写経屋の覚書-なのは「前置きなしで、国会の会議録から見ていくよ。最初はエントリーでも出てた1951(昭和26)年5月26日の衆議院行政監察特別委員会での質疑だけど、国会会議録検索システムで発言4、齋藤昇国家地方警察本部長官の発言を見てね」


密入国者の未検挙者の数は、これをつかみますことがきわめて困難でございまするが、すでに検挙をいたしました者の供述、あるいは逮捕せんとして逃走せられた者の数から判断することしか、ただいま資料がないのであります。それによりますると、昭和二十一年度、四月から十二月までの統計でありますが、三千六百八十二名、昭和二十二年度――以後一月から十二月まででありますが千四百六十七名、二十三年度におきましては二千四十六名、二十四年度におきましては二千七百十名、二十五年度におきましては千七十名、二十六年度に入りまして四月までの計が三百十四名、計一万三百八十九名と相なつております。このほか全然わからない未検挙者がどれくらいあるかは、これは他に的確な資料がないのでありまして、われわれといたしましては、この倍あるか、あるいは三倍あるか、はつきりしたことは申し上げられません。


写経屋の覚書-はやて「いきなり『はつきりしたことは申し上げられません』かいな。警察の偉いさんでも見当ついてへんねんなぁ」

写経屋の覚書-なのは「んー、戦後の不法入国者(3)でもこの衆議院行政監察特別委員会を見たんだけど、鈴木一出入国管理庁長官のほうは『これはいかんとも把握できない数字でありまして、単なる想像にすぎないのですが、国警方面では大体五万前後ということを申されております』って言ってるんだけどねぇ」

写経屋の覚書-フェイト「あ、そうだったね。それと『ただ十万というようなことをいう人もありますが、これは何を中心に、何を根拠にはじき出すかということはわからないことで、単に想像にすぎない』とも言ってたね」

写経屋の覚書-はやて「その鈴木さんは1952(昭和27)年3月27日の衆議院外務委員会でこんなこと言うとるで」


予算委員会においてお尋ねがありました点について、昨日さらにお尋ねがございましたが、その点につきましてあらためて御説明を申し上げます。一万三千人の送還ということを予算上計上いたしておりますが、新しい役所で新しい業務であるという関係で、強制退去の対象を拾いますれば、密入国と思われる数は、御承知のように、確たる数字はわかりませんが、五万以上はあるわけでありまして、それを全部本年度にやれるかどうかということは、いろいろの関係で、とてもむずかしいわけでございますが、一応われわれの方として計数的に目安をつけてみたのを御説明いたしたいと思います。それは過去の実績によりまして、密入国者として検挙されました人数が、過去五箇年間にわたりまして四万三千ほどございますが、これを年に平均しますと、八千六百人ほどになります。これは検挙されました人数でありますが、そのほかに、確かに密入国をして来たことを目撃し、確認をした、しかし検挙はできなかつたという数字が、やはり五年間にわたりまして一万一千ほどございます。これを年間に平均をいたしますれば、二千二百ほどになるわけであります。 それから登録令違反ということで、たとえば登録証明書を偽造いたしまして、それを悪質に活用しておつたという、特に悪質の人たちを登録令違反として強制退去の対象にいたしますが、そういう数字を拾つてみますと、これまた年間としましては四百人ほどになるかと思います。これは昭和二十五年の実績から割出した数字でございます。それからもう一つは、船に乗つて参りまして、いわゆる脱船と申しますか、ミス・シップとわれわれは言つておりますが、船からおりてそのまま船に帰らないという人たち、これもやはり収容所に入れまして、次の船が来るまで収容しておるというようなことで、やはり対象になるわけでありまして、これらの数字は、さきの二十五年の実績によりますと、六百名ほどでございます。これらの今まで申し上げました数字を集めますと、一万二千人にちよつと足りないのでありますが、これを基礎にいたしまして、今後新しい法律によつて、どの程度の送還の対象となるべき人が現われますか全然わかりませんので、これに一割を加えまして、大体一万三千という数字が出て参ります。以上でございます。


写経屋の覚書-フェイト「どうやら出入国管理庁の方では5万、警察では正確な数字は出せないけど少なくとも5万以上でいっぱいいる、って考えてるみたいだね」

写経屋の覚書-なのは「そうだねぇ。次は1954(昭和29)年4月7日の衆議院外務委員会、入国管理局次長の宮下明義検事の発言だよ。番号は84」


日本の国が朝鮮及び中国と地理的に非常に近い関係にございますので、佐々木委員が仰せのように、現在日本に密入国をして参ります数は、朝鮮からが圧倒的に多数でございます。それに次いで中国本土からの密入国が多いのであります。朝鮮からの密入国者はごく最近の実情を申し上げますと、大体毎月二百人から多い月で四百人くらいの密入国者を、こちらの送還船で南鮮に帰しております。私どもの考えといたしましては、現在韓国及び朝鮮の国籍でこちらに外国人登録をしております者が五十五万人おりますが、表面に現われません密入国者は多くてもその一割、五万人くらいという見当をつけておりますが、遺憾なことにその全部が全部検挙できる態勢までは至つておりません。中国本土からの不法入国は、本体香港から商船あるいは軍艦等の大きな船の船員になつて日本の港に参りまして、寄港地上陸許可証で上陸いたしまして、そのまま日本にもぐつてしまうというケースが多いのでありますが、現在表面に現われまして私どもの手で退去強制令書を発付いたしておりますものが約四、五百人ございます。現在中国が台湾政府と二つにわかれております特殊な事情にございますので、これらのものを送還するについて非常に悩みを持つておるわけでございます。日本政府といたしましては、正式の中国政府と交渉をいたしまして、この者を引取るようにいろいろ折衝いたしておるのでありますが、彼らは大部分が中国本土から来ておりますために、中国政府の方でもそうたやすくは引取れないというような実情で、今鋭意その折衝をいたしておりますが、早晩これらの者も全部帰したい。それならばその背後にはどれくらい密入国者がおるだろうかという見当といたしましては、私どもは大体二、三千人くらいの中国本土からの不法入国者が、国内に潜在しておるだろうという予想をつけております。これももちろん予想でございまして、正確な資料があるわけではございませんが、この者につきましても鋭意摘発をいたしまして、管理令によつて退去強制をして参りたいというふうに考えております。


