「前回で梁起鐸の無罪判決は出たけど、横領の真犯人ベセルのほうはどうするかって話だよね」
「日本に滞在中の伊藤も当然そのことを気にして、10月6日に来電第48号「梁起鐸の赦免後行動及び統監府側のベセルに関する方針照会の件」(『統監府文書5』p284収録)を発して曾禰に訊いたの」
明治四十一年 | 十月 | 六日 | 午後 | 〇時 | 発 | |
伊藤 統監 | ||||||
曾禰 副統監 | ||||||
放免後の梁起鐸の行動幷に今後統監府側より「ベセル」に対する方針等に就き御意見御申越相成たし |
「で、曾禰は往電第127号「梁起鐸及びベセルの赦免後統監府方針に対する回答の件」(『統監府文書5』p284収録)で以下のように言ったの」
明治四十一年 | 十月 | 七日 | 午後 | 四時 | 〇三分 | 京城発 |
午後 | 九時 | 一〇分 | 静岡着 | |||
曾禰 副統監 | ||||||
伊藤 統監 | ||||||
貴電第四十八号に関し梁起鐸は放免後康済病院(エビソン主管)に入り休養したる上去る五日大韓毎日申報社に移り祝宴を張りたる趣なるか同人は依然該社の総務として新聞事業を継続すへしと語れりと云ふ同人の公判に依り国債報償金の取扱方判明し一般世人は「ベセル」か誠実を以て公金の保管に任せさりし事情を審にしたるにより本件調査の目的は充分に達せられたるものと認む且つ又公明なる裁判により従来の例に反し斯る嫌疑者に対し断然無罪放免の宣告を与へたるの事実は内外人をして我か態度の公正なることを信任せしめたるか如し又「ベセル」に対しては韓人より寄托金取戻の如き民事訴訟を提起するものにあれは兎に角此方より刑事被告人として起訴の手続をなさゝる考なり (北京エンド天津タイムス)新聞「ベセル」は清国に於ける勢力ある一新聞(ノースチヤイナ,デーリー,ニースを指す)か同人の名誉を毀損する記事を掲けたるに付之に対し誹毀(ライベル)の訴を起す由を記載せり而して目下「ベセル」は神戸に滞在中なるか同地及ひ大阪等の新聞には不日上海に赴くへき旨を報するに依り神戸にて「クロツス」と協議の上起訴の為め清国に赴くことゝ推察せらるれとも同人此後の行動は未た詳ならす |
「韓国人が報償金返還のような民事訴訟を起こすならともかく、統監府側から刑事訴訟を起こすことはしないんだね」
「伊藤と曾根が何回も言っているように、元々、国債報償金費消の真相を追究解明するのが目的だったわけだし、裁判だって望んで強いたものじゃないんだよね」
「丸山が先走って梁起鐸を『逮捕』して裁判所に送致してもおたから、裁判の場で真相を追究するはめになったんやもんね。真相を解明した結果、ベセルの横領行為が世間に露見して声望を失ってもおたわけやけど、最初からそれを狙ってやったわけやない」
「そうだよね。もし梁起鐸が本当に横領の犯人だったとしても、それはそれで真相を解明したことになるわけだし、何よりも、報償金を横領された被害者は、総合所の韓国人、国債報償に使われることを望んで募金した韓国人たちだし、調査を請願したのも韓国人だしね」
「そういうこと。統監府はベセルを迫害して国債報償運動を弾圧しようとしたんじゃなくて、本当に国債報償金に絡んでベセルが犯罪行為を働いていて、それを解明しただけのことなんだよ」
「ベセルに騙されとった韓国人の目を覚まさせた、なんて言うつもりはあらへんけど、国債報償運動の推移とこの費消事件については、ちゃんと史料読んで時系列を整理して考えなあかんよね」
「その横領についてなんだけど、ちょっと気になることがあってね。fmdollさんが李東暉(6)のコメント欄でも触れている『FO262/1009, Cockburn"Memo Conversation with Bethell"1 Sept 1908.』って史料なんだけどね」
