写経屋の覚書-なのは「今回は『朝鮮進駐軍』という言葉の出処について前置きなしで見ていくよ。ネット上では、2000年4月30日付で日本会議宮城県本部ってHPの掲示板に書きこまれたものが初出と考えるのなの。必要箇所だけ引用するね」

写経屋の覚書-0430A

北斗星 さん 2000年 04月 30日 00時 15分 44秒

    第三國人發言に思ふ

  1 第三國人なる語の沿革

(中略)

 話を戻します 終戦直後、在日朝鮮人は「朝鮮進駐軍」と自称し、勝手に腕章を付けて町で占領軍人として支那兵並に暴れ回りましたから、怒った本物の占領軍によって禁止されました

 次で彼等は、戦勝國民だと称へ、就中繁華街などでは町中が鳴りはためく程の乱暴を働きましたが、再び聯合國によって然らざる旨、きっぱり否定されました

(後略)

写経屋の覚書-はやて「これより以前には『朝鮮進駐軍』ちゅう言葉は見られへんねんな」

写経屋の覚書-フェイト「旧漢字や旧仮名遣いだし、この『北斗星』って人は実際に見聞した世代の人なのかな?」

写経屋の覚書-なのは「それはこれだけでは確定できないよ。ともかくこの約2ヶ月後に、この人が聞き取りしたという話をまた書きこむの。内容についての検討は措いといて全文引用するね」

写経屋の覚書-0710B

北斗星 さん 2000年 07月 10日 01時 05分 44秒

   第三國人の暴行

 表題の件に付ては既に一通り書き終えた心算であったが、本日郷土、城東葛飾に赴いたところ、偶々老人達が本件を論じてゐた 中にも地方議員たる七十翁の回顧は愚生の筆より数段迫力有りし故、帰宅早々記憶により再現し、此処に記して御歴々の御参考に資せむとするものである

                        録取者 北斗星

             ----------

 終戦後の第三國人どもは本當に酷かった 軍の兵器を盗んで來たらしく、三八式歩兵銃や南部式拳銃で武装し、小銃には着剣して強盗強姦傷害恐喝脅迫不動産窃盗、時には殺人まで、経済犯、實力犯を中心にあらゆる悪事を重ねてゐた

 銀座、浅草、新宿は朝鮮人、新橋、澁谷は臺湾人に支配され、政府も警察も動揺し、手を拱いてゐた 戦勝國民は治外法権だったのである

 だから食管法に限らず、戦勝國民には日本法を適用出來なかった 服部時計店や白木屋も米軍の酒歩(PX)に接収され、其処へ行けば食料に限らず物資は山ほど有った。日本人は買へなかったが。

 斯うした情勢に便乗し、朝鮮人は戦勝國民だの「朝鮮進駐軍」を僭称して堂々と闇商賣を行ひ、派手に稼いでゐた そりゃ儲かるだらう 取締を横目に犯罪のし放題 警察の検問を竹槍日本刀を振り回して強行突破したのだから(流石に銃撃戦は挑まなかった模様)

 當時は物不足で、賣る方は素人でも出來た 仕入れこそ難しかったのだが、彼等は日本人露天商を襲って商品を奪ふのだから 其で警察が黙認して捕まへないのだから、こりゃあ損のし様が無い

 警察が襲撃されること頻りで、署長が叩きのめされたり、捜査主任が手錠を賭けられ半殺しにされるぐらいは珍しからず 上野で朝鮮人経営の焼肉屋へ國税局査察部が査察に行った際、大金庫を開けて手を入れた瞬間を狙って二十人ぐらいで一斉に金庫の扉を押したものだから査察官は腕を切断されてしまった

(録取者註 當時は警察署が襲撃される事が珍しくなく、第三國人の來襲によって犯人を奪還された富坂警察署事件、ついでに警官が殺された澁谷警察署事件、共産党が大群で警察署を包囲し外部との聯絡を遮断「攻城戦」に出た平警察署事件等、枚擧に暇有りませんでした)

