写経屋の覚書-なのは「今回は、韓国大統領の李明博についての話なの」

写経屋の覚書-フェイト「まだ歴史にもなってない人の話だよ。どんなネタがあるの?」

写経屋の覚書-なのは「戦後に李明博一家が日本から朝鮮に引き揚げる時の話なんだよ。李明博が1995年に書いた『李明博自伝(原題「神話はない」)』の第二章冒頭にこんな記述があるんだけどね」

 日本の植民地支配から解放された直後の一九四五年十一月、私たち八人の家族は日本の大阪で荷造りをした。アボジ(父)とオモニ(母)、長姉の貴善、長兄の相殷、二男の相得、二女の姉の貴愛、そして私、妹の貴粉の大家族は下関港から釜山へ向かう臨時旅客船に乗った。
(中略)
 しかし、韓国人をいっぱいに乗せた帰国船は、対馬の沖合いで沈没してしまった。人々は全員救助されたが、持っていた荷物などは船とともに海のもくずとなってしまった。(日本語版40・41ページ)

写経屋の覚書-はやて「李は大阪の平野区で産まれて戦後に一家で帰国したんやったね。ほんで何が問題なん?」

写経屋の覚書-なのは「赤字部分が問題なの。送還船が対馬沖で沈没したって書いてるんだけど、作者は、1945(昭和20年)11月に日本と朝鮮を行き来していた送還船が沈没したっていう話を目にしたことが無いんだよね。それに韓国の『中央日報』にこんな新聞記事があったんだよね」

2008年02月26日17時42分 中央日報(日本語版)

日本の牧場で生まれた李明博大統領 …その②
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=96608&servcode=A00%C2%A7code=A10
 
日刊スポーツ(IS)-日本の毎日新聞共同取材第1弾
▽島田牧場と決別
 島田牧場を離れたのは1945年3月と推定される。
 李大統領の家族は1945年の解放を受け、韓国に帰った。李大統領の姉イ・キソンさんは「解放後、10月ごろ、家族は名古屋付近の港から密航船に乗って韓国に帰ってきた」と明らかにした。
キソンさんは密航船に乗らざるをえなかった理由について「韓国と日本を行き来する定期船に乗った場合、日本で築いた全財産が押収される可能性があったから」と説明した。

 密航船で故国に帰ってきた李大統領の家族は対馬付近で船が難破したことで全財産を失い、命だけは何とか助かった。 キソンさんは「対馬沖が大阪での追憶をのみ込んだ」と表現した。

写経屋の覚書-はやて「韓国の日刊スポーツは中央日報と提携しとるらしいけど、なんで毎日新聞との共同取材になったんやろ?毎日新聞と提携しとる韓国の新聞は朝鮮日報やのになぁ、という疑問は置いといて、李一家が乗ったんは正規の送還船やなくて密航船って言うとるね」

写経屋の覚書-フェイト「李明博が嘘を書いているか、姉のイ・キソンが嘘を言ってるかどっちかだよね。たしか送還船の運航って、以前作者がHPで考察したように、GHQの命令で日本政府が行なっていたんだよね」

戦後朝鮮人の送還について1
戦後朝鮮人の送還について2
戦後朝鮮人の送還について3
戦後朝鮮人の送還について4
戦後朝鮮人の送還について5
戦後朝鮮人の送還について6
戦後朝鮮人の送還について7

写経屋の覚書-なのは「日本政府からGHQへの報告(CLO)や1945年11月の新聞(東京版朝日新聞・大阪版朝日新聞・東京版毎日新聞・大阪版毎日新聞・読売報知新聞)を調べてみたんだけど、送還船の沈没事故として該当する記事はなかったんだよ」