「あ、鄭晋錫が『大韓帝国の新聞を巡る日英紛争』(李相哲訳 晃洋書房 2008)で、コバーンが「統監府の主張する嫌疑はでたらめであるというベセルの言葉には信憑性があると判断した」根拠として引用しているものだよね。でもこれの内容もロンドンのPublic Record Office, Londonに行かないと確認できないよ」
「うん。だから、これから考える話は推測にならざるを得ないんだよね。とりあえず鄭p264の記述を紹介するね」
コーバンは九月一日、ベセルに会い、基金に関する説明を聞いた後、統監府の主張する嫌疑事実はでたらめであるというベセルの言葉には信憑性があると判断した。ベセルは、すでに二度も監査を受けたものとして義捐金の受け取り総額と基金の運営状況を以下の通りコーバンに知らせた。
収入金内訳
申報社受付総額 六万一五〇〇円
国債報償志願金総合所に交付 三万二〇〇〇円
マルテンに貸付 二万二五〇〇円
現金残高 七〇〇〇円
国債報償志願金総合所 四万二五〇〇円
総合所から直接受け取った金額 一万五〇〇円
申報から交付された金額 三万二〇〇〇円
収入金運営内訳
匯豊銀行預置 三万円
預置金の中遂安金鉱床株買入金額 二万五〇〇〇円
マルテンへの貸付 五〇〇〇円
現金残高 一万二五〇〇円
「ほんまにこれを見てコバーンは報償金費消はウソやて思たん?報償金流用して株買うたりマルタンに貸しとるん丸わかりやのに費消はウソや思たん?ありえへんで」
「そうだよね。これを見て費消嫌疑がでたらめって判断できるなんておかしいよ」
「だよねぇ…作者がコメント欄で言ったように、これには2つの可能性があるの。まず最初の選択肢」
1.ベセルは株購入・マルタン貸付について真実を説明したか否か。
a.自分個人の独断専行という真実を説明した。
b.他の役員も同意した行動などと虚偽を説明した。
「aだと、ベセルは自分の行動が横領にあたることを言った、あるいはコバーンは横領だと気づくことになるね」
「bやったら、横領やなくて役員一同の承諾による資金運用行為やいうことでコバーンはベセルに騙されたことになるんやね」
「そして次の選択肢。この2つの組み合わせ、つまりaa・ab・ba・bbの4通りが考えられるね」
2.コバーンはベセルの説明を本当に信じたのか否か。
a.本当に信じ込んだ。
b.信じない若しくは信じ切れないが、信じようとした。或いは信じたかったので真実として扱った。
「aaだと、ベセルは自分個人が勝手に株を購入したりマルタンに貸し付けたりしたという真実を説明し、コバーンはそれを信じたけど、嫌疑はでたらめと判断したっていう話になっちゃうね。これだとコバーンは横領と知りながら嫌疑を否定することになるから、横領の隠蔽を図ったということで共犯者になるよね」
「あるいはそれらの行為が横領ではないと判断したって可能性もあるけど、イギリスや韓国では募金を目的外のことに流用して利殖を図る行為が横領に当たらないって常識慣例があるならともかく、ちょっとありえないよね」
「abやったら、ベセルの自分が横領したいう説明を、コバーンは信じられへんもんやと思たけどあえて信じようとして、嫌疑はウソやと判断した。これやと支離滅裂な話になるからありえへんな」
「baだと、ベセルは虚偽を説明して、コバーンはそれを信じ込んで嫌疑はでたらめだと判断したことになるから、コバーンはベセルに騙されたことになるね」
「bbやったら、ベセルは虚偽を説明して、コバーンはそれを信じへんかったか怪しぃ思たけどあえて信じたって嫌疑はウソやと判断したことになるから、騙されたんやなくてあえてウソに乗ったったいうことで、これもやっぱり横領の隠蔽になるで」
