写経屋の覚書-なのは「前回の続きで『書堂規則発布に関する件』について見ていくね」

写経屋の覚書-フェイト「ねぇ、私立学校と書堂ってどう違うの?定義はどうなってるの?」

写経屋の覚書-なのは「私立学校は、普通教育・実業教育・専門教育あるいはそれに相当する教育を行なう学校とそれ以外の学校で民間人開設のものってことになるんだけど、書堂についての法的な定義は見たことがないんだよ…だから私立学校なのに書堂って強弁できるわけなんだろうね」

写経屋の覚書-はやて「そやから第2条で『書堂の学童数は多くも三十人を超ゑさる範囲に於て之を定めしむへく』って規模を規定しとるんやな」

写経屋の覚書-なのは「うん。それでも絶対的な拘束力を持ったものじゃないみたいだけどね。」

写経屋の覚書-フェイト「ん?ちょっと待って。なのはちゃん、私立学校の説明で『普通教育・実業教育・専門教育あるいはそれに相当する教育を行なう学校とそれ以外の学校』って言ったけど、それ以外の学校ってどういう意味?」

写経屋の覚書-なのは「これは朝鮮も内地も同じで、『各種学校』という呼び方になるんだけど、たとえば予備校とか外国語学校とか各種技能を教える学校とかかな」

写経屋の覚書-はやて「今の日本で言うと、河合塾とかECC外語学院とか自動車学校、あと代々木アニメーション学院ってところやな」

写経屋の覚書-なのは「うん。大体そんな感じでいいよ。ミッションスクールもその範疇に入るんだよ」

写経屋の覚書-フェイト「第4条では推奨するテキスト教材を挙げてるね」

写経屋の覚書-はやて「四書三経?四書五経やったら聞いたことあるんけど…」

写経屋の覚書-なのは「朝鮮ではね、『四書五経(四書:論語・大学・中庸・孟子 五経:易経・書経・詩経・礼記・春秋)』から春秋と礼記をカットして「四書三経」を教えるんだよ」

写経屋の覚書-フェイト「ふーん。何か理由があるのかなぁ?」

写経屋の覚書-なのは「どうなのかなぁ…でも、春秋を使う書堂がないわけじゃないみたいだね。『朝鮮彙報』大正8年8月号には書堂の図書使用状況についての調査が載ってるの」


写経屋の覚書-朝鮮彙報大正8年8月号92
写経屋の覚書-朝鮮彙報大正8年8月号93


写経屋の覚書-なのは「ちょっと見づらいけど、二枚目の画像の赤枠部分に『春秋左傳』つまり『春秋左氏伝』が載ってるでしょ」

写経屋の覚書-はやて「獄長日記の合邦問題(五十六)にあるように、春秋を引き合いに出すこともあるみたいやしなぁ」

写経屋の覚書-なのは「ともかく、辛基秀が例のキャプションで書いてた『書堂規則』で書堂禁圧ってのは到底言えないよねっていうのが今回の結論だよ」

写経屋の覚書-フェイト「結局、あのキャプションは妥当なものじゃないってことなんだね。これで今シリーズは終了かな」

写経屋の覚書-なのは「そうだね。でもせっかくだから、学制の変遷とか嫌論文っぽいのも少し見てみようかな」

写経屋の覚書-フェイト「というわけで、もう少し続きます」

書堂規則
書堂規則発布に関する件(1)

写経屋の覚書-フェイト「今回はまず書堂規則と一緒に出た訓令を見るんだったね」

写経屋の覚書-なのは「うん。官報では書堂規則と同じページから載っているんで、画像再掲にもなるんだけど、1918(大正7)年2月21日『書堂規則発布に関する件』をあげるね」


