写経屋の覚書-フェイト「今回は李東暉のトラブルの話だね」

写経屋の覚書-なのは「うん。光武8(1904)年12月14日、江華府尹で上官に当たる尹喆圭に怒鳴りこんだんだよ」

写経屋の覚書-19050130官報_笞刑1
写経屋の覚書-19050130官報_笞刑2

光武9(1905)年1月30日付官報
 司法即接陸軍法院長署理陸軍法院理事陸軍步兵参領申載永質稟書第二十七号内開被告鎮衛第一連隊第一大隊大隊長陸軍歩兵参領李東暉同隊指揮官陸軍歩兵正領江華府尹尹喆圭案件由理事公訴審理則被告李東暉供称矣身以千万不当之事有所揭載新聞者而疑帰於尹喆圭之搆誣上年十二月十四日下午八時量告于諸寮曰吾之今番所遭疑帰本府尹故我今質問次往本府則諸寮隨我以爲見聞之証云則諸寮隨後創隊兵六名当番兵三名依例隨従矣到本府則三門已閉故呼使令使之開門矣身与諸寮先後徐入矣身先上東軒庁上則生命関係憤心大発大呼尹喆圭則業已避去云故仍以爾何心腸陷人不測為言更往後庭亦以此為言継有呼漢討罪此時則尹已逃去無異自唱自和者也今此尹喆圭之搆報軍部一一査検以施反坐之律至如新聞所揭者未有確証以其疑帰欲為質問者而年少沒覚致此犯科云被告尹喆圭供称伊日上午三時量宿於東軒忽聞大呼尹喆圭之声勢甚危險避身内衙将為追入云故越墻避身上京則奉東暉之在東軒後庭喧譁果非親聞而其時景状追聞於本府別巡校崔東植与通引劉学起挙報軍部矣今自法庭査実之場或有爽実者事渉軽先所謂新聞揭載者疑於矣身事甚無拠質問該社自可破疑者云故招問該府別巡校崔東植通引劉学起則崔東植供称初以三門破砕告于官家其後検査果不破砕聞大隊長入庭声呼以入弾放銃様亦告于官家云劉学起供称伊時睡起見之則兵丁数爻似為五十余名内担銃兵数十名而大隊長大呼官家姓名入庁上忽言官家不在仍出庁後北階上無数叱辱故以此告于宮家且以鎖門開入事渉疑訝為告非以破砕挙告者云則該巡校通引之告官不実当行文該地方裁判所使之懲弁事実由被告等陳供及報部書類明確矣李東暉之叱辱既在尹喆圭已去之後亦不親聞云則不可以此擬論対上官声呼姓名挙措乖当揆以軍紀不可無責尹喆圭之報辞爽實縦因巡校通引輩之誤伝関人罪名有難全恕被告李東暉照陸軍法律第二百八十七条軍人이上官을侵侮褻慢写経屋の覚書-han17行爲가有写経屋の覚書-han17者律合処笞四十被告尹喆圭照同律第二百五十四条軍人이上官에게申報写経屋の覚書-han17写経屋の覚書-nan17文書에失錯写経屋の覚書-han17者律合処笞五十而其所失錯亶由於巡校輩之誤告則其情状酌量於本律減二等処笞三十何如云矣依質稟処弁之意로軍部大臣이上奏写経屋の覚書-ha17와奉旨依奏

写経屋の覚書-フェイト「長いし白文なの…難しそうだよ」

写経屋の覚書-なのは「簡単に説明するとね、まず新聞に李東暉への批判というか中傷めいた記事が載ったの。李は尹喆圭のせいだと思って面詰しようと、夜8時なのに門を開けさせて官舎に乗り込んだの」

写経屋の覚書-はやて「見届けてくれって麾下の兵に声をかけたら、合計9人の兵がついていったんやね」

写経屋の覚書-フェイト「尹喆圭はどうしたの?」

写経屋の覚書-なのは「自分を呼ぶ声に危険を感じて逃げ出したみたい。それで、結局李は陸軍法律第287条の『軍人が上官を侵侮褻慢する行爲が有る者』に照らして笞刑40、尹はこの顛末を報告するのにミスがあったから、第254条の『軍人が上官へ申報する文書に失錯する者』に照らして笞刑50、でも、他の者の誤報も関与してて情状酌量の余地があるから笞刑30ってことになったの」

