写経屋の覚書-はやて「あれ?今回もイレギュラー企画なん?」

写経屋の覚書-なのは「うん。5月13日のエントリーで出てきた李学宰のことなんだけど、こんな史料があったのを忘れてたの」

憲機第1697号 大韓商務組合所所長李学宰の大韓毎日申報購読禁止勧告件

一、大韓商務組合所々長李学宰は過日韓国各社団及ひ各地の商民に対し大韓毎日申報の購読禁止方を勧告したる趣なるか今回又た一般購読者に対し購読禁止の勧告書を発送したりと
以上                     明治四十二年九月二日

写経屋の覚書-フェイト「日戸勝郎たちと褓負商の団体設立について計画していたのが7月31日だったから、その1ヶ月後の話だね」

写経屋の覚書-はやて「ここでははっきりと大韓商務組合所の所長って肩書きになっとるね。ってことは、先のエントリーでの推論にしたごうたら、8月中に名称が決定したってことになるんやな」

写経屋の覚書-なのは「それか、明治41(隆煕2・1908)年12月に李学宰が褓負商団体を一応設立したけど、名称や活動内容といったものは日戸たちと企画したうえで翌年8月中に正式発足した、っていうことじゃないかな。『憲機第1519号』に大韓商務組合という単語が出てこないことが報告者の手抜かりでなければの話になるんだけどね」

写経屋の覚書-フェイト「各地の商人やいろんな団体に大韓毎日申報の購読禁止を勧告したうえに、購読者にも禁止勧告書を送ったって、大韓毎日申報をかなり敵視しているんだね。何があったのかな?嫌なことを書かれたり批判されたりしたのかな?」

写経屋の覚書-はやて「大韓毎日申報いうたら梁起鐸やベッセルのおったとこやろ。国債報償運動に関与したり、ハーグ密使の李儁が病死したと知っとんのに抗議の自殺やいうて嘘書いたり、排日行為で有名なとこやんな」

写経屋の覚書-なのは「うん。国債報償運動については、韓国での通説と違ってベッセルが寄附金を流用してたんだよね」

写経屋の覚書-はやて「なんにしてもしょうもない連中やで…ちゅうことは、この購読禁止の話も政治的な問題にからんでくるんかもしれへんな」

写経屋の覚書-なのは「大韓商務組合は、合邦問題(三十九)合邦問題(四十四)にあるように、李学宰たち首脳部が一進会の合邦声明に賛同して組織内で大問題になったんだけど、それは明治42(隆煕3・1909)年12月の話だから、これとは直接関係はなさそうなんだけどね」

写経屋の覚書-フェイト「8月の時点で大韓商務組合、というより李学宰が韓国政府・統監府寄りの姿勢や言動をとっていたから非難記事を書かれた、っていう蓋然性はどうかな?」

写経屋の覚書-なのは「そうだね。李は『憲機第1519号』にあるように、褓負商団体の設立について政府・統監府に働きかけていたし、仲間の日戸は褓負商たちを利用して暴動の鎮圧に動員なんてことまで考えてたみたいだから、政府・統監府側が彼らのことをどう思っているかはともかく、立場としては政府寄り・親日的と目されて何らかの非難をされてもおかしくはないよね」

写経屋の覚書-はやて「どんな理由で購読禁止の運動をしたんかは、結局、大韓毎日申報の記事を確認してみなわからんかなぁ」

日戸勝郎
写経屋の覚書-はやて「今回は、韓国政府の学部が出した教育政策についてやったね」

写経屋の覚書-フェイト「でも、復習みたいなものになるって言ってたよね」

写経屋の覚書-なのは「うん、さっそくテキストに行くよ」

写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_32
写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_33
写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_34
写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_35
写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_36
写経屋の覚書-明治43年7月13日俵訓示_37