 東京東部(すなはち大東京の中心地)北郊の荒川、古利根-中川、江戸川、利根川流域の牛は皆ゐなくなった

 當時、あの辺は畜力として農耕牛を使ってゐたが、深夜、不逞鮮人が侵入して來て盗み出し、河原へ牽いて行って屠殺した 牛はモウと言って泣いたので皆氣付いたが、銃砲刀剣で武装してゐるので追ふ訳には行かなかった 永年愛育し、慈しんで來た牛が悲しさうに泣きながらズルズル引き出され殺されるのを傍観するのは無念で耐え難かったが、手向へば殺されるのでどうにも出來なかった

 斯うして利根川水系流域一帯の牛は皆、不逞鮮人に盗まれ、殺され、闇市で賣られた この辺へも、新聞紙に包んだ肉塊を賣りに來たものだ 上流で屠殺した牛を、其儘下流へ賣りに來たのだらう

 斯くて南關東から、牛はゐなくなった

 家畜相手ならまだしも、人間に對しても、關東以西の大都市を中心に、日本中に灰神楽が立つやうな勢で数多犯罪を重ねた 川崎、濱松、大阪、神戸などが酷かった

 其最も著しい、象徴的事例に、元文部大臣、後の首相・鳩山一郎氏に對する集團暴行・傷害事件がある

 翁が軽井澤の静養先から帰京しやうとして信越本線の汽車に乗って居たら、例の「朝鮮進駐軍」が後から大勢、切符も買はず、鐵道員を突き飛ばし押入って來て、俺達は戦勝國民だ、おまへら被支配者の敗戦國民が座って支配者様を立たせるとは生意氣だ、此車両は朝鮮進駐軍が接収するから全員立って他の車両へ移動しろ、愚図愚図するな! と追ひ立てた

 其で鳩山氏が、我々はきちんと切符を買って座ってゐるのにそりゃおかしい、と一乗客として穏やかに抗議したら、忽ち大勢飛び掛かって袋叩きにし、鳩山翁を半殺しにした 幸にして重体にも重傷にも至らなかったが、頭部裂傷だか顔面 挫傷だか忘れたが、血に塗れ腫れ上がった痛々しい顔で帰京した

 年老いた祖父を理不尽に叩きのめされて怨まぬ孫も有るまい、如何に不出來な孫にせよ 孫共は此を知らんのだらう

 直後に總理大臣に成る程の大物でも如斯 況や庶民に於てをや 土地も屋敷も物資も操も、奪ひ放題であった 闇、賭博、傷害、強盗事件が多く、殊には、空襲や疎開で一時的に空いてゐる土地が片端から強奪された 今、朝鮮人が駅前の一等地でパチンコ屋や焼肉屋を営業してゐるのは、皆、あの時奪った罹災者の土地だ

 其でも警察は手が出せなかった 歴代總理大臣等が絞首刑になって行く状況で、警察如きに何が出來よう 或日、警察は何月何日を以て廃止す、再び登庁するを許さず、と命ぜられれば、其切り警察は消滅する 七百萬の大軍を擁した彼の帝國陸海軍ですら、左様にして両總長 両大臣以下、自然廃官になった まこと、敗戦はかなしからずや

 堪りかねた警察が密かにやくざに頼み込み「濱松大戦争」になった訳だが、「小戦争」は日本中に頻發した

 最後の頼みの綱は聯合國軍であったが、遂には其憲兵隊でも手に負へぬ非常事態に立ち至った

 其で流石に米軍も腹に据えかね、日本本土全域の占領を担當してゐた米第八軍司令官アイケルバーガー中將が、關東と言はず關西と言はず、はたまた北九州と言はず、不逞鮮人活動地域に正規戦闘部隊の大軍を出動させ、街頭に布陣して簡易陣地を築き、重装甲車両を並べ、人の背丈程に大きな重機關銃を構へて不逞鮮人共にピタリと狙ひをつけ、漸く鎮圧した 我々は其火器の煌めきを間近に見た

