「前回の最後で、今回は少し珍しいかもしれない史料を取り扱うって言ってたよね?」
「うん。『儒学経緯』って書籍なんだよ。獄長日記でも取り上げられているんだけどね。参考エントリーはこれだよ」俄館播遷のその後(二十二)
さて、前回学部大臣申箕善の辞職にまで発展した『儒學經緯』ですが、流石に原本を読む事は田舎にいては不可能。
しかしながら、イザベラおばさんの『朝鮮紀行』にその内容が一部記載されていますので、折角ですから日本語版547頁末から引用してみましょう。
朝鮮における教育に関連して特記しておかなければならないのは、ごく最近の1896年末、『儒学経緯』という本が発刊されたことである。
この本は学務大臣申箕善が編集し、2名の学務顧問が序文を書いていて、費用は政府持ちで刊行された。
『儒学経緯』にはつぎのような記述がある。
52ぺ-ジ
「ヨーロッパは文明の中心すなわち中国からあまりに遠く離れている。
ゆえにロシア人、トルコ人、イギリス人、フランス人、ドイツ人、ベルギー人は人間よりも鳥獣に似ており、その言語は鶏が鳴いているように聞こえる」
同じく52ぺ-ジ
「近代人の見解によれば、西洋人がキリスト教と呼ぶところのものは俗悪浅薄で正道をはずれており、野卑な習俗の例証で、まじめに語るに値しない。
(中略)
彼らは天の神を拝みはするものの、親を奉らず、ことあるごとに天を侮辱し、社会的な関係をくつがえす。
これはまさしく野蛮な低俗さのあらわれであり、われわれが外国の慣習を論評して遇するには値しない。
くだんの宗教が衰退している現在ではなおさらである。
西洋人は清をのぞきあらゆる国に腹子をまいた。
彼らはそのすべてがこの宗教を奉っている(!)が、驚くべきことに清の知識人と庶民はそれによる汚染を免れたのである」
42ぺージ
「最近いわゆる耶蘇教が野蛮な教えで世の中を汚そうとしている。
この宗教は天国と地獄のつくり話で大衆をあざむき、先祖崇拝の祭祀にくちばしをはさんだり、天地の神々にぬかずく慣習を禁じたりしている。
これらは知性の曇った者のたわ言であり、論ずるに足りない」
50ぺージ
「世界の中央たる清帝国のいかに偉大で栄えあることか!
清帝国は世界で最も大きく最もゆたかな国である。
世の偉人はすべて中国の生んだものである」
公職にある者の手によるこの弾劾文は、諸外国公使から抗議に値すると見なされた。
(´Д`;;)
江華島条約から20年。
米朝通商条約から14年たった時代に、学部大臣が書いた教科書の内容がこんな感じ。(笑)
申箕善が、事大主義というか華夷秩序の中に生きてるっつうのは分かりますがね。
ウェベルもこんなの調整しなきゃならないなんて、そりゃ5月9日のエントリーのように嫌気もさしてくるよねぇ・・・。
つうか、「近代人の見解」がキリスト教は俗悪浅薄で正道をはずれており、野卑な習俗の例証で、まじめに語るに値しないって、どこの近代人だよ。(笑)
「グーグル先生に訊いたんだけど、これまでこの史料を原文で取り上げているところってなさそうなんだね。ほとんど『朝鮮紀行』の日本語版を引用紹介してるよ」
「ほんまや。ほんでこれまでの例に照らしたら、作者はこの『儒学経緯』の複写を入手したいう流れになるんやな?」
「正解。2011年の夏に複写したんだよ。イザベラバードが書いていることが妥当かどうかを確認するためには原文が不可欠だからね」
「じゃぁ、イザベラ・バードの『朝鮮紀行』と照合しながら見ていけばいいんだね」
「そういうことだよ。まず『朝鮮紀行』p547を見るね」
朝鮮における教育に関連して特記しておかなければならないのは、ごく最近の1896年末、『儒学経緯』という本が発刊されたことである。