写経屋の覚書-はやて「ここでも5万やねぇ」

写経屋の覚書-なのは「次も入国管理局の人の発言だよ。1955(昭和30)年6月15日、衆議院法務委員会で入国管理局長の内田藤雄法務事務官の発言41」


実は先ほど古屋委員の御質問でもその点触れたのでございますが、御説のように、登録をはっきり受けておりますのは五十六万余りでございます。それで、そのほかに登録されない者が相当あるということは、公安調査庁にいたしましても警察にいたしましても、いろいろこれに関心を持っておる者の一致しておる見解でありますが、その数字につきましては、実は従来非常に膨大な推定数がいわれておったのでございますが、しかしこの登録が数回行われて、だんだんこれが周知徹底していった結果、実は非常におもしろいことには、この数字がだんだんしぼられてきておるのでございます。それは、従来これが非常にルーズに行われました結果、しかも登録証というものがいろいろに利用できるものでありますから、一人の人間が数個の登録を行なったのではないかと思われるような場合も相当ございまして、結局かなり数字がしぼられて参るにつけまして、現在のところこれは非常に困難な問題なんでございますが、未登録の者の数は従来考えておったほど多いことはないのではないか、大体俗には一割くらいの者が未登録でおるのではないか。従いまして全体の数字といたしまして六十万少し越したくらいではないかというのが今日の一般的な推定でございます。しかしこれの根拠と言われましても、その根拠を出すのは非常にむずかしいのでございますが、韓国人の密入国者で逃亡しているとはっきり確認されている者が二十七年以降一万三千五百何がしであります。それから新しく生まれた子供で登録してこない、あるいは申告してこない者も相当あるでありましょうし、それから潜在の密入国というものもありましょうし、また知能程度などが非常に低くて、あるいはいなかの山奥などに住んでおるために登録しないという者も相当ありましょうし、かれこれみな合せまして、われわれのごくラフな推定では、そういう者が五、六万あるのではないか、こういうふうに考えておる次第でございます。


写経屋の覚書-はやて「前回、フェイトちゃんが『たぶん、国勢調査と外国人登録の数の間に正解が存在するんだろうけど、知る術はないんだね…ともかく、登録証の切り替えを繰り返すことで『虚無人登録、二重登録、死亡未処理等』の数が炙り出されて減っていき、実数に近くなっていったって考えたらいいのかな?』って言うてたけど、そのとおりやったちゅうわけやね」

写経屋の覚書-フェイト「ほんとだ。どんどん絞られていって実数の輪郭が見えるようになっていったんだね」

写経屋の覚書-なのは「そういうわけで、警察側も5万くらいが妥当じゃないかなって考え始めたと推察できるのが、1958(昭和33)年2月18日、衆議院法務委員会での刑事局長の竹内壽平検事の発言なの。発言番号は54」


潜在密入国者は正確にはつかめておりませんが、大体五万くらいあるのではなかろうかということに推定されておるのでございます。その中には、もちろんきわめて悪質な者も含まれておると思うのでございます。その種の事件が二、三にとどまらずに検挙されておるのでございますが、概括的に申しますと、日本に両親がいるとか、あるいは親戚があるとか、日本語だけしか話せないとかいったような、日本との特殊な関係に基きまして、日本にあこがれて入ってくる者も、これまた相当数あるのでございます。全体的に申しますと、むしろそういう種類の者が多いのではなかろうかというふうに考えております。


写経屋の覚書-フェイト「『日本に両親がいるとか、あるいは親戚があるとか、日本語だけしか話せないとかいったような、日本との特殊な関係に基きまして、日本にあこがれて入ってくる者も、これまた相当数あるのでございます。全体的に申しますと、むしろそういう種類の者が多いのではなかろうかというふうに考えております』っていうのも興味深い話だね」

写経屋の覚書-はやて「終戦直後に朝鮮へ引揚げたもんや、親戚等の伝手があるもんが多いってことやね」

写経屋の覚書-なのは「うん、そう考えるのが妥当だよね。あとはおまけになるけど、1964(昭和39)年3月25日の衆議院社会労働委員会、入国管理局次長の富田正典検事が、潜在してる不法入国者の数はわからないって言っているね。発言番号は68」


毎年密入国で検挙される者の数は、年によって変動はございますが、千五百名ないし二千名の線を上下しております。これらの者も、特に在留を許可すべき事情がある者については、法務大臣の裁量権で在留を許可いたします。その場合には正式に在留することと相なって、登録証明書も持っておるということになるわけです。いままでに正式に在留資格を取った者あるいは過去強制になった者、そういう者も含めて、一体どのくらい密入国者があったかという累計は、残念ながらただいま手元に数字は持っておりませんが、現在登録証明書を持たずに潜在しておる者が相当数あるのではないかというぐあいにも考えておりますが、その数は正確にはつかんでおりません。


写経屋の覚書-はやて「ん?『毎年密入国で検挙される者の数は、年によって変動はございますが、千五百名ないし二千名の線を上下しております。これらの者も、特に在留を許可すべき事情がある者については、法務大臣の裁量権で在留を許可いたします。その場合には正式に在留することと相なって、登録証明書も持っておるということになるわけです』って、不法入国で逮捕されても在留を許可されるケースがあったってことなん?」

