星垂れて平野闊く 月湧いて大江流る

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名誉毀損の慰謝料請求の相場とは?
https://monolith-law.jp/reputation/compensation-for-defamation-damages

 いろんな判例があって興味深いですね(・_・D

>「ウソつき常習男」という見出しの新聞広告で名誉を傷つけられたとして、鈴木宗男元衆院議員が「週刊新潮」を発行する新潮社に損害賠償などを求めた訴訟で、東京高等裁判所は2003年12月25日、新潮社に100万円の支払いを命じた一審の東京地方裁判所判決を取り消し、「うそをついたと信じる相当な理由がある」と認定して元議員側の請求を退けました。

 なんと!
 「嘘をついたという証拠」がなくても、「嘘をついたと信じる相当な理由」があればいいのか。
 飽くまで、そんな判例もあるよというだけのことですけど。

>問題になったのは、「田中真紀子に鬼の涙を流させたウソつき常習男鈴木宗男」との見出しですが、二審である東京高等裁判所は「いささか品のない表現だが、論評を逸脱する人身攻撃ではない」と結論づけました。

 とな。

 有名な佐々木亮弁護士によると、
 「相手方に本当かどうか確認したことは、真実であると信じるに相当な理由があったことの一つの根拠」
 になるんだそうです。

 ちゅまり~、
 「名倉マミさんが人間じゃなくてタコ型宇宙人ってほんと?」
 なんて誰もあたしに訊かないですよね。
 そんなもん「真実であると信じるに相当な理由」がない、誰だって嘘っぱちだとわかりますからね。

 しかし、
 「名倉マミさん!昨日月見バーガーを食べたってほんと?」
 ってもしあたしに訊いてくる人があるとしましょう。
 それは少なくともその人にとっては、「本当なんじゃないかな?」と信じるに足る理由があったってことです。

 くどいようですが、「名倉さんが昨日月見バーガーに食べられたってほんと?」なら誰も訊いてこないけど、って話。

 鈴木宗男氏の事件は、一審で新潮社が負けて支払い命令が出ているものの、二審で逆転棄却が出ているんですね。

 他の判例を見ると、「原告(ネット上で名誉毀損されたと主張する側)が、長期に亘って事態を放置し、反論や対応をしなかったこと」は過失相殺の理由にはならないとして、原告が全面的に勝っているケースもあります。

 民事には刑事と違って「情状酌量」ってものはないんですが、代わりに「過失相殺」という考え方があります。要するに、「原告の側にも悪い所があった」と裁判所が認めて、損害賠償を減額することです。

 訴訟ってのは文字通りケースバイケースで、「こういう判例が出ているから全部こうだ」ってわけじゃないんですね。

今こそ、御心のままに私を裁き
私の霊を取り去り
私が地上から解き放たれ
土に返るようにして下さい。
私は生きているよりも
死んだ方がよいのですから。
私が耳にするのは、不当な辱めの言葉。
私は大いなる悲しみに包まれています。
主よ、どうぞ、私をこの苦しみから解き放ち
永遠の住まいへ行かせて下さい。
主よ、あなたの御顔を私から
背けないで下さい。
生きて大きな苦しみに遭い
辱めの言葉を耳にするよりは
死んだ方がよいのですから。

 

(旧約聖書続編「トビト記」3:6)

 

 

今わたしは、あなたに向かって顔を上げ
あなたを仰ぎ見ます。
どうか、わたしがこの大地から解放され
辱めの言葉を二度と耳にすることが
ありませんように。

もしわたしのいのちを取り去ることを
望まれないのならば
主よ、わたしを顧み、わたしを憐れみ、
あの辱めの言葉を聞くことがないようにして下さい。

(同3:12-13,15)
 

 

マイケル・ジャクソン「Will You Be There」

https://ameblo.jp/yeah-yes-t-1/entry-11044258267.html

 

 

 この記事、なんかやたらと評判がよかったので再掲載します。今回は豪華!聖書箇所のオマケ付きです。

 

 しかしわたくしもご趣味と人間(ヒト)がよろしくないなあ。

 

-------

 

 え、何ですか?

