明治四十一年 | 八月 | 二十五日 | 午後 | 二時 | 一五分 | 京城発 |
午後 | 七時 | 二〇分 | 箱根着 | |||
曾禰 副統監 | ||||||
伊藤 統監 | ||||||
梁起鐸 三十八年 | ||||||
大韓医院長佐藤博士の梁起鐸に関する診断書左の如し | ||||||
既往症 天資健康四五歳の頃天然痘を経過し十二三年前より全身少しく瘰脊し時々不眠症を来すの外著しき病なし | ||||||
現 症 全身の営養宜しき方に非すと雖診察上心臓・肺臓・腎臓・腸其他に疾患と認むへき症なく又尿及糞便を検査するも平常に異りたる所なく四肢の力及運動に障害なし | ||||||
自覚症 軽度の頭痛・頭重及食慾少しく減退するを覚ゆるのみ | ||||||
診 断 軽症慢性胃加答児 | ||||||
「重病じゃなさそうだよね。少なくとも裁判はできそうな容態だと思うよ」
「そういうわけで、梁は監獄に移送されて、裁判は8月31日に開廷したの。結局全部で5回行われたんだけど、その様子を統発第5813号「梁起鐸事件裁判過程状況報告の件」(『統監府文書5』p278収録)の別紙、刑報第1746号「梁起鐸事件公判経過状況の件」の付属書から見ていくね。まず8月31日の第1回公判」
○〔附属書〕日記第296号
報告書
梁起鐸 |
右詐欺取財被告事件曩に京城地方裁判所に公訴提起の処審問終結に付其経過の要領左に報告致候 |
一.裁判長判事横田定雄・判事深澤新一郎・判事柳東作・立会検事伊藤徳順・弁護人李容相・玉東奎・英人「マーナム」(大韓毎日申報社々長) |
一.第一回開廷 明治四十一年八月三十一日 |
一.検事公訴趣旨の陳述 |
「あくまでも梁起鐸の裁判やから、被告梁起鐸に対しての罪状陳述やねんな」
「警秘第292号「梁起鐸被告事件の公判(報告書)」(『統監府文書5』p264収録)のほうを見ると起訴罪状がわかるんだよ」
国債報償金費消事件の被告人梁起鐸の公判は本日午前九時開廷せり 中川検事長は被告事件に対し公訴提起の理由を左の如く論告せり |
一、被告梁起鐸は大韓毎日申報社総務として同社一切の事務を担任せる縁故に依り社長英人「ベセル」の同意を得て韓国々債を報償せんと称し同社を金員受取所として義捐金を募集し京郷より送り来れる義金を収入し且別に義捐金総合所の名を以て他の団体に於て収入したる義捐金をも被告等の一手に総合し自ら会計の枢機を握り他人の募集せる金員を受領せし額一万五百六十円一錢に達せり而して被告等か受領したる金員の総数を調査するに仏人「マルタン」に貸与したる金員二万七千五百円、金礦会社株券買入代金二万五千円、在仁川外国銀行へ預入れ後ち引出し使用先不明なる金員参万円あり又別に自己の新聞紙申報に電気会社内銀行への貯金として広告したるもの六万一千四拾弐円三十三銭あり之を総合すれは少くも十四万三千五百四十二円三十三銭なり毎日申報社に関係なくして総合所に収入したる前記一万五百六拾円一銭を其総金額中に属するものとして之を控除するも直接実収したる金員は少くも十三万二千九百八十二円三十三銭なるにも拘はらす被告は其総金額僅に六万一千四拾二円三十三銭なりとの虚偽の広告を申報紙上に掲け一般人を欺き而して差額七万千九百三十九円九十九銭を横領したり故に被告は刑法大全第六百条に該当し同第五百九十五条に拠り処科すへきものと思料す云々 |
以上論告を了りしに被告の弁護士 (韓人) は書類調査の必要上公判の延期を申請し裁判長は二日間の延期を許せり 本日傍聴として来廷したるもの「ベセル」「マーンハム」及英国領事館員「ホルムス」氏外に韓人約三十名あり 右及報告候也 |
隆煕二年八月三十一日 |
警務総監 若林 賚蔵 |
統監 公爵 伊藤 博文 殿 |
「刑法大全の第600条と第595条?」
「国立国会図書館の近代デジタルライブラリーの1910年(明治43年)の1910年(明治43年)の『日本警察法規大全』[第2冊]増補第2版 下(宮原久吉編)に、刑法大全、正式には1905年(明治38年・光武9年)2月29日『法律第2号 刑法』があるんだけど、その750コマと751コマを見るよ」
第五節 竊盗律
(中略)
第五百九十五条 踰墻穿穴或は潜形隠面又は人の不見に因りて財物を竊取したる者は首従を分かたす其所盗の贓を並計して左表に依り処するも未得財の者は懲役三箇月に処す