 此時、聯合國軍總司令官ダグラス・マックアーサー元帥の發した布告が、「朝鮮人等は戦勝國民に非ず、第三國人なり」

と言ふ声名で、此ぞ「第三國人」なる語のおこりである

 だから、外國人差別用語な筈は無い 彼等自身、マックアーサー元帥以下、一人残らず皆、外國人ではないか

 聯合國軍總司令官は日本人に對してこそ絶大な権勢を振ったが、本國や同盟國、對日理事會や極東委員會に氣を遣はねばならぬ 外交センスの要る役職であった 何

人にもせよ、敗戦國民以外を、声名發して迄差別なんぞする筈が無い

 「第三國人」の語は、國際法に則って説いた技術的専門用語に過ぎない

 近頃の報道人は歳も若く、當時の経緯や語感が全然判らないのだらう 知合ひの報道人幾人かに電話して、テレヴィにでも新聞にでも出て歴史の眞實を話して進ぜやう、と申入れたら皆、検討させて下さい、と逃げてしまった 眞面 目に報道する氣は無いのかの

 貴公、パソコン通信を遣ってなさるさうぢゃが、インターネットとやらは随分と情報を發信出來て、幾百萬の人が見ると聞く 一つ満天下の正義の為に、今の話を發信して下さらんか

写経屋の覚書-フェイト「内容は詳しくなってるね…でもだからといって、それが先の投稿の信用を担保するものにはならない、ってことだよね」

写経屋の覚書-はやて「そうやね。同一人物による典拠なしの言説やから、逆に信用性を怪しくさせるかもしれへんね。『本日郷土、城東葛飾に赴いたところ、偶々老人達が本件を論じてゐた』なんて都合のええ展開やなと思ってまうし、だいたい『地方議員たる七十翁』の実在自体確認でけへんしね…で、どうやって拡散していったん?」

写経屋の覚書-なのは「その前に妙な話があるの。実はこの7月10日の投稿と全く同じ文章が、6月21日に別の場所で掲載されてるんだよ」

写経屋の覚書-フェイト「えっ?どういうこと?」

写経屋の覚書-なのは「伊勢雅臣って人のメルマガ『JOG Wing 国際派日本人のための情報ファイル」なんだけどね、6月21日配信のNo.184『三國人の暴行』を見てね」

写経屋の覚書-0621B

 さて、表題の件に付ては既に一通り書き終えた心算であったが、本日郷土、城東葛飾に赴いたところ、偶々老人達が本件を論じてゐた 中にも地方議員たる七十翁の回顧は愚生の筆より数段迫力有りし故、帰宅早々記憶により再現し、此処に記して御歴々の御参考に資せむとするものである

                  録取者 南十字星

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終戦後の第三國人どもは本當に酷かった 軍の兵器を盗んで來たらしく、三八式歩兵銃や南部式拳銃で武装し、小銃には着剣して強盗強姦傷害恐喝脅迫不動産窃盗、時には殺人まで、経済犯、實力犯を中心にあらゆる悪事を重ねてゐた

 銀座、浅草、新宿は朝鮮人、新橋、澁谷は臺湾人に支配され、政府も警察も動揺し、手を拱いてゐた 戦勝國民は治外法権だったのである

 だから食管法に限らず、戦勝國民には日本法を適用出來なかった 服部時計店や白木屋も米軍の酒歩(PX)に接収され、其処へ行けば食料に限らず物資は山ほど有った。日本人は買へなかったが。

 斯うした情勢に便乗し、朝鮮人は戦勝國民だの「朝鮮進駐 軍」を僭称して堂々と闇商賣を行ひ、派手に稼いでゐた そりゃ儲かるだらう 取締を横目に犯罪のし放題 警察の検問を竹槍日本刀を振り回して強行突破したのだから(流石に銃撃戦は挑まなかった模様)

 當時は物不足で、賣る方は素人でも出來た 仕入れこそ難しかったのだが、彼等は日本人露天商を襲って商品を奪ふのだから 其で警察が黙認して捕まへないのだから、こりゃあ損のし様が無い