写経屋の覚書-フェイト「正式な在留者として扱われて外国人登録書も持てるようになるんだ…」

写経屋の覚書-なのは「『特に在留を許可すべき事情』があればの話なんだけどね。あと、1969(昭和44)年4月24日、衆議院内閣委員会で中川進法務省入国管理局長がこんな発言をしてるの。発言番号は89」


私どもの仕事の運用で一番困りますこと、ないし大事にしなければいかぬことは、義理人情ということと法律のたてまえとどういうふうに調和さしていくかという点でございます。その法律の解釈、運用の結果、いま御指摘のような点がたまにはあったかもわかりません。しかし、何しろ人間のやることでございますので、全く完璧を期するということは不可能であると思います。ただ、私どもといたしましては、できるだけそういうような人間の本性に反することがないように努力しておるのでございまして、現に、いわゆる密入国者であって日本に特別在留を与えた者もいままでに二万七、八千人おるわけでございます。何が何でも片っ端から追い帰すというわけでは決してないのでございます。ただ、いろいろな観点から、どうしてもこれはお帰りを願わなければいかぬという方が相当おることも事実でございまして、もしも不法入国であっても、たとえば親子であれば、こちらに親戚があれば必ず置いておくということになりますと、いまの出入国管理法のたてまえが根本からくずれることになるわけでありまして、やはり結果的にある程度御本人の意図に反するというような取り扱いが出る場合があること、それはやむを得ない、御承認を願うよりしかたがない、かように考えております。


写経屋の覚書-フェイト「1969年までに不法入国だけど事情を斟酌して2万7千、8千人に在留許可を与えていたってことなの?」

写経屋の覚書-はやて「『もしも不法入国であっても、たとえば親子であれば、こちらに親戚があれば必ず置いておくということになりますと、いまの出入国管理法のたてまえが根本からくずれることになるわけでありまして、やはり結果的にある程度御本人の意図に反するというような取り扱いが出る場合があること』って言うとるから、終戦直後の送還で家族を置いて引揚げたもんが再渡航してきたからいうて、無条件で在留許可を与えるわけでもないんやろけどなぁ」

写経屋の覚書-なのは「そうだね。全部強制退去させるわけでもないし、逆に全部在留を許可するわけでもないということだね。これで、不法入国に成功して逮捕されてない潜在的不法入国者数についての国会議事録は全部見終わったよ」

写経屋の覚書-フェイト「戦後の1950年代、日本に潜在する不法入国者は約5万人程度だったと見るのが妥当っていうのが結論かな?」

写経屋の覚書-はやて「10万までならあり得るって感じもするけど、20万、40万っちゅうんはさすがに盛り過ぎやんねぇ。警察側としては取締対象を過小に見積もるより過大に見ておく方が無難ちゅうか常道なんやろけど。軍事でも、敵を軽う見て舐めたり侮ったりするよりは恐れて慎重に準備する方がええんやし」

写経屋の覚書-なのは「ま、悪意を以て『官憲は朝鮮人圧迫のために不法入国者数を過大に言い立て朝鮮人の犯罪性の宣伝に努めた』とか『権限拡張・予算獲得のために不法入国者数を過大に見積もり報告した』とか解釈する手もあるんだろうけどネェ」

写経屋の覚書-フェイト「ほんとに言いだす人がいそうだねw」

写経屋の覚書-なのは「ずっと見てきた『在日朝鮮人処遇の推移と現状』でも「不法入国または登録をせずに潜在する朝鮮人は、四、五万と推定され」って書いてるんだけど、やっぱりそのへんの数字に落ち着くよねってことでこのシリーズはお終いにするよ」

戦後の不法入国者(1)
戦後の不法入国者(2)
戦後の不法入国者(3)
戦後の不法入国者(4)
戦後の不法入国者(5)
戦後の不法入国者(6)
戦後の不法入国者(7)

写経屋の覚書-フェイト「今回はどんなことを見ていくの?たしか不法入国に成功して逮捕されてない人についてはまた後で見るって言ってたけど、まだ見てないよね?」

写経屋の覚書-なのは「うん。今回はやっとそれについて見ていくんだよ」

写経屋の覚書-はやて「そやかて、不法入国に関する史料はたいがい見たんやろ。他になんかあるん?」

写経屋の覚書-なのは「これまでも何回か見てるけど、国会会議録検索システムを使って、国会の議事録から不法入国に成功した者について触れられた発言を見ていくんだよ。ほんとは紙ベースの議事録を直接確認したいんだけどね」

写経屋の覚書-フェイト「たしかに何回か見てるけど、どうして、該当する会議・委員会の議事録のURLを直接出さないで、システムのURLを出しているのかな?」

写経屋の覚書-なのは「直接のURLは一定時間が過ぎるとリンクが無効になるんだよ。それで、発言のあった年月日・場所を明記して読者に自分で検索確認してもらうようにしたの」

写経屋の覚書-はやて「魚拓とるっちゅう手もあるやん」

写経屋の覚書-なのは「それも考えたんだけど、やっぱり読者が追加検証してもらうのが一番かなって。じゃ、発言の年月日順に見ていくよ。まず
1950(昭和25)年4月10日の衆議院外務委員会、発言者は殖田俊吉法務総裁。国会会議録検索システムで該当委員会の発言7を見てね」