写経屋の覚書-はやて「送還船の沈没が報告されへんかったり、ニュースにならへんかったりした可能性はないん?」

写経屋の覚書-なのは「それはあり得ないよ。普通の船の沈没事故でも新聞記事になってるしね」

1945年11月5日付毎日新聞(大阪)
石炭貨物船二隻触雷舞鶴港で

写経屋の覚書-451105毎日(大阪)_沈没


1945年11月7日付毎日新聞(大阪)
今治、尾道間連絡船沈没す 五百余名遭難

写経屋の覚書-451107毎日(大阪)_沈没


1945年11月9日付毎日新聞(大阪)
宇和島、宿毛間定期船沈没

写経屋の覚書-451109毎日(大阪)_沈没


写経屋の覚書-なのは「それに、1945年10月には朝鮮人送還船について事故があったんだけど、ちゃんと新聞記事になってるよ」


写経屋の覚書-451008朝日(大阪)_江寧丸触雷

1945年10月8日付朝日新聞(大阪)
江寧丸触雷 引揚朝鮮人無事
【福岡発】引揚朝鮮人を満載し四日午後五時すぎ博多港発で釜山に向つた江寧丸(三、二〇〇トン)は同六時十分頃福岡県糸島郡北崎小呂島東南方で触雷、たゞちに引返して元岡村大原海岸の浅瀬に座礁、泳いで連絡に来た船員により乗客、乗組員千九百五十一名は一名の負傷者もなく無事であることが判明した
 船舶運営会では海寧丸(ママ)、黄金丸両船を手配して座礁現場で乗客を積みかへて釜山へ直行することになつた
*会寧丸の誤記

写経屋の覚書-フェイト「あ、この事故のせいで、1945年10月23日付の日本政府からGHQへの報告CLO349で、江寧丸が『Under Repair(修理中)』って書かれているんだね」

写経屋の覚書-なのは「たぶんそういうことだと考えるよ」

写経屋の覚書-はやて「李明博自伝に書いてあるように、下関発の送還船が沈没したという事実は存在せえへんってことやね。そやけど、他の港から送還船が出てた可能性は無いん?」

写経屋の覚書-なのは「もしキソンの記憶違いか嘘で、名古屋発の送還船が密航船じゃなくて正規の送還船だったっていう可能性もないんだよね。朝鮮人や中国人の送還についてのSCAPINではどこの港を使用するか指定されてるんだけど、その中に名古屋港はなかったしね」

写経屋の覚書-フェイト「つまり、名古屋かその付近から正規の送還船が出航してた可能性は限りなく低いってことだよね」

写経屋の覚書-なのは「そういうこと。もし、指定された港以外の地域から特別に送還船を運航したんだったら、その運航を指示するSCAPINあるいはSCAPIN-Aが発出されているはずなんだよね。だけど該当するSCAPIN・SCAPINーAは見当たらないよ」

写経屋の覚書-はやて「要するに、李明博一家が名古屋付近から乗船したんは、正規の送還船やのおて密航船やってことで、李明博は自伝で事実と(ちゃ)うことを書いたっちゅうわけやね」

写経屋の覚書-なのは「うん。それと、中央日報の記事には『韓国と日本を行き来する定期船に乗った場合、日本で築いた全財産が押収される可能性があったから』って書いてあるんだけど、そんな可能性は存在しないんだよね。1945年10月15日付発出のSCAPIN142で、持ち帰れる現金は1人あたり1,000円と規定されているもんね。作者の調べた限りなんだけど、全財産押収を指示・規定した指令や史料は発見できていないし」

写経屋の覚書-はやて「朝鮮人の大好きな大好きなデマ・噂やろねぇ…」

写経屋の覚書-フェイト「この時期に大阪・名古屋地域に朝鮮人が殺到していたことは、1945年10月30日付発出のSCAPIN213にも書いてあったね」

SCAPIN213 朝鮮人の送還

2.This headquarters has been informed that Koreans are now crowding into the Kobe-Osaka-Nagoya area.