 マミちゃんがそんなこと言うなら、俺は棄教してやる、教会なんか辞めてやる、って?

 

 あたしのことが嫌いなのも、教会に来ないのもべつにいいですが、あなたの仰っているのは、「洗礼を受けたことをなかったことにしたい」「クリスチャンを辞めたい」という意味でしょうか?

 それはできないことになってるんですが、え?

 信教の自由は日本国憲法でも保障されている、今は中世じゃなく近代なんだから宗教よりも法律の方に従うべきだ、というんですか?

 

 そうですかそうですか。

 ではですね、「受洗取消申立書」を書いて、お近くのキリスト教会に行って下さい。

 書式は特に定型のものはありませんので、とにかく、「私が受けた洗礼をなかったことにしてほしい」という意思を示す一文と、今日の日付を書いて、署名捺印して提出して下さい。メールでもいいですよ。

 

 あ、お帰りなさい。行ってきましたか。どうでしたか?

 え、不受理?或いは、「受け取ってもいいが、一度受けた洗礼をなかったことにすることはできません」「クリスチャンは辞められません」と牧師に言われた?

 そ~でしたか。

 では、キリスト教会を相手取って、「私の信教の自由が否定された!精神的苦痛で損害賠償百万円!」と裁判所に訴えて下さい。

 

 お達者で~(^^)/

 

 

 その頃、ファリサイ派の人々は出て行って、どのようにしてイエスの言葉尻を捕えて、罠にかけようかと相談した。そして、その弟子たちをヘロデ党の人々と一緒にイエスの所に遣わして尋ねさせた。「先生、私たちは、あなたが真実な方で、真理に基づいて神の道を教え、誰をも憚らない方だと知っています。人に分け隔てをなさらないからです。ところで、どうお思いでしょうか、お答え下さい。皇帝に税金を納めるのは許されているでしょうか、いないでしょうか」イエスは彼らの悪意に気づいて言われた。「偽善者たち、なぜ、私を試そうとするのか。税金に納める硬貨を見せなさい」彼らがデナリオン銀貨を持ってくると、イエスは、「これは、誰の肖像と銘か」と言われた。彼らは、「皇帝のものです」と言った。すると、イエスは言われた。「では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」彼らはこれを聞いて驚き、イエスをその場に残して立ち去った。

(マタイによる福音書22:15-22)

 

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 これを「信仰者といえども霞喰って生きてんじゃねえぞ!汝臣民らは税金しっかり払えよ」「聖と俗との二元論」という解釈しかできないやつはアホ、というのが今朝の説教要旨でしたね~(・_・)

 

 ファリサイ派とヘロデ党っていうのがそれぞれどういう人たちかっていうのも含めて、今のわたくしには色々と含蓄の深い御言葉でした。

我が主イエスよ 我を捕え

我が持つ剣(つるぎ)を 砕きたまえ

さらば勝利 自由も皆

ただ主によりてぞ 我がものなる

 

風の如く 変わる心

恵みの縄もて 繋ぎたまえ

類もなき 愛によりて

弱き我が心 強めらるる

 

主に仕うる 我が心を

天つ風送り 燃やしたまえ

世を動かす 力なき身

ただ主に頼りて 勝ちをぞ受けん

 

我が心は 主のものなり

誉れを求めず 御前に伏し

主のいのちに 生かされつつ

とこしえの栄え 御手より受けん

 

 

教会讃美歌393番

http://seishonikka.org/hymnindex/num.htm#h300

 

 「口先とは違って、内心では舐めてるから親しげに近寄って来る男性もいる」

 「本当に名倉さんのことを思っている人なら、名倉さんがはっきりものを言っても、きちんとした対応ができるはずだ」

 と、ある人から助言を受けました。

 

 本当にその通りだと思います。正にそんなタイプの御仁がいました。

 あたしが理詰めで切り返し、はっきりものを言うと、彼は機嫌を悪くし、しまいには「あのね、男にはプライドってものがあるんだ!」「あんたは年上の人に対するものの言い方がなっていない!」と怒り出しました。