「ってことは、aa・bbだと曾禰が往電第539号で疑っていた、コバーンはベセル・梁の横領に関係しているんじゃないかっていう疑惑が現実のものになりかねないね」
「まぁそこまで行かなくても、自国人と自国人が雇用している韓国人を保護するためにあえて嫌疑はでたらめだと判断したってことはありそうなんだけどね」
「ベセルへの事情聴取や梁起鐸の引き渡しを拒絶し続けた以上、嫌疑はでたらめっていう主張で押し通すしかなくなったのかもしれないね」
「不自然なまでに強硬姿勢を取りつづけたわけやからねぇ…コバーンがウソつかへんで誠実な外交官やったという名誉のためやったら、baの解釈がいっちゃんええんやけど、それやったら真相をよう見抜かんとベセルに騙されその擁護をしたアホやいうことになってまうしなぁ」
「だよねぇ。この事件が進行中に報償金費消疑惑を調査・追及するための行動を取り始めた韓国人団体もあったの。たとえば有名な一進会も動いている様子が憲機第522号「一進会評議員会決議案報告」(『統監府文書5』p259収録)で分かるの」
八月二十八日金曜日一進会本部に於ては例会なる評議員会を開会したるか其決議したる要領は左の二件なりしと |
一. 刻下の一問題たる国債報償金整理に付ては世上一般に注意を惹きつゝあれは同会に於ても啻に傍観する能はす会の意見を提出し飽迄も干渉し人民に疑惑の念を懐かしめさる様なさんと而して其要は此際該金全部を緻密に調査を遂け「ベツセル」一派より現に保管中のもの幷に支出不明のものをも全部回收したる上該金を政府へ献金するか将た統監府へ預け置き他日の用に為さんとの意見に決定此決議を国債報償会へ提出して各団体の意見を徴し同意の上委員を設け調査すること |
二. 咸鏡北道観察使尹甲炳は今回郡守任命に付多額の金員を収賄したるとの噂あるを以て同会は之を調査し若し事実なれは断然同会を除名し公平なる処置に出てしむる事 |
以上 |
明治四十一年八月二十九日 |
「元々一進会は国債報償運動に対してどんな姿勢を取っていたの?親日団体なんて言われてるからやっぱり批判的だったのかな?」
「批判的だったのは確かだけど、田口容三『李朝末期の国債報償運動について』(所収「朝鮮学報」第128輯 朝鮮学会 1988)によると、朝鮮の現状は借款の有無じゃなくて政治の腐敗によるものだし、朝鮮の通貨量は1300万円、つまり本当に借款を償還したら朝鮮に貨幣はなくなってしまう。つまりまた借りなくちゃいけなくなるから意味がないっていうわりと現実的な理由を挙げてたみたいなの」
「貨幣量が借款額より多かったとしても、急激に貨幣の大部分が消えるわけやから、経済混乱は避けられへんやんなぁ。改革どころの話やないで」
「そうだよねぇ。次に大韓協会の動きについて警秘第3416号の1「大韓協会員秘密会の件 (報告書)」(『統監府文書p263収録)を見るよ」
出席者金嘉鎮 尹孝定 大垣丈夫 呉世昌 権東鎮 沈宜性 李鍾一 李宇栄 呉炳鉉
大韓協会の幹部員は一昨二十九日午後八時より十二時に亘り総務尹孝定内房に於て秘密会を開けり出席者及会議の要領左に |
一. 会議の要領 |
(一)拓殖会社に対する大韓協会の体度を決定するの件 |
(二)国債報償金の善後処分に関する件 |
右及報告候也 |
隆煕二年八月三十一日 |
警務総監 若林 賚蔵 |
統監 公爵 伊藤 博文 殿 |
「全国的に報償金の精査をして、その後は政府に献納して国債報償の一部に加えてもらうよう請願するの?え?でも政府はそれを受け入れないだろうって読んでるの?」
「政府が受け入れへんときはそのお金で国立銀行を設置するつもりなんやな。もし受け入れたんやったら、将来的に政府が重要案件ついて世論に耳を傾けるようになるきっかけになるやろ、って受け入れへんこと前提で話をしとるんやな」
