読んだり書いたり -27ページ目

読んだり書いたり

読みたいし書きたい、いろんなことがしたい人間の紆余曲折がここにあります

お仕事の連絡はこちらにお願いします nrmw19@gmail.com



昨日、夫が退院してきました〜〜〜!

家に人が増えるだけでこんなにも育児って変わるんだ驚き
久しぶりにゆっくりお風呂に入れました!!!

ワンオペ育児怖かったよ〜大変な事ばっかだったよ〜〜ネガティブ

ちなみに夫が入院していた一週間の間、お風呂の時は
脱衣所にベッドインベッドを置き、その上に防水シーツ、タオルを敷き、その上にオムツ一枚の子供をタオルに包んで寝かせ、お風呂の扉を開け、いつでも子供を見れる状態で頭と体を洗い、終わり次第ヘアドライタオルを巻き、子供をお風呂に入れてました昇天

ベッドインベッドは実家用、お出かけ用として買ってありまして、これのおかげで寝返りするようになった子供をどうにかその場に留めておくことができましてし、防水シーツはこれからオムツから布パンツになってからもお世話になるなと思って3枚買ってたのが、功を奏しましたニコニコ
髪乾かす時間の短縮にもなって、このヘアドライタオルあって良かったよだれもちろん普通のタオルでも、できないことはないんですが安定力が違う!動いてもずれないって大事ニコニコ
ワンオペお風呂のお供にぜひ使ってみてください花

世の中のワンオペ育児してる親御さんたちって本当にすごい!
私はそう何度も思いました昇天



8月8日に書いた東日本大震災の時の記事、沢山の人に見ていただいてるみたいで文章変だから恥ずかしいなとか、何かを考えるきっかけになれたなら嬉しいなとかそんな気持ちでいっぱいですよだれ


昨日は8月9日で長崎に原爆が投下された日、悲しい過去を忘れちゃいけないな。と思いながら自分の事ではありますが、被曝という単語で思い出したことを書こうかな。


3月11日のあの日。

東日本大震災によって起きた津波は、福島県にある原子力発電所にも押し寄せました。

巨大な波が襲来し、一部で炉心融解、水素爆発も起き、放射性物質が大気と太平洋に流れ出したわけです。メルトダウンなんて言葉、ニコ動以外で聞くとは思いませんでした。話が逸れましたね、失敬。


当時、中学3年生の私は、宮城県の一番下の方に住んでおり、福島県に10分そこらで行ける場所に住んでいましたが、電気がないと大変だな、節電を心掛けなくちゃ位にしか思っていなかったのです。


それから、震災があって一週間ほど経ち、メールが使えるようになった頃、一斉送信で送られて来たメールには、

「被曝の恐れがあるため、洗濯物を外に干さないこと、近辺で採れた、野菜、山菜は食べないように。雨の日は雨に当たらないように必ずレインコートを着用し、傘をさすこと。」

被曝とは・・・?って感じだったわけなのですが、どうやら原発事故からの話だと、曖昧に親から聞いたのを覚えてます。


震災があったその年の4月から私は高校生になり、震災後、復旧しつつある町で、この原発による被曝のことに関しては、特に気にもせず過ごしていたわけなのですが、あるとき家に遊びに来ていた祖父の仕事関係で付き合いのあるおじさん(独り身)に言われたのです。


「俺もそろそろ結婚を考えようかな〜・・・。ああでも、ここら辺の子たちや、福島原発の周りで被曝した子たちは将来きっと貰い手がないからな、そういう子達可哀想だからな。もしもの時は俺が貰ってやろうと思ってるんだ〜。」



絶句。


貰い手がいないって発想にいきつくのは単におじさんが独り身で結婚したいのに結婚できていなかったからっていう、負け惜しみのような言葉だったのかもとは今思うのですが。


だいぶ昔のことですから一字一句、言っていたことが間違ってないとは言いませんが、この内容は間違っていません。


こんなこと言う人がいるんだ、もしかしたら世の中には原発事故によって被爆した人たちはダメだとか、価値が下がるみたいな考えする人もいるのか、このおじさんが変でやばいだけで実際はいないかもしれないけど、そうとも言い切れないのかもしれない・・・。なんて高校生ながらに、1人、部屋の中で悶々と将来のことを不安に感じました。