 「女にだってプライドあるわ!」「なんで女が男を立てないといけないの?女に立ててもらいたいなら女が立てたくなるような男になりなさい!」と言い返せなかったことを悔しく思っています。あたしは彼に恋愛感情を持ったことは一度もないのに、なんでジェンダーを持ち出すのか、意味がわかりません。

 ほんとに、猫になって掻き毟ってやりたいくらい、こいつには今でも怒っています。

 きっと、「女にだってプライドはある」「自分なりの思いも考えもある」「女だって自分(男)と同じ、人間だから」なんてことは生まれてから一度も考えたことのない方なのでしょう。

 

 その人のことで違和や不信を感じたことは数えきれないほどあるのですが、一つには、五十になって一度も婚姻歴がないよりも、三度婚姻歴があって、しかもそれを隠している方が、それ自体としてはよっぽど「やばい」と思えてきました。

 あたしは結婚したことがないし、自分の母親が父親と曲がりなりにも結婚生活を送れていた頃の記憶もありません。祖父母の結婚生活も不幸なものでした。

 だから、叔母など周りの夫婦を観察していての想像に過ぎないのですが、結婚生活というのは相手への気遣いと思いやりなんだろうと思います。世間の人はよく「結婚生活は『我慢』『忍耐』」と言いますが、悪く言えばそうなのでしょう。

 三度も結婚に失敗する男性というのは、結局人への気遣いや思いやりができない、持てない、更に学習能力が絶望的にない人なんだと思います。

 女性の場合はまた違っていると思います。なぜかというと、離婚というのはだいたい、女性の方が相手に愛想を尽かして逃げ出すから成立するもので、男性の方が「妻が嫌で嫌でしょうがないから離婚した」というのはあまり聞きません。

 男性は狡いですから、妻が疎ましくなった場合ははっきり「別れよう」と言うのではなく、他所に女性を作るなどして家に寄り付かなくなったりします。自分から離婚を言い出したり、積極的に離婚しようとしたりすることはあまりない気がします。

 

 個人的には、離婚というのは女性にとってはなかなかポジティブな経験なんじゃないかと思います。

 相手と別れる決断ができる女性、場合によっては子供を抱えてでも独りで生きていける女性は、悲しいけれど、強いです。

 

 役所の書類に小細工してまで三度の離婚歴をロンダリングしていたミソジニスト氏の話に戻りますが、

 「おまえ、俺を敵に回したらどうなるかわかってんのか!ただじゃ済まねえぞ!」

 と電話口で凄んだかと思ったら、その数分後には、

 「おまえ、知ってるか。どうしようもない旦那を見棄てなかった細川ガラシャの話を」

 「俺はおまえを見棄てねえ!俺はおまえを見棄てねえんだよォ!」

 とか譫言みたいに言い出して、この人本気でやばいんじゃないかと思いました。

 

 細川ガラシャって・・・・自分がガラシャであたしが夫の細川忠興だというのでしょうか。

 あまりにもイメージがかけ離れすぎていて泣き笑いしてしまいました。性別が逆だし、どっちにしてもそういう関係にない人と夫婦に譬えられるのは気持ち悪い。

 

 ついでにあたしは明智光秀が好きなので、光秀を見棄てた卑怯な娘婿なんかに譬えられるとムカッとします。

 

 

「相手と別れる」決断、「信じた自分を裏切れる」強さと賢さ。

裏切リノススメ

https://ameblo.jp/xingling7/entry-12613446764.html

 

 

 

 「私の目には、あなたは高価で尊い。私はあなたを愛している」

(旧約聖書「イザヤ書」43:4)


 昨日、別の友人がたまたまあたしに歌詞を贈ってくれたのがこちら。

 

宇多田ヒカル「道」

https://www.youtube.com/watch?v=6XdnqVT1LXI

 

 彼女のお母さんがケアしていた精神疾患の方が、お母さんを亡くされたその方に贈って下さったものだそうです。

 ちなみに、その方と、今日誕生日を迎えた友人に接点や面識はありません。

 

 「PATH」(道)のカードもブラール・タレイにはあるんですけれど、

 

 

 「JOURNEYING」(旅をする)の方がこの歌のイメージに合っているような気がしました。