「つまり、自分たちの政治影響力と地位を向上させるための政略がらみのネタにしたいわけなんだよ。こういうところがあるから作者は大垣丈夫やその手の人物が嫌いなの。っていうか、獄長日記の大韓自強会で触れられているんだけど、大垣はこの1年前にも報償金を元に銀行を設立しようと考えてたんだよね」
この文書だけ見ると、何か日本の特殊工作員のようにも見えるね。(笑)
誤解されるとまずいので、ここで伊藤統監から鶴原総務長官への1907年(明治40年)9月13日発『来電第38号』を見ておこう。
曩に帰朝したる大垣丈夫は、国債報償会の募集金25万円を以て、統監府の承認の下に一の銀行を設立せんことを企図し、大岡育造を経て本官に面会したしと申出でたるに依り、本官は其の計画を是認する能はざるを説示し、面会を拒絶せり。
警視庁の報告に依れば、大垣は昨12日午後、当地出発。
再び渡韓せるが、出発前同人は、其の希望を本官の峻拒したるを憤慨し、自強会を煽動して排日運動に着手すべしと唱へ居たる由。
同人の挙動に付、注意あるべし。
大岡育造は、後の衆議院議長であり立憲政友会の大岡育造だろう。
どういうツテを持っているのだろう?
しかし、国債報償会の募金25万で銀行設立を企画し、断られて逆ギレ。
ま、所詮大陸壮士ですな。
今のアジア的優しさに溢れた人や、アジア連合大好きな人達に近いように感じたり。(笑)
さて、巷間の記述によれば、大韓自強会は高宗の退位に関して激しい反対運動をなし、保安法の適用を受けて1907年(明治40年)8月19日に強制的に解散させられたとされている。
そして、大韓協会の設立は1907年(明治40年)11月17日とされているのだが、これだと話が合いませんな。
しかも、25万って大韓毎日申報の集めた募金総額17万より多い・・・。
大韓自強会の解散及び大韓協会の設立、国債報償金に関する件は、未だハッキリした史料が見つかっていないので、判断は保留しておこう。
というか、強制的に解散させられたという話だけで、何に基づいているのか見つからないって何よ?(笑)
「25万円も集まってたんだ!?」
「驚くポイントがそこかいなw つか、ほんまにそんだけ集まっとったか疑問やねんけどね。そやけど妙なとこで獄長日記につながるとなんかうれしいなぁ」
「実は警秘第3416号の1も韓国地方政況ノ概要(四)で取り上げられているんだよね。そうそう、大韓協会の動きについて国債報償金費消事件(9)で見た警秘第291号「総合所評議員会の状況」(『統監府文書4』p385収録)をもう一回見るよ」
右及報告候也
一. 国債報償金総合所は既報の如くにして金曜日午後二時商業会議所に評議員会を開く会するもの臨時評議員長韓錫鎮以下十三名会員は「ベセル」を会場に招致せしに「マーンハム」同道来場せり |
一. 評議員中金麟外六名は「ベセル」の一味にして此評議員会を利用し報償金費消問題を揉潰さんとの魂胆ありとは既報の如し然るに本日に於ける会場の光景全く之に反せしは大韓協会の尹孝定及一進会総代六名は昨日来金允五其他「ベセル」派の評議員を訪ひ報償金費消者を庇護する言動あるを詰り忠告を与へたるか為めなりしと形勢如此なるを以て英国領事舘へ現金保管等の議は成立せさるへしと認む尚此後の成行観察中 |
隆熙二年八月二十八日 |
警視総監 丸山 重俊 |
副統監 子爵 曾禰 荒助 殿 |
「この時点で大韓協会の尹孝定も介入してきてたんだね。金允五たちに接触してベセル擁護の動きを潰した翌日に警秘第3416号の1の会議を開いてたんだ」
「いろんな団体が動き始めてちょっとおもしろくなってきたけど、今回はここまでにするね。次回も引き続き報償金調査の動きを見ていくよ」
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