YOUTAオフィシャルブログ「夢飛行」 ~すべてのバリアをこえて~
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

2021年5月のYノート♪

こんにちは、作曲家・ピアニストのYOUTAです。

僕の体験談をツイッターの140文字という限られたスペースで1日1つ投稿していく企画「Yノート」

2021年5月の投稿をまとめました。

ご覧いただければ幸いです。

■1日
高2の11月のこと。
毎年恒例の北信越盲学校柔道大会に出場するため、生徒と先生合わせて10名ほどで県外に遠征。
試合前夜に宿舎の部屋で初のビールを成人の学生から分けてもらい、湯呑茶碗で少しだけ飲む。
翌朝目覚めて吐き気をを感じ、焦って水道水をガブ飲み。
事なきを得る。

■2日
高2の11月に出場した北信越盲学校柔道大会の前夜。
宿舎で風邪をひき、ひどいせきをしながら試合に出る。
実は先生から「せき出とるし、試合やめとけ」と言われるのを内心期待していたが、特に何も言われず。

■3日
高校2年の8月、全国盲学校グランドソフトボール大会の北信越選抜チームに3年連続で召集される。
準決勝で生まれて初めてスタメンからはずされる。
動揺するなかコーチにベンチ裏に呼ばれ「練習の振りと全く違うやないか。中途半端に当てにいくんならバントせいや」と散々叱責される。

■4日
高3の7月の北信越盲学校グランドソフトボール大会前夜の選手交流会。
チームごとのステージ発表での自己紹介でハイテンションでしゃべっていると、前年の全国大会の北信越選抜のチームメイトだった他県の選手から「おまえ変わったな」と茶々が入る。

■5日
高3の修学旅行で貸切バスで移動。
道中の暇つぶしに、当時テレビ番組でやっていたリズムにのせた3文字しりとりをする。
ある女性の先生が遅れてとっさに「シミズ」と言い先生方が爆笑し「先生、それはまずいでしょ」と言う。
なんのことかわからない自分。

■6日
インストアイベントのリハのあと1時間以上あき、近くの施設へ用事に行く。
年輩のスタッフが行きたくない雰囲気のなか出発。
会場へ戻る際に来店客の渋滞に巻きこまれ、危うく本番に遅刻しかけ主催者に現場まで徒歩で迎えにきてもらう。
「何となくいやな予感がしたんだ」とスタッフ。

■7日
低学年の頃よくテスト用紙を真似て反対にテストを作って先生に出して採点していた。
学校で定期的に配られていた「ちいさな童話」を真似て既存の童話をアレンジしたり自作の童話を書いたりして後輩に渡していた。

■8日
低学年のある日、食堂で開かれていた集会で話していた先生が突然倒れる。
いつも階段の手すりにくくりつけてあった担架に乗せられ、駆けつけた救急車で病院へ運ばれる。
脳出血だったが幸い後遺症もなく復帰される。
授業のとき、バレンタインだからと言ってチョコレートをくださる。

■9日
高3のある日、学校のロビーでソプラノ歌手が歌うシューベルトの歌曲を流していると「おい、気持ち悪いから止めてくれ」と言われる。

■10日
高校生のある日、音楽室でGLAYの『RAIN』のピアノパートを弾いていると、年配の音楽の先生が来られ「それはパッヘルベルのカノンだな?」と仰る。
何度も否定して最近のバンドの曲だと説明すると「じゃあ彼らがカノンを真似したんだな、きっと」と仰る。
平行線をたどる議論。

■11日
高3のある日、学校の音楽室でピアノを弾いていると音楽の先生が来られ「その曲は何か」と聞かれる。
即興演奏だと答えると急に先生が2小節の動機をピアノで提示し「はい続き」と言われ、そのテーマをもとに無我夢中で即興演奏する。

