのだろうけど。しかしこうしてみたら、妙な懐かしさがある。そういえば子供の頃、鉄道模型コーナーにはこの三木鉄道カラーのが売ってたっけな...。買わなかったことを後悔したものです。ちなみに三木鉄道は転換時の在籍車両はこの2両。全車両がそろってしまったw ハイモ180、再生産したらけっこう売れると思うんだけどな。
 お久しぶりの更新ですが、先日上京してきました。本土から千キロも離れた離島にいると、仕事の都合もあり上京もなかなかできずで、けっこうストレスたまってたりもするw 

 さて、上京したら毎度のことながら運転会。キックミットさん宅の広々としたレイアウトで、最近はひとつのテーマを決めて、それに沿った車両などを走らせています。でないとあれもこれもと雑多な車両が出てきてぐちゃぐちゃになって、かえって実感が損なわれる気がするわけですね。前回は中央線ということでしたが(東京で携帯を落として画像紛失したため、このときの記事は無し)、今回は静岡にスポットを当ててみました。

 静岡ですよ静岡。のぞみも停車せず、18切符で旅行する人からは「座れない」「本数少ない」「乗り換え面倒」などと、いろいろ嫌がられたりで、あんまり鉄道マニアからはいいイメージを持たれていない気がする。けど静岡も浜松も大都会だし、遊びに行ったらけっこう(私は)楽しいし、見所も多い。まあそんなわけで、キックミットさんの家に居ながらにして、静岡を体験してみました。




 東海道線。往年の80系から153系、113系、115系、117系、211系、313系と、見事なまでに全形式がそろっていたw 私らって実はすごいんだなとか思ったりする瞬間。115系と211系5000番台は私の作例だが、東海タイプクーラーの調達に苦労したものですw その苦労も今回のため。新幹線がいないし高架駅でこそないものの、浜松や静岡ってこんな感じだよねえ...。




 こちらは支線ということで、大井川鉄道。往年の関西の優等列車が、ここに一同に集結。大井川の車両だけは、私は試験的にウェザリングを採用してみたが、こちらもいい感じにはまっていた。近鉄はこうして並べてみたら、ちょっと屋根の色が薄かったか..。茶色の線路にもよく似合い、車両が生き生きとして見える。




 大井川のSLと、東海道線とが並走。実際SLは新金谷発だから、並走は無いと思うのだが、なんかいいよねー。私の製作動機=旅先で見たあるいは乗った電車になるので、結局うちは現在走ってる車両中心の布陣になり、SLや旧型客車は登場しない。逆にキックミットさんは鉄道史上重要な車両やちょっと古い世代の車両が多い。そのため我々が組むと、過去から現在まで、新旧全ての車両がそろうなどということにもなるw 今回も80系から313系まで、全てそろったものね。




 静岡県にはいろいろ私鉄がいるのだが、もうひとつは遠州鉄道。浜松市内は単線高架線なので、無理を言って一部を高架にしていただきました...。浜松市内のビル群の間を、名鉄みたいな赤の電車が走り抜けていく風景もまたよいものです。写真には写っていないが、天竜浜名湖鉄道のDCも、軽快に茶色レールの支線を走りぬけていった。静岡の私鉄なら他に静岡鉄道や岳南鉄道があるのだが、どちらも乗ったことないし、あまり縁もないので今回はパス。バスコレはしずてつジャストラインのバスを3台置いてみた。遠州鉄道バスは入手できなかったんよね..。




 今回だけは本当にすみません..、なのが沿線ストラクチャー。言い訳にしかならないが、いろいろ考えていたんですよ...。けど登呂遺跡のプラモデルはスケール大きすぎてボツ(写真の農家より大きい竪穴式住居はないだろw)、久能山も日光東照宮のプラモを改造しようかと思ったりもしたが、時間がないのでボツ、駿府に掛川に浜松は城プラモも存在せず(小田原はあるのに...)、茶畑やみかん畑は試作したもののイメージどおりにはいかず、せめて背景に富士山でもとか思ったが、使えそうなポスターはネットを探しても見つからず、結局風力発電の風車だけになりました。

 まあそういうこともありつつですが、静岡テーマの運転会も盛大に執り行って無事に終了。私の上京時の楽しみの一つがこの運転会。今回も非常に有意義なひと時を過ごすことができ、キックミットさんには感謝です。最後にはなぜか静岡県内の東海道線を、つくばエクスプレスの電車が爆走していくシーンもあったりしたが...。それに今回の運転会と、その準備を通して静岡についてもいろいろ考えることができたし、冬に上京したらまた静岡へ遊びに行ってみようと思った。