2.司令部は朝鮮人が神戸・大阪・名古屋地域に押し寄せていることを知った

写経屋の覚書-なのは「うん。他にもこんな新聞記事もあるし」


写経屋の覚書-451104朝日(大阪)_帰鮮待機指示

1945年11月4日付朝日新聞(大阪)
帰鮮は自宅で待機
【AP特電】連合軍最高司令部は三日、日本国内在住の朝鮮人に対して現住地に留まる様布告し、これに従はぬ場合本国送還の儀を非常に遅らされることになると述べてゐる、最高司令部当局では阪神および名古屋地方に多数の朝鮮人が集り、結果運輸の輻輳化、衛生問題等を惹起してゐることを指摘し日本政府に対して責任を持ち、その移動を制限するとともに適当な住宅と食料と医療設備とを提供するやう要請した

写経屋の覚書-フェイト「…で、こういう指示に従わないで港に殺到しておいて、日本政府は送還に熱心じゃなかったとか、ちゃんと計画・対策を立てなかったとか文句を言うってオチなんだよね…」

写経屋の覚書-なのは「うん。朴慶植は『日本政府は、自国民の中国・朝鮮からの引揚に力を注ぎながら、朝鮮人の帰国にはじゅうぶんな対策を立てなかった』とか『朝鮮人は、在日本朝鮮人聯盟の指導のもとに自主的な方法で帰還事業を推進し、調達・借用した小船で玄界灘を渡ろうとして台風で難破したり、多分に故意的な爆沈のため1千人以上の犠牲者を出した浮島丸事件などの悲劇がおきた』なんて書いてるんだよね…」

写経屋の覚書-なのは「今回の『儒学経緯』は、まず東南アジアからだよ」

写経屋の覚書-儒学経緯5152
写経屋の覚書-儒学経緯5253
写経屋の覚書-儒学経緯5354
写経屋の覚書-儒学経緯5400

安南暹緬西曁印度南洋諸国星羅碁布

安南古越裳地也臣服中国稍有華風自其西暹羅緬甸諸国在雲貴徼外或通貢中国然皆蠢蠢蛮荒多為欧人所制印度五国即古天竺也在緬甸之西西蔵之南釈迦所生故其人猶尚仏教地方甚大可数三千里而受制於英不能自立南洋島国甚多而大抵為欧人所羈縻焉


写経屋の覚書-なのは「最初の段落は、安南(ベトナム)、暹羅(タイ)、緬甸(ビルマ)、そこから西に行ってインド、南洋諸国は星や布に碁石をまいたように海上にいっぱい散らばっているって意味なの」

写経屋の覚書-フェイト「ベトナム、タイやビルマなどの多くはヨーロッパの植民地になってて、インドはイギリスに支配され、南洋諸国の多くはヨーロッパ人に束縛されてるっていうのはだいたいあってるのかな」

写経屋の覚書-はやて「せやけど、インドを『釈迦所生故其人猶尚仏教』としとるのはどうなんやろ?当時のインドって大勢はヒンズー教やろ。仏教盛んやったっけ?」

蒙古在北回部是西流沙大漠地曠人稀

蒙古即元遺種古匈奴突厥地也今服属于清而其地荒邈人逐水草飲■[さんずいに重]酪俗猶如旧回部四国古安息条支等地也在新疆西北不属中国地大国富尚回回教


写経屋の覚書-なのは「モンゴルとシルクロードあたりのことだね。モンゴルを『古匈奴突厥地也』とするのは大雑把な感じもするね。回部は本来は新疆天山南路一帯なんだけど、ここでは『古安息条支等地』って言ってるから、現在のタジキスタンやウズベキスタンあたりを指すのかな」