■12日
短大1年のある日のチェンバロ演奏法の授業。
先生と同級生と僕の3人でパッヘルベルのカノンの和声進行で即興演奏をしようと先生が仰る。
演奏後「君、どこで即興演奏法を習ったの?」と聞く先生に「特に習ってません」と答える。
しばし無言の先生が怒っておられるのかといぶかる僕。

■13日
短大に入学した直後に1泊2日で研修合宿に行く。
オリエンテーションの後、自由スケッチの時間になる。
「君はピアノを弾いてなさい」と言われ、気の向くままにピアノを弾いて過ごす。

■14日
小学生の頃「波動伝説を買ってきてほしい」と父に頼む。
「ハドウデンセツだな?」と確認され「うん」と答える。
おもちゃ屋で思いきり「波動伝説ください」と言うと「そういうのはありませんねぇ…もしかして餓狼伝説ですか?」と店員。
空耳で父に恥をかかせてしまう。

■15日
低学年の頃に友達にダビングしてもらい聞いていたドラクエ2のサウンドトラック。
収録されていた25分でゲームをクリアするプレイ音を友達の解説で聞いて、実現できると信じ込んでいた。
「バカだな、できるわけないだろ」と父に一蹴されてもなお信じていた。

■16日
低学年の頃、友達からダビングしてもらったドラクエ2のサウンドトラックに収録されていた25分間のゲームのプレイ音が、車内などで聴く定番のカセットテープだった。

■17日
子供の頃に親戚のおじさんから「ドロ・ドロ・ドロって3回言ったら透明人間になれるんだ」と聞く。
家の自分の部屋で「ドロ・ドロ・ドロ」と言って抜き足差し足台所に行く。
「何してんの?」と母に言われ「あれー、消えてない?見えてる?」とがっかりする。

■18日
幼少期から小学卒業にかけて、しょっちゅう夜中に布団の中で世界地図を描いていた。
たいていの場合は母にたたき起こされて初めて気付いた。
そのため、祖父母の家や学校の寮に泊まると夜中に起こされてトイレに連れて用を足すよう促された。

■19日
小学生の低学年から中学年にかけて週1または週2で学校の寮に泊まっていた。
自分のラジカセは5年生以上でないと持ち込めなかったが、事務室で一時的に借りることができた。
それを借りては寮に居る間中返却せず所有物のようにしていて、よく注意された。

■20日
小学生の頃、視覚障がい児向けに小学館が隔月で発行する「手で見る学習絵本テルミ」を購読していた。
点字と活字が併記され、絵も触覚でわかるよう立体印刷されていた。
一番好きなコーナーは迷路で、発行日を今か今かと待ちわびた日々。

■21日
低学年の頃、付録目当に子供向けの科学雑誌をとっていた。
ある日、カブトエビを育てるセットがついてくる。
自分で勝手に触り、必要なものが足りなくなる。
「急に部屋でカブトエビが出てきたらどうしよう」とおびえる。
「余計なことするからでしょ」としかられる。

■22日
低学年の頃よく、かけると怖い話が流れてくる謎の番号に電話して聞いていた。
自分の怖い体験談を留守電に投稿できる番号もあり録音したが、結果は定かでない。

■23日
低学年のある日、学校の寮にあった公衆電話の赤いボタンを友達と押してみる。
消防署につながるから絶対に押してはいけないと教えられていたが、単に受話口からプーという音が聞こえる電話番号を押せる状態になるだけだということを知る。

■24日
4歳頃まで入退院を繰り返していた東京の病院の公衆電話から父の実家に電話する際に、親が106をプッシュしてコレクトコールを使っていた。
自分もそれをまねて低学年の頃、学校の公衆電話から家や父の実家に電話する際にコレクトコールを使っていた。

■25日
短大1年末に音声読み上げ機能が搭載された携帯電話を買ってもらうまでは数十件の電話番号を全て記憶していた。
しかし、それ以後は記憶する必要がなくなり、徐々に記憶していた番号を忘れていき、新しく交換した番号もすぐに忘れるようになっていく。