その密入国がはつきりどれくらいあるかは、これはほんの見当でありましてわかりませんが、先般登録令によりまして登録の切りかえをいたしましたときに、従来六十三、四万の登録があつたのでありますが、密入国が大分多いという話を聞いておりましたので、ほんとうは今度は登録をしてくれればいいと考えておつたのでありますけれども、やはり新しい登録も六十万より減つておりまして、かえつてもとの登録より減つて参つたのであります。そういたしますと、密入国をした人たちは登録をしなかつたのではないかと思うのであります。多分登録をすれば初めの密入国がばれて、強制送還をされると考えたのではないかと考えるのでありますが、そういうわけではなかつたのでありまして、ちよつとこれは期待に反したのであります。そこでどのくらい密入国者があるかということは、ちよつと人によりましてまちまちでありまして、四十万と言う人もあるし、二十万ぐらいだと言う人もあるし、もつと少く十四、五万だと言う人もありますし、わからないのであります。今強制送還は二つの場合がありまして、第一の場合はすなわち密入国であります。密入国と申しますのは、連合国最高司令官の承認を受けずに入国する場合、こういうことであります。入国をする場合には承認を受けなければならない。承認を受けないもの、この場合には。ほんとうの密入国ということがはつきりわかれば、ただちに強制送還をしております。しかし古くからおりまして登録をしていなかつた者が、必ずしも密入国というわけではないのであります。そのところはごく実情に適したように処置をしておるのであります。この純粋な密入国というものがはつきりしました場合には、裁判をいたしませんで、ただちに退去を強制することができるわけであります。それからもう一つのものは、登録をしていない、つまり無登録その他はつきりした密入国以外の――いわゆる密入国ということのはつきりした者は、先ほども申し上げた通りでありますが、密入国の問題はともかくとして、そのほかの、外国人登録令にいろいろな條件がありますか、それに違反した場合、これは法規の違反、外国人登録令違反でありますが、この場合には一ぺん裁判をいたしまして、その法規違反を確かめまして、確かめた上で有罪の確定判決を受けた場合には、これまた強制送還をすることができる、こういうことであります。でありますから、強制送還と申しますのは、そう簡単にはなかなか行い得ないのであります。この点につきましては事務当局もおりますから、詳しいことをお尋ね願いたいと思います。
(後略)


写経屋の覚書-フェイト「toggeterのまとめ『代表戸締役氏の「在日朝鮮人Q&A」』で言及してた人がいたけど、朝鮮人不法入国者は20万から40万とする新聞記事があるそうだね」

写経屋の覚書-なのは「ああ、これね」

写経屋の覚書-500628産業経済新聞_密航20~40万?

昭和25年6月28日付 産業経済新聞(現在の産経新聞)
密航四ルートの動態
日韓結ぶ海の裏街道
潜入はお茶のこ 捕わる者僅か2割
(前略)
これら四ルートを通じて終戦後我国に不法入国した朝鮮人の総延人員は約廿万から四十万と推定され在日朝鮮人推定八十万人の中の半分を占めているとさえいわれる
(後略)

写経屋の覚書-なのは「たしかに推定人口が80万人なら、差し引きして不法入国者が20万~40万人にはなるけど、これってあやしいんだよ。だいたい、在日朝鮮人の総数は1950年の外国人登録だと544,903人、国勢調査だと464,277人になってるんだよネェ」 

写経屋の覚書-はやて「ほんまやな。産経記者は、殖田証言の20万~40万人っちゅう数字に、把握されとる在日朝鮮人約46万~約54万人を足して総数「推定約80万」としたん(ちゃ)う?」

写経屋の覚書-フェイト「え?そんなことして何になるの?」

写経屋の覚書-はやて「不法入国者が「在日朝鮮人推定八十万人の中の半分を占めている」っちゅう結論を出すために、論理の順序を逆転させて在日朝鮮人総数の数字を組み立てたん(ちゃ)うかってことやねん」

写経屋の覚書-なのは「うん、その疑いが出てくるんだよねぇ…それにまずさすがに20万~40万なんていう数字は盛り過ぎじゃない?って首をかしげるよね。殖田証言でも誰がそう言ったかという主語は明記されてないものだからねぇ」

写経屋の覚書-フェイト「そっか、法務総裁としても責任を持って明言できる数字ってわけじゃないんだね。でも、外国人登録と国勢調査の数字でさえ約8万の差があるっていうのも変な話だよね」

写経屋の覚書-なのは「前回まで見てた『在日朝鮮人処遇の推移と現状』によると、国勢調査の際に日本人と偽って申告した人がいるかもしれない、ってことなんだよ」

写経屋の覚書-推移現状235
写経屋の覚書-推移現状236
写経屋の覚書-推移現状237
写経屋の覚書-推移現状238

   三、人口
1、人口とその分布
 戦後の在日朝鮮人人口の諸統計を第九四表にあげた。外国人登録と国勢調査の結果は相当の差がある。
 外国人登録には若干の特権免除者がはぶかれているが(1)、国勢調査の対象からもそれらがのぞかれている。登録人口より国勢調査人口の少ないことについて「朝鮮人でありながら日本人と申告したものがあるかもしれない」と推測されている(2)。二十五年の国勢調査は、その「他計申告」により信憑性は高いといえるが、朝鮮人集団地区の調査の不徹底、住所不定者、移動者の調査もれなども相当あると考えられる。
 外国人登録は二十五年二月の切替により同年三月は二十四年十月に比し一〇%減少し、二十七年秋の登録法の切替により二十八年一月は二十七年九月に比し六%減少し、二十九年秋の切替により三十年一月は二十九年九月に比し〇.一%減少した。これは虚無人登録、二重登録、死亡未処理等が漸次整理されていることを示し、最近の登録がもつとも真実にちかいといえよう。
 登録実施以後の朝鮮人の正規出入国における差引入国者の増加数や在留特別許可数はそう多くない。韓国籍取得者も少ない。帰化者が約四千名あり、これらの数字を考慮して、自然増加数を逆にさしひくと、もつとも実数に近い数がでるが、戦後六十万と称した人口は二十二年に四十余万となる。
 三十年三月末現在、全日本の外国人登録数六三万二七一九名のうち、朝鮮人は五六万八一七九名(九〇%)をしめている。この数の中に依然虚無人、二重登録、死亡未処理者が若干いると推察されるが、この数とは別に、不法入国または登録をせずに潜在する朝鮮人は、四、五万と推定され、総数約六十万といえよう。
 朝鮮人人口の分布を地域的にみると、六大都市をふくむ府県および福岡、山口、広島、岡山など朝鮮にちかい西辺の地が多く、この率は戦前と著しい差はない。出身地別も戦前と比較すると、その率は大差なく、南鮮出身者が総数の九五%以上をしめる。