 次は両毛地域がテーマ。運転会翌日にちょこっと行ってきたことだし、イメージが弱くならないうちに準備を始めないとな。

 
 GWに近鉄900系の鉄コレが出ましたねえ...。五月にたまたま休暇が取れて帰省したとき、「まあもう売ってないだろうな...」などと考えながら上本町の近鉄百貨店へ行ったら、予想外に売れ残って売り場に山積み。2箱買いました。




 あまり人気ないみたい...。けどこれ、あまり売れてないのはわかる気がする。確かに奈良線の車両の歴史などを考えれば900系は記念すべき車両なのだが、現在これが走ってるわけでもないし、見慣れた赤白塗りわけでもないし、そもそも沿線住人やファン以外には、近鉄電車の区別って難しいと思うんよね。例えばGMキットの2610系と2600系を考えてみれば、近鉄電車に詳しい人でないと「クーラーの数が違う」程度の違いでしかなく、車体断面の違いなどは並べないとわからないと思う。

 それにこれ、「登場時」がモデルになってるわけだけど、この塗装で同時に走らせたり並べられる車両って難しい。鉄コレを除けば旧ビスタカーくらいしかいっしょに走らせて不自然な車両が思いつかん。けどビスタカーは昭和40年代前半に、阪奈特急には充当されてなかったんじゃなかったっけ?まあ売れない理由はそれだけではなくて、結局のところ2両で3000円もするその値段が原因だと思うけどね。替えの屋根が付いてるとかでもなくて3000円は、さすがにちょっと高いよな...。

 さて、どうもこのベージュ色は好きではないし、やっぱり走らせるなら現行車両と走らせたいよなってことで、早速改造にとりかかる。私のように変に細かいところにこだわる小さい男からすれば、車体裾に絞りのある奈良線系統の通勤車のモデルは貴重なのである。分解したら、まずは屋根から。




 手前二枚が鉄コレのをそのまま外したもの。屋上にはベンチレーターっぽいものが並ぶ、非冷房車仕様となっている。この猛暑、非冷房車など(気分的に)作りたくも無いってことで、クーラーを搭載。引退直前仕様とするので、配線の一部を含め、ベンチレーターと前パンタ台などのモールドは全て削り落とす。近鉄キットを数作っていたら、前面やクーラー、スカートやダミーカプラーなどが多数手元に集まってくる。クーラーは本当は8810系キットのものを切り継いで使いたいが、都合よくそんなものが手元になかったせいで、多数余りのあるラインデリア車用のクーラーを載せる。あとベンチレーターも、キット1箱にたった8個とはいえ含まれている。これなどよほどの近鉄ファンでない限り「絶対余るパーツ」なので、ここで大放出。アンテナやパンタ周りの機器類は近鉄キットのものを搭載し、出来上がったのが奥。ちなみに前面はテールライトと前面行き先表示幕をGMキットの部品から取ってきて取り付ける。

 あとは少々面倒な塗装をして、組み立てればそれっぽくなるわけで。




 スカートの部品もキットの余りを使い、編成中間に入る車両はカプラーポケットにスカートを直付け。裾帯は省略された姿にしてみた(単に塗るのが面倒だっただけ)。2編成それぞれ奇数編成と偶数編成にしたので、パンタ無し車同士を連結して4両にする。床下機器類が非冷房車のままでちょっと変なのだが、まあいいでしょw 

 なるべく誰でもできるレベルの改造ということで、ちょっと近鉄900系の鉄コレをいじってみましたがどうだったでしょうか。GMの近鉄2600系キット1箱にはいってる余り部品だけで、900系2両をこの引退直前仕様にできるんじゃないだろうか。高価な完成品が存在する中、わざわざこんな工作してまで作るような車両ではないかもしれないが、工作するのも楽しいので、余り部品を片付けるつもりで一度やってみても面白いかもしれないですね。




 そんでもってこうやって、寺院や奈良交通のバスコレなどと並べて遊べば、もう気分は奈良。奈良と言えば、小学生の頃に遠足で行って、鹿に弁当を食われた思い出しかないのだがなw
 ひさしぶりの更新。ここのところ暑くてなにもする気がしないw まあそれでも、「部品を片付ける」ような工作などをちょこちょことやっておりました。

