令和7年11月14日〔金〕【第3228号〔本年第334号〕】

     昨日、木曜日に、S/P 女史が教えてくれた。いやいや、前に、みてトレで、当該のポスターも見ただろうけれど・・・覚えていなかっただけかも。先日、この火曜日、天下茶屋・天水湯に 行って、入り口で、シャッターが下りたママ、、そうやそうや、「11/11  ~1/12、臨時休業、連休」の掲示、何度も見たハズなのに、認知低下が激しいのか、、すっかり忘れてて、自業自得だったけれど、昨日(木曜日)、22:30  頃、番台で、「火曜日、間違って、来た」と言うたら、えらく恐縮された。コチラが悪いのに。

 

  話、脱線・・・・戻る。

 

  ウシュー・グランプリは、七年前九月に亡くなられた髙浦猛さんの遺産だ。

 

  彼の逝去後も、若い方たち、続けてやってくれているのですねぇぇぇ!!

 

 

  元々の始まりは、守口の体育館だった、と思うけれど、私的には、日本連盟関係行事があって、また、土曜日は、1980年以降、朝日カルチャーセンター中之島での、授業がずっと入っているので、まっ、やはり、日本連盟の「太極拳・段検定の審査」とか、どうしても優先せざるを得ないので、たぶん、ウシュー・グランプリは、一度も観ないまま、今に至っている。ホントのトコロ、その確証は無い。

 

  髙浦猛さんは、その昔、全日本選手権大会でも、何件、ちゃうちゃう「南拳」のチャンピオンだったし・・・・・振り返ると、第一回全日本、実は、この呼称は、後付けで、、「観摩大会」だった。しかも、私の記憶では、髙浦猛さんが、その名付け親、だった。まっ、当時の資料、となるものは、リーツーリー師が、博士論文を書く際の、纏める際の資料というコトで、彼に宅急便で送ったので、その後、リーツーリー先生、何故か、ビール、私的にはほとんど飲めないのに、毎年毎年、年末に送ってくれた。

 

  またまた、脱線、、戻る。

 

  ともかく、11月22日、幸運にも、朝カルの授業、無い!! 

 

  なので、【タイトル】のとおり、覗きに、いやいや、「覘く」は ちょい表現がよくないかも。 見学に行ってみようか、と 思っている次第。

 

  「観摩」は、日本語としては熟していない。漢語としての意味は、「相互に研究する」という意味合いがあるから、まっ、日本語に代えるなら、「発表」て 感じ、ですかねぇぇ。。。

 

 

 

  プログラム、90度回転させたのに、また、戻った、あ~あ。

 

 まっ、きっと、若い方々が手作りでの運営で頑張って準備しているハズ。。

 

文字数、 千字 を超えた・・・おしまい!!

 

 

 

令和7年11月13日〔木〕【第3227号〔本年第333号〕】

      まだ、「500位」は遠い・・・・まだまだ遠い。。。。。

 

  やっぱり、「8000点」をたたかないと アカン!! まぁ、そのウチに何とか、、いやいや、甘いなぁぁぁぁ!

 

  先月、10月の 「500位」 = 7917点。私の場合、各ゲーム、10点のHDCPをくれてるんだから、トータル、400点も 上積みなのに、、もうちょい何とかせぇぇ!と自身に 喝!!

 

  先月の一位は、例によって、京都伏見のナカショーさん。スコアは何と何と、10812点・・・・プロボウラーも裸足で逃げ出しそうな得点、叩き出している。。。

 

  自身の「所属」、機械的に、「堺」に変えてくれている。「尼崎」には、先月、10日を最後に、行って いない。 先月、尼崎店で、19ゲームを登録、残りの21ゲームが、堺店でのスコア、というコトだ。

 

  さてさて、

 

  今月は、今のトコロ・・・・17ゲーム消化、3271点。先月よりは、悪い。

 

  今のトコロ、エントリー、7106人で、順位= 1142位。

 

