「敗北するとわかっていても(選挙を)戦わなければならないことがある」(by日本共産党) | 星垂れて平野闊く 月湧いて大江流る

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 この間、現役東大生で中核派の委員長になった人の文章に触れる機会があったのですが、彼は当然暴力・暴力革命を肯定する思想を持ってるわけですよね。
 大多数の市民が賛同しないだろうから今はしないというだけで(でもいつするんでしょう?)。

 彼の、というか中核派の思想なのかな、あたしはよく知らないのですが、
 「権力というものは即ち暴力である。それに立ち向かうには市民の方も暴力を以てする外ないんだ」
 という主義主張なんですよね。

 暴力はいけない、飽くまで言論と民主的手続き、つまり選挙で勝たないと、というのが日共その他の穏健左翼の主張なわけで、あたしも、どんなことがあっても暴力を肯定したりしてはいけないと思っているのですが、しかし、その選挙制度を永遠に与党側が勝ち続けるような形に作り変えられてしまって、少数政党や無所属議員はろくに意見を言うことすらできなくなったら一体どうすればいいんだ?どうすればいいも何も、もうとっくにそうなってるじゃないか、とも思います。

 
 早い話が、小選挙区制っていうのは絶対やめさせないといけないのですが、やめさせるには選挙で勝つしか方法がない、しかし小選挙区制である限り選挙で勝つことはできない、ということです。