 一つ目は115系。




 キックミットさんと以前買い物に行ったとき、どういうわけか中古でGMの113系初期車のキットが売られていて、思わず(何も考えず)衝動買い。家にはまだ113系関連の部品はごろごろとあって、ウィンの113系(写真手前に写ってるやつ)の先頭車が一両(キックミットさんに以前頂戴した)や、動力だけ持ち去って車体が残っていたモハ112などに、屋根板だけとか前面だけとかも。とりあえずこれらをなんとかしましょうってことで、113系を作ることに。一応次回の運転会のテーマが「静岡」なので、静岡近辺にいた車両を考えるのだが、ちょうどいいような編成がいない。しかも次回の次が「両毛」で、こちらにも東日本仕様の115系を捻出しないといけなくて、結局4両編成のうち先頭車一両しかキットからは作らず、カトーの中間車とウィンの先頭車を合わせて、115系3両編成にした。

 クーラーは分散タイプを載せるので、カトーの中間車は屋根をGMのものに乗せ換え(集中クーラーが一体モールドなため)。ウィンのほうは少々大がかりな改造をする。窓配置が総武線用のなので、窓部分をGMキットのあまりから切り出して、窓配置を変える。クハはGMキットを普通に作っただけ。




 そしたら....、3両ともメーカーの違う変わった編成が出来上がった...。GMのは唯一側面もはめ込みガラスのだし、カトーのも一度塗りなおしてるし、ウィンのもはめ込みガラスながらカトーに比べればちょっと残念な車両だったりするので、意外に3両をつないでみても違和感がなかった。ウィンのほうの屋根板の穴をふさぐのが面倒だったので、冷房準備車ということにしてある。ちなみに動力は鉄コレで、床板はJR東海仕様ってことでグレーにしてみた。どう活用しようか考えていたウィンの113系先頭車が一両、これで消えたのでほっと一息w 

 続いて211系も作ってみた。





 今なら高すぎる完成品も出て、未塗装キットなど見向きもされなくなったのだが...。こちらも四国の6000系やら719系やらを作ったりしてるうち、側板などの部品ばかりがどんどん手元に集まってくる。同様に屋上のクーラーも手元に大量にあった。せっかくなので屋根板と前面ガラスだけバルクで買って、この通り211系に変身。前面の窓は0番台のものを拡張することでごまかしてみたw 

 これでだいぶ部品は片付いた。だが113系キットが残り3両ぶんと、まだウィンの113系が一両残っている。これをどう活用していくか。東日本仕様の3両を作るのにどうパーツを回転させていくか、まだまだ戦いは終わらないw
 よくよく考えたら、もう4月。新年度が始まったものの、どうもまだそんな実感も沸かない私なのでありますが、今回もまたちょっとした工作をしていきたいと思います。最近南海ネタが続きます。

 南海1000系(ヒゲ新)の鉄コレが、確か数年前に発売になった。もちろん私もゲットしましたよ...。先頭車と中間車一両ずつのセットで、屋根板が二枚入っていて、4箱で6両フル編成ができるんでした。南海の沿線住民とはいえ、私は高野線のほうなので、ついつい本線系統の車両は後回しになり、動力化したのもついこの前w 

 ところで、1000系6両をそろえた場合、先頭車が2両余るんです。これ、みなさんどうしてます??とりあえず置いておく?フリーで2両にする?部品取り?あるいは改造?だとしたらどういう風に改造する??けっこう悩むんよね。そこで、うちではちょっと改造してみることにしました。




 この前鉄コレ南海1521ベースで南海7000を作ったとき、大量に1521の前面だけが余っていたので、これを1000系のボディとつなげる。窓ガラスは1000系先頭車のものをそのまま使えるように位置決めすればよい。同じく屋根も1000系のものをそのまま使う(当たり前だけどクーラーははずす)。あとはひたすら削って、つるっつるにするw




 雨どい位置も違うので、屋根と側板、前面との隙間や段差は全て埋めてしまう。あと、車体裾は1000系は丸まっているが、11001系の貫通車は角ばっているので、プラ板を張って整形。削るとこが多いので、2両とはいえ意外に面倒臭い。あと、パンタグラフは2両とも難波寄りに載るので、屋根板をはめる向きに注意。