この本は学務大臣申箕善が編集し、2名の学務顧問が序文を書いていて、費用は政府持ちで刊行された。
「申箕善が編集したんはわかるけど、序文を書いた『2名の学務顧問』って誰なん?」
「学部編輯局長兼参書官の李康稙と中枢院参書官の金沢栄って人なの。序文はこんなのだけど別に変なことは書いてなかったよ」
「ま、問題は本文だからね。まず『朝鮮紀行』の方を見るよ」
52ぺ-ジ
「ヨーロッパは文明の中心すなわち中国からあまりに遠く離れている。
ゆえにロシア人、トルコ人、イギリス人、フランス人、ドイツ人、ベルギー人は人間よりも鳥獣に似ており、その言語は鶏が鳴いているように聞こえる」
「鳥獣に似ているとか、言語は鶏の鳴き声みたいって人間扱いしてないように見えるよね」
「たしかに52ページを見るとこんな記述があるの」
惟俄惟土英法義徳是曰泰西欧邏之域即俗所称西洋国之地
欧邏巴洲在亜細亜之西北方可万余里人皆長大深目高準緑睛巻毛語音啁啾若禽鳥其文如科斗
「えーっと…『惟』は強調の『これ』で、『俄』はロシア、『土』はトルコ、『英』はイギリス、『法』はフランス、『義』はイタリア、『徳』はドイツ、『欧邏巴』はヨーロッパだよね」
「ロシア・トルコ・イギリス・フランス・イタリア・ドイツを泰西欧邏之域つまり西ヨーロッパ地域という。いわゆる西洋やと。ほんでヨーロッパはアジアの北西1万里にあって、住人は背が高くてほりが深くて鼻筋が高く瞳は緑で、毛は巻いとる。しゃべる言葉は啁啾若禽鳥其文如科斗…わからへん」
「『啁啾』は鳥の鳴く様子を表す言葉なの。鳥の声みたいだってのは、しゃべってる言葉がわからない時に使われる慣用句的表現なの。孟子も楚の許行を批判する時に『南蛮鴃舌』なんて言ってるんだよ」
「いくら、楚の言葉が聞き取りにくいものだったとしても、言説の批判じゃなくて人そのものを謗るなんて嫌なやり方だね…」
「作者が孟子を好きでない理由の一つなんだよね…『科斗』はオタマジャクシのことなの。木や竹の棒に墨をつけて字を書くと、書き始めが太くて終わりが細くなるでしょ。その様子がオタマジャクシっぽいからなんだよ。本来は筆のなかった時代の古代中国の文字に対して使われることが多い表現なんだけどね」
「言われてみると、アルファベットってたしかに書き始めが太くて終りが細い感じのものが多いよね。漢字に比べて単純で曲線的な感じだし、eとかqはオタマジャクシっぽいかも」
「ちゅうことは鳥の声にしてもオタマジャクシ文字にしても、本来は中国の言語文字体系とは異なるものを表現する漢文的テンプレいうことやねんな。そやけど漢文世界以外の人にしたらそんなん知らんもんなぁ」
「素直に、比喩じゃなくて直訳のまま受け取るだろうね…」
「いくら漢文テンプレであっても、さすがに『江華島条約から20年。米朝通商条約から14年たった時代』に堂々と使用するっていうのは痛いんじゃないかな?『ヨーロッパは文明の中心すなわち中国からあまりに遠く離れている』については49・50ページにこんな文章があったよ」
地球茫茫厥有五洲惟亜細亜文明之区
地球五洲一曰亜細亜洲二曰欧邏巴洲三曰利未亜洲四曰北亜墨利加州五曰南亜墨利加洲○亜細亜洲在赤道之北朝鮮中国以下諸国是也方可数万里以直線計下同
「地球は広く五州あるがアジアが文明の区域である、やね。『惟』でアジアこそが文明の区域やって強調しとるんやね」
「儒学体系に基いたものだけを『文明』と考えるならそれでいいんだろうけど、そういうのが通じる時代じゃないもんね…」
同じく52ぺ-ジ
「近代人の見解によれば、西洋人がキリスト教と呼ぶところのものは俗悪浅薄で正道をはずれており、野卑な習俗の例証で、まじめに語るに値しない。
(中略)