■26日
小学4年だった1992年の春、終礼でうたう歌としてグレープの『朝刊』を20代の先生方に提案する。
数日後、先生方が選曲した大貫妙子の『春の手紙』に決まってがっかりする。

■27日
小4だった1992年夏、点字ディスプレイ、ノートPC、CDドライブがセットになった音声読み上げ機能搭載のパソコンを買ってもらう。
優に車が買えるほど高価なものだった。
主にドラゴンボールZ強襲サイヤ人のお助けカード一覧を作ったり、辞書で自由に単語を検索したりしていた。

■28日
イベントに呼ばれ、YOUTA(自分)とボーカルのyoshinoとでライブする。
「X JAPANのYOSHIKIさんの影響でピアノを始め…」と司会の方に紹介され、二人で30分ほど演奏。
ライブの後、司会者から「ヨシキさんの今後のご活躍を祈っています」と真顔で言われる。

■29日
小学生の頃、ライオンズクラブの支援で学校から地引き網の体験にいく。
クラブ会員の方が浜で網にかかっていたイカを海水で洗い、その場で食べる場面に遭遇する。

■30日
2013年の夏、音楽仲間に誘われて、ばんばひろふみさんのライブに行く。
MCで「いちご白書をもう一度を『イチハク』のように曲名を仲間内では略して言う」と言っておられるのを聞いて、効率がいいなぁと思い自分も取り入れる。

■31日
2014年初頭に誘われて聴きに行った歌手のライブ。
最初からほぼ最後まで片方のスピーカーから音が出ていない状態でライブが進行。

※ツイッターのアカウントは @YOUTAMUSIC
ハッシュタグ #Yノート

2021年4月のYノート♪

こんにちは、作曲家・ピアニストのYOUTAです。

僕の体験談をツイッターの140文字という限られたスペースで1日1つ投稿していく企画「Yノート」

2021年4月の投稿をまとめました。

ご覧いただければ幸いです。

■1日
大学のサークルで合宿に行った時のこと。
移動で乗ったバスが満席で立っていると、年輩の方から席を譲られる。
大丈夫だと繰り返し断ったが、その方が離れていってしまい「座れよ」と友達に言われ仕方なく座る。

■2日
2009年1月に初めて富山ライトレールに乗る。
下車する電停が近づき、降車ボタンを探るが見つからない。
焦って壁を撫でまわしていると向かい側に座っていた人が「押しますよ」とボタンを押してくれる。
感謝と安堵感と恥ずかしさの入り混じった気持ちになる。

■3日
18歳の頃数ヶ月間、祖父と二人で住む。
部屋で30代の人と電話していて、おそらく世間知らずの僕を育てようと下ネタを出される。
大声で話す僕を「じいちゃんに聞こえるから静かに」といさめるが「意味わかんないから大丈夫」の返事にあきれた口調で「わかると思いますよ」と仰る。

■4日
短大でオーケストラの授業を取り、楽器はバイオリンを選択。
楽譜上でdivisiという指示をして1つのパート内で重音を演奏させる重要な技法を知る。
その他、一弓で複数の音を続けて鳴らすスラー、指で弦をはじくピチカート、指で弦を揺らすビブラートなど、奏法の知識を得る。

■5日
楽器を習い始めて6年ぐらい経過した小4のとき初めて家に電子オルガンがくる。
夢のような環境に胸が躍る。

■6日
16歳でピアノを習い始めた際に電子オルガンと比較して戸惑ったこと。
鍵盤が重くて音を鳴らすために力が入り手が痛くなること、足鍵盤が無いためベースラインも手で弾かなければならないこと。

■7日
16歳でピアノを習い始めたとき、ソナチネやチェルニーの他にアラジンのホール・ニュー・ワールドを弾いていて、オープンスタイルの分散和音という形でベースとハーモニーを左手だけで演奏できることを知る。