 警察が襲撃されること頻りで、署長が叩きのめされたり、捜査主任が手錠を賭けられ半殺しにされるぐらいは珍しからず 上野で朝鮮人経営の焼肉屋へ國税局査察部が査察に行った際、大金庫を開けて手を入れた瞬間を狙って二十人ぐらいで一斉に金庫の扉を押したものだから査察官は腕を切断されてしまった

 (録取者註 當時は警察署が襲撃される事が珍しくなく、第三國人の來襲によって犯人を奪還された富坂警察署事件、ついでに警官が殺された澁谷警察署事件、共産党が大群で警察署を包囲し外部との聯絡を遮断「攻城戦」に出た平警察署事件等、枚擧に暇有りませんでした)

 東京東部(すなはち大東京の中心地)北郊の荒川、古利根-中川、江戸川、利根川流域の牛は皆ゐなくなった

 當時、あの辺は畜力として農耕牛を使ってゐたが、深夜、不逞鮮人が侵入して來て盗み出し、河原へ牽いて行って屠殺した

 牛はモウと言って泣いたので皆氣付いたが、銃砲刀剣で武装してゐるので追ふ訳には行かなかった 永年愛育し、慈しんで來た牛が悲しさうに泣きながらズルズル引き出され殺されるのを傍観するのは無念で耐え難かったが、手向へば殺されるのでどうにも出來なかった

 斯うして利根川水系流域一帯の牛は皆、不逞鮮人に盗まれ、殺され、闇市で賣られた この辺へも、新聞紙に包んだ肉塊を賣りに來たものだ 上流で屠殺した牛を、其儘下流へ賣りに來たのだらう

 斯くて南關東から、牛はゐなくなった

 家畜相手ならまだしも、人間に對しても、關東以西の大都市を中心に、日本中に灰神楽が立つやうな勢で数多犯罪を重ねた川崎、濱松、大阪、神戸などが酷かった

 其最も著しい、象徴的事例に、元文部大臣、後の首相・鳩山一郎氏に對する集團暴行・傷害事件がある

 翁が軽井澤の静養先から帰京しやうとして信越本線の汽車に乗って居たら、例の「朝鮮進駐軍」が後から大勢、切符も買はず、鐵道員を突き飛ばし押入って來て、俺達は戦勝國民だ、おまへら被支配者の敗戦國民が座って支配者様を立たせるとは生意氣だ、此車両は朝鮮進駐軍が接収するから全員立って他の車両へ移動しろ、愚図愚図するな! と追ひ立てた

 其で鳩山氏が、我々はきちんと切符を買って座ってゐるのにそりゃおかしい、と一乗客として穏やかに抗議したら、忽ち大勢飛び掛かって袋叩きにし、鳩山翁を半殺しにした

 幸にして重体にも重傷にも至らなかったが、頭部裂傷だか顔面挫傷だか忘れたが、血に塗れ腫れ上がった痛々しい顔で帰京した

 年老いた祖父を理不尽に叩きのめされて怨まぬ孫も有るまい、如何に不出來な孫にせよ 孫共は此を知らんのだらう

 直後に總理大臣に成る程の大物でも如斯 況や庶民に於てをや 土地も屋敷も物資も操も、奪ひ放題であった 闇、賭博、傷害、強盗事件が多く、殊には、空襲や疎開で一時的に空いてゐる土地が片端から強奪された 今、朝鮮人が駅前の一等地でパチンコ屋や焼肉屋を営業してゐるのは、皆、あの時奪った罹災者の土地だ