  何はともあれ、「40ゲーム」を登録しないと あきません。今年も、1月、3月、4月が、「40ゲーム」に達しないまま、終戦 だった。

 

  後、まだ 23ゲームを消化しないといけない、わずか、23ゲーム、されど、て感じ かなぁぁぁぁ?! 何とかなる・・・・何とかしよう。。。

 

  

令和7年11月13日〔木〕【第3226号〔本年第332号〕】

        10日、月曜日の朝の、京都・白川のM師との15年振り、もしかして、20年振りの「再会」(驚き)については、書いたが、夜のコトについては書いていなかった。

 

  万代池公園から一旦帰ってきて、、「再家出」 =  六甲道・サラシャンティに向かって、堺東駅に着くちょい前、「オリジン弁当屋」さんの前で、IKちゃんに パッタリ!!  石並 見  (ポンチエン) !!

 

  彼女、大きい可愛いおめめ つけてんのに、、ちっとも見えていない。。。私は、特段、驚かなかった。寧ろ、 その時は、バスに乗り遅れて徒歩でトボトボ だったわけなので、だから、「もしも、バスに乗れてたら、会えなかったワケだ」、と 瞬時に頭はソッチにいってしまう。。 まっ、私の癖、の一つ ですねぇぇぇ。

 

 

  さてさて、

 

  保江邦夫先生、この月曜日も、立て板に水。

 

  月曜日のお話の最後の方が、【タイトル】の如く だった。まっ、お話を一生懸命にメモはしていないけれど・・・「矢作直樹先生が、そうおっしゃっていた」、みたいに少し濁しつつ、、だった。でもでも、年内、まだ 12月8日にも、このサラシャンティに来られるでしょ! と 私は、心の中でツッコミを入れながら聞き流した。ホント、 「立て板に水」は スゴイ !!

 

  ともかく、まだちょっと早いけれど、来年も安寧でありますように。

 

  保江邦夫先生、この月曜日のお話の冒頭は、確か、「ウースターソース」のコト、お話になっていたなぁぁぁ!?  まっ、でもでも、私的には、①一つは、私自身、生来、「食」に対して、とても鈍感、というのがあるし、②「ウースターソース」て、漢字で書けば、所詮「辣醤油」ぐらいだろうし(この「漢字脳」は如何ともしがたいトコロ・・・)、、まっ、要は、「お醤油の仲間なんだから、ソコラ辺りどうでもいいんじゃない」、と やっぱり、心の中で、ツッコミを入れながら聞き流した。お話は、「お刺身にウースターソースを」だったんで、食に敏感な女性陣からは、「へぇぇ!」、とか、「ほぉぉぉ!」とかとか、引っ掛かっていたが・・・私は引っ掛からなかった。過去、スプーン曲げのお話が出た時も、私の反応は、つまり、感動みたいなモノは皆目無かった。だって、スプーン曲げは、(過去、書いたけれど)、簡単事だから。

 

  保江邦夫先生、お話のやはり最後の方で、「雲と雲との間の雷、⚡ を観た!で、その 隙間に、UFO、六機が見えた、写真に写った」と そうおっしゃっていたが、、ソコでも、私は、心の中で「じゃあ、、その写真、見せてよ!!」 と ツッコミを入れていた。

 

  10月14日(火)、往路、岡山、8:30  起飛、で、復路、那覇、18:30  。。いやいや、保江邦夫先生の行動力には驚かされる。岡山~品川、車で、12時間も。あぁ、シンド!と私的にはそんな感じ、ようやりはるなぁぁぁ!! て、感じ。「前橋」、「沖縄」も完全に絡んでいたなぁぁぁ! (私自身、昔のコトを思うと、行動範囲、小さくなったなぁぁ、と パラレルで そんな思いが。昔は、年間、20回近く東京往復、、東京だけじゃないけど、と そんな感じ だった。)

 

   まっ、カミンチュ(神人)のオバちゃんは、とってもすごい人なんでしょう。。

 

  

  カミンチュ(神人)にすがった 不動産屋も 偉い!