写経屋の覚書-なのは「赤線部分、注2の典拠は『昭和二十五年国勢調査一%抽出集計による結果速報 その1』(総理府統計局 1951)の「全国人口の国籍または出身地」なんだけどね…」

写経屋の覚書-フェイト「?」

写経屋の覚書-なのは「『昭和二十五年国勢調査一%抽出集計による結果速報 その1』に該当記述がないんだよ」

写経屋の覚書-はやて「ほな、国勢調査時に朝鮮人が日本人と申告したかもしれへんっちゅうのは考えにくいってことなん?」

写経屋の覚書-なのは「少なくとも、『昭和二十五年国勢調査一%抽出集計による結果速報 その1』を根拠にしてそう解釈するのは間違いってことだよ。国勢調査と外国人登録の数字の開き具合から見ると、可能性としてはじゅうぶんあり得る話だと考えるけどね」

写経屋の覚書-フェイト「逆に、外国人登録の数字が『虚無人登録、二重登録、死亡未処理等』のせいで、実数より膨らんでいるってこともあるんじゃないのかな?」

写経屋の覚書-なのは「当然それもあると考えるよ。金英達は『金英達著作集Ⅲ 在日朝鮮人の歴史』(金英達 明石書店 2003)p99の「表8 国勢調査および外国人登録による在日朝鮮人数」の欄外注釈3で「1947~51年の外国人登録数は、切替時に人数が激減するなど、正確度が低いことが明らかなので、斜体数字で区別した』って書いてるし、そのまま受け取りにくい数字なんだよね」

写経屋の覚書-はやて「でも、『切替時に人数が激減する』理由については書いてへんねんなぁ。書かへんかった理由までは知らへんけど」

写経屋の覚書-なのは「そういうわけで国勢調査での虚偽申告、外国人登録での虚偽登録は両方ともあり得る話だと解釈するね」

写経屋の覚書-フェイト「たぶん、国勢調査と外国人登録の数の間に正解が存在するんだろうけど、知る術はないんだね…ともかく、登録証の切り替えを繰り返すことで『虚無人登録、二重登録、死亡未処理等』の数が炙り出されて減っていき、実数に近くなっていったって考えたらいいのかな?」

写経屋の覚書-なのは「それが妥当だろうね」

写経屋の覚書-はやて「虚偽登録しとる分は切替登録せえへん確率が高いやんな。下手に切り替えに行ったら虚偽が発覚するきっかけになりかねへんしね。まぁそれでもうまいこと切り抜けて虚偽事項で登録切り替えに成功したもんもおるやろけど」

写経屋の覚書-なのは「じゃ、次は1950(昭和25)年12月7日、衆議院本会議での田嶋好文議員(民主自由党)の発言を見るよ。国会会議録検索システムの発言番号58だよ」


(前略)第二は、日本は敗戦以来新しい警察制度が確立いたされたのでありますが、新しい警察制度であるために、新聞紙上でもいろいろと言われておりますように、国家警察と自治体警察の間におきまして、その連絡、その協力関係に、いまだ完全なるものを見出すことができません。これらも国民が警備力に対して不安を抱いておる一つでございましよう。なお小都市の自治警察に至りましては、われわれが調査いたします都度、常に彼らのその不備、その弱体化が見出されるのであります。また海上保安庁、これも最近増員せられたようでありますが、たくさんあると予想せられるところの密航事件に対しまして、密輸入事件に対しまして、実績をあげたところはまことに少い。これらの実績をあげることが少いということは、海上保安の上からいたしまして、警備の上からいたしまして、まだ国民に満足を與えることができない、こういうように想像せられるのであります。
 これに反しまして、現在日本に居住いたしておりますところの朝鮮人は、その登録された人員のみをもつて見ましても五十四万人であります。それに密入国者を加えますれば、おそらく六十万人を突破するでありましよう。この六十万人を突破するところの朝鮮人、しかも旧朝連に入つていることの多い朝鮮人の、この現段階の彼らの生活というものは、まことに……(発言する者あり)まことに無秩序であります。しかも生活は、常にやみ生活を主といたしておりまして、日本に現在起つておるところの犯罪件数の……(発言する者あり)日本に起つておりますところの犯罪件数の約三分の一は朝鮮人が関連を持つておる、こういうように言われておるのでありまして、そうした朝連系を主体といたしました朝鮮人と常に……(発言する者あり)常に密接な連絡をとりつつ……(発言する者あり)常に密接な連絡をとりつつ日本共産党が動いておるといたしますならば、私たちは大いにこの点に対して関心を持つものであり、国家の前途に対して憂慮せざるを得ません。


写経屋の覚書-フェイト「54万人というのは外国人登録のデータだね。で、不法入国者を6万と見積もっているんだね」

写経屋の覚書-はやて「警察か海上保安庁がその根拠か推算の元ネタになる統計を出しとって、田嶋議員があらかじめそれを知っとったって考えるほうがええんかな」

写経屋の覚書-なのは「その統計の典拠は措くとして、統計自体は存在してたって考えるほうがいいよね。次は1951年3月5日の衆議院行政監察特別委員会だよ。発言者は委員長の篠田弘作、発言番号5だよ」