 其でも警察は手が出せなかった 歴代總理大臣等が絞首刑になって行く状況で、警察如きに何が出來よう まこと、敗戦はかなしからずや

 堪りかねた警察が密かにやくざに頼み込み「濱松大戦争」になった訳だが、「小戦争」は日本中に頻發した

 最後の頼みの綱は聯合國軍であったが、遂には其憲兵隊でも手に負へぬ非常事態に立ち至った

 其で流石に米軍も腹に据えかね、日本本土全域の占領を担當してゐた米第八軍司令官アイケルバーガー中將が、關東と言はず關西と言はず、はたまた北九州と言はず、不逞鮮人活動地域に正規戦闘部隊の大軍を出動させ、街頭に布陣して簡易陣地を築き、重装甲車両を並べ、人の背丈程に大きな重機關銃を構へて不逞鮮人共にピタリと狙ひをつけ、漸く鎮圧した 我々は其火器の煌めきを間近に見た

 此時、聯合國軍總司令官ダグラス・マックアーサー元帥の發した布告が、「朝鮮人等は戦勝國民に非ず、第三國人なり」と言ふ声名で、此ぞ「第三國人」なる語のおこりである

 だから、外國人差別用語な筈は無い 彼等自身、マックアーサー元帥以下、一人残らず皆、外國人ではないか

 聯合國軍總司令官は日本人に對してこそ絶大な権勢を振ったが、本國や同盟國、對日理事會や極東委員會に氣を遣はねばならぬ外交センスの要る役職であった 何人にもせよ、敗戦國民以外を、声名發して迄差別なんぞする筈が無い
 「第三國人」の語は、國際法に則って説いた技術的専門用語に過ぎない

 近頃の報道人は歳も若く、當時の経緯や語感が全然判らないのだらう 知合ひの報道人幾人かに電話して、テレヴィにでも新聞にでも出て歴史の眞實を話して進ぜやう、と申入れたら皆、検討させて下さい、と逃げてしまった 眞面目に報道する氣は無いのかの

 貴公、パソコン通信を遣ってなさるさうぢゃが、インターネットとやらは随分と情報を發信出來て、幾百萬の人が見ると聞く 一つ満天下の正義の為に、今の話を發信して下さらんか

■編集長・伊勢雅臣より■

 「第三国人」の言葉にまつわる驚くべき証言でした。こういう背景を知っていたら、石原都知事が「不法に入国した第三国人が争乱を起こすかもしれない」という表現も、もっとよく理解できたでしょう。

写経屋の覚書-はやて「文章は全く同じやけど…聞きとって投稿した人が北斗星やのおて南十字星になっとる!」

写経屋の覚書-フェイト「南十字星と北斗星って同一人物なのかな?それとも北斗星が南十字星の投稿を自分のもののようにして投稿したのかな?」

写経屋の覚書-なのは「うん。そのへんを次回見ていこうと思うの。今回はここまでにするね」

疑問
映画『残侠』―『朝鮮進駐軍』検証―

写経屋の覚書-なのは「今回はね、宿題にしてた『朝鮮進駐軍』についてわかったことがあったんで、それを取り上げてみるよ」

写経屋の覚書-フェイト「『朝鮮進駐軍』?あ、去年最後のエントリーで言ってたやつだね」

写経屋の覚書-はやて「あー、あの話かぁ。確か『残侠』っちゅう映画が元ネタ違うかーって聞いたんやけど。『残侠 朝鮮進駐軍』でググったらこんな結果になったで」

写経屋の覚書-なのは「うん。そこでね、その映画を実際に見て確かめてみたの」

写経屋の覚書-残侠_パッケージ

『残侠』 監督:関本郁夫 脚本:黒田義之/大津一瑯 主演:高嶋政宏 1999年劇場公開
写経屋の覚書-はやて「いかにもコテコテの昔ながらのヤクザ映画っぽいなぁ…」

写経屋の覚書-なのは「いちおう原作は、山平重樹って人が図越利一っていう実在の人物を書いた小説なんだって。映画では岩城辰五郎って名前に換えられててストーリーもかなり違うけど、朝鮮人たちとの対決事件はある程度原作に沿ってるの」