  乙 韓国人の謬見に対する学部の施設
     一 模範学校の設立
以上は今日に於ける私立学校が漫然として設立せられ漠然として経営せらるゝの概況なり而して此時に当り学部は如何なる手段如何なる方針に依り是等誤れる教育の趨勢に臨みしや予は当時統監府書記官として兼て学部嘱託の職に在り思へらく韓国教育の現状をして此儘に放任せば所謂教育の本領たる智徳訓育は到底之を求むるに由なく頭脳幼稚なる少年子弟を駆りて頑冥褊狭の徒輩と化せしめ文明の開発得て期すへからずと即ち統監府設置後諸般行政の改革に際し政府は五十万金を投して教育改善の資に供せられたるを以て国内要枢の地を撰して公立普通学校を起し範を地方教育界に垂れ私立学校を善良なる方面に指導せんとし学科としては読書算数、日語の如き処世に実用なるものを必須科となしたり而して当時普通学校に日語を科せんとするや世間往々反対を唱ふるものあり而かも日韓の関係年一年と密邇し来たり交通随て頻繁なるに伴ひ日語の不解の為めに受くるの不便不利は挙て言ふへからず殊に不良の日韓人相結託して譎詐奸計を弄し為めに往々不測の禍害を蒙るものあり是れ蓋し日語に通せさるに依るものにして日語は韓人の日常生活上最も必要なるものなり故に学部に於ては日語を普通学校の必須科となしたり而して予の此意見に対し当時の学部大臣たりし現内閣の首相李完用は直に之を賛成実行したることは蓋し時運の要求に基くものなるべしと雖亦能く時勢を達観し得たるものと謂ふを得へし尚普通学校施設の詳細に至ては茲に之を略するを以て「普通学校教養に関する施設綱要」に就き知られんことを望む

写経屋の覚書-なのは「新教育のモデル校として公立普通学校をつくったってことだよ。民間には新教育に対応できる土壌がないから、官主導になるのは仕方ないよね」

写経屋の覚書-フェイト「そこでは日本語も教えるんだね。でも反対があったみたいだけど」

写経屋の覚書-はやて「稲葉継雄はこんなこと書いとるんけどな」

 ではこのような「模範教育」に韓国人はどのように対応したのであろうか。結論からいえば、彼らは激しい拒否反応を示したのである。その最大の理由は、普通学校第一学年から必須科目として日本語が教えられたからであった。保護条約の締結にともなって韓国における日本語の意味合いは一変した。このため「日本語学校に於ても、生徒は、国家の存亡に際して晏然業を受くることが出来ないと言つて、一同泣いて校門を出たやうな事もあつた」が、初等学校における日本語教育はもっと深刻な問題であった。彼らは、幼い普通学校児童に対する日本語教育を韓国人の国民性を滅却せんとするものだと認識したのである。そこには明らかに、国権の危機を前にした民族意識の覚醒がみられる。
 こうした批判に対する学部当局の弁明は次のとおりである。すなわち「日本人ノ往来頻繁ナルニツレ日本人トノ交渉事件日ニ益々増加シ来ル」情勢に鑑みて「日語ヲ知ルト否トカ如何ニ自己ノ求ムル位地ニ幸不幸アルカハ言ヲ須タサル」ところであるから「処世ニ適応」するため須らく日本語を学ぶべきであり、また「日本ノ如キ高等小学校ニ英語ヲ課シ欧米ニ於テモ小学校ヨリ外国語ヲ課スルアルノミナラス在外ノ日本人ハ其国ノ小学校ニ児童ヲ託スルニ拘ラス尚未タ国民性ヲ失ヒタルノ実例ヲ聞カ」ないので、幼少時代から日本語を学ばしめるのは「当然必要且有効ナリ」というのである。換言すれば、日本語を知らないことは「日本人ノ不利益ニアラスシテ韓人ノ不利益」であることを主張し、これを日本語教育の根拠としているのである。当時まだ主権があくまでも韓国にあることを前提とした上での日本勢力の巧妙な正当化であったということができよう。
『旧韓国の教育と日本人』p54 稲葉継雄

写経屋の覚書-はやて「生徒一同が泣いて校門を出たって日本語教育と関係ないやん。それに統監府設置後は、主要な外国語として日本語が必要になるのは当たり前やと思うんけど」