二円未満 | 懲役六箇月 | 二円以上十円未満 | 七箇月 | |
十円以上二十円未満 | 八箇月 | 二十円以上四十円未満 | 九箇月 | |
四十円以上六十円未満 | 十箇月 | 六十円以上八十円未満 | 一年 | |
八十円以上百円未満 | 一年半 | 百円以上百二十円未満 | 二年 | |
百二十円以上百四十円未満 | 二年半 | 百四十円以上百六十円未満 | 三年 | |
百六十円以上百八十円未満 | 五年 | 百八十円以上二百円未満 | 七年 | |
二百円以上二百二十円未満 | 十年 | 二百二十円以上二百四十円未満 | 十五年 | |
二百四十円以上 | 終身 |
第六節 准竊盗律
(中略)
第六百条 官私を詐欺して財を取るか他人の財を拐帯したる者は計贓して第五百九十五条竊盗律に准す
「原文は獄長日記の笞刑に関する整理(二)に載ってるから、興味のある人は確認してね。第595条は下から6段目左、第600条は下から5段目右にあるよ」
「計贓って何なん?」
「詐取した物の価値を金額に換算することだよ。この場合は金銭そのものを詐取したというわけだから換算の必要はないけどね」
「えっと、71,939円99銭の横領容疑だから…終身刑!?」
「第1回公判は、被告の弁護人が書類閲読上の必要があるということで延期を請求したの。裁判長がそれを許可して、次の公判を9月3日に開廷することにして、この日は閉廷になったの。じゃ、第2回公判について見るよ」
一.第二回開廷 同年九月三日 |
一.被告の弁解 |
「梁は、申報社の報償金処理についてはベセルの指示を受け、総合所の方は名義だけの役員で実務はベセルが仕切っていたので、株購入や貸付のことは知らないって言ったんだね」
「この日はマーナムが希望して弁護人に立っていたんだよ。結局、検事がベセル・コールブラン・ホームリンガー・マルタンを証人として召喚することを請求して、裁判長が認めたから、証人召喚の手続をしたうえで次回の公判を行なうことにして閉廷になったの」
「っちゅうことはいよいよベセルの出番やなw」
「うん。結果的にはベセルとマルタンだけ出廷したんだけど、9月15日、第3回公判が行われたの」
一.第三回開廷 同月十五日 |
一.「ベツセル」証言 |
一.「マルテン」証言 |
「ベセルは、梁起鐸は単に報償金受け取りを行なっただけで、処理には関係していない。申報社の報償金から22,500円をマルタンに貸し付け、仁川の淮豊銀行に預けた30,000円をコールブランの会社銀行に預け替えて25,000円で株を購入、5,000円はマルタンに貸し付けた。だからマルタンへの貸付総額は27,500円になる。これらは全部自分のやったことだが、報償金全額を銀行に預けてあるという事実に反する広告をし、株購入と貸付を広告しなかったのは自分の過失だ、って証言したんだね」
「証人が自分が真犯人やって認めるんは、あかかぶ検事や芸者弁護士とか2時間ドラマの法廷みたいやんw」
「マルタンの証言の方もほぼ同じ内容だったんだけど、5,000円の貸付時期が食い違うの。ベセルは4月中に貸し付けたって言ってるけど、マルタンは3月までに借り受けたって言ってるんだよねぇ。しかも往電第100号「梁起鐸裁判状況報告の件」『統監府文書5』p276収録)」によると、利子の支払いについても食い違うの」
明治四十一年 | 九月 | 十六日 | 午後 | 一〇時 | 二五分 | 京城発 |
十七日 | 午前 | 五時 | 大磯着 | |||
曾禰 副統監 | ||||||
伊藤 統監 | ||||||
昨日開廷の梁起鐸裁判には「ベセル」及「マルタン」証人として出廷し「ベセル」は報償金の内より三万円を「コールブラン」銀行部より引出し之を「ホームリンガー」商会に預け入れ更に之を引出して二万五千円にて金鉱会社の株券を買入れ残金五千円を「マルタン」に貸渡したり是より先「マルタン」に二万二千五百円を貸付け置きたれは合計二万七千五百円を同人に貸渡したる訳なり而して右貸金に対しては何等の担保を附せすと述へ且つ五百円宛の月賦返金は二回程払込を受けたれとも利子は受取らすと云へり「マルタン」も大体に於て之を認めたれとも利子は昨年未に数回支払其額は大凡三四百円に上りたる筈なりと述へたり又「ベセル」は単に銀行預金高を新聞に広告し是等の事実を隠蔽したるは何故なりやとの問に対しては自分の不注意なりし旨を述へ且つ梁起鐸は単に受入れたる募集金を自分に交付したるに過きす其処分には何等関係なき旨を声明せり同人は去る十二日馬関に渡り神戸在留代言人「クロツス」外数名と会合し直に引返したり多分法廷に於ける答弁の打合せをなしたるものならん「ホームリンガー」支配人及「コールブラン」共に出廷せす結局裁判所より尋問の要点を列挙し書面の答弁を求むるの手続を採るに至るへし次回開廷日は未定なり |