 ヘッドライトやテールライトは東急3000系キットから、ランボードはGMのパーツ(これ、けっこう使えます)、ベンチレーターは東急5000系のものを作例は使ったが、旧型国電などにもこういうの搭載してるのがいたはず。なんとか使えるものを探しましょう。塗装は例によって伊豆急のグリーンと湘南色の緑。

 あとは1000系の室内とシャーシをはめて完成。とりあえず一両だけここまで作ってみた(もう一両は車体裾の工事から進んでませんw)。




 ちょっと屋根の色が薄すぎなので、また屋根だけ塗りなおすつもりですが...。まあ余剰の1000系先頭車が、余剰の前面と組み合わせてこうして別の車両に化けたってことで、大成功と言えるのではないでしょうか。南海本線昇圧で全車引退した11001系。時代的にあまり並べられる車両がいないけれど、きのくに用キハ55とか、旧こうや登場時、レイルロードの金属キットの南海旧型車などと並べてみたい車両です。弘南1521なら中古で安値だし、ライト類はバルクパーツも売ってるし、この工作自体面倒だが特に難しいところもないので、1000系鉄コレの先頭車を死蔵してる人は、挑戦してみてもいいんじゃないでしょうか。

 しかし2両というのもなあ...。戦後南海を代表する車両なわけだし、11001ならやっぱり4両で急行サボを掲げたいよな。...筋金入りの沿線住民のキックミットさんとこの、この先頭車2両はどうしているのかいなあ...ww
最近工作がなかなか手につかない私です。今年に入って、模様替えやらなんやらで、けっこう忙しかったものですから。それ以外にも、部品が足りな
かったりで、なかなか作業がすすまん。

 その例。この写真の車両は、南海7000系。以前ここの記事に載せた、南海1521の鉄コレから改造して作ったもの。



 緑の濃淡カラーにして、できたぜww とか思ったのもつかの間、南海7000系鉄コレが発売になり、製品には勝てるわけもなく、せっかくクーラーを搭載してあるんだからと、自分の作例は塗り替えて新塗装にしてみたわけだが...。

 白だけ塗った時点で長らく放置。南海電車の塗装って、ほんとにほんとに面倒なんだよなー。大手私鉄14社の車両の中でも、京成と並んで塗装がもっとも面倒な部類に入る。先頭車のこの複雑な帯が嫌。沿線住人でありながら、最も塗装が苦手なのが南海車両ってどうよ..。

 さらにまだ問題がw 2両増結して6両にするつもりだったのだが、ヘッドライトのドナーとなるBトレ前面を実家に忘れ、しかも貫通幌も部品が手元にないというww 他の部品はすべてそろっていても、結局それ以上作業が進まないのであった。Bトレの南海7100系前面が二枚。たったそれだけのために、次帰省するまで工事が進まないのもどうかと思うが、仕方ないよな。ついでに車番インレタも行方不明なため、車番も入らず。

 こんな具合で最近グータラばかりでぜんぜん作業が進みません。キックミットさんとこの線路をこの7000系が、サザン10000系をぶら下げて爆走するのはいつになるんでしょうかw 

 


 お正月に、近鉄の鉄コレを改造して421系など作ってみたわけですが...、せっかくなので仲間を作ってみた。




 元京阪3000系の、大井川3000系。知らない間に京阪3000系特急の鉄コレが発売されていた。もちろん離島住まいの私は買えるはずもなく、というかマイクロの8両編成二階建て組み込みのを持ってるから、別にほしくもない。まあでも先頭車二両を中古でゲットしていたのがあった。


 買値は確か二両で4000円..、高いw 実質二両で定価かよw、みたいな。けど地方の鉄道用にするのなら中間車は不要だし、マイクロの大井川や地鉄の二両を買うくらいなら、こっちを動力化したほうがいいだろうって話にもなってくるわけで、ちょこっといじってみましたと。


 側面の「テレビカー」の文字をうまく消すことができず、結局塗装を全部落として塗りなおし..。ちょっと赤色が暗い気がしたので、近鉄特急のオレンジとモンザレッドで塗ってみた。あとは汚し塗装を施してスカートを取り外し、京急用のアンテナを搭載して完成。工作らしい工作といえば、貫通幌を外したときにできた穴を埋めたくらい。奥の近鉄421系に比べれば、工作というのもおこがましいレベルの工作だったりする。