その後、震災時18歳以下を対象に甲状腺検査が行われるたび、おじさんから言われた言葉を何度も思い出しました。


実は結婚する時も脳裏にその言葉がチラつきまして、泣きながら現在の夫に被曝している可能性は0じゃないことを伝えました。夫はどう思ったのかはわからなかったけど、大丈夫ってわたしが泣き止むまでずっと言ってくれました。


そして2年前くらいだったかな、突然宮城の実家がある町の役場から文書が届き、これまでの検査の結果、あの原発事故の放射能による甲状腺がん等被害の可能性がないことがわかった、みたいな文書(かなりうろ覚えです)が届いて、ちょっと安心したんですよね。ちょっとね。


実際死ぬまで確実なことは分からないわけです。死んでもわからないかも。


ともあれ、生きてる人間なので、思えば酷いことを言われる筋合いはどこにもないのです。あんな酷いこと言われる必要あったんだろうか、1人の人間に変わりないのに。命は平等なのはずなのに。


私はたいして学がないし、世の中をまだまだ知らない。でも今でも原爆のこと、原発のこと、沢山問題があって、被曝という言葉に夜な夜な悩み続ける人がいるのはわかるから、せめて自分の事ばかりじゃなくて少しでも他人のことを思いやって発言、行動できたらなと思う。


こういう話って実はデリケートなんでしょうね、記事を書きながら、酷いこと言われたりしないよね?私の感覚、間違ってないよね・・・?と不安と緊張からなのか手足が冷たくなっていくのを感じました魂が抜ける




今日も明日も明後日もどんなに小さくても幸せなことに気づけますように。



ここまで読んでくださってありがとうございました。




最後はうちの猫きなこを見て癒されてくださいニコニコ



育児中の息抜き


旦那が入院しまして、ワンオペ育児4日目ネガティブ


相手はコロンコロンと寝返りを覚え、ドヤ顔で寝返りを見せつけてくる(ような気がする)5ヶ月乳幼児、アケチャェン!!


少し前までは、ずっと寝ている状態だったわけなのでそう簡単に危険な状態にはならなかったわけなんですが、寝返りを覚えただけでこの危険さ、この行動力は一体・・・!?


ベッドの端から端までものの数秒で転がっていく、すごい勢いでベッドのフレームにぶつかって自損事故。「おー、痛かったねネガティブ」と泣く子供をあやしながらベッドガードをつけるか考えたんですが、窒息する可能性があるという記事を読んで不安。


子育てとは、たまたま死ななかった、大丈夫だったの繰り返しという言葉がいつも頭をよぎる。


なるべく不安なことは回避していきたいですよね。


手間だけどベッドの柵、1本1本にコーナーガードを貼って対策かなよだれ



本当に子供の成長とは凄まじいものでネガティブ


さてはスーパー赤ちゃん・・・?


と、至って普通の成長すら偉大なことに思えるほどの変わりよう無気力親のアップデートが追いつきません!


一番最初に思ったことは「育児」であり「育自」なんだなと昇天 

自分が育ちます、本当に。未熟さを痛感。


閑話休題。


さて、息抜きをいつするかとなるとやっぱり寝てる時になるわけなんですが、いつこの息抜きが終わるか分からないけど、子供が寝た瞬間から!よし読むぞ〜〜〜!と本を読み始めます。私の場合。


ワンオペの時って子供が寝てる時以外、息抜きになる時間なんてないですもんオエー


今読んでいるのは、

子供との関係が変わる 自分の親に読んでほしかった本


息抜きというか勉強に近いんですけど、読むことで子供への意識がリセットされて冷静になれる気がします。

 ワンオペの時ほど周りからの目がない分、大変で余裕がなく荒む自分をどうやって一旦冷静にするか(もちろん本当にリラックスする時間も必要です)が大事だと思って、少しずつ読んでいますニコニコ


この時に大事なのが、

美味しいお菓子と飲み物も一緒に!