■8日
高校3年の英語の授業で『Take Five』を聴き、五拍子の存在を知る。

■9日
盲学校時代、避難訓練の際に鳴らされるサイレンの不快な音色と大音量にドキっとするのが嫌で、予告実施の時はビクビクしながら耳をふさいでいた。

■10日
小学5年のとき普通校から転校してきた友達が口笛を吹いていた。
自分は吹けなかったが対抗意識で猛練習して音を出せるようになる。
やがて音をコントロールしてメロディーも吹けるようになる。

■11日
中高時代、体育の授業で出来ないことはほとんどなかった。
鉄棒でもほとんどの課題をこなせたが、逆上がりだけは練習機を使っても出来るようにはならなかった。
「あんなに何でも出来るのに、なんで逆上がりぐらい出来ないんかなぁ…」と先生が不思議がる。

■12日
中学生の頃、短距離の早い友達と比べて「あなたの体型はマラソン向きだよ」と言う先生に「長距離は苦手で、短距離のほうが得意」と言い張る。
もともと走るのもマラソン大会も嫌いだったが、別に短距離走が早かったわけでも好きだったわけでもない。
むしろ長距離のほうが早かった。

■13日
中学生の校内マラソン大会で僕の手引をする伴走者を五教科の30代の先生が担当。
3キロの部だったが、序盤から先生のほうが遅れ気味で息が上がっていて「もっと早く走ってください」と僕のほうが引っ張っている状態が続き、不完全燃焼に終わる。
翌年から体育の先生が伴走者となる。

■14日
小学生の頃、校内のマラソン大会に向けた練習のために先生方が考案した企画。
地元の地名を入れた42.195kmのコースに見立てた折れ線グラフに児童の写真を画鋲で留めて廊下に張り出す。
各児童は空き時間に1周200mのグラウンドを走った分だけ写真をゴール方向に進めていく。

■15日
中学の体育でグラウンドを走る。
肺が痛いという友達以外は走り終え座って待機。
「誰かタオルをくれ」と嘆いて3・4m前を通った彼に「そらよっ」とタオルを投げる。
全盲の僕が絶妙な場所に投げ、極度の弱視の友達が難なく受けたのを見て「さすが心で通じ合う仲」と先生方が驚愕。

■16日
高1の体育で先生も入って6人制のフロアバレーボールをする。
敵陣の健常者の先生を出し抜こうと友達と謀る。
後衛からのトスを振り向いて僕が受け、敵陣からボールを隠し、僕が跳んだ下を友達が全力でアタック。
思惑どおり先生の出足が遅れ、キャプテン翼にヒントを得た作戦が成功。

■17日
高1の体育のフロアバレーボール。
相手チームの体育の先生が0コンマ数秒でこちらのコートを通過する強烈なスパイクを打ってくる。
打球音と同時に山勘で数歩右に飛び込んでキャッチする。
自分でもびっくりしたが、先生方はあり得ないプレイに驚愕する。

■18日
高校3年のある日の体育の授業。
「男女平等なのだから、腹筋・背筋・腕立て・スクワットの回数を全員統一すべきだ」という僕の主張を先生が受け入れ、以降の授業で本当にそうなる。

■19日
大学2年のある日、キャンパス内の練習棟へ向かっていた時。
いつものようにスロープをショートカットして1mほどの段差を飛び降りて勢いよく入口に進み、立っていた女子の背後から思いきりぶつかって吹き飛ばす形になる。
「すいません」と全力で謝る。
無言の彼女。

■20日
大学生のとき、コンサートを聴きに行った帰りに池袋駅で西武線に乗りそびれかける。
手引きをしてくれていた友達を引っ張って階段を走って登り若い女性にぶつかる。
「ほらだから危ねぇって、にらまれてたぞ」と言う友達。

■21日
夏休み中の中高生で込み合った日中の電車内で仕事の電話に出る。
目的地に着き、電話しながら降りようとして、ドアを開くボタンを押すが開かない。
反対のドアだと気付き、あわてて反転して出発間際に何とか降りる。
込み上げてくる羞恥心。