写経屋の覚書-フェイト「漢籍古典の地理世界と19世紀の地理世界が出てるんだね」

惟俄惟土英法義徳是曰泰西欧邏之域即俗所称西洋国之地

欧邏巴洲在亜細亜之西北方可万余里人皆長大深目高準緑睛巻毛語音啁啾若禽鳥其文如科斗然古有羅馬国漢史所称大秦也而未嘗通中国漢時有耶蘇者号称救世済物後人尊尚其教及羅馬亡而遂分為俄英法徳義奥等国俄国東拠欧州三分之一而其地東袤于亜細亜歴回部蒙古之北而直接我国之東北其広二万里幅円絶大於清而人衆則不過什一蓋以其近北荒寒故也余国則其大者可倍於我国然以其機巧兵力役属遠国故富強皆無敵而英為最雄其他小国不可尽述而土国処欧亜之界地方甚大然機巧富強不及諸国故不歯也欧人自明末始通中国今則交際往来如里閈焉蓋其地寒瘠其人勤慧故極其巧思以成其利用厚生之術暦筭推測極其精妙舟車器械極其便捷政従衆議趍利如神所以能横行地球抗衡中国也


写経屋の覚書-はやて「問題になった箇所のあるとこやね。『漢時有耶蘇者号称救世済物後人尊尚其教』っちゅうんはキリスト教の話やな。『及羅馬亡而遂分為俄英法徳義奥等国』は大雑把過ぎる気ぃするけどね。ロシアってローマ帝国の範囲やないし」

写経屋の覚書-フェイト「『蓋其地寒瘠其人勤慧』ってヨーロッパ全体にあてはまらないしね。イギリスならプラス『ご飯がまずいからイギリスを出たがった』ってネタに絡めてわからないでもないけど」

写経屋の覚書-なのは「『政従衆議』ってしてるけど、政治体制・制度についての価値判断まで踏み込んでないのは意外なんだけどね。国王を蔑にするのはよくないとか言いそうだし」

欧州之南曰利未亜蠢爾黒奴何異鱗介

利未亜地方倍於欧州然地当赤道天気酷熱其人通身漆黒蠢若禽獣故無可称之国而欧人皆奴使焉


写経屋の覚書-フェイト「利未亜?アフリカじゃないの?」

写経屋の覚書-なのは「アフリカをリビア(利未亜)とするのは、明で活躍したイエズス会宣教師利瑪竇(マテオ・リッチ)が1602年に作成した『坤輿万国全図』に従っているの」

写経屋の覚書-フェイト「たしかにリビアはアフリカにあるけど、アフリカ大陸全土を指すこともあったってことなのかな?」

写経屋の覚書-なのは「うん。古代ギリシアで、北アフリカのエジプトより西の地中海沿岸地域をまとめてリビアって呼んでたのが元々の話みたいなんだけど、それでアフリカ全体をさすこともあったみたいなの」

写経屋の覚書-はやて「蠢めく黒奴は魚介類とかわらへんとか禽獣の如しってのはひど過ぎへん?」

写経屋の覚書-フェイト「韓国人の黒人差別感情って、このころからあったってことなのかな?」

写経屋の覚書-なのは「それは違うよ。だいたい19世紀の時点では、アフリカに対する認識なんてどこの国でもこんなものなんだよ。『暗黒大陸』って言葉もあったしね」

北亜墨利美国著名睥睨英法出藍而青

北亜墨利加在欧州西南亦赤道之北也与亜細亜前後正相対地方等於利未亜而不及亜細亜其北辺荒寒之地皆属於英其東南曰美国幅円之大気候之平皆与清国相似古時野蛮蚩蠢無知者謂之野蛮其形類亦与亜人欧人不同居之其後英人開拓而置別部焉百年前有華盛頓者亦欧種叛英自立統三十余国為一国故亦曰合衆国其大統領即皇帝之称則由衆選立四年一代其器械政教及交通万国皆同欧州而富盛寛厚則過之世称俄最大英最強美最富也


写経屋の覚書-はやて「次はアメリカやね。『出藍而青』ってえらい褒めようやなぁ」

写経屋の覚書-フェイト「『古時野蛮蚩蠢無知者謂之野蛮其形類亦与亜人欧人不同』って、ネイティブ・アメリカン、所謂インディアンのことだよね。野蛮というのは仕方ないとしても、アジア人・ヨーロッパ人と同じではないってこれもひどい認識じゃないかな?」