私コーヒーやカフェオレが大好きでいつも飲むんですけど、コーヒー、カフェオレにはバター系のお菓子が合うと相場が決まってるという持論ニコニコ


私だけかな?



育児で大変なみなさん、しっかり息抜きして、

子供が起きたらまた笑顔見せてあげましょニコニコ

 

同じネタで投稿する

 

他の投稿ネタを確認する

 

 


今は九州の福岡に住んでるんですが、今日夕方に九州で地震がありまして、私の住んでるところは震度3くらいだったんです。震源地では6あったみたいで、なんだかふと震災のことを思い出したので、少し書いてみようかなと。


東日本大震災の時は3日前に震度5、6くらいの地震があったんです。当時中学生、高校入試の試験中で「これ以上揺れる場合は避難となります〜!」って言われたのを覚えてるあれが本震だと思ってたけど違ったんだなあ。

東日本大震災の当日、中学校の卒業式の日でした。式自体は終わって、卒業パーティー、みんなでわいわいごはん。たくさんのご馳走が運ばれてきて、さあ余興が始まるかな〜なんて頃にあの大地震。みんなの持っている携帯から沢山の警告音。どんなふうに揺れたとかあんまり覚えてないけどあの音が怖かったなあ。あと胸騒ぎというかもう心臓が耳の横に移動しちゃったんじゃないかと思うくらい心臓の音が聞こえてた。みんなでテーブルの下に隠れて、揺れで料理がどんどん床に落ちてくる。泣いちゃう子もいて、初めて見るパニックで、このまま地球が終わっちゃうんじゃないかって。実際は地球は終わらなかった。終わらなかったけど、地球はひび割れた。ウソ。道路がひび割れてた。

一瞬にして大混乱。ネットは繋がらないし、電気はつかない。水道から水が出ない。家に帰ろうにも信号が機能してなくてあちこちで車が渋滞を起こしてる。みんなパニックになってコンビニやスーパーに入るけどレジが使い物にならなくて長蛇の列。並んでる場合じゃないってってね。でも連絡取る手段もなく、安否の確認もそこそこに食べる物や水も心配だったんです。

あとガソリン。ガソリンスタンドもすごい列だった。

田舎だったのもあり、オール電化の家は少なく、ガスが主流だったので辛うじてコンロは使えたのが生命線でした。水があればお米が炊ける。2、3日は溶け始めていく冷凍庫の中身を調理して食べる。さあ水だ。みんな水を求めて給水車に並んでペットボトルに水をもらっていました。

お風呂に入れないのも辛かったですが、地味に辛かったのがトイレ。断水のせいで流れないんですね。でも飲める水を流すのは勿体無い。でも流さないとニオイが辛いんですよね。そこで役立ったのが湯船に溜まっていた水。これをバケツで汲んでトイレのタンクに入れて流すことでなんとかやりくりしていました。

結局、水が出るようになったのは4日目くらいだったかな。蛇口から変な音がしたと思ったら、少し濁った水が出てきて、少し流していたら綺麗な水になっていったんです。涙が出るほど嬉しかったです。実際出たのは水道水なわけなんだけどね。3月のまだまだ寒い中でしたが、思いっきり顔をバシャバシャ洗いました。今思えばあの水、本当に綺麗だったのか、調べる術はなかったけど謎。迷宮入り。