写経屋の覚書-はやて「上官を侵侮褻慢するのって重罪なんやねぇ。でもこれだけですまへんのとちゃうん?」

写経屋の覚書-なのは「うん。3月2日付で休職処分」


写経屋の覚書-19050307官報_休職

光武9(1905)年3月7日付官報 3月2日付発令
 命休職 鎮衛第一連隊第一大隊大隊長陸軍歩兵参領 李東暉

写経屋の覚書-フェイト「大韓帝国の場合、休職と停職のどっちが重いのかなぁ?というかどう違うんだろ?」

写経屋の覚書-はやて「作者の知っとる日本の教職員の場合、処分期間中は給料が支給されない停職のほうが経済的ダメージ大きいけど、精神的ダメージは休職のほうが大きい感じやねんけどね。で、いつ処分が解けたん?」

写経屋の覚書-なのは「それがね…1907(光武11)年7月31日の韓国軍解散の日まで、処分解除や転任の辞令が見つからないの…」

写経屋の覚書-フェイト「えっ?!2年間も休職なの!」

写経屋の覚書-なのは「うん。そう考えるしかないの。しかも、光武9(1905)年4月14日の『勅令第32号 鎮衛歩兵大隊編制件』で鎮衛歩兵連隊が鎮衛歩兵大隊に改組されて、鎮衛歩兵第一大隊長に李基豹参領が任命されてたから、復帰できる原職もなくなってしまったし」

写経屋の覚書-はやて「軍籍はあるけど無任所って、旗本寄合席や御家人の小普請組とか律令制の散位みたいやな。ほんで、その間に西北学会とか新民会にかかわって私立学校設立もやっとったいうことなんやろなぁ。時間はなんぼでもあったやろし」

写経屋の覚書-なのは「そうなんだよね。李が江華島に設立した普昌学校の運動会の記事があるんだよ」
皇城新聞 光武11(1907)年5月27日付

写経屋の覚書-19070527皇城新聞

写経屋の覚書-はやて私立学校と書堂(3)とかでも出とったような軍隊式調練どころか模擬戦やってるやんw」

写経屋の覚書-フェイト「赤十字兵の役までいるんだねw」

写経屋の覚書-なのは「で、韓国軍解散時に解職されるの。これで李東暉の軍歴はおしまいだよ」

写経屋の覚書-19070914官報_解官1
写経屋の覚書-19070914官報_解官2

写経屋の覚書-フェイト「つまり会社廃業時の解雇退職って感じかな。これ以降は教育に力を入れる排日運動家になるんだね」

写経屋の覚書-なのは「ま、休職処分解除の辞令については作者が見落としてるかもしれないんだけど、ここで重要なのは、李東暉は韓国軍解散時に解職されている、つまり韓国軍解散時までは軍籍に在ったってことなんだよ。次回に見ていくことに関係してくるからよく覚えておいてね」

写経屋の覚書-はやて「ほんで、次回は李東暉の何を見るん?」

写経屋の覚書-なのは「それは次回のお楽しみだよ。というか、むしろここからが本題になるんだよね。今回はここまでにするね」

李東暉(1)
李東暉(2)
李東暉(3)
李東暉(4)

写経屋の覚書-フェイト「李東暉の経歴について続きを見てみるんだね」

写経屋の覚書-なのは「うん。李東暉は光武3(1899)年7月25日に元帥府軍務局員となって、その年の11月8日には副尉になるんだけど…」

写経屋の覚書-1899728官報_元帥府局員

光武3(1899)年7月28日付官報 7月25日付発令
 任 元帥府軍務局員 参尉 李東暉

写経屋の覚書-はやて「またなんかあったんやな」

写経屋の覚書-なのは「そうなの。光武4(1900)年5月17日、挙措駭妄という理由で免官されてしまうんだよ」

写経屋の覚書-19000521官報_免官

光武4(1900)年5月21日付官報 5月17日付発令
 免本官 元帥府軍務局員陸軍副尉 李東暉
  右写経屋の覚書-nan17挙措駭妄事為先免本官

写経屋の覚書-はやて「停職とか免職と(ちご)て免官いうことは、元帥府軍務局員の職ものうなるどころか、副尉の階級を剥奪されて軍籍削られるいうことやん!解雇に等しいむっちゃ厳しい処分やで…」