■22日
乗りなれたライトレールで帰宅時に降りそびれる。
帰路は富山駅からの下り線という頭があったが、その日は反対方面に出かけていて、上り線に乗っていた。
降車する電停で運転席側と思い込んで向かった先は車両の後方。
ドアが閉まって発車し、恥じらいを感じながら次の電停で降りる。

■23日
仕事に行くため最寄の電停へ向かう。
3・4分早く踏切が鳴り出す。
反対方面だと思いきや乗るべき方面。
走ってホームに駆け込んだはずが曲がる場所が違い、柵の向こうの電車が発車。
車内から僕の姿が明らかに見えていた。
焦燥感で朝から疲れる。
電車の遅延を知りさらに疲れる。

■24日
下新川地区でのバンドの練習やイベント出演の後、夜9時代10時代に富山市に向かう電車は人がほとんど乗っておらず、乗った車両に自分しか居ないことが多かった。
全盲の僕でも気兼ねなく座席に座れるゴールデンタイム。

■25日
小学生の頃、歯ごたえのあるウインナーを花火くさいと嫌って食べなかった。

■26日
高校生の頃「睡眠学習だ」と言って寝る前にテレビとラジオとCDをすべて小さい音量でかけ、一晩中つけっぱなしにしていた。

■27日
中2の夏休み前に宿泊学習で立山を登山する。
当日は土砂降りの悪天候に見舞われ、やむなく途中で山小屋へ引き返す。
ずぶ濡れで凍えた身体を暖房で温め、缶詰の昼食をほおばる。
「今一番何をしたい?」というテレビの取材に「早く家に帰って風呂に入って寝たい」と答える。

■28日
中2の宿泊学習で立山登山に行く。
前夜は山小屋に宿泊。
入浴・夕食の後7時代に部屋でトランプをしたり、壁で倒立したりしていると隣室のおじさんが「うるさくて寝られん」と怒鳴り込んでくる。
「みんな朝早いからな」と先生に諭される。

■29日
中2のときに立山登山で泊まった山小屋。
到着して廊下を歩いていると卵の腐ったようなにおいがする。
「これ丸々のヘのにおいみたいだな」と男子と話しているのが女子部屋に聞こえてしまい、爆笑とブーイングの入り交じった騒ぎ声が上がる。

■30日
低学年の宿泊学習で泊まったログハウス。
夜寝る前に二段ベッドの中や周辺に虫除けスプレーを噴射しまくる。

※ツイッターのアカウントは @YOUTAMUSIC
ハッシュタグ #Yノート

2021年3月のYノート♪

こんにちは、作曲家・ピアニストのYOUTAです。

僕の体験談をツイッターの140文字という限られたスペースで1日1つ投稿していく企画「Yノート」

2021年3月の投稿をまとめました。

ご覧いただければ幸いです。

■1日
大学3・4年のとき住んでいたアパートの部屋にグランドピアノを置いていた。
定期的に調律にきてもらっていた。
調律してもらっている2~3時間は部屋に居なければならず、あてもなくパソコンに向かいながら落ち着かないひとときを過ごした。

■2日
大学3年のとき、帰省から東京に戻る際に家族の手引きで歩き、白杖を突かずにくる。
翌日、鞄の中を見て白杖がないことに気づく。
やむを得ず部屋にあったモップの棒を突いて大学へ行く。
恥ずかしさで講義が終わるや一目散にアパートへ帰る。
#Yノート

■3日
大学3年の時、友達に誘われて某教授のコンサートを聴きに行く。
ホールの最寄駅を出て友達の手引きで数名のメンバーと歩いていると、突いていた折りたたみ式の白杖が突然バラバラになり散乱。
近くのコンビニでガムテープを買い応急処置。
「一人の時じゃなくて良かったよね」と友達。