写経屋の覚書-書堂規則
写経屋の覚書-書堂規則_訓令


1918(大正7)年2月21日 官報第1661号

朝鮮総督府訓令第九号
                     道
                     府
                     郡
                     島
曩に朝鮮教育令の実施に当り必要なる諸法規を制定発布したりしか独り書堂に対しては何等規定を設くるなく其の沿革並民度に鑑み徐に之か指導開発を期し以て今日に迨ひたり
今や諸般教育の施設其の歩武を進め普通、実業及専門の各教育機関略ほ備はらさるなく就中公立普通学校の如き其の数五百校に垂らんとし私立学校の教育又逐次改善しつつあるの現況と易なる規定を設けて依遵する所を示すの必要を認め新に書堂規則を発布したり乃左に注意すへき事項の一斑を挙けて之を示す宜しく此の旨趣を体し法令の周知に努め以て施行上万遺漏なからむことを期す可へし
一 書堂に対し急劇の改善を促し又は其の廃合を強制するか如きは従来と均しく之を避けさるへからす就中民度尚低く普通教育機関の施設洽からさる地方に在りては特に意を用ゐて其の方途を愆るなきを要す而して其の土地の状況又は書堂の事情にして相当改善の余地あるものに在りても其の実情に鑑み実行し得へき程度に於て之を指導すへし
二 書堂は其の由来学校と同しからす彼の多数の学童を収容して学年、学期に依りて学班を組織し各種事項を教授するか如きは書堂の事業と為すへきものに非らす之を以て書堂の学童数は多くも三十人を超ゑさる範囲に於て之を定めしむへく且現に存在する書堂に対しても漸次勧奨して之を準拠せしむることを期すへし又書堂の教授は従来概して唯漢文の素読に止れりと雖土地の状況並書堂の実情に依り漸次勧奨して国語及算術を教授せしむるを要す若夫れ名を書堂に籍りて私立学校規則の適用を免かれむとするものの如きは特に留意して取締の実効を挙けむことを期すへし
三 書堂教師中往往にして偏見固陋時勢を解せさる者あり是等に付ては平素其の思想の啓発に努むると共に其の言動に注意し相当取締を怠らさらむことを要す尚公立普通学校長をして随時書堂の視察を行はしめ又時時書堂教師を集め講習其の他の方法に依り必要なる事項を訓諭する等指導誘掖に力を致ささるへからす
四 書堂に於て教授する書籍は従来の慣例に依るを妨けすと雖就中時勢並学童の能力等に比し不適当なるもの尠からす依て左に適当と認むへきものを列挙して之を示す須らく書堂をして此の内より選択使用せしめ彼の発買頒布禁止其の他不良書籍を用ゆるか如きこと莫らしむへし
   千字文 類合 啓蒙篇 撃蒙要訣 小学 孝経 四書、三経 通鑑 古文真宝 明心宝鑑 文章軌範 唐宋八家文読本 東詩、唐詩 法帖 朝鮮総督府編纂教科書
  大正七年二月二十一日         朝鮮総督 伯爵長谷川好道

写経屋の覚書-フェイト「やっぱり、禁圧というより、従前どおりに漸進的な改善指導を言ってるようにしか思えないけど…」

写経屋の覚書-はやて「第2条が気になるなぁ。『若夫れ名を書堂に籍りて私立学校規則の適用を免かれむとするものの如きは特に留意して取締の実効を挙けむことを期すへし』ってどういうことなん?」

写経屋の覚書-なのは「そのままだよ。つまり実質は私立学校なのに、書堂と称して『私立学校規則』の適用を逃れようとする者がいたってことなの」

写経屋の覚書-はやて「あー、400ccのバイクなのに250ccやて言うて車検を逃れようとするようなもんやな」

写経屋の覚書-フェイト「けど、どうしてこの時期にそんなことを取り締まろうとしたの?」

写経屋の覚書-なのは「大正4(1915)年に『私立学校規則』が改正されたから、そういう事例が増えてきたらしいの。朝鮮総督府が発行していた『朝鮮総督府施政年報』にもその辺の事情が載ってるよ」


写経屋の覚書-施政年報(大正5年)277
写経屋の覚書-施政年報(大正5年)278


『朝鮮総督府施政年報』大正5年版

第百十四節 書堂
書堂は各地到処に散在し其の数二万一千八百余を算す従来一般に旧習を墨守し漢文の素読及習字を課するの外日常必須の知識を授くるものなきの状況なりしも之か指導改善に関しては成るへく急劇なる処置を加ふることを避け其の実情に応して徐に改良発達を図るの方針を採り主として公立普通学校長をして其の任に膺らしめ地方に依り年年書堂教師の講習会を開催せるものあり是等書堂教師に在りても近時漸く時勢の変遷を自覚し進みて漢文素読習字の外に国語算術の普通学科を教授するもの年年多きを加へ今や其の数七百有余を算するに至れり
曩に私立学校規則を改正し其の取締を厳にしたる結果往往書堂の名の下に私立学校に類似するの授業を為すものあるを以て近く書堂に関する取締の規定を制定せむとす

写経屋の覚書-はやて「大正4(1915)年の改正ってどんなもんやったん?」

写経屋の覚書-なのは「えっとね、私立学校に対する政策を見るうえではけっこう重要な点だと思うんだけど、辛基秀のキャプションにツッコミを入れるっていう今シリーズの本線からは脱線になっちゃうから、また今度触れることにするね」