写経屋の覚書-フェイト「朝鮮人たちとの対決事件?」

写経屋の覚書-なのは「京都七条署に押しかけた朝鮮人たちが警察やヤクザと激突する『七条署事件』っていう実際にあった事件なの。『京都府警察史』にも載ってるんだよ」

写経屋の覚書-はやて「ほんで、かんじんの検証のほうはどうなん?」

写経屋の覚書-なのは「まずはね、終戦直後の闇市で、朝鮮人たちが日本人から物資を強奪してトラックに積み込む場面ね」

写経屋の覚書-トラック

写経屋の覚書-フェイト「左腕に黄色い腕章を巻いてるね。なんて書いてあるのかな?」

写経屋の覚書-なのは「拡大してみるよ」

写経屋の覚書-トラック拡大

写経屋の覚書-はやて「左の字は車へん?耳へん?ちょっとわからへんけど、右は『盟』やな」

写経屋の覚書-なのは「次は、駆けつけた警官に朝鮮人が詰め寄る場面。これも拡大してみるよ」

写経屋の覚書-警官暴行

写経屋の覚書-警官暴行拡大

写経屋の覚書-フェイト「左の字は耳へんだね。右は『盟』でまちがいないんじゃない?」

写経屋の覚書-なのは「左の字はね、『聯』だよ。二つ合わせて『聯盟』なの」

写経屋の覚書-はやて「あれ?『朝鮮進駐軍』(ちご)て、『聯盟』なん?」

写経屋の覚書-なのは「最後は、朝鮮人たちに捕まった子分を助けるために本部へ乗りこんだ高嶋政宏に、朝鮮人の副ボスが銃を向けるところだよ」

写経屋の覚書-本部

写経屋の覚書-本部拡大

写経屋の覚書-はやて「『○○聯盟』やな。2番目の字のつくりは『羊』やね。っちゅうことは『鮮』や!」

写経屋の覚書-フェイト「ってことは『朝鮮聯盟』!」

写経屋の覚書-なのは「そういうことだよ。つまり『朝鮮進駐軍』という呼称は映画『残侠』にも登場しないってことなの」

写経屋の覚書-はやて「原作の小説のほうはどうなん?」

写経屋の覚書-なのは「そっちは『朝鮮人連盟』になってるの。『京都府警察史』も『朝鮮人連盟』だよ」

写経屋の覚書-残侠_小説
小説『残侠』山平重樹 双葉社 1999 p106・107
写経屋の覚書-京都府警察史590
写経屋の覚書-京都府警察史591
京都府警察史編集委員会『京都府警察史 第3巻』京都府警察本部 1980 p590・591

写経屋の覚書-はやて「朝鮮人たちの不法行為は事実やろけど、そやからいうてそれが『朝鮮進駐軍』の実在の証拠いうことにはならへんしね」

写経屋の覚書-なのは「うん。『朝鮮進駐軍』の実在を主張する人たちは、朝鮮人たちが『朝鮮進駐軍』という組織をつくって行動したって言ってるわけだし、そう名乗る組織そのものが存在することを証明しないとね」

写経屋の覚書-フェイト「じゃぁ、『朝鮮進駐軍』の根拠は何なんだろうね?だいたいこういうのって、映画や小説が根拠になってて、それではいオシマイってなるんだけど、今回はその映画小説にすら現れないんだねぇ…」

写経屋の覚書-はやて「とりあえず、『朝鮮進駐軍』ゆう言葉の初出は、この映画の公開された1999年より遡れへんってことは言うてもええんかな?」

写経屋の覚書-なのは「そこまでは断言できないよ。やっぱり、その実在を主張する人に根気よく訊ねていくしかないかな」

写経屋の覚書-フェイト「最終的には、ウィキペディアに『朝鮮進駐軍』の項目を書いた人か、動画を作った人か、ビラを作った人に訊くことになるのかなぁ……」

写経屋の覚書-はやて「…なんか『試し腹』調査みたいになってきたでw」

写経屋の覚書-なのは「前回の続きになるんだけど、『第七九回(昭和十六年十二月)帝国議会説明資料(朝鮮総督府帝国議会説明資料 第5巻 不二出版)』をもう一度あげるね」