 貫通ドアの上のとこにできた穴を埋め忘れたから、なんとかごまかさないといけないんですけども...。それと台車も換えないといけないが、手元に所定の動力台車枠はあったものの、トレーラー車の台車のスペアがないもので、カプラーともども換装はだいぶ先になると思われる。


 まー「後でやる」といいもって、結局しないんですけどもだ。


 5年ほど前の夏、東京の帰りにキックミットさんといっしょに大井川鉄道へ乗りに行った。このときは新金谷から金谷までの一駅乗るのが精一杯だったのだが、ちょうどきたのがこの京阪だったわけ。なのでちょっと感慨深い。この当時はまだ鳩マークが復活していない時代だったので、模型のほうも両方の前面ともサボをつけている。というか、サボを一枚だけ余らせたくなかったというのが本音だったりもするのだが。実家には大井川仕様の南海丸ズームもいることだし、京阪と近鉄がこうして揃ってくると、なんかうれしくなってくるよねー。


 ということで今回の工作でした。京阪3000系鉄コレの出来がまあまあよかったので、またしても中古で二両を発見したのですぐに押さえておいた。そのうち富山地鉄仕様のにでもします。

 ぐうたらなお正月。私はと言えば、隣の家に入り浸って、料理を頂戴したりなどと絶賛グータラ中です。そんななか、次なる中央線車両中心の運転会に向け、投入予定車両の整備などもしつつあるのですが、今回の題材は西武101系。キックミットさんが沿線にお住まいなわけで、こちらとしても急速に身近な車両になりつつある、そんな車両。


 去年4月にキックミットさんに多数車体を頂戴した。いずれも氏が昔に作って、経年劣化で接着が取れたりしていたもの。その中に、西武101系が含まれていた(帰って確認するまでこのことを忘れていたというw)。国分寺から出てる多摩湖線には最近よく乗ることもあり、廃車になった101系を、ちょっと多摩湖線仕様に修理再生してみた。




 例によって最初はIPAにどぼん。とりあえず塗装を落として西武101系後期形の前面をつけたのがこの段階。こういうキットは、数作ってれば自分流のやり方のようなものがわかってくるのだが、そこまでは数こなして試行錯誤して、ときには失敗することが必要なんですよ..。おそらくこの車両も、キックミットさんとしてはかなり初期の車両ではないかと思われ、試行錯誤のようなものが少々感じられました..。自分も昔はいろいろ考えながら、苦労してやったものですわ。


 妻板のドアは両開きじゃないけど、まあここは仕方ない。ベンチレーターは角形なのだが、そんな部品が手元にあるわけもなく(211系のが使えるが、流用したら211系が作れなくなるw)、ベンチレーターは全部撤去。車体裾部に一度やすりがけして、窓周りのバリをとって、屋根と側板の隙間を埋めて...。 あと昔のキットにありがちな、窓周りのでっぱり。黄色とベージュの塗り分けラインだが、こんなもん不自然なだけだろ..、即削る。今時窓回りベージュの西武車なんていないよw


 まあなんかそんな感じで、車体は白に塗って、パンタグラフは新たにシングルアームのを搭載し、鉄コレ動力を組み込んで、一応この段階で完成。




 あろうことか、アンテナパーツが手元になかった(怒) 実家の部品庫には腐るほど在庫があったのに...。まあなんか部品の入ってるキットでも通販するなどするさ。あと面倒なのがスカート。実車見る限りでは取り付け方が難しい...。いろいろ考えて、接着面積が少ないので、プラ板から切り出すだけでなく、裏側には補強も入れて、かなりしっかりした構造にした。


 これでアンテナをどこかからとってきて、今発注してるステッカーを貼れば終了。西武キットのステッカーが3枚も手元にあるのに、使いたいワンマン仕様の黒地白文字のはどこにもない。こんなに歯がゆいことはない。


 こうしてできた101系。しげしげと眺めると、キットを素直に作った場合とはだいぶ印象が違うなって思います。キットが出たのは30年も前、実車も更新改造されたり進化してるってことなんでしょうね、きっと。完成品には明らかに劣る未塗装キットを、ここまで改造する人なんているのかいなw 


 これに限らず、同じキットを我々に作らせたら、おそらくキックミットさんはどちらかといえば懐かしい、70年や80年代仕様に、私はワンマン仕様、シングルアームパンタ、LED方向幕、強化スカート、優先座席シールも大判のもの、などなど現在仕様ができあがるはず...。同じ鉄道マニアとはいえ、こういうとこはやっぱり、目指すものが違うというか、ちょっと異質なんだなと実感したりもします。おかげで、運転会の登場車両は新旧とりまぜバラエティーに富むことになって面白いのですが。