■4日
中学1年の時の歩行訓練の授業。
盲学校の最寄駅で白杖を持って、電車から降りてきた高校生たちに「すいませーん、すいませーん」と声をかけて先生が指定した場所まで連れていってもらう課題。
高校生たちが全員素通りしていく。

■5日
中学生のとき、ドキドキウォークという歩行訓練とオリエンテーリングを組み合わせた課外授業が年に2・3回あった。
グループ行動と単独行動の課題があり、後者が非常に憂鬱だった。
「すいませーん」と街行く人を呼び止めて目的地へ連れていってもらう課題が最悪だった。

■6日
2003年に出場したヘレンケラー記念音楽コンクール。
館内の食堂を探して人混みを歩いていると
「おい!そこの杖突いてるの!並んでんだぜ!見えねえからって何でも許されると思うなよ!」
と視覚障がい者の関係者らしき男に怒鳴られる。
そこが食堂へ続く通路だと知って引き返す。

■7日
大学1年の暮れに出た地元の先生のピアノ教室の発表会。
ショパンのバラード第3番を無謀にも1ヶ月で本番に持っていく。
1週目は一定のペースを保ち譜読み。
2週目で暗譜を確実化。
3週目に部分的な技術練習を徹底。
4週目は曲想を付けた通し練習が中心。
無事に目標を達する。

■8日
まだ目が見えていた3歳ごろ、母が少し目を離したすきに補助輪付きの自転車に乗り、一人で近所のスーパーまで行き、肝を冷やさせる。

■9日
中3のとき、ハンドボール大のボールの1点からメロディーが流れてくるボールを友達と投げ上げ合って、落ちてきたボールを音を頼りに空中で捕球しようと試みる。
何度やっても腰が引けて捕れない。
1点からの音ではボールの向きや回転により正確な位置を把握するのが難しいことを悟る。

■10日
小学生の頃よく、視覚障がい者用に改良したドッジボールをする。
ひざの高さのロープに囲まれたエリアの中に守備チームが入り、外側から攻撃チームがメロディーが鳴るボールを転がす。
よけるだけでキャッチはなし、ボールが当たるとアウト。
一定時間がたつと守備と攻撃を入れ替える。

■11日
高校1年のとき、学校に新しい体育館が完成。
遠赤外線の暖房設備、音で位置を知らせるバスケットボールのゴール、更衣室やトイレの完備、2階に設置された柔道場など格段の進化を遂げる。
放課後に自然と人が集まってにぎわうようになる。

■12日
中2の秋に富山県で開かれた北信越盲学校柔道大会が終わった後の体育。
柔道部員3人で模範試合を披露。
まずは僕と同級生の男が対戦し、時間いっぱいの激闘の末、抑え込みで1本負け。
荒い呼吸で疲労困憊のなか続けて後輩の女と立ち技のみで対戦。
有効を数本とられて判定負けする。

■13日
小学生のころ、体育の事業や休み時間などに体育館でよくローラースケートをする。
家でも買ってもらい、よく近所を滑る。

■14日
鉄粒が複数入った玉を台の上で転がして打ち合うサウンドテーブルテニス。
中2の体育で試合中に無意識で台をラケットで軽く数回たたく。
20代の男の先生が「誰が台たたけって言った!」とブチ切れる。
授業の後「男子残れ!」と僕以外の関係ない生徒2人も残され、散々怒鳴られる。

■15日
子供の頃、風邪をひいてせきが出ると止まらなくなって寝付けないぐらいになることが多かった。
そんなとき、ネギを首に巻いたり、暖かい大根蜂蜜汁やショウガ汁やレンコン蜂蜜を飲んだりした。