写経屋の覚書-なのは「ここでいう『野蛮』は形容詞じゃなくて名詞だよ。北狄とか南蛮、台湾における生蕃や熟蕃と同じ用法だね。キリスト教に対しては儒教的観点から見下すくせに、欧米文明に対しては意外と冷静に記述、そしてアフリカ人やネイティブ・アメリカンに対しては欧米文明の観点から見下すっていうなんだか不思議な感じなんだよね」

写経屋の覚書-はやて「なんか都合よく基準を使い分けとるような気がせんでもないなぁ…『華盛頓』『叛英自立』はワシントンと独立戦争やな。大統領を『皇帝之称』とするんは大雑把やけど元首って意味では正解やね。四年に一回選挙するって書いとるし」

写経屋の覚書-フェイト「『世称俄最大英最強美最富也』っていうのもすごい高評価だよね。当時の朝鮮人の感覚では、ロシアが最大、イギリスが最強、アメリカが最も富んでいるんだ。日本にいる私たちから見ると、最も富んでいるのはイギリスに見えるんだけどね」

写経屋の覚書-なのは「直接国境を接していて圧力も受けるロシアや中国関係で交渉も多いイギリスの実力を高く評価するのはわかるけど、アメリカに対しては期待値こみというか、そうあってほしいという願望を持ってるみたいな印象はあるんだよね…」

写経屋の覚書-はやて「日本やロシア、清国に対抗する勢力として頼りたいっちゅう思いみたいなんがあるんかもしれへんね」

合衆之南惟南亜墨巴西秘魯亦称大国

南亜墨利加在赤道之南与亜欧北墨等地四時寒暑正相反地小於北墨而多野蛮若巴西秘魯等大国則皆欧人所生也○此外又有奥太利亜洲亜洲南大洋之中方数千里亦赤道之南也野蛮居之英人方開拓云


写経屋の覚書-なのは「最後は南アメリカとオーストラリアだよ」

写経屋の覚書-フェイト「『南亜墨利加在赤道之南与亜欧北墨等地四時寒暑正相反』は、南半球だから北半球とは季節が正反対ってことを言っているんだね。巴西はブラジル、秘魯はペルーなんだね」

写経屋の覚書-はやて「ここで言う野蛮はインカ人とかの先住民で、オーストラリアのほうの野蛮はアボリジニやな」

写経屋の覚書-なのは「うん。これで『儒学経緯』はおしまいだけど、フェイトちゃんとはやてちゃんは読んでみてどう思った?」

写経屋の覚書-フェイト「なんだか、思ったよりも地理上の知識・解説はまともだったような感じがしたよ」

写経屋の覚書-はやて「そやなぁ。発禁になったくらいやし、もっと偏見というか中華世界・文明観に基づいたえげつない価値判断が多いん(ちゃ)うんかなぁって思てた」

写経屋の覚書-なのは「そうだねぇ。意外にまともというか、予想してたような電波は無かったね。たしかにキリスト教に対するdisり方はひどかったけど、価値判断を含まない記述は最新の地理学上の知見を踏まえた妥当なものが多かったね」

写経屋の覚書-はやて「そういう意味では期待外れやったかもしれへんねw」

儒学経緯(1)
儒学経緯(2)

写経屋の覚書-フェイト「今回も『儒学経緯』を見るんだね」

写経屋の覚書-はやて「前回見た他にもおもろそうなところがあるん?」

写経屋の覚書-なのは「うん。儒学についての言説は措いといて、世界の地理情勢についての記述がおもしろそうなんだよね。でもその前に、著者の申箕善が学部大臣を辞職した経緯を獄長日記を見ながらたしかめておくね」

俄館播遷のその後(二十一)