写経屋の覚書-フェイト「そんな処分を受けるって、具体的にはどんなことを言ったりやったりしてしまったのかなぁ?」

写経屋の覚書-なのは「うーん、官報を調べたんだけど、それが詳しいことまでわからないんだよね…でもね、なんと1ヶ月後の6月16日には復官・復職するの」

写経屋の覚書-19000621官報_復職復官

光武4(1900)年6月21日付官報 6月16日付発令
 免懲戒 正三品 李東暉
 任陸軍副尉 李東暉
 任元帥府軍務局員 李東暉

写経屋の覚書-はやて「処分は全面撤回されたんやね。無実の罪ちゅうか、罪を問われたこと自体が間違いやったんかなぁ?」

写経屋の覚書-フェイト「いっしょに免官されて復職した元帥府記録局員の朴有豊ともども何かの事件に巻き込まれたのかもしれないね」

写経屋の覚書-なのは「まぁ、現時点ではそのへんはよくわからないから措いとくね。その後正尉に昇進、光武7(1903)年5月12日には参領に昇進して軍務局勤務から鎮衛第一連隊第一大隊の大隊長になるの」

写経屋の覚書-19030518官報_鎮衛大隊長

光武7(1903)年5月18日付官報 5月12日付発令
 免本職 元帥府軍務局員陸軍正尉 李東暉
 任陸軍歩兵参領 陸軍正尉 李東暉
 補鎮衛第一連隊第一大隊大隊長 陸軍歩兵参領 李東暉

写経屋の覚書-フェイト「大隊長ってことは現場指揮官になるんだね。でもこの鎮衛連隊ってどんな部隊なの?」

写経屋の覚書-なのは「高宗32(1895)年に軍制をいろいろ改革した時に新設された部隊なの。光武4(1900)年7月25日付の『勅令第26号 鎮衛連隊編制件』で更に改組されて、第一連隊の第一大隊の衛戍地というか管区は江華島になったんだよ」

写経屋の覚書-はやて「独立記念館説明文の『江華島鎮衛隊長』とか『朝鮮革命運動史1』の『江華島参領』はこれを指すんやろねぇ。『安東営将』は何を指すんか知らんけど」

写経屋の覚書-なのは「侍衛大隊の衛戍地が安東だったのならあてはまるんだけど、そういう記録は見あたらないしねぇ。順調かどうかはともかく参領まで出世してきた李東暉だけど…」

写経屋の覚書-フェイト「またトラブルが発生したの?」

写経屋の覚書-なのは「うん。次回に触れるけど、今度のはちょっとシャレにならない事件っぽいんだよね。今回はここまでにするね」

李東暉(1)
李東暉(2)
李東暉(3)

写経屋の覚書-なのは「今回から李東暉についての話を再開するけど、最初に、謝るというか言っておかなきゃいけないことがあるの」

写経屋の覚書-フェイト「何か間違いがあったの?」

写経屋の覚書-なのは李東暉(1)で見た独立記念館の李東暉の紹介文なんだけど、今は見られなくなってるみたいなの」

写経屋の覚書-はやて「なんで?」

写経屋の覚書-なのは「理由はよくわからないの。作者が見たのは去年の10月ごろだったんだけど、リニューアル等で削ったのかもしれないんだけどね。じゃぁ、今回は李東暉の軍歴について見ていくよ」

写経屋の覚書-フェイト「えっと、まず任官からかな?」

写経屋の覚書-なのは「うん。建陽2(1897)年3月24日の官報を見ると、3月21日付で陸軍参尉に任官して、再設置された侍衛大隊の旗官に補任されているのが確認できるの」