津波の被害が酷かった仙台港に父が働いていて、ずっと心配だった。父は地震が起きて5日後、突然家に帰ってきた。(そりゃ電気がダメになってるのでネットも繋がらず連絡する術がなかったので突然になるのはしょうがないのですが)道だったはずの道とはもう呼べない場所を自転車で何時間もかけて。生きてた、嘘じゃないんだと何回も確認して泣いた。帰ってきた父の話を聞いてからすぐに家族みんなで炊けるだけ沢山のお米を炊いておにぎりを作って、持てるだけ沢山の水を空いたペットボトルに汲んで仙台港へ持って行った。
同じ宮城県でもこんなに被害が違うんだと絶句。吐き気が止まらなかったし、行くんじゃなかった。と後悔すらしました。
あれはいつもの平和な日本じゃなかった。自販機を壊して中から飲み物を出してみんなに配る人、避難して誰もいない家に泥棒が入った話を聞いた。津波でたくさん沢山の大切な人、大切な物が流された。あとモラルも流された。そしてそのままになってた、どうにかしたいけど、みんな余裕がなくて自分のことで精一杯だったから。ビール工場のビール缶ががたくさん流されて転がってた。被害の大きい人たちは飲めたとてビール缶なんて目もくれない、でもそれをわざわざ拾いにくる少し遠方の被害の少ない人たち。海水で動かない動けなくなった沢山の車、どうしてそんなところにあるのって場所に車や船が乗りあげてた。
被害の酷いところに行ったことを後悔していると書いたが、実際少々トラウマになった程度で必要な危機管理が備わったと前向きに考えたい。

地震から一週間経って、電気が戻り、ネットがつながった。沢山の安否確認のメールが、一週間前という過去から届いた時やっと自分のなかで一旦区切りがついたような気がしたのを覚えてる。

その後も大きな余震は続くし、停電は何度も起きてたし、津波に巻き込まれ亡くなってしまった従姉妹のお葬式があったり、沢山のお店が潰れたし、高校入学は1ヶ月弱延期になった。放射能による被曝の可能性があるとかで、雨の日は外に出るなとか、外に洗濯物を干すなとか。
ガソリンがなくなるっていうデマとか、トイレットペーパーが売られなくなるっていうデマとかね。

まだまだ色んな思い出がたくさんあるんだけど、なんだか思い出したくないような

でも地震のアラームが鳴ると、少し大きい長めの地震が起きるとまたきっと思い出す。
私の人生の中で怖かった出来事。

また今度思い出したら記事書きます。




 プラスティック/井上夢人

2024年本屋大賞発掘部門「超発掘本!」に選出された本ニコニコ
ミステリ小説です。ネタバレを避けたい方はページを戻っていただければと思います煽り

購入はこちらからどうぞ↓

あらすじは、
54個の文書ファイルが収められたフロッピーディスクがあり、内容は出張から帰ってくる夫を待つ妻がワープロで日記をつけ始めるとこから始まる。そしてどうにも奇妙な出来事が次々と起こり始める・・・。

という感じなんですが、


まーーーーーーー面白かった!!これ本当に1994年に書かれたの!?30年前!?フロッピーディスクにワープロ・・・。時代的にそうか・・・。と思いながらも、面白さは関係ありませんでした。今だって面白い!いいもの読んだ、楽しかったよだれ

どうしてこんなことが起こる訳・・・?なになに?どういうこと?と知りたさが勝ち、ページを捲る手がとまず、読み進めていたらいつの間にか読み終わっていました!凝視



最後の感じが良かったな。
二次創作としてFile54 本多初美で書いてみようかな。そこまで文才はないんですけどオエー

創作物だという前提を忘れたわけではないのですが、あの類と問いかけ、ゾワっとしません?自分は傍観者で、さも普通の人だと思っていたのに、実は自分が一番異質で、おかしいと思っていた周りこそが普通であった。これは自分のために作られた話だったとしたら。本当に自分は間違っていない、私の意識は一人分でしかないと胸を張って言えるか?誰がそれを肯定してくれるんだと。

実は今、夫が入院しておりまして、この本を1人の時に読んだ訳なんですが、怖かったです魂が抜ける私を認識してわたしを説明できる人がいない!自分を信じれない!誰か私の存在を認識してくれ〜〜〜!!!ってついなりきってしまいましたよ、ああ怖かった無気力

入り込めば混むほど面白みが増す本ですよこれはよだれ

そしてこの本が好きな人はきっとこれも好きですきっと!!
もしみたことがなければぜひよだれ