写経屋の覚書-第79回議会説明資料01
写経屋の覚書-第79回議会説明資料02

一、氏制度施行後の届出状況
 (一) 創氏届出状況一般
 半島人の家族制度に一新紀元を画したる氏制度の創設は建国二千六百年の紀元の佳節を卜して施行せられたのであるが半島同胞多年の希望に合致せるものとして歓喜の声を以て迎へられ皇民意識に目覚めたる民衆は先を競つて創氏の届出を為すに至つた。即ち施行当初たる二月中に於ては法令の周知充分でなかつたに拘らず一五、七四六件の届出を見たのであるがその精神の周知徹底せらるるに伴ひ三月四五、八三三件、四月九五、四九五件と幾何級数的に増加し最終月たる八月に於ては十日間に一、六七、三〇〇件に達するに至り総計三、二二〇、六九三件に達し之に伴ひ期間内に名を内地人式に変更したる者も一、二〇一、七六四件に達するに至つた右の戸口及人口は全鮮戸口及人口の八割三厘に達するのであつて右の外現実に於て創氏を為さざるも柳、林、南、桂、高、田、池、呉、柴等其の侭内地人式に読み得る為其の届出を為さなかつた者を加ふれば創氏者の数は九割に達するものと看得るのであつて朝鮮統治上驚異的成果を収めたのである(別表一、二参照)

 (二) 届出期間後に於ける氏名変更状況
 届出期間内に届出を為さなかつた者は法令に依り従前の戸主の姓が氏となつたのであるが此等の者も氏名変更の手続に依り自発的に続々内地人式氏名に改めつつある。(中略)其の件数は昭和十六年十月迄に於て氏変更四四、四八八件名変更一、〇八九、〇〇六件に上り之を期間内の分と合算すれば内地人式創氏戸数は三、二六五、一八一戸八割一分五厘、内地人式名の人員は二、二九〇、七七〇人一割■分四厘となり半島人が如何に皇国臣民としての意識に覚め自発的に内鮮一体を具現せんとしてゐるかを如実に証明してゐるものと言へよう(別表三参照)

写経屋の覚書-フェイト「ここでいう『創氏者』は設定創氏をさすんだよね。でもちょっとわかりにくいよ」

写経屋の覚書-なのは「順を追って説明していくね。まず「(一) 創氏届出状況一般」からわかるのは、期間内に創氏届を出したのは3,220,693件で、これは朝鮮の全戸数の80.3%になると」

写経屋の覚書-はやて「これは設定創氏やね」

写経屋の覚書-なのは「で、届出をしてないけど柳、林、南、桂、高、田、池、呉、柴等のようにそのまま内地人式に読みかえることができる者を入れると、創氏者の数は90%になると見ることができると」

写経屋の覚書-フェイト「こっちは法定創氏になるんだね」

写経屋の覚書-なのは「あくまでも『九割に達するものと看得る』ということだから概算推定の域を出ないけどね。で、この数値を基礎にして、『創氏を為さざるも柳、林、南、桂、高、田、池、呉、柴等其の侭内地人式に読み得る為其の届出を為さなかつた者』をxとおいて対比式をつくるとこうなるの」


3,220,693(内地人式創氏届):0.803(%)=3,220,693+x(内地人式創氏届+創氏を為さざるも柳、林、南、桂、高、田、池、呉、柴等其の侭内地人式に読み得る為其の届出を為さなかつた者):0.9(%)

写経屋の覚書-フェイト「ってことは…x=389,050.088だから、約389,050人が『創氏を為さざるも柳、林、南、桂、高、田、池、呉、柴等其の侭内地人式に読み得る為其の届出を為さなかつた者』の数ってことになるよね」

写経屋の覚書-はやて「ほんなら『柳、林、南、桂、高、田、池、呉、柴等其の侭内地人式に読み得る』姓の人については、創氏届を出した人と『創氏を為さざるも柳、林、南、桂、高、田、池、呉、柴等其の侭内地人式に読み得る為其の届出を為さなかつた者』を区別して集計できとるいうことになるやんな?」