 

  シャッター街を一生懸命に買い戻している、とか。中々、できません。

 

  私の頭の中では、熊出没問題にぶっ飛んでいた。

 

  つまり、チャイニーズ が、山は勿論、街中も買いあさって、→メガソーラー設置、ソレに対抗・抵抗して頑張っている不動産屋さんもいるのか、私利私欲じゃないんだ、、えらいなぁぁぁ! と翻訳しながら聞いていた。

 

  「空気の波は観えない」と おっしゃっていた パイロットも偉い。飛行機の操縦が滅茶苦茶上手、というコトは、その機長さん、実際には、その空気の波をきっちり読み取っていらっしゃるんでしょ! と やはり、私の中では 置き換えていた、話をすりかえていた。

 

  保江邦夫先生、いつもいつもスラスラスラスラ、お話になる。

 

 

  話、変わって、一昨日、またまた、河内磐船の天田神社の森の中で寛いだ。ほんのちょっとの時間だったけれど。

  足元、枯葉 で びっしり。でもでも 感触的には 「緑の絨毯」と勝手に置き換えていた。

 

   火曜日は、やっぱり 失敗した。天下茶屋・天水湯、お休み だった。

  11月11日~12日、連休、て 知ってていいハズなのに。 シヤッターが閉まっているのを確認してから・・・・しまったぁぁぁ、閉まってるぅぅぅ、と 鈍クサッ!!

【追記、2025/11/12   7:55】天田神社の写真の上の箇所、誤字があったので、とこの言い訳、ちょい噓っぽい。普段、誤字のまま、けっこうほったらかしにしているのに。

 

  昨日、この写真 ↓  「年齢は?」 と聞かれた。

 

  たぶん、48歳、もしかしたら、49歳。

 

  それにしても、書いたけれど、船井幸雄先生たちのやっているシュアイショウ、とっても雑・・・・荒っぽい、でもでも、医療健康効果は、かなりあるのですね。そのコトは、驚きです。 前後じゃなく、左右の シュアイショウも、大概、厳密に観れは、みなさん多くの方々が間違ったやり方をしている。つまり、太極拳として、この左右の シュアイショウをする時には、「膝の横揺れ禁止」が 正しい。どうやら「頭を反対方向に」、は 難度があるようだ。2004年春に、馬長勲先生から、休憩時にマンツーマンで教わったけれど。私的には好きな功法 だが。

 

   今夜は、天下茶屋・天水湯、、入れる だろう。

   

 

  

 

 

 

 

  

令和7年11月10日〔月〕【第3225号〔本年第331号〕】

 

      朝風呂はいい!!  こんな体勢 ↓ も取れるし。

  間違えた!! なんでこんな 写真やねん? 違う。。。↓

  ウチの風呂では、この体勢は取れません。銭湯乃至スーパー銭湯では、こんな具合に伸び伸び できる。 

 

  ふれあい温泉矢田・・・・・久し振りだった、、前回、イツ、行ったか、入ったか? ともかく、朝風呂は初めて、だと 思う。たぶん、初めて。

 

  さてさて、今朝は、何と何と、М師が、京都・白川からわざわざ万代池公園に来園。М師曰く、「何度も ナバちゃんから誘われていた」と。そう言えば、ナバちゃんも 万代池公園には、三回来園?

