令和7年9月10日〔水〕【第3159号〔本年第265号〕】

      昨日の北深井道場は、14人プラス道場主補佐の、15人 だった。

 

  この図、「差之毫里・・・」号に 貼った。再掲する。

 

 

  昨日は、私的には、11:30  まで、おケイコ、と言っても、休憩・休憩時間がかなり あった なぁぁぁ!! 寄る年波に抗ってはいけません。

 

  本号は、前号の「保江邦夫先生のご講演」の続きで書きかけて、号を改めた。

 

  「続き」で書いても よかったけど、、どうでもいいけれど。。ちょっとやけ気味、、アカン!アカン! 

 

 

  昨日のお昼は →南條食堂。 たぶん、時刻は、 11:55  ~ 12: 15  と 短時間。

 

  昨日は、カレーライス&サバ煮付、茄子・・・〆て 1250円 だった。

 

  アフターは、 石津、というのか船尾の祥福の湯。

 

  滞在は、13時ちょい前から 15時まで。

 

  だから、 14:40  ~は、コレ ↓ いただいた時間。。

 

 

   「ミルク金時」と、オーダーしたハズ やったのに・・・まぁ、えぇか。

 

 

  榎の工務店長には、もう四年前(2021年)の春から秋にかけてやねぇぇぇ。

 

   ①背中を使え、とか、②上体を楽に! とか散々言った。もっとずっとずっと昔、、・・・十年ほど前?偶々、小雨の日、大仙公園内変電設備の横っちょで、ちょい推手やったら、彼、いきなりステーン、と。コチラとしては、倒す意図とか全く無かったらビックリした、変わって欲しい、と思ったけれど・・・・もう、過去のコト。

 

令和7年9月10日〔水〕【第3158号〔本年第264号〕】

 

      一昨日、在・阪急六甲傍、「サラシャンティ」での、保江邦夫先生の  お話。

 

  簡単に・・・

 

  前回(8/4)  、「明日」て、おっしゃっていたから、「8月5日」のコト、かなぁぁぁ?ソレより、もっと後、改めて、のコトだったのか??

 

  何せ、今回もゲストとして再登場のインラン師と、軽トラにて、神社巡りをなさった そうな。

 

  

 

  一昨日は、ココ ↓ 通過しただけ。ウチを、15:30  前に 出たならば、多少ゆっくりできたけれど・・・やっぱり、サラシャンティは、私的にはそこそこ遠い。。

 

 

  一昨日、保江邦夫先生のご講演、最後にインラン師が登壇。

 

 

  インラン師は、体格も立派で、ホンマ、法力をお持ちのご様子。。

 

 

  「三社」とは、①吉備津彦神社、②石上布都魂神社、③サムハラ神社、の 三社。

 

 その三社巡りに、何と「鷹」が関わった!と。③の場合に!

 

 

  鷹、白鳥、アゲハ蝶の登場が例の「桃太郎」の 「雉、猿、犬」みたいに聞こえた、そういうお話 だったが、いつも通り、一時間半、ノンストップ・立て板に水。

 

  ご講演最後に、ブラックホーク(UH-60) を視た!と。 保江邦夫先生、次期総理は、中曾根さんでは、と お話になっていた。

 

  まっ !

 

  日米地位協定が憲法より上位にある、機能している、という実態からは、わが国、は、戦後80年とは言え、まだ、独立できていない。

 

   

 

  

 

令和7年9月7日〔日〕【第3156号〔本年第262号〕】

     今朝は、10:30 に 、カミさまの  「えっ!? まだ、おったん!?」の声を聞いて、そそくさと 家出 → 10:55  大仙公園入り、だいぶん 遅かった。

 

 【タイトル】は、大仙公園のいつものおケイコ場所で、口にした。

 

  もしも、白板があったならば、書いたかも知れないが・・・いやいや、最近は、すっと、字を思いつかないケースが 随分と ↑。比例して、たぶん、認知程度は、ジャンジャン ↓ 降下中。 歌手の橋幸夫さんも亡くなったんやなぁぁぁ!!