写経屋の覚書-なのは「韓国人は外国語を学んだ程度でなくしちゃう程度の国民性とか民族精神の持ち主だって言っていることになるんだけどね♪」


     二 私立学校令の発布
私立学校令発布の理由並に之か規定の内容に就ては同令並に同令頒布に関する学部訓令第二号に依り承知せられたし茲ては唯其主要なる二三に就き説明を加ふへし即ち私立学校令の主眼とする所は学部大臣の認可を受くるにあらされば学校の存在を認めさること及学部の編纂、検定以外の教科用図書は学部大臣の認可を受くるにあらされば使用するを得さるとの二点に存す而して本令の頒布せらるゝや学部はあらゆる手段方法を講して法令の周知に努め一面新法令に対する誤解謬見を釈くに力を致したるの結果今や全国に於ては多数の学校か同令に依り認可を受くるに至りたることは学政運行の円満なる結果として学部の喜ぶ所なり而して前述の如く尚ほ未認可の学校に対しては今後諸君に於ても懇篤なる指教勧奨を試みられんことを望む次で教科用図書は教育の基本たるものにして生徒教養上に至大なる関係を有するものなるに拘らず教科書中往々にして現今の国是に反し政治に関渉するか如き記事を掲くるもの多く斯の如きは教育上看過すへからさるものにして為めに教育の本旨を没却し徒に危険なる思想を挑発せしむるに至るへきを以て厳正なる取締規定を設くるに至りたり

写経屋の覚書-なのは「私立学校令については私立学校令、私立学校令頒布に関する学部訓令第2号については私立学校令頒布に関する訓令(1)以下のエントリーで見たから触れないでもいいか。今回はここまでにするね」

写経屋の覚書-フェイト「次回はどうするの?」

写経屋の覚書-なのは「私立学校令への反応について、もうちょっと踏み込んだ記述が出てくるの。獄長日記の内容とも関連してくるから、以下のエントリーを予習しておいてほしいな」

私立学校令等について(三)
私立学校令等について(四)
私立学校令等について(五)

写経屋の覚書-はやて「こんだけぎょうさん予習エントリーがあるんやったら、ゴールデンウィーク前に出しといてほしかったで…」

  俵学部次官演説要領(明治43年7月)(1)   俵学部次官演説要領(明治43年7月)(2)
  俵学部次官演説要領(明治43年7月)(3)   俵学部次官演説要領(明治43年7月)(4)
  俵学部次官演説要領(明治43年7月)(5)   俵学部次官演説要領(明治43年7月)(6)
  俵学部次官演説要領(明治43年7月)(7)

参考エントリー
韓国地方政況ノ概要(一)

写経屋の覚書-フェイト「あれ?今日は定期更新の日じゃないのに、どうしてアップするの?」

写経屋の覚書-なのは「統監府時代のキリスト教について史料を整理してたら、獄長日記で見覚えのある名前が出てきたんで、忘れないうちにあげておこうかなってことなの」

写経屋の覚書-はやて「ほんで、獄長日記のどのへんで見かけたネタなん?」

写経屋の覚書-なのは韓国地方政況ノ概要(一)のこの記述だよ」

最後が経済研究会である。
これまた史料が少ないが、一つだけ顧問の日戸勝郎に関する史料があったので、一応紹介。
1909年(明治42年)7月26日付『憲機第1317号』より。

元経済研究会顧問日戸勝郎
右は今春、病気の故を以て当地を引払ひ帰国したるが、今回病症全癒し、岩手新聞記者となり6月24日午後、終列車にて来韓。
浦尾旅館に投宿中なるが、該新聞の特派員として当分滞留の模様なりと視察中。

あんまり意味のある史料じゃなかったかな。(笑)
ま、日戸勝郎ってググッても出てこないし、いっか。


写経屋の覚書-フェイト「この日戸勝郎って人がどうかしたの?」

写経屋の覚書-なのは「うん。こんな史料があったんで一応紹介してみるの。明治42(隆煕3・1909)年7月31日付『憲機第1519号 前平壌日日新聞主筆 日戸勝郎の褓負商保護件』」