写経屋の覚書-18970324官報_任官
写経屋の覚書-18970324官報_侍衛大隊旗官

建陽2(1897)年3月24日付官報 3月21日付発令
 任参尉 三品 李東暉 
 補侍衛大隊旗官 参尉 李東暉
    
写経屋の覚書-はやて「参尉いうたら少尉に相当するんやね。まぁ普通のスタートかなぁ」

写経屋の覚書-なのは「ところが、9日後にはなぜか旗官をやめさせられて、大隊付の参尉になってるの」

写経屋の覚書-18970402官報_免職旗官

建陽2(1897)年4月2日付官報 1897年3月30日付発令
 免本職 侍衛大隊旗官 参尉 李東暉
 補侍衛大隊附 参尉 李東暉

写経屋の覚書-フェイト「なにかミスをやってしまったのかな?」

写経屋の覚書-なのは「理由までは書かれてないからわからないんだけど、処罰的な意味での処置だったようには見えないんだよね…でも1年後には本当に処罰されちゃったの」

写経屋の覚書-18980328官報_停職懲戒

光武2(1898)年3月28日付官報 3月24日付発令
 宮廷録事 議政府賛政軍部大臣副将兼任侍従院扈衛摠管臣李鍾健謹奏(中略)小隊長参尉睦永錫李東暉泥酔入営挙措駭妄(中略)参尉睦永錫李東暉幷停職懲戒之意謹奏 光武二年三月二十四日奉旨依奏
 命停職 侍衛隊第一大隊附参尉 李東暉

写経屋の覚書-はやて「泥酔して軍営に入ったんかいな!そらあかんやんなぁ…で、停職懲戒の処分が決定されるんや」

写経屋の覚書-なのは「うん。それでまず停職処分を受けるの」

写経屋の覚書-フェイト「懲戒が停職の後に来るんだ…私たちの時空管理局でもそうだけど、普通は懲戒が先に来るよね?李朝や大韓帝国の慣習だとどうなのかわからないけど」

写経屋の覚書-なのは「そうだね。でも結局は懲戒は免除されたんだよ。7月23日付で懲戒免除と侍衛第一連隊第一大隊付の辞令が出るの」

写経屋の覚書-18980727官報_免懲戒
写経屋の覚書-18987027官報_侍衛大隊附

光武2(1898)年7月27日付官報 7月23日付発令
 免懲戒 参尉 李東暉
 補侍衛第一連隊第一大隊附 参尉 李東暉

写経屋の覚書-はやて「停職期間もここで終わったんやろね。ってあれ?侍衛連隊?侍衛大隊の上にそんなんあったん?」

写経屋の覚書-なのは「ごめんごめん、言い忘れてたけど、まず光武1(1897)年9月30日に侍衛第二大隊が追加されてて、光武2(1898)年5月27日の勅令第13号『侍衛第一連隊編制件』で侍衛第一大隊と侍衛第二大隊を合せて侍衛連隊を組織したんだよ」

写経屋の覚書-フェイト「実質的には役職が変わってないけど、停職中に組織が変わったからあらためて辞令が出たんだね。このへんの官報を読んでたら、頻繁に改組とか人事異動とかがあって、追いかけるのが苦労するって作者が愚痴をこぼしてたよ」

写経屋の覚書-なのは「そうなんだよねぇ。そういうわけで、李東暉も翌年の光武3(1899)年7月25日には元帥府軍務局員に異動するんだよ。あ、元帥府ってのはこの年の6月22日に設置された機関なの。皇帝が大元帥として軍機を総攬して陸海軍を統領し、皇太子が元帥として陸海軍を統率、元帥府が国防・用兵・軍事の各項命令を掌って、軍部と地方の各軍隊を指揮監督するんだって」

写経屋の覚書-はやて「天皇の大元帥とか統帥権とかのパクリみたいやなぁ…」

写経屋の覚書-フェイト「『屋上屋を架す』って言葉のように機構が変に複雑化してしまいそうだよ…軍部の上にわざわざ設置しなくてもいいと思うんだけど?」

写経屋の覚書-なのは「実際には、軍令に関する職務など軍権の多くが元帥府に移管されて軍部の権限が縮小されたから、問題はないと言えそうなんだけどね…それはともかく、今回はここまでにするね」

李東暉(1)
李東暉(2)