「ベセルは毎月500円の元金返済を2回ほど受けただけで利子は受け取ってないって言ってるけど、マルタンは昨年末に数回、合計3,400円ほど利子も払ったって言ってるの」
「ねぇ、なのはちゃん、こんな予断を持つことはいけないって分かってるんだけど、横領の内訳詳細についてのベセルの証言が信用できないよ。マルタンへの5,000円の貸付時期もそうだけど、総額の27,500円自体、何回か行なわれた貸付金を4月末にまとめたって言ってるけど、国債報償金費消事件(1)で見た警秘第268号だと1907年9月に一気に貸し付けたって調査報告だったよね」
「それに、マルタンへの貸付の内22,500円についてもね、最初梁起鐸には10,000円って言ってたけど、7月30日の総合所役員たちの詰問の時には何も触れてないし。貸付金額をできるだけ少なく見せようとしたんじゃないかって疑惑もあるよね」
「だいたい、ベセルは最初尹致昊に5,000円は自宅修繕に使ったって言うとったやん。あの話はどこにいったんや?」
「うん。3月までに5,000円を借り受けたっていうマルタンの証言が正しいなら、ベセルが4月に引き出した5,000円は、マルタンに貸し付けたんじゃなくて、自宅修繕に使ったんじゃないかって疑惑も出てくるよね」
「自宅修繕は、資金運用っていういちおうの理屈が立つ貸付・株購入じゃなくて、言い逃れのできない完全な横領だから、5,000円をマルタンへの貸付金の中に繰り入れて履歴を消して隠そうとしたのかな?」
「それか、ベセルがマルタンに貸し付けた5,000円で自宅を修繕させたってことも考えられるで。迂回融資みたいな感じでマルタンを
「西岡隊長はマルタンへの事業費融資2で、フェイトちゃんの言ったような見解をとっているね。そういうわけで、ほんとはベセルはここで認めた以外に横領してたんじゃないかって疑いを持たざるを得ないんだよねぇ。この日出廷しなかったコールブランとホームリンガーに対して書面での答弁を求める手続をとることになって第3回公判は閉廷したの。そして第4回公判が25日に開かれたの」
一.第四回開廷 同月二十五日 |
一.「コールブラン」調書(米国総領事より回送) |
一.検事の弁論 |
一.裁判所は弁論を閉鎖し来る二十九日判決を言渡すへき旨を宣言せり |
一.弁論終結の即日裁判所は被告に対し保釈の言渡を為し検事は其言渡に基き出監の指揮を為し梁起鐸は即日出監したり |
右 |
隆煕二年九月二十八日 |
京城地方裁判所 検事長 中川 一介 |
法部次官 法学博士 倉富 勇三郎 殿 |
「ベセルがコールブランに株購入の意思を伝えたのが1月16日で、コールブランはすぐに名簿登録して領収証をつくって、2月3日に25,000円を受け取って領収証を渡したんだね。だから領収証の日付が1月16日だったんだね」
「警秘第268号で、日付がおかしいから「弁明の資料に供するに足らさるもの」って言われとったあの領収証やね。一応筋の通るもんやったんやな。つか、コールブラン、現金を受け取った時点で日付記入せぇと」
「だよねぇ。そんないい加減なことをしてちゃダメだよねぇ。ともかくこれで検事は梁起鐸の罪状について証拠不十分なので無罪を言い渡すことを希望して閉廷、29日の第5回公判で「公訴事実は其証憑充分ならさるを以て被告に対し無罪を言渡すへきものとす」ということで無罪が宣告されたの」
「この裁判で分かったのは、梁起鐸は無罪、犯人はベセル、横領額は株購入の25,000円とマルタン貸付の27,500円の52,500円ってことだね」
「今回はここまでにして、次回は裁判の後について見ていくね」
国債報償金費消事件(1) 国債報償金費消事件(2) 国債報償金費消事件(3)
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