                                      日戸勝郎
 右は平壌日日新聞主筆として聘せられたるも同社に内訌を生したる為め再ひ京城に立帰り大和町二丁目に居住せしか今回左の事柄を計画し李圭恒、李学宰と協議し目下頻りに運動中なりと
一、褓負商保護の件
  目下褓負商なるもの約百万人居るを以て之れに一人三拾銭宛を出金せしめ保護証なるものをを与へ政府及日本官憲は此保護証を有する褓負商に対しては相当の保護を与へしめ而して此褓負商団体をして暴徒の鎮圧に当らしめんとするにあり
二、褓負商一人より三十銭を徴するとせは三十万円あるに付此金は褓負商保護に関する費用に充つると云ふ
三、右の件韓政府及統監府の承認を得ん為め韓人側は李允用、趙重応日本人側には統監府吏員某に運動しつゝありと
以上
                       明治四十二年七月三十一日

写経屋の覚書-はやて「あれ?6月24日の時点では、岩手新聞記者として韓国に再渡航してきたのに、そこから平壌日日新聞の主筆に迎えられて、しかも内輪もめのせいで辞めて京城に戻ってきとる…」

写経屋の覚書-フェイト「忙しい1ヶ月だったんだね」

写経屋の覚書-なのは「平壌日日新聞についてはぐぐってもよくわからなかったんで保留するね」

写経屋の覚書-はやて「『褓負商』『三十銭』『李学宰』って、なんか獄長日記で見たような記憶があるんけどなぁ…あ、あったあった。併合前の各団体状況(四)に出てくる『大韓商務組合』や」

写経屋の覚書-なのは「正解♪『一年一回褓負商人に証憑を配布し、一人より金30銭を徴し、各役員の費用に充つ』『一昨年12月、李学宰なる者大韓商務組合なるものを組織し、地方褓負商を統一せんことを計りしも』ってところが一致するね」

写経屋の覚書-フェイト「あれ?ここで言ってる『一昨年』って明治41(隆煕2・1908)年のことだよね?『憲機第1519号』だと褓負商団体の設立を企画しているのは明治42(隆煕3・1909)年だから、大韓商務組合の設立時期に食い違いが出てくるんだけど…」

写経屋の覚書-なのは「そうなんだよね、フェイトちゃん…現時点で作者が考えているのは、明治41(隆煕2・1908)年12月に李学宰が褓負商団体を設立して、明治42(隆煕3・1909)年7月31日以降に、李圭恒と日戸勝郎と計画して保護証の発行や30銭の徴収を実現させ、大韓商務組合という名称も正式に決定した、っていうシナリオなの」

写経屋の覚書-はやて「一応辻褄は合いそうやなぁ…『憲機第1519号』に大韓商務組合っちゅう名称が出てけえへんことの説明もつきそうやし…ま、確信はあらへんみたいやけどね」

写経屋の覚書-フェイト併合前の各団体状況(四)を読むと、保護証の発行、30銭徴収は実現したみたいだけど、韓国政府・日本官憲の保護というのはどうなったのかな?韓国政府の要人と統監府吏員に働きかけていたみたいだけど…」

写経屋の覚書-なのは「実現したようには見えないよね。統監府は特定の団体や個人に肩入れすることを避ける傾向があるからね」

写経屋の覚書-はやて「せやなぁ。ただでさえ流説を打ち消すのにたいへんやのに、特定の勢力に便宜を図ったらよけいに誤解や憶測を呼んでややこしぃなるやろし」

写経屋の覚書-フェイト「おまけに後世では、統監府のやったこと・マスコミのやったこと・企業のやったこと・壮士のやったことをごっちゃにして、全部日本政府のやったことにされているし…」

写経屋の覚書-なのは「そうそう、読者のみんなは獄長日記の愛読者だろうから詳しい説明は要らないと思うけど、李たちが働きかけていた相手と書かれている李允用は李完用の兄で宮内大臣、趙重応は併合条約時の法部大臣として有名だね。統監府吏員某が誰なのか気にはなるけど(笑)、ここでおしまいにするね」