参考エントリー
大韓帝国期のキリスト教(二)

写経屋の覚書-なのは「今日はGWの最中で、作者は四国九州旅行に行っているから、お休みしようと思ったんだけど、きっちり上げてみるね」

写経屋の覚書-フェイト「え?じゃぁ、旅行先からこのエントリーを書いているの?」

写経屋の覚書-はやて「ちゃうちゃう。決まった時刻になったら自動的にアップするよう設定しとるねん。で、今度は監理派の学校の状況についてやね」

写経屋の覚書-なのは「うん。さっそく表を見てみるね」

写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_25
写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_26
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写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_28

監理派メソヂスト・エヒスコーバル教育事業統計表{西暦一九〇九年(明治四十二年)韓国監理派大会報告中より摘録}
事項/管区京城公州平壌水原寧辺
学校数大学校11
神学校11
中学校224
小学校2591251718194
2891281718200
学生数大学校学生33
神学校学生20475279
中学校生徒283130413
小学校生徒1,1032613,3485644525,728
1,5902613,5565644526,423
日曜学校数7437673814230
仝上生徒数9,5891,0878,5002,2831,40322,862

  備考、日曜学校は実際に於て学校と同一視すへからさるものなり故に之を別欄に置く

写経屋の覚書-フェイト「監理派のほうは、管区が5個なんだね」

写経屋の覚書-なのは「そうだね。管区の所在地は以下の通りだよ」

京城:漢城府
公州:忠清南道
平壌:平安南道
水原:京畿道
寧辺:平安北道

写経屋の覚書-教派管区地図
(地図はクリックで拡大)


写経屋の覚書-はやて「全羅道・慶尚道・黄海道・江原道には管区がないんやね。やっぱし他の管区の管轄に含まれとるんやろなぁ」

写経屋の覚書-なのは「そうだね、地理的には水原・公州管区が慶尚道・全羅道・忠清道をカバーしていると思うんだけど…水原・公州管区の学校数が少なすぎるよね。単純に慶尚道・全羅道・忠清道では監理派の信徒が多くなくて学校も少なかったって考えたほうがよさそうだね」

写経屋の覚書-フェイト「ここでもやっぱり小学校が200校中194校、97%を占めているね」
写経屋の覚書-はやて「あと、長老派と同じで平壌管区、つまり平安道の学校数が多いなぁ。参考エントリーの記述とおうとるといえばおうとるかな」

平安道
本道は、20余年前新教の渡来以来長足の発達を成し、平壌地方の如き韓国中尤も旺盛を極めり。
平壌に於ける長老派・美以派の発達は、実に驚くべき程度に達し、毎日曜教会堂に集会するもの1,500名、時としては2,000名余の多きに達し、実に韓国基督教の中心たり。
其他宣川、江西、定州、龍川、義州等も信徒多く、近頃宣川地方の長老派にては、江界に大教会堂、学校、病院等を定設し、平安北道布教の根拠地となさんとしつつあり。

写経屋の覚書-フェイト「朝鮮半島北部のほうがキリスト教信徒が多いってことなのかなぁ…」

本表は西暦一九〇九年(明治四十二年)韓国に於ける長老、監理両派大会の報告中より摘録したるものなり今長老派に就て之を見るに京城以下七ヶ所に於ける同派管区中に存在する神学校、中学校、小学校の数実に六百五校にして生徒総数一万四千七百八人を算す監理派に就て之を見るに京城以下四ヶ所の管区中に存在する大学校、神学校、中学校及小学校の数二百校にして生徒総数六千四百二十三人を算す之に依りて是を観しも韓国に於ける宗教学校は米国両派のみを以てしても其数実に八百五校の多きに及ぶを以て尚此以外英国聖教会、仏国天主教会等に属する学校数を加ふれば学部認可の総数八百二十三校を越ゆること多数なるへきは蓋し疑を容れば而かに此趨勢は益増大して彼等の事業は日一日と旺盛の域に向ひつゝあり現に京城に於て長老派は其大学校として宏大なる校舎の建築に着手しつゝあり以て彼等宣教師か如何に布教に熱心にして而かも能く世情民俗を迎合し且つ利用して教育事業に従事しつゝあるの情勢を知ることを得へし

写経屋の覚書-はやて「参考エントリーを見たら『長老派>仏国天主教>美以派>その他くらいの勢力関係なのだろうか』ってあるんけど、学校に関しては仏国天主教より監理派のほうが盛んなん?なんか意外やなぁ」

写経屋の覚書-なのは「そうだね。1910(明治43・隆煕4)年の漢城府内の学校視察の報告でもそんな感想が述べられてるんだよ」


「漢城府内基督教学校状況一斑」(『日本植民地教育政策史料集成(朝鮮編)第67巻』収録)より隆煕4年2月28日私立啓星学校視察の報告

六、概評 仏蘭西天主教は最も早く韓国に輸入せられたる基督教なり従て其教育上の経営の如きも他の教派より一層見るべきあらんと予期し居たるに右啓星学校を視察し意外にも其然らさるを認めたり同校を以て他の新教各派の学校と比較するに少くも其重もなる学校に対しては甚しく遜色あるを認む

七、ポアネルの談話大要領 学校の参観終りし後設立者たるポアネルに面会したり同人は仏国宣教師にして校舎と同一建物の一室にあり同人談話中注意すべき二三の事項を左に録す
1、仏蘭西天主教に属する学校にして京城にあるものは其数も少く規模も小にして殆んど見るに足るものなし地方にあるものはやゝ見るべきあり云々是によりて之を見れば天主教は力を地方に傾注するものにあらさるか
2、京城には独逸の天主教僧侶もあり然れとも未だ教会を有せず学校の如きも殆んと無しと云ふも可なりされとも追々校舎を完全にし教会堂をも建立する計画あり

写経屋の覚書-なのは「ま、これはあくまでも漢城府内の一学校の話だし、全体的なことを言えるかどうかは措いたほうがいいかもね」

写経屋の覚書-フェイト「とりあえず、宗教学校に関しては長老派と監理派が大部分を占めていたってことでいいよね?」

写経屋の覚書-はやて「その長老派と監理派の学校だけで805校もあるし、未認可の分とか、仏国天主教・英国聖教会の学校を足したら学部認可の学校数の823校を越えるんやろうってのは教育熱がすごいなーと言いたいんけど…問題はその内容やんなぁ…」

写経屋の覚書-なのは「そうなんだよね…少なくとも、さっきも挙げたように漢城府内の宗教学校については視察報告があるから、どこかで紹介したいとは思ってるんだけどね。今回はここまでにするね」

写経屋の覚書-フェイト「次回は何を取り上げるの?」

写経屋の覚書-なのは「韓国の教育や私立学校の内実についてつっこんで見ていくことになると思うんだけど…先は長いかなぁ」

俵学部次官演説要領(明治43年7月)(1)
俵学部次官演説要領(明治43年7月)(2)
俵学部次官演説要領(明治43年7月)(3)
俵学部次官演説要領(明治43年7月)(4)
俵学部次官演説要領(明治43年7月)(5)