 で、あと一両。部品取り用にと思ったのだが、なんか結局いけそうってことで、一両ぶんの部品を買ったものの必要なくなってしまった。そういえばキックミットさんの家の近く?に、図書館があったなってことで、くめがわ電車図書館になることに決定。




 構造はこの通り。廃材をうまく活用。車体は前期形として組んで、床下機器をつけない床板をはさみ、台座は鉄コレのシャーシ。実物は車輪だけとってつけたようになってるのだが、車輪は鉄コレのプラ車輪を切り取って、片面だけ貼る。




 いきなり出来上がりの写真ですが..。線路は鉄コレのディスプレイ用のを加工、ホームはトミックスの対向用、柵はオリジナルのが手元になかったから、雪ミク電車付属の時計台の柵を流用。ほんとはこのホーム後ろにはスロープもあるのだが、省略。持ち運びの便を考えると、あまり台座を大きくもできない。実物通りの車番をいれ、シルバーシート(懐かしいw)と急行札を貼って、あと室外機っぽいものを適当に並べて終了。室外機、配電盤、駅名票などの建物のパーツは、まさかここで必要になるとは思わず、全部実家においてきてしまった..。まあこれもそのうちなんとかするってことで。


 とまあこんな感じで、お正月の軽工作は終了。車体をいっぱい頂いたとき、この中では西武101系の再生がきっと最後になるだろうなー、とか思っていたものですが、案外早く復活しました。よかったよかったってことで、今日の記事を終わります。

 前回の続き。とりあえず近鉄2250系の鉄コレを改造し、琴電の元阪神鉄コレから両開きドアをとってきて接合し、車体長を19mにしましたというところまでやってたんだったと思う。続いては細かい艤装などなどをば。




 元が近鉄特急なだけに、近鉄の通勤車キットの余り部品を駆使する感じ。ヘッドライトは近鉄の前面から、テールライトも実は形が違うが、使えそうな部品が手元になかったので、同じく近鉄前面からとってきた。さすがにそのまま...というわけにはいかない気がした。ベンチレーターも近鉄キットの余り。前面もベンチレーターもキットには余分に入ってるから、近鉄を作ってるとけっこう手元に集まってくる。ベンチレーターなんて、沿線在住の近鉄マニアでない限り、まず使わないと思うのだが..。うちとこは6000系の後期車を作るつもりでとっておいたものを大放出w あとアンテナだけは京急キットから。このタイプのアンテナも、けっこう手元に集まってくるんよな..。


 

 いきなりだがもう仕上げ段階。塗装は西武アイボリーと近鉄ダークブルーにしてみた。まあまあこんな感じか..。屋上は、本当は中央の歩み板も不要なのだが、削るの忘れて後の祭り。動力は余分に買ってた19mのBタイプ、非動力車の床板は琴電のを使用、床下機器類は2250系のものを適当にそれらしく並べなおす。ダミーカプラーとスカートは近鉄キットから。キックミットさんとこの大井川旧型車と併結...というのも一瞬考えたが(併結して走ってる写真を見た)、スカートまわりがスカスカになるし、まあいっかーってことで、両方ともダミーに。窓ガラスは両開きドアの部分だけ琴電のガラスで、あとは2250系の板ガラスを切って使う。


 金谷⇔千頭のサボを掲げ、組み立てればもう完成ww パンタグラフは現在発注してるところで、ひとまず鉄コレのを載せてみる。




 サボは車体色との関係で、緑のにしてみた。大井川の丸ズームでやってみた汚し塗装を、421系でもやってみたが、けっこういい感じになった。テールライトがちょっと形違うし、ダミーカプラーもこの形とは違うのだが、手元にパーツが無いので、次帰省したときに交換予定。とかいって絶対忘れるんだけども...。


 とまあこんな感じにちょっと元近鉄の大井川421系を作ってみたが、どうだったでしょうか。実物は数年前に、惜しくも廃車となってしまったが、近鉄特急のご先祖とも言えるこの車両は、名車として記憶に残るのではないでしょうか。最初はけっこう簡単にできるかなーって思っていたら、けっこう違う場所が多くて、時間がかかってしまった。次は奥に写ってる京阪でも弄ろうかなーと思いもって、今日の記事ということで。