 

  【タイトル】、本通信内何度も登場したハズ。。

 

  「差之毫里謬之千里」は、もちろん、ご存知の方が多いだろうが、「太極拳論」の末尾に登場している。元々は、超古典の「史記」が出典らしい。「失之毫里謬以千里」とか、「差之毫里失之千里」の別の表現もあるにはあるが・・・拳論では、今、書いたとおりだし、何せ、略して、ちょくちょく四文字熟語として、「毫里千里」と言う。

 

  今朝は、「学拳容易改拳難」も言うたけれど・・・まぁまぁ、スルーされただろうけれど、でも、まぁ、こんな句をただ知っているだけじゃ、 どもならん。

 

  でもでも、ついつい、上達していいハズなのに、技術、段々 ↓ を観ていると、ホント、歯がゆくって しょうが ない!! なんでちっともじょうずにならへんねん? のを視ると、私的には、この二句が脳裏に浮かんで、鎮める。

 

 

  なんでやねん!? 「前弓後坐」が怪しくって、「後坐」、お腹、固めて、仰け反って、おまけに膝も潰れて。「推樁」(すいとう、トイチュアン)も からっきし、できない・・・みてトレでの(私の)授業は、受けていなかった、とか??言い訳も聞いたが?? 言い訳は聞きたくなかった。。。

 

 

  私は、(今となっては、)「ゼロ じゃなく、 マイナス5  から始めなアカン!」と、言った。でもでも、「建物」だって、一旦、取り壊して、更地にするコトを思うと、同じコトですよ、「スクラップアンドビルド」ですから。つまり、私的には「更地」=「ゼロ」、 と言った だけ。路、間違えたら、大変です、努力が水の泡。。

 

  ウメちゃん、久し振りだった。彼は、元々、勁力が大きい、が、その自覚が希薄。「脚底下」の認識とかが濃くなったらまだまだコレから化ける。元消防士ともやっていたけれど、2人で切磋琢磨すれば、技術、じゃんじゃん ↑ する。

 

  今朝は、言った。「鬆(ソン)」と「沈」が要るけれど・・・でも、「軽やかさ」、もっともっと欲しい、と、私はそう言った。 太極拳をきちんと学習していない人には、矛盾にしか聞こえないだろう。 【鬆沈 、或いは、鬆静  プラス 「軽やかさ」】、ピンと来るようならだいぶんレベル↑ だろうけれど・・・ちょい、昔、三郎丸さんも、みてトレでようぼやいていた。「わかったツモリ、できたツモリ、が多すぎる・・・」と。

  

【追記、追画 2025/9/9  20:25】 

 

「図は」、(道場生)・ハルカスさんから提供、

 

 

   今朝、マネージャー・ケイコさんから聞いた。

 

      当該人は、「困惑している」と。どうやら、私の常識が間違っているのかも。私は、本通信内にも前に書いた。私の場合・・・先生(老師)がたった一度言ってくれたコト、示してくれたコト、けっこう、残っている、と。いやいや、偉そうなコトは言えないなぁぁぁ・・・かなりな部分はザザ漏れして、今に至っている。ただ、先生(老師)の話は、一旦、聞き入れて、自身の中で整理する、という姿勢は持っているので、思い出すに、「困惑した瞬間」は、あの、1984年の春、丁先生と、ゲンキン先生のお話が真逆、だった 時か??  話、脱線、、戻る。

 

  馬長勲先生は、おっしゃった = 「太極拳は引き算、だ」と。

 

  まっ、多くの方が、「足し算」に励む結果、「太極拳」に熱心に邁進している ツモリ で、やればやるほど 遠ざかる、という・・・つまり、厳しい言い方をすると、「到老一場空」を目指してしまっているのかも知れない。「スクラップアンドビルド」をもう一度持ち出すと、「建て増し」、「建て増し」を一生懸命にやった結果、「我が家」なのに、家の中で迷ってしまう、みたいな。。。

 

 「困惑する」のじゃなく、 「ハッ! と 目が覚めるハズ」、というのは、私の単なる思い込み だったようだ。

 

  工務店長にも昔は熱心に声掛けしたけれど、ココ数年、もう話はしていない。何故なら、毎日曜日、熱心に動画を撮っているから。もしも、「検証の為」の撮影ならば、いくらでも、修正点・問題点を言ってあげるけれど・・・たぶん、「動画撮影」自体が目的、と推量される。

 