(前略)次に不正密入国の問題でございますが、昨年来この密入国者が非常にふえまして、現在各関係官庁の推定によりますと、二十万ないし三十万の密入国者があり、そのうち癩患者約七百名に達しまして、現在日本の癩病病院はほとんど満員の状態になつております。中には取締り官庁でありながら不正に証明書を発行したり、あるいは盗まれたりしておるために、この不正密入国の問題は今や国内の非常に大きな問題となつておるので、これを調査したいという内藤君からの要求がございました。先ほどの理事会において、これは共産党が反対でありましたが、その他の諸君の多数の御賛成によりまして、調査するということに決定いたしました。これも御承認願いたいと存じます。
(後略)


写経屋の覚書-フェイト「20万から30万ってすごい数字になったよ」

写経屋の覚書-なのは「うーん…『各関係官庁の推定によりますと』って言ってるんだけど、肝心の根拠が見当たらないんだよねぇ…」

写経屋の覚書-はやて「不法入国者がぎょうさんおるんはわかっとるんやで、って程度に考えといたほうがええんかなぁ?」

写経屋の覚書-なのは「その程度かなぁ…次は1951(昭和26)年3月28日の衆議院行政監察特別委員会、発言番号244・245なんだけど、さっきの篠田弘作委員長と証人の柏村信雄国家地方警察本部警備部長の質疑だよ」


篠田:不正出入国者の中で検挙された者の数は、ただいま証人が読み上げたことでわかりましたが、検挙されない者の数が相当数に上るという今のお話ですが、相当数とは、どのくらいを推定しておられるか、それをひとつ……。

柏村:ただいま相当数に上ると申し上げましたが、われわれ遺憾ながらこれに対する取締りの力が現在十分でないというふうに考えておりますし、また平常の犯罪捜査の上において浮び上つて来る者がぼつぼつ出て参るというような点から、かなり多い数に上つていると申し上げたわけでありますが、どの程度にいるかという推定数については、ちよつとわかりかねる次第でございます。


写経屋の覚書-はやて「んー、これも頼んない感じやねぇ(苦笑)」

写経屋の覚書-フェイト「篠田さんも20万・30万て言ったけど自信がなかったから、警備部長に質問したんだろうけどねぇ」

写経屋の覚書-なのは「今回はここまでにするね。次回も国会議事録から見ていくよ」

戦後の不法入国者(1)
戦後の不法入国者(2)
戦後の不法入国者(3)
戦後の不法入国者(4)
戦後の不法入国者(5)
戦後の不法入国者(6)

写経屋の覚書-はやて「今回は『在日朝鮮人処遇の推移と現状』やなくて別の史料を見るんやったね」

写経屋の覚書-なのは「うん。不法入国者の統計と解説の参考資料として『在日朝鮮人運動』(篠崎平治 令文社 1955)を見るの」

写経屋の覚書-篠崎187
写経屋の覚書-篠崎188
写経屋の覚書-篠崎189

三 密入国取締実施状況
 密入国者の取締は昭和二十一年四月より開始されたのであるが取締開始以来昨年までの八年間の取締実施状況は次表の通りである。
  A(総検挙数)

検挙数検挙者数逃走確認数強制送還数
検挙機関別警察海上保安庁合計
年度別上陸地上陸地以外
昭和2117,7371,37419,107  3,68315,925
〃225,4217166,137  1,4676,296
〃236,4554606,9151,3588,2732,0466,207
〃247,9311,2499,1807299,9092,7007,663
〃252,4425342,9763303,3061,1702,319
〃263,7043644,0687214,7891,1432,172
〃272,5584813,0393713,4107052,320
〃281,4044991,9033132,2163872,685
47,6525,67753,3253,82257,151
(57,147)
13,311
(13,301)
45,587


  B(警察検挙数)
年度別密入国者数(上陸地)検挙率上陸地以外の検挙者数検挙者総数強制送還数
検挙数逃走確認数合計
昭和2117,7373,68321,42083%1,37419,11115,925
〃225,4211,4676,88879%7166,1376,296
〃236,4552,0468,500
(8,501)
76%4606,9156,207
〃247,9312,7001,641
(10,631)
70%1,2499,1807,663
〃252,4421,1703,61268%5342,9762,319
〃263,7041,1434,84777%3644,0682,172
〃272,5587053,26378%4813,0392,320
〃281,4043871,79178%4991,9032,685
47,65213,311
(13,301)
60,963
(60,953)
78%5,67753,32945,587


 取締結果をみると昭和二十一年が圧倒的に多いが、これは終戦直後計画送還により一旦帰国した彼等が、本国の社会不安から逃避の為に多数再入国して来た結果であり、この傾向は同年夏頃に至りその極に達したかの観があつたが、その後密航監視哨の設置等による沿岸警備力の強化によつて急激にその数を減少した。昭和二十二年より同二十四年までの三年間は、逐年累増のの傾向を示したが、これは朝鮮における諸般の事情が依然として好転しないのに反し、日本は敗戦による一時的混乱を脱却して漸次平常の状態に向いつつあつた為、いやが上にも朝鮮人の対日憧憬心をそそつた為であるとみられている。これに反し、昭和二十五年度の激減の原因は、明らかに同年一月実施した我国の外国人登録証明書の一斉切替措置により証明書の偽造変造又は不正入手等が比較的困難となり、延いては密入国が容易に発見されること、及び同年六月の朝鮮動乱の発生により国外逃避者に対する厳罰方針、これに伴う沿岸取締の強化等の朝鮮本国の諸方針が総合反映した結果と思料され、遂に前年度の三分の一に減少したのである。その後現在までに停戦問題、南鮮における徴兵令の施行等若干の情勢変化はあつたが、密入国の趨向乃至数量等には差程の変化はみられなかつた。強いてあげれば徴兵忌避の為と認められる学生の密入国が稍々増加した程度である。なお取締開始以来一昨年末までの密入国検挙人員は、上陸地検挙者、四七、六五二人、上陸地以外の検挙者、五、六七七人、海上保安庁による検挙者(但し昭和二三、五以降)三、八二二人、合計五七、一五二人で、年間平均約七、一四〇人である。又上陸地検挙を免れて日本国内に潜入した密入国者の中には、上陸地において逮捕された共犯者の自供によつて逃走の事実が認定された者と、全然官憲の視線に触れていない者が含まれているわけである。前者については前表に示した通り、一応の数字が出ているが、後者についてはその概数を知ることさえ不可能である。試みに逃走認定人員と上陸地以外の検挙人員を対比してみると差引七、六三四人が現在未逮捕となつて居りこれに視線外密入国者を加えると相当数の密入国者が逐年累積しつつあることが判る(情報によれば逮捕されるのは三回に一回とも言われているが何れにしても視線外密入国者が相当多いことは推定に難くない)。