■16日
盲学校時代、ずっと成績表は点字では渡されなかった。
高校生になった時から点訳された成績表も渡されるようになった。

■17日
中学2年のとき、国語の授業中に机の下に手をつっこみ点字の本を読んでいるのが先生にばれて、不意打ちで頭をこづかれる。

■18日
春休み、短大入学の書類提出のためにレントゲンを撮る。
肺に影があると言われCTスキャンを受ける。
結果を聞くために母が一人で病院へ。
「わかったらすぐに電話して」とビクビク・ソワソワしながら家で待つ。
電話が鳴り「何ともない」の知らせに小躍りする。

■19日
短大2年の前期に精神的な原因で体調を崩し、夏休みに胃カメラを撮るまでにいたったのをきっかけにすすめられ、宇野千代さんの『天風先生座談』を読む。
以来、中村天風の哲学が日々の礎の一つになる。

■20日
高校3年生の国語の授業で先生が新約聖書の最初の四福音書のどれかを抜粋して読み聞かせる。
それがきっかけで聖書に興味を持つようになり、学校の図書館にあったマルコ、マタイ、ルカ、ヨハネによる各福音書を読む。
以来、聖書が愛読書の一つになる。

■21日
中学3年の卒業式の後、職員室に挨拶にいく。
そのまま盲学校の高等部に進むため「高校生になっても頑張るので、またよろしくお願いします」と言ってから静まりかえるなか思い出して苦笑いしながら「あ、まずは試験に合格しないとですね」と言うと職員室が爆笑に包まれる。

■22日
幼児期の話。
じいちゃん・ばあちゃんの家の2階の1室の電気に向かって声を出すと「ビリリリン」という感じで反響することを発見する。
おもしろくなり「イーカン、イーカン」と繰り返し天井めがけて叫ぶようになる。

■23日
小学生になる時に学習机を買ってもらう。
付属の電球を回すと外れたので、興味本位で電気をつけた状態で電球がはまっていた穴に指をつっこんでみる。
まるで強力なドリルで指先をえぐられたような痛みが走り、あわてて手を引っ込める。

■24日
低学年の時、家の駐車場に止めてあった母の車の鍵をこっそり開けて運転席に乗り込む。
興味本位でサイドブレーキをはずしてみる。
道に向かって傾斜していた車が前に動き出して焦り、あわててサイドブレーキを引く。

■25日
高学年の宿泊学習の宿で夕食がオムライスと親子丼から選べて後者にする。
親子丼を選んだのは僕と年輩の先生の二人だけ。
「おまえ、変わっとるな」と言われる。
ちょっとだけ嬉しくなる。

■26日
小6の時に全国の点字競技会で2位になったご褒美に買ってもらったゲーム機。
テレビに接続する赤白黄色の端子は触覚で見分けられなくても、線を交差するはずはないから、差し込み方は二通りしかないことに気付く。

■27日
中3の夏休みの登校日の午後、学園祭ライブの打ち合わせと称して自分の家にメンバーを集める。
「○○も来るよな」と半ば強制的に気になっていた女子も人数に入れる。
ほとんど夕方までテレビゲームをして遊ぶ。

■28日
中3の学園祭ライブに向けた練習でドラムのメンバーに別部屋で個人練習するよう言う。
ドラムパートの仕上がり具合もさることながら、他パートを集中練習したいという意図もあった。
ドラムのメンバーが自分だけ仲間外れかよといじける。
そんなことしなくても…と先生もフォローする。

■29日
中2のとき学校の予餞会でライブしたのがきっかけでドラムの基本的な構造とたたき方を知る。

■30日
1997年にリリースされたゲームソフト「天外魔境 第四の黙示録」
シナリオ進行時を中心に登場人物のセリフを声優が演じた音声が流れることに大感激。
誰かに読み上げてもらわなくても会話の内容を自分で知ることができるのも嬉しかった。

■31日
社会人になり、民放ではないラジオ番組を聴いていたときのこと。
おそらく年配の方や障がい者が多く聴いているであろう番組だという印象。
「詳細はウェブで」のMCに疑問を持つ。

※ツイッターのアカウントは @YOUTAMUSIC
ハッシュタグ #Yノート
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>