彼らは天の神を拝みはするものの、親を奉らず、ことあるごとに天を侮辱し、社会的な関係をくつがえす。
これはまさしく野蛮な低俗さのあらわれであり、われわれが外国の慣習を論評して遇するには値しない。
くだんの宗教が衰退している現在ではなおさらである。
西洋人は清をのぞきあらゆる国に腹子をまいた。
彼らはそのすべてがこの宗教を奉っている(!)が、驚くべきことに清の知識人と庶民はそれによる汚染を免れたのである」
「これはね、52ページじゃなくて41・42ページに該当記述があるんだよ」
若近世西人之所謂耶蘇教者鄙俚浅妄乃夷俗之陋者耳不足与弁也
耶蘇之教其所謂天堂禍福之説近於仏氏之支流而所以勧善而教人者不過閭巷浅俗之談耳礼拝天神不祀父母種種誣天乱倫之風自是夷狄之陋俗耳本不足以処異端之目而近日則其教亦少衰矣中州諸国之外凡地球上欧邏種子尚皆尊尚其教而中国士民或有染之者亦独何哉
「近世の西洋人がキリスト教を『鄙俚浅妄乃夷俗之陋』と批判してるって言ってるね」
「獄長はどこの近代人やねんwって
「どうなんだろうね?『中国士民或有染之者亦独何哉』ってのは結構ドヤ顔っぽいねw」
「ってことは反語表現やな。染まったやつがおる?それがどないしたっちゅーねん。なーんも影響無いで!どや!ちゅう感じやね」
42ぺージ
「最近いわゆる耶蘇教が野蛮な教えで世の中を汚そうとしている。
この宗教は天国と地獄のつくり話で大衆をあざむき、先祖崇拝の祭祀にくちばしをはさんだり、天地の神々にぬかずく慣習を禁じたりしている。
これらは知性の曇った者のたわ言であり、論ずるに足りない」
「これについては、42ページにも他のページにも該当箇所が無いの」
「さっき見た41・42ページと内容がかぶってる感じもするけど、ちょっと違うよね…」
50ぺージ
「世界の中央たる清帝国のいかに偉大で栄えあることか!
清帝国は世界で最も大きく最もゆたかな国である。
世の偉人はすべて中国の生んだものである」
「んー、文字通りの中華主義やねぇ…あれ?朝鮮って本心では清を蔑んでへんかった?」
「北の蛮族の清が中国に侵入して中華文明の灯火である明を亡ぼしたから、中国にはもう中華文明は存在しない。我ら朝鮮こそが中華文明の灯火を継ぐ唯一の文明国っていう小中華主義はあったね」
「以前作者が劇形式コンテンツでちょっと触れてたね」
「そうだったね。で、該当記述は50・51ページのこれだよ」
皇矣中土聖賢攸宅物衆地大万方是極
(中略)蓋九州之地山河之勝民物之殷財穀之産皆甲於天下非徒声教文物為万方所宗而已也人物秀俊闊大泱泱乎大国之風也
「これもテンプレいうたらテンプレやけど、西洋人はまともに受け取るやんなぁ…そら批判もされるで」
「西洋人には漢文特有の誇張とか表現だっていうのは理解しにくいだろうし…」
「それについては情状酌量の余地があるとしても、文明国はアジアだけだとか、キリスト教をむやみに非難したりしてるんだから、獄長も書いてるように外国の大使たちから批判されても仕方ないよね。しかも『俄館播遷のその後(七)』にあるように、申箕善って本当に痛い人だったみたいだし」
「ほんまや。断髪の批判、太陰暦の復活、ハングルの廃止と漢文使用、内閣大臣の国政参加は君権侵害、官立学校の制服は朝鮮服にして洋服を着るなって時代に逆行しまくっとるやん。素でほんまに痛い人やで」
「なぜか高宗が『懇懇なる諭旨を下し』して学部大臣にしちゃったんだね…獄長は、内閣大臣の国政参加は君権侵害ってあたりを高宗は気にいったんじゃないかって書いてるよ」
「高宗からしたらいちばん言ってほしいことだろうしねw じゃ今回はここまでにして、次回も『儒学経緯』を見てみるね」