で、この申箕善辞職に関する詳報を1896年(明治29年)10月21日付『機密第87号』から見てみましょう。

  儒學經緯の廃刊并に学部大臣の進退に関する往復文書発送の件

  前学部大臣申箕善に於て、公立学校教科書として著述刊行したる儒学経緯と題する書籍中には、耶蘇教を非議し、其他外国を軽侮する辞句往々有之て、忽ち在留外国人の物議を来したる折柄、仏国代理公使は本月4日、書を原公使へ寄せ、使臣会議を開き右排外的文書に関する処置を討議致度旨申出有之候得共、恰も原公使は任所出発の前日にして、最早時間に余裕無之を以て、使臣の席次に於ては次席者は米国公使なるも、同公使不在中に付即露公使に差継ぐべき旨を答へ、一面露公使に向つて仏使請求の顛末を申継ぎ出立相成候処、其後朝鮮政府は、該書冊公刊の為め在留外国人の感情を害し、其結果各国使臣間の一問題たらんとするを暁り、蒼皇原本を撤銷し発売を禁止し、并に申学部に対しては諭旨免官の処置に及べるを以て、露公使は、事已に如此なる以上は使臣一致の運動に及ぶの必要なしとの意見に基き、先づ使臣会議に附する事は停止せられたるも、各国使臣は原本の廃刊并に申学部辞職の原因は、事実果して該出版物の外交に害ありと認めたるに拠るものなるや否やを各個に確むる事に相成り、孰れも外部大臣に向って照会を送りたるを以て、本官も是れと同一の手段を執り置き候方将来政略上便宜と認め候間、即別紙甲号の通り照会に及び候処、同乙号の通り回答有之候。
  尤も、乙号回答は全文殆んど各国使臣に答へたるものと同一なるも、唯だ末項「其在隣好」の4字下「崇宗」なる文字を省ければ、惟ふに我は宗教上自から他国の如く関係深からざるに拠るものと被存候。
  此段別紙甲乙号往復文寫相添及具申候。
  敬具

文中の照会文にあたる甲号と、その返事である乙号は省略しますので、各自確認のこと。

写経屋の覚書-なのは「この『機密第87号』は『駐韓日本公使館記録』第9巻に収録されているんだよ」

写経屋の覚書-フェイト「獄長は甲号と乙号は各自確認してって言ってるね」

写経屋の覚書-なのは「うん。まず『照会文にあたる甲号』は『駐韓日本公使館記録』第11巻に収録されてる明治29年10月14日付『照会第60号』なの」

申箕善著儒学経緯の廃刊に関する確認照会

以書柬致啓上候陳者近来貴国学部大臣に於て儒学経緯と称する一書を著述し公立学校の教科書として刊行相成候処該書中他国の宗教を非議し其他往々外国を軽侮するの辞意に渉すもの有之貴政府は之れを以て締盟国に対する好誼を害せんことを慮り該本を撤銷し並に該学部大臣の辞職も亦た之に原因せりとの事に有之処右は事実果して之に相違なきや為念承知致度何分の儀御回報相煩し候此段照会得貴意候 敬具

明治二十九年十月十四日

加藤 臨時代理公使
外部大臣 李完用 閣下

写経屋の覚書-はやて「加藤増雄臨時代理公使が李完用外部大臣にこの照会を送ったんやな」

写経屋の覚書-なのは「で、『返事である乙号』は『駐韓日本公使館記録』第11巻に収録されてる明治29年10月16日付『照覆第42号』なの」

申箕善著儒学経緯に関する顛末照覆

照覆第四二号

大朝鮮外部大臣李完用
為照覆事照得本月十四日接准
貴照会内開近来貴国学部大臣申箕善著述一書称曰儒学経緯刊行為公立学校教科書該書中有非議他国宗教及其他往々軽侮外国辞意貴政府是以慮有害締盟国好誼撤銷該冊且該学部大臣辞職亦縁此由為念此事実果是無違請煩何分回報等因准此當経向詢我学部旋接覆開該新刊冊子我前任大臣申 自備印出間已撤銷至公立各学校生徒未嘗読習等因准此査学部前任大臣業為遞免該冊子亦即刪廃事属過境今毋須追提其在隣好之誼殊堪歉歎相応備文照覆請煩
貴代理公使査照可也須至照覆者
右照覆

