「今回からは韓国の教育の内実についての記述が続くんだよ」
第四 私立学校
次に私立学校に関する一般状況に就て少しく説明すへし官公立学校に関しては自然長時間を要するの虞あるを以て之を省略し今は唯韓国に於ける学校の最大多数を占め而かも韓国教育の主要部分たる私立学校に就き一言せん
甲 韓国人の教育に対する謬見
韓国に於ける教育熱勃興、私立学校設立の径路並に其学校分布の状勢に就きては其韓国人の設立に係るものと基督教宣教師の設立に係るものとを問はす略ぼ之を前述せり然らは是等私立学校の現在換言すれは其内容実質は果たして如何是等の多くは学校として能く完全なる設備、教師を有し且つ其実績を挙け得らるゝの情態にあるや否や予は遺憾なから之を否定せさるを得す而して之か詳細なる情況に至ては予か近く公にせんとする「韓国教育の現在」なる一書中に之を論せんとするを以て就て諸君の一粲を請ひ茲には唯二三要点を紹介するに止めんとす
夫れ教育の要義たるや世に処し家を斉ふに当り実際的智識と技能を養成するにあるは言ふを俟たさるのみならず将来の開明進歩に資すへき適材を輩出せしむるにあることは何れの時何れの国を問はず共通せる教育の本領なることは韓国人と雖是れ異議を挟むの余地なかるへし而も是を韓国学校設立の跡に就て稽ふれば其動機其内容共に大に非なるものにして彼等の多くは教育の真意義を解せず学校に要する経費、設備、教員の如きは措て問はず単に時勢に挑発せられて設立し或は激越なる政治論を弄ひ褊狭の愛国心を唱道し或は喇叭を吹き太鼓を叩き課業を廃して兵式体操に熱中するか如きは教育の本旨に背戻するのみならず延て国内の秩序を攪乱し治国の基を危殆ならしむるものと謂はさるへからず現に一両年前に在ては平安南北両道の如き私立学校とは殆ど喇叭を吹き太鼓を叩くことを教授するものヽ如き観を呈し盛に兵式操練をなして近郊を横行し為めに義州に於ては日本軍隊と衝突を惹起したるか如き実に明治三十九年のことにして其他之に類する事例少からず尚極端の例を示せば平安南道永柔郡私立李花学校は其編成喇叭科、太鼓科、体操科の三科より成り就て之を教員に訊したるに彼は学校とは斯の如き学科を教授するものなるが如く信して疑はさりしが如き全く教育の真意義を解せさるに坐するものにして誠に憫憐に堪へずして深く之を咎むるよりは寧ろ指導啓発の余地あるものと信す
「まず韓国人の教育にたいする誤解についてだね」
「学校設立の動機について、教育やのうて政治のためにする連中が多いとか、喇叭、太鼓、体操を教えんのが教育やと思いこんどる連中がおるいうんはこれまでも言うとったなぁ」
「うん。『全く教育の真意義を解せさるに坐するものにして誠に憫憐に堪へずして深く之を咎むるよりは寧ろ指導啓発の余地あるものと信す』って言ってるから、処罰するよりも矯正指導するほうを進めたみたいだね」
「獄長日記の韓国地方政況ノ概要(三)にも書かれとるんけど、義州で日本軍と衝突したいうんはほんまなんやろか?」
「えーっとね、駐韓日本公使館記録に載ってたよ」
明治四十一年五月廿一日 午後五時二十分新義州発
午後六時三十七分京城着
第二三六号
鶴原地方部長 岡部理事官
本日義州耶蘇学校生徒と守備隊兵士■と衝突し今学校破壊中との報告に接せり当庁にては直に警部を派遣せり
明治四十一年五月廿二日 午前九時四十五分新義州発
午前十時四十一分京城着
第二三七号
鶴原地方部長 岡部理事官
義州兵士と学校生徒事件は其後平穏原因は兵士に対し生徒の行動不遜なりしに因る韓人軽傷四、破壊されたる学校「は信徒の寄付に成るものなり」
明治四十一年五月廿二日 午後五時三十五分新義州発
午後六時二十三分京城着
第二四二号
鶴原地方部長 岡部理事官
兵士対学生事件電報追報すべき部分■「は信徒の寄付弗支出の議を決定せし旨高平大使より通知に接す右不取敢申進む
「小川原宏幸は『統監府下学部の初等教育政策の展開―「私立学校令」を中心として―』って論文の注44で、「前掲『俵次官演説要領』p31~p32 なお同史料ではこの事件が起きたのは1906年とされているが,1907年5月21日付鶴原地方部長宛岡部理事官報告(『駐韓日本公使館記録』32,国史編纂委員会(京畿道),1993)から,1907年の事件と推察される。」って書いているんだけど、明治41年は1908(隆煕2)年なんだよね」
「明治と隆煕・光武、西暦の換算ってややこしいしなぁ。大正も入ってくるし…院生の博士論文やし、そのへんはついついミスってもぉたんちゃう?」
「それはともかくとして、この衝突は大事件に発展しなかったんだね」
「大事件に発展しとったら、ろくに内実も調査せんと日本軍の蛮行やとか言い出す連中が出てきとったやろなぁ」
「あははは、じゅうぶんにあり得る話だね。今回はちょっと早いけど、きりがいいからここまでにするね」
「次回は何を見るの?」
「こういった韓国人の姿勢に対して学部が打ち出した政策について触れるの。今回と同じでこれまで取り上げたことの復習みたいになると思うよ」
俵学部次官演説要領(明治43年7月)(1)
俵学部次官演説要領(明治43年7月)(2)
俵学部次官演説要領(明治43年7月)(3)
俵学部次官演説要領(明治43年7月)(4)
俵学部次官演説要領(明治43年7月)(5)
俵学部次官演説要領(明治43年7月)(6)
















