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もっとも北の盆地(くに)から

トイカメラ「VISTAQUEST VQ1015R2」を好きなときに好きなように使う撮影日記
あと、写真以上に本文が語りすぎなのは「仕様です」

■2012年5月17日

約1ヶ月も前の話になりますが。

大学時代の同級生が遊びに、というか「半年前に私が貸したバカみたいな量のCDを返す」のと「その見返りに私がクレクレ厨全開でねだった『デカいテレビ』とついでに『ファミコン・ミニのバルーンファイト』を届けに」遠路はるばるやってきてくれました。
ちょうど旭川への配達の仕事もあったという友人と、とりあえず今は無職で時間だけはアホみたいにある私のタイミングが、その日、合致したんです。

てことで、配達業務も終わって昼過ぎに私のアパートまでやってきた友人。
乗ってきた車は仕事の都合で2トントラック。
「そーいえば、わざわざ旭川まで来るんだからウチに泊まってくのかなあ」とその日の朝まで考えてたんですが、出発時の友人の、2トントラックの画像付きツイートを見て「ああ、ないな」と思いました。

到着後、貸していたアホみたいな数(400枚弱、うち8割はゲームのサントラ)のCDと、文字通り「デカい」25インチのアナログテレビ、そしてゲームボーイアドバンス版の「バルーンファイト」を運び入れ「じゃぁお昼行こう」という流れに。

ところが私、肝心の昼飯に関してノープランだったんですよねw
友人に「キミは僕が来るまでの間何をしていたんだね」と突っ込まれました。いやあ、友人が何か食いたいものがあったらそれに合わせようかなって能天気なこと思ってたんで。


■そしてノープラン発進
もっとも北の盆地(くに)から-運転席


■目的地まではもう少し
もっとも北の盆地(くに)から-ラーメン屋と大学近辺



結局、昨年CDを貸したときに行ったラーメンチェーン店に向かったのですが、今回は「トラックが停められそうなスペースのある店舗」が第一条件だったため別店舗へ。

到着して仰天したなあ。

まさかの木曜定休とはな


2人して「なんでそんな中途半端な曜日に!」と驚きましたが、幸か不幸かそのすぐ近くには学生数減少で3年後になくなる母校があったので、その大学の学食目指してトラックで襲撃することにしました。


■学び舎アンテナ部分
もっとも北の盆地(くに)から-いざというときに変身します

いざというときに