建陽元年十月十六日

大日本 臨時代理公使 加藤増雄 閣下

写経屋の覚書-フェイト「李完用外部大臣の回答だね」

写経屋の覚書-なのは「じゃ、内容の方に行くね。p43からは「宇宙述賛」として、中国史と檀君箕子から始まる朝鮮史についてのべてるんだけど、それはパスして、世界地理について述べているp49からを見るね」

写経屋の覚書-はやて「中国史・朝鮮史もなんかおもろそうやねんけどな」

写経屋の覚書-なのは「中国史については、伏羲・神農・軒轅からざっと流して書いているんだよね。三国志の時代を『曹瞞奸命仲謀敗盟惜哉武侯星落渭営』でダイジェストしてるのには笑ったけど」

写経屋の覚書-フェイト「それじゃ、檀君はどんな扱いになってるの?」

写経屋の覚書-なのは「檀君については『檀君千禩其説荒唐是人是仙吾不可詳檀君立於唐堯二十五年戊辰而商武丁八年入阿斯達山凡一千十七年又檀君入山以後箕子東封以前其間為一百九十四年然東史檀箕年条皆不足信』としてるね」

写経屋の覚書-はやて「東史?あ、『東史綱目』のことやね。そやけど檀君千年、その説荒唐ってえらい言われようやね」

写経屋の覚書-なのは「あははは。『東史綱目』じゃ、熊が蓬とニンニクを食べて人間になったっていう例の神話を『按此説誕妄不足弁通鑑略之是』って言ってるんだよねw 儒学経緯に話を戻すと、前回取り上げた49・50ページの後に地理の記述があるんだけど、朝鮮から見ていくね」

写経屋の覚書-儒学経緯4950
写経屋の覚書-儒学経緯5051
写経屋の覚書-儒学経緯5152

美哉青邱淑気攸萃山川人物甲于大地

我国三面瀕海地勢平正山川明秀故其人寛大則雖不及中国而清淑明雅則過之洵地球上第一名区也檀箕衛満皆都平壌新羅起於辰韓慶州而既並駕洛金海即弁韓地尽有嶺南之地北迄于穢江陵春川百済滅馬韓益山其地北自漢水南尽両湖高句麗即自漢水以北西尽遼東東包沃沮咸鏡道故在三国中最為強大能抗隋唐及羅並麗済北以■[さんずいに貝]水鉄嶺為界而■[さんずいに貝]水之北則有渤海国句麗別種大氏興焉尽有句麗旧境其後遼滅渤海而高麗代羅遂拓境西北于然数被外寇未有定界入我 朝始西以鴨緑為界北以豆満為限而遼東不復属我折長補短可方千余里之地也漢都北極出地三十七度半強


写経屋の覚書-フェイト「冒頭から『美哉青邱』なんだね」

写経屋の覚書-はやて「でも、『則雖不及中国而清淑明雅則過之洵地球上第一名区也』なんてちゃんと中国に遠慮しとるとこはおもろいかなw」

写経屋の覚書-フェイト「すなわち中国に及ばずといえども(中略)地球上第一の名区なり、だもんね…あれ?『而遼東不復属我』ってどういうことなの?遼東って中国じゃないの?」

写経屋の覚書-なのは「うん、中国の領土だよ。でも、高麗末期、元が衰退したときに遼東の一部を支配下に置いたことがあるんだよね。で、成立直後の明がそれを奪還したの。高麗はそれを攻略するために李成桂に遼東出兵を命じたんだけど、李は鴨緑江の中州の威化島で軍を漢城に引き返してクーデターを起こしたの。『威化島回軍』っていう有名な事件なんだけど、これで支配下にあった遼東の土地を奪回するチャンスが消えたんだよ。それで遼東また我に属せず、と」