 

  2017年に「周流」は閉じた、と。私は聴いてて、「もったいないなぁぁぁ!」と。

 

  М師、とっても才能豊かやのに、、何で?と お話の続きを聞くと、「24式、覚えた」と。ソレって、たぁさんと同じやん、と思った。つまり、伝統太極拳をしっかりやった後で、「簡化太極拳」を修得、という方は 稀有な存在。昔、大阪に来られた上海の先生にはそんな方、いたけど、日本人で、簡化太極拳を覚えるより先に伝統太極拳をしっかりやった人、は 私は知り合いの中に、たぁさんと、今日、万代池公園来園の М師の外に、、思いつかない。。。

 

  М師との今朝の再会、、たぶん、15年以上経った だろう。もしかして、20年振りの「再会」だったかも。 光陰矢の如し・・・光陰似箭。。。

 

  1999年1月、= 26年前のコトにも話が及んだ。甲野善紀氏を招聘した、その話。まっ、甲野先生、その頃は、ご自分で「営業」に励んでおられた頃だ。

 

 

 

     30年前、尹金陵さんは、М師の実力を認めていた。

 

 私は、М師に、「是非、西梅田公園にも」と 言った。 М師が再び、武道をやろう、という気持ちになっているコトを感じ、嬉しくなった。あれだけの才能、眠らせとかないで、みんさんの為に活用しないと!

 

  

  写真↑、Mr.М(右、青)が、М師(左、グレー)に「大纏腕(ターチャンワン)を掛けたけど、通じなかった」と 言う とった。М師は、今 69歳、まだまだご活躍していただきたい。。

 

  我々のおケイコ場所は、↓ のように ブランコが。こんなモノ要らんのに。水溜りもきれいにして欲しいけど、、長居公園事務所は、我々の存在は 虫、、無視!!

  

   水溜りの様は、写真 10/27 ( 月) =二週間前、  撮影だけれど、ちっとも変っていない、、ええ加減過ぎるやろう・・・・長居公園事務所は !!

【追記、2025/11/12   0:50】昨日の朝、ドラゴン君から、道場ライン = 簡化を覚えたのは、大仙公園に出入りするようになってから、云々 入電。そう言えば、五条通りの吉田のオバちゃん、「彼の動きは、簡化のソレじゃなく、陳式太極拳のまんま」と 何年昔だろう・・・・おっしゃっていた。まっ、検定受検とかしなけりゃ、いいんじゃない。

 

 

 

 

令和7年11月10日〔月〕【第3224号〔本年第330号〕】

   ライトワーカー・まきてぃさんが、昨夜(2025/11/9   23:16)「・・・覚醒ブログ」で、甩手(シュアイショウ)を取り上げてくれていた!!

 

 

      その中で、お三方、ていうのかなぁぁ?①氣の人間研究会(JUGEM)さん、②東大阪健康サロンさん、③常若整骨院さん(福岡市) 等を紹介なさっていた。

 

 へぇぇぇ! 甩手(シュアイショウ)は、まぁまぁ 世間に知られているのか!という感じです。

 

  写真 ↓ は、1997年年末、大阪城市民の森での 私です。いやぁぁぁ!今、と違って髪の毛あるやないの、、ホンマに私ですよ! 髪の毛、まだ黒黒としている。

 

  周元龍先生が、1997年11月に逝去されて、娘さんである周佩芳女史(南大阪にお見えになるのは、あと二週間足らず・・・本通信内、先日、紹介したが・・・)から「追悼文を」と依頼されて、結局、『武芸』【平成10年6月1日号】に掲載していただいたが、その為に撮ったんでしょうねぇぇぇ、、覚えていないけど。

 

  甩手(シュアイショウ)に係る周元龍先生の論文もソコラに見当たらない。BX女史の翻訳文も同じくです。整理整頓、さっぱりです、アカンなぁぁぁ!