写経屋の覚書-なのは「著者の篠崎は警察庁警備2課に所属してた人なの。( )内の赤字は実際に各欄を足した数字だよ」

写経屋の覚書-フェイト「解説のほうは森田とほぼ同じだね。『逃走確認数』っていうのは共犯者の自供で存在が判明した人だけじゃなくて、警察が追跡したけど逃げ切って逮捕できなかった人も含んでいるんだろうね」

写経屋の覚書-はやて「『情報によれば逮捕されるのは三回に一回とも言われている』って33%やね。えらい低い確率やで」

写経屋の覚書-フェイト「新井さんの打率よりはかなり高いよ(涙)」

写経屋の覚書-なのは「ただね、1951(昭和26)年5月28日の衆議院行政監察特別委員会で、大橋武夫法務総裁が逆の割合を発言してるんだよ。国会会議録検索システムで発言番号499を見てみるとこんなのなの」


密入国に関する取締りにつきましては、大体今日におきまして密入国者のうちでその検挙と申しますか、取押えと申しますか、取締りにかかつて参りますものは約三分の二強ぐらい、あとの三分の一弱というものは検挙不能に終つておるということが想像されておるのでございます。その原因といたしましては、密入国の方法がきわめて辺鄙なところへ上陸をいたして参る。そうして海上に対する監視がいまだはなはだ十分でないというようなことが痛感されておるわけであります。すなわち海上保安庁におきまして海上の監視をいたしておるのでございまするが、この監視船の数が十分でない。従つて一隻当りの受持ちの海岸線というものは非常に広大でございまして、これについて完全なる警戒監視の網を張ることが困難であるといわれております。また使用いたしまする船舶につきましても、装備等において必ずしも十分でないために、せつかく発見をしても逃がしてしまう。これが他の機会において、またこちらの気がつかない間に上陸をするというようなことも想像されておるのでございます。特に関係機関といたしましては海上においては海上保安庁、陸上におきましては警察がこれに当つているのでありまするが、現在の実情から申しますると、自治体警察におきましては、この方面の職務に対する熱意がいまだ必ずしも十分でないように見受けられております。従つて主として国家地方警察がこの監視並びに取押えに当つておるというような状況でございまするが、しかし国家地方警察はその管轄区域の広大なるに比較いたしまして人員がきわめて少く、また通信簿の施設におきましてもなお充実を要する状態でありまするので、かような機能的な面におきましても、相当な欠陷がある、こう考えておるのであります。
 それから海上保安庁と国家地方警察との連絡でございまするが、この連絡につきましては国家地方警察本部並びに海上保安庁の各首脳部の間におきまして、それぞれこの問題につきましての職務分担の範囲を協定をいたし、また互いに情報の交換等につきまして協定をいたしておるのでありますが、末端におきましてこれが必ずしも協定の通り十分に行われておらぬという点もあるのではないか、かように考えておる次第であります。


写経屋の覚書-フェイト「この発言のあった1951年から『在日朝鮮人運動』の書かれた1955年の間に逮捕率が低下して割合が逆転したのかな?」

写経屋の覚書-はやて「つうか、これって『現在の実情から申しますると、自治体警察におきましては、この方面の職務に対する熱意がいまだ必ずしも十分でないように見受けられております』って自治体警察をdisったり、『海上保安庁と国家地方警察との連絡でございまするが(中略)末端におきましてこれが必ずしも協定の通り十分に行われておらぬという点もあるのではないか、かように考えておる次第であります』って現場レベルの摩擦をばらしとるやんw」

写経屋の覚書-なのは「どうしても、協定や合意通りにすんなり分担と協力がうまくいくってわけにはいかないんだろうねぇ。なんにしても、存在を確認把握できていない不法入国者が多いだろうってことは言えそうだね」

写経屋の覚書-フェイト「でもね、篠崎の表Aの青字部分の数字が森田とは違っているのは気になるよ。森田だと1952年の上陸地逮捕者は2,558じゃなくて1,776、1953年の海上保安庁逮捕者は313じゃなくて341になっているんだけど、どっちが正しいの?」

写経屋の覚書-はやて「篠崎の方は出典を書いてへんけど、森田は注釈で上陸地の逮捕者は警察庁警備第二課資料、海上保安庁逮捕者は『海上保安統計年報』から持ってきたって書いとるんやし、森田の方が確実やと考える方がええんと(ちゃ)う?」