写経屋の覚書-フェイト「そうなるよね。以前も見たように林を林とした創氏届は受理されているわけだし。事情はともかく創氏届を出している人と出していない人とをちゃんと集計できていることになるよね」

写経屋の覚書-はやて「ちゅーことは、要するにやな、『柳、林、南、桂、高、田、池、呉、柴等其の侭内地人式に読み得る』姓の人が、そのまま内地人式に読みかえるというかたちで創氏届を出した、要するに設定創氏とした場合は『内地人式氏と認めらるる氏』としてカウントされたと考えて問題ないんとちゃうん?」


写経屋の覚書-なのは「うん。先にあげた【1420】の取扱から見ても、そう考えるのが妥当だよね。創氏改名以前の『柳、林、南、桂、高、田、池、呉、柴等』の総戸数がわかれば、設定創氏と法定創氏とした戸数の数・割合も推測できるんだろうけど」

写経屋の覚書-フェイト「さすがにそこまでは…」

写経屋の覚書-なのは「完全にすっきりしたわけじゃないとは思うんだけど、これで一定の結論は出たと思うの」

『「巷間総督府の強制により後半に「幾何級数的」に増加したと言われる、その統計数字について、「全て内地人式の創氏なのか」という点』:事務取扱上は「内地人式創氏」と扱われていると見るのが妥当。

写経屋の覚書-フェイト「なんだか詐欺みたいだよ。読み替えることができるという理由で内地人式にカウントできるなんて」

写経屋の覚書-はやて「ってゆうか、そもそも『内地人式の氏』ってどう定義されとったん?」

写経屋の覚書-なのは「…いちおう、『戸籍』第三巻九号(朝鮮戸籍協会 昭和十八年九月十日)ではこのようにしてるんだけど…」

写経屋の覚書-戸籍3巻9号p24


  二 内地人式氏名の意義
問 内地人式氏名の意義を問ふ
                            (平北威化面 宮本文奎)

答 氏名が内地人式なるや又は朝鮮式なるやは内地及朝鮮に於ける従来の氏名の形式を類型的分類に依り帰納したる標準に外ならない換言すれば内地人には従来内地人としての氏名に共通的なる類型があり朝鮮人には従来朝鮮人としての氏名に共通的な類型がある、この類型が内地人式又は朝鮮人式と呼ばれる標準となるものである故に既に内地人に用ひられてゐる氏名と雖も只其一事を以て内地人式なりと称することは出来ない例へば内地人にも朴、長、等の氏の者もあるが其れは内地人式の氏の類型的なるものと謂ふことが出来ないからを内地人式と認められない

写経屋の覚書-フェイト「…うーん。納得いくようないかないような感じだよ…」

写経屋の覚書-はやて「長続連とか長勇はどーなん?ってツッコミは入れてもええやんな…典型的ちゅうか普遍的な名字ちゃう言われたらそれまでやけど」

写経屋の覚書-なのは「あと、この質疑の前にはこんなのも載っているの」

『戸籍』第三巻九号(朝鮮戸籍協会 昭和十八年九月十日)

  一 内地人式氏名と認めらるゝもの
問 左記事項御教示を乞ふ
  一 「新安」にいやす、は内地人式氏と認め難きものなるや
  二 「高敏」「宗敏」は内地人式名と認め難きものなるや
                            (平北威化面 宮本文奎)
答 何れも内地人式又は名と認められる

写経屋の覚書-フェイト「それじゃ「釜山(かまやま)」も内地人式氏と認められるのかなあ?」

写経屋の覚書-はやて「2のほうは、藤堂高敏とか伊達宗敏っていう藩主もおったみたいやし、さすがにセーフつかアリやんなぁ」

写経屋の覚書-なのは「これでいちおう宿題は解決したし、今回はここまでにするね」

林、柳、南、桂等の姓と設定創氏(1)
林、柳、南、桂等の姓と設定創氏(2)
林、柳、南、桂等の姓と設定創氏(3)
林、柳、南、桂等の姓と設定創氏(4)
林、柳、南、桂等の姓と設定創氏(5)