  昨年の春でしたねぇぇぇ、、道場主が彼に、①手の動き、急ぎすぎ、②肩をゆるめるように、と 二点、指摘したら、彼の返事は、「難度が高い過ぎる」だった・・・なので、とうとう、道場主も遠ざかった。

 

     私的には、「先生がいない」じゃなく、「周囲は、みな、先生」、「太極推手生は全部、先生!」だ。 50年前、太極拳スタート時 から、先輩がいない、から 自分できづき、そして、気づき・・・・いやいや、たくさんの中国人先生(老師)からたくさんたくさん学んだ!! 「①ケ・②イ・③コ」 ・・・②は、「変化」、だから、頭はやはりいる。でも、「身知」、「知覚」が根本。。。キリがない、終わっと こ。

 

   

令和7年9月7日〔日〕【第3155号〔本年第261号〕】

  昨日、土曜日、堺東駅発、8:09  →なんば、大原簿記専前、8:37  →大阪駅往き。

 

  午前は、「太極推手」は普通にやった・・・昨日は、チョロっと、「背中の使いこなし」について、言い・・・示した。他、イロイロ。で、午後の「楊式太極拳」はパス(代講)して、→ 阿倍野・楓林閣。道教友好協会の①総会(報告)、②講演会、③懇親会 だった。「五時間超」を以下、ギュギュギっと、超圧縮する。

 

  ① 奈良先生、この五年間ほどのコト、一時間ほどで・・・一気に、淀みなく。

 

  a、湖北省九宮山、b、万福寺、c、天理大学参考館、d、涂善祥さんコンサート、e、神戸異教徒寺院巡り、f、天橋立・河森一浩先生、g、上海&江西省、h、四川省成都、 の 八件のイベントのうち、d、f、h の三つは参加していないけれど・・・残りの五つは、その団に入っていたので、出席率、ええんちゃう!! 特に「g、上海&江西省」、本通信内、写真をかなりベタベタベタ。。。

 

  ②講演会、は、今回、康林先生・・・63歳。。。

 

  すごいなぁぁぁ! 川端康成、吉田兼好・・・日本人でもこんだけ深く研究している方、たぶん、そんなにはいない・・・いやいや、まったく知らないままテキトーなコト、書いてるけれど・・・でも、そもそもの出発点、角度が違うでしょうから・・・ホンマ、康林先生の発表には感心させられた!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ただ、私的には、二時間のご講演を終えて、質疑応答の時に、「飛鳥・奈良時代に伝わった、八咫鏡」云々については、コレは、ちょっと違うのでは?日本、もっと古いのでは? と異議を言った。

 

  つまり、 タマとサカホコに、「鏡」が、三種の神器(みくさのかんたから) として加わったのは、神代第八代・アマテル神の時で、孫のニニキネにささげた、と朧げに記憶している、と 申し上げた。

 

  「カガミ」・・・・「カ」は、明るい、とか、正しい、とか。「ガ」は、悪(邪) 、で、ソレを視る、 から 「鏡」。。。この語源に係る話、前にも書いたけれど・・・イツ、書いた?まぁ、持論だけれど、「かんがみる」という語は、ソコラ辺り、見極める、というコトでしょう、、たぶん、こんな話、イツだったか、書いたけれど・・・昨夕、この話はしなかった。ともかく、飛鳥・奈良時代に渡来、にちょい「?」を投げかけた次第。日本と中国の交流、とても深いハズ、と、私は、ちょっと抵抗した。

 

  でもでも、繰り返すけれど、康林先生の研究は、やはり、すごいコト。中京大学で、「文学博士」を取得なさっている。「川端康成と東洋思想」は、20年前のご著書なんですね。日本語が達者!! 

 

   昨日、康林先生のご講演は、25人、26人が受講、、で、後の懇親会は、十人ほどが帰られて、、、「16人」が八人づつに分かれて円卓を囲んだ。

 

  康林先生

 康林先生は、折畳式智能手機 を持っておられた。やっぱり、フアウェイですか!

 

  

 

  ユウコさんには、言われたなぁぁぁ!昔のコトだけれど、私は、とってもとっつきにくい(難以接近)人に観えていた、と。そうでしたか!!

 

 

  楓林閣は、在・九階、、下は(前は) ↓

 

 

  昨夜は、お月さん・・・・きれい かった。。

ウチにわにて・・・・・・ 煌々と輝いて いた。