写経屋の覚書-フェイト「前回の最後でも迷っていたように、いずれはそのへんも含めて触れていきたいよね」

写経屋の覚書-はやて「そやなぁ。学制とかはきちんと整理して見たいなぁ」

写経屋の覚書-なのは「そうだね。それはそれとして、次回もこの訓令を見るね」

書堂規則

写経屋の覚書-フェイト「前回の最後で、今回は『書堂規則』を取り上げるか、朝鮮の学制について触れるかで迷っていたけど、結局どうするの?」

写経屋の覚書-なのは「迷ったんだけど、結局、例のキャプションについてのツッコミをきちんと終わらせる方がいいって考えたの」

写経屋の覚書-はやて「ほんなら、今回は『書堂規則』について見るんやね」

写経屋の覚書-なのは「うん。まず例のキャプションを再掲するね」

4 民族存続の拠点―書堂(寺子屋)・学校
 朝鮮愛国啓蒙運動の一つである教育運動は、大衆的な運動として展開された。1910年の「韓国併合」の年に官公立の学校81校、準公立の65校に対し、私立=民衆が自主的に設立した学校は2250校、そのうち333校はミッション系スクールである。それらは民族の精神を形成し。同化政策に抗する拠り所であった。朝鮮人の多くは、日本語のみを教える日本の公立学校は奴隷になるための教育であり、民族の文化遺産を忘れさせ日本の天皇をあがめるための教育であるからと背を向け、旧式の古い儒教の学校を選び村の書堂(日本の寺子屋)やミッション系の学校に子どもを通わせた。国権が奪われ、武力の前では弱者の朝鮮人は、教会を背景に団結をはかる流れの中で、ミッション系の学校は人気があった。1918年の統計では日本の公立普通学校の校数と生徒数は漸増していたが、書堂の増加率がはるかに上まわり、約24,000の書堂に26万人の児童が集まった。これを禁圧するために「私立学校令」と「私立学校規則」(1911年)「書堂規則」(1919年)が制定された。


写経屋の覚書-なのは「さて、『書堂規則』本文を見る前にひとつだけツッコミをいれようかな。キャプションでは『書堂規則』は1919年の制定って書いてるけど、ほんとうは1918(大正7)年2月21日の制定施行なの」


写経屋の覚書-書堂規則


1918(大正7)年2月21日 官報第1661号

朝鮮総督府令第十八号
書堂規則左の通定む
  大正七年二月二十一日         朝鮮総督 伯爵長谷川好道
   書堂規則
第一条 書堂を開設したるときは左の各号の事項を具し府尹、郡守又は島司に届出つへし
 一 名称、位置
 二 学童の定数
 三 教授用書籍名
 四 維持方法
 五 開設者、教師の氏名並履歴
 六 漢文の外特に国語、算術等を教授するときは其の事項
 七 季節を定めて授業を為すものに在りては其の季節
 前項各号の事項を変更したるときは府尹、郡守又は島司に開設者、教師の変更の届出に付ては履歴書を添附すへし
第二条 書堂を廃止したるときは開設者に於て遅滞なく之を府尹、郡守又は島司に届出つへし
第三条 書道の名称には学校に類する文字を用ゐることを得す
 書堂は名称を記したる標札を見易き所に掲くへし
第四条 禁錮以上の刑に処せられたる者又は性行不良なる者は書堂の開設者又は教師と為ることを得す
第五条 左の場合に於ては道長官は書堂の閉鎖又は教師の変更其の他必要なる措置を命することを得
 一 法令の規定に違反したるとき
 二 公安を害し又は教育上有害なりと認めたるとき
第六条 書堂は特別の規定ある場合を除くの外府尹、郡守又は島司の監督に属す
   附則
本令は発布の日より之を施行す
本令施行の際存在する書堂は本令施行の日より六月内に第一条の事項を府尹、郡守又は島司に届出つへし

写経屋の覚書-フェイト「細かいことだとは思うんだけど、誰も何も言わなかったのかな?」

写経屋の覚書-はやて「史料本文からでもええ加減な憶測導くような連中ばっかしやん。とうてい期待できへんって」

写経屋の覚書-フェイト「で、この規則でどうやって書堂を禁圧するの?」

写経屋の覚書-なのは「正直、わかんないの。第5条の第2項を恣意的に運用したとでも言うのかなぁ…」

写経屋の覚書-はやて「書堂の開設や各種事項の変更自体は、認可制やのおて届出制やから、これで禁圧はできへんと思うねんけどなぁ」

写経屋の覚書-なのは「うん、そうだね。とりあえず今回はここまでにして、次回はこの書堂規則と一緒に出てる訓令を見てみよっか」