写経屋の覚書-なのは「そうだね。念のため『海上保安統計』第3巻(昭和27年)を見るよ」

写経屋の覚書-海保統計1952

写経屋の覚書-フェイト「341人だね。ってことは出典が確実な森田の数字を採用しておく方が妥当ってことだね」

写経屋の覚書-はやて「篠崎の方は1946年からの数字もあるのに、ちょっともったいない気もするなぁ」

写経屋の覚書-なのは「それなら『在日朝鮮人運動の概況』(坪井豊吉 法務研究所 1959)の附録が『海上保安統計年報』出典の数字を使って1946年から1956年までの統計を出しているよ」

写経屋の覚書-坪井_附録

三、本邦不法入国者検挙一覧表   (32.4.入国管理局統計による)

国籍別年次別

検挙場所

昭和
21年

22年

23年

24年

25年

26年

27年

28年

29年

30年

31年
累計
朝鮮人海上17,7335,2397,519729329721371341212177245 
上陸地7,5672,1062,7742,2571,903805491191 
国内701727683 
小計17,7335,2397,5198,2962,4353,4952,6282,2441,7181,3951,11953,821
中国人
(台湾人)
海上(4)43
(74)
29
(164)
(30)10
(1)
513
(2)
222 
上陸地13
(58)
2
(14)
75
(14)
159
(5)
95
(1)
120 
国内392910 
小計(4)43
(74)
29
(164)
13
(88)
12
(15)
80
(14)
160
(5)
98
(3)
423312889
その他
(外国人)
海上0南西諸島人
65
南西諸島人
102
21
南西諸島人22
100
南西諸島人70
2
南西諸島人97
2
南西諸島人43
4200 
上陸地南西諸島人
293
南西諸島人
298
22
南西諸島人
724
117
南西諸島人
132
5
12101 
国内660 
小計065102336490940182169612,147
海上17,7375,4217,814802510825417350216179247 
上陸地7,9312,4423,7042,5582,011807493192 
国内746762693 
小計17,7375,4217,8148,7332,9524,5292,9752,3611,7691,4341,13256,857
(付)確認逃亡者3,6831,4672,0462,7091,1701,143705387227不明不明13,537

(註)1.検挙場所のうち、海上欄数字は海上保安庁統計月報から、また上陸地、国内欄は警察庁の統計資料による。
   2.( )内の数字は台湾人を示す外数である。
   3.確認逃亡者とは、警察官が目撃したが逮捕できなかつた者をいい、すべて朝鮮人であるとみられる。

写経屋の覚書-なのは「以前もちょっと触れたことがあるんだけど、著者の坪井は昭和32年度法務研究員で公安調査庁法務事務官だったの」

写経屋の覚書-はやて「あー、本名の坪井豊吉で『在日朝鮮人運動の概況』書いて、ペンネームの坪江汕二で『在日朝鮮人の概況』書いとるからややこしいいう話やったねぇ」

写経屋の覚書-なのは「うん。これは本来「法務研究報告書 第46集第3号」に所載されたものなんだけど、1975年に自由生活社から『〈戦前・戦後〉在日同胞の動き 在日韓国人(朝鮮)関係資料』として復刻されて非売品として頒布されたんだよ」

写経屋の覚書-フェイト「あれ?ここの数字も森田とちょっと異同があるね」

写経屋の覚書-なのは「相違点を表にまとめてみようか」

 

検挙場所

昭和
21年
22232425262728293031累計
森田芳夫
『在日朝鮮人処遇の推移と現状』
海 上  1,358729329729371341212  4,069
上陸地17,7335,2396,1606,3241,5722,4101,7761,404810   
国 内7714601,249533364481499696  
17,7336,0107,7988,3022,4343,5032,6282,2441,718  52,370
逃 走3,6831,4672,0462,7101,1701,143705387227  13,538
 
篠崎平治
『在日朝鮮人運動』
海 保  1,358729330721371313   3,822
上陸地17,7375,4216,4557,9312,4423,7042,5581,404   47,652
上陸地以外1,3747164601,249534364481499   5,677
19,1076,1378,2739,9093,3064,7893,4002,216   57,147
逃 走3,6831,4672,0462,7001,1701,143705387   13,301
 
坪井豊吉
『在日朝鮮人運動の概況』
海 上17,7335,2397,519729329721371341212177245 
上陸地7,5672,1062,7742,2571,903805491191 
国内701727683 
17,7335,2397,5198,2962,4353,4952,6282,2441,7181,3951,11953,821
(付)確認逃亡者3,6831,4672,0462,7091,1701,143705387227不明不明13,537


写経屋の覚書-フェイト「三つとも細かい点で異同があるんだね」

写経屋の覚書-なのは「1950(昭和25)年以降の海上逮捕者数は坪井が正解だよ。原史料にあたる『海上保安庁統計』で確認済みなの。

写経屋の覚書-フェイト「森田も坪井も警察庁の統計資料に拠ってるって書いてるのに違いがあるんだねぇ…森田は1947年の上陸逮捕者を5,239人としてるけど、坪井は海上・上陸地・国内の逮捕者総数で5,239人、48年は、森田の海上・上陸地逮捕者数は7,518人、坪井は総数で7,519人、49年は、森田の上陸地・国内逮捕者数は7,573人、坪井は総数7,567人って内訳もバラバラだし…」

写経屋の覚書-なのは「警察の統計のほうは原史料の確認ができてないから、上陸地・上陸地以外の逮捕者数と逃走者数の違いについてはどうとも言えないんだよね」

写経屋の覚書-はやて「どれか一個だけが完全な正解っちゅうわけ(ちゃ)うんやろなぁ。ほんなら森田と坪井を合わせて見とくしかしゃあないんやろねぇ…」

写経屋の覚書-なのは「現時点ではその2つを最大公約数、近似値として扱うしかないかな。今回はここまでするね」

戦後の不法入国者(1)
戦後の不法入国者(2)
戦後の不法入国者(3)
戦後の不法入国者(4)
戦後の不法入国者(5)