写経屋の覚書-はやて「つか本来中国の領土なんを奪っといて、我にまた属せずってw まぁ奪った奪われたはしゃーないことやねんけどな」

写経屋の覚書-なのは「現代の侵略とかの概念定義で見る方が無理だろうしね。で次はその中国についてだよ」

皇矣中土聖賢攸宅物衆地大万方是極

禹迹雖遍九州而春秋之時南而呉楚西而自秦以外北而恒薊之表皆目之以蛮夷戎狄其所称中国不過方二千里之地也秦漢之時始並有九州九州幅円折長補短可方三千余里及漢武開攘四夷以後疆土漸大至于元而幅円絶大幾有亜細亜之半清之疆域雖小於元然東之三省南之雲貴両広西之新疆西蔵即漢時西域諸国唐時吐蕃之地也尽入版図而蒙古亦役属焉是皆禹迹九州之外也方可五千余里也然根本則只在九州蓋九州之地山河之勝民物之殷財穀之産皆甲於天下非徒声教文物為万方所宗而已也人物秀俊闊大泱泱乎大国之風也


写経屋の覚書-はやて「これは前回でも見たね。最初と最後以外は中略したけど」

写経屋の覚書-フェイト「手放しで称賛してるんだね。マイナス要素のある修辞が全然ないよ」

写経屋の覚書-なのは「地理上の歴史概略についてはだいたいあってる感じかな。次は日本だよ」

惟彼日本雄於東瀛精悍剽黠好勝軽生

日本在我国之東大海之中地方稍大於我国春秋之時有神武天皇者始建国至今三千年一姓相伝而其諸州諸島之主皆世襲焉秦時徐福入其国為附庸君長至今尊以為神魏晋以来或通中国而百済人王仁入其国始教文字其地亦山水明概人物精慧然剽軽喜兵国無寧日教術則兼尚儒仏而敬仏忒甚夷俗未袪自六百年前関白大臣之称専総国政而其天皇不与焉平秀吉之為関白恃其強而寇我国及其死而源氏為関白至今主即位始廃関白革世襲而親攬国政凡衣冠政制機巧制作尽傚泰西交通万邦而抗礼於中国亦其国之一代変局也


写経屋の覚書-はやて「意外とまともやん。倭って言葉使(つこ)てへんしw」

写経屋の覚書-なのは「『剽黠』『剽軽喜兵国無寧日』なんて書かれてるけどね。戦国時代でもあるまいし、国に寧日無しってどれだけ戦乱起きてるんだよって感じだよw」

写経屋の覚書-フェイト「徐福が日本に来たことは確定事項になってるんだね。それと王仁が文字を伝えたことになってるね」

写経屋の覚書-なのは「神になった徐福を尊ぶっていうのは『海東諸国記』が元ネタだね。それと王仁については『古事記』の『論語』と『千字文』を伝えたっていう記述が元ネタなんだろうけど、直接典拠にしたのは『海東繹史』あたりじゃないかな?」

写経屋の覚書-はやて「関白が国政を担当して天皇は携わらなくなったいう理解はだいたいおうとるね。平秀吉の死後に『源氏為関白』いうんは徳川家康のことやろけど、関白と征夷大将軍を合体さしとるやん。政治の実際担当者いう意味では正解やろけど」

写経屋の覚書-フェイト「『至今主即位始廃関白革世襲而親攬国政凡衣冠政制機巧制作尽傚泰西』は明治維新と富国強兵だね」

写経屋の覚書-なのは「『抗礼於中国』の『抗』は、抵抗するとか逆らうという意味じゃなくて対等に立つという意味だから、『抗礼』は『敵礼』と同じで『中国と対等の交際をする』ってことだよ」

写経屋の覚書-フェイト「漢字って難しいね…」

写経屋の覚書-なのは「ま、東アジアについてはこんな感じで、けっこう妥当かなと思える記述が多いんだよ。今回はここまでにして、残りのアジアやヨーロッパ、アメリカ、アメリカについては次回見るね」

儒学経緯(1)