 

  東大阪健康サロンさんの、、「台湾の蔵広恩先生が日本・サイ学会に持参」、ココには私的に、「?」です。 台湾の蔵広恩先生は、 周元龍先生の論文をご存知だったのでは? 私は、1977年11月に南天満公園で、この功法を周元龍先生から教わりました。なので、今を去るコト、48年前。。。わぉぉぉ!! 自分で ビックリ、、そらぁぁぁ、歳 いくハズです。

 

 常若整骨院(福岡市、地下鉄「西新駅」)の冨高誠治さん、とても真面目な感じを受ける方だ。そんな性格が出ているのか、失礼な言い方をするけれど、、動作がでか過ぎて、硬い、、いやいや、でも、きっと良心的な治療をなさっているのでしょう。甩手(シュアイショウ)、自分で、タダでできるんだから。

 

  まっ、みてトレ体操に入れてる黄性賢大師の、鬆身五法の初め、三つも 勿論、甩手(シュアイショウ)だ。 

  一つ、大事なコトを改めて言う。馬長勲先生の「五防功」の五番、「流星趕月」では、 膝の横揺れ 禁止!!一般的には、 冨高誠治さんの動画にあるように、「膝の横揺れ」は許されるけれど、太極拳のレベルをあげたかったら、正しくやって欲しい。でもでも、 係る 気功・体操・・・・・少々間違っていても、医療健康効果はきっとあるでしょう。 さてさて、今朝は天気良いから → 万代池公園、いざ 出陣!!

 

【追記、2025/11/10   22:45】↓ 再掲、2019/7/7  記事

 

 

【追記2、2025/11/12   1:20】東大阪健康サロンさんの、「台湾の蔵広恩先生が日本・サイ学会に持参」云々は、実は、その元があって、東京都の杉並区萩窪の徳田和久さんが、2015/10  に 発表しておられたコトがわかった。また、昨日、北深井道場で、Mr.Мが、「経営コンサルタントの船井幸雄先生が【腕振り体操】」云々、言っていて、そして、関英男博士が、80歳代になってから始められて、95歳までずっと、やっておられた、というコトもわかった。中道秀子さん(ヨガインストラクター)のユーチューブ動画 も 視た。。

 

 

  ただ、

 

  くどいようだが、、台湾の蔵広恩先生は、周元龍先生と交流があったのでは?と想像する次第。    周元龍先生の研究に拠ると、1961年に、形意拳家の田瑞芳先生が、それまで「用力快甩」だったモノを改編した、と、そしてもう一点、達磨大師云々は、かこつけているだけ、と。どっちにしても、甩手(シュアイショウ)の普及・発展に船井先生や関英男博士が寄与していたコトは、よく知らなかった。。

 

  台湾の五州出版社だったかなぁぁ?周元龍先生の『楊氏太極拳的攻防技法』が昔、出たけれど、実は、周先生は、前書きで、この私に勧められて、と 書いておられるのを見つけた時は、私はとても驚いた。この御本の末尾に、「甩手」の解説が載っていた。

 

【追記3、 2025/11/14    2:55】

  本号、10日の朝方にアップロードして、その後、色々と気づいた。呼称も、カタカナ書きで、私的には、「シュアイショウ」であるべき、と 思っていたが、だって、ローマ字表記だと、「shuai  shou」ですからねぇぇぇ、でもでも、かなり広く、「スワイショウ」、寧ろ、コチラが「多数派」というのは、私的にとても新鮮だった。

 

  「shuai 」が「スワイ」に聞こえたって、まぁ、大した問題じゃありません。ソレが一つ。二つ目は、今年の九月にヤフーニュースや、或いは、集英社とか、メディアで取り上げていたのですねぇぇぇ、、知らなかった。私的には、本号冒頭に記載のとおり、ライトワーカー・まきてぃさんの記事で、「shuai  shou」が多少、世間に知られるようになったか?だったが、しかししかし、船井幸雄先生ほかの先生方もかなり前から、、「shuai  shou」の普及に貢献なさっていた、というコトを知った次第。

 

   ただ、そうはいうものの、、

 

  ただ、広まる、普及、というんじゃなく、もっと厳格にやってくれても、という想いは あります。

 

   楊玲奈ちゃんの動画を視ても、正直なトコロ、もうちょいちゃんとやってくれないかなぁぁぁ! とついついおもう。でも、まっ、彼女、可愛いから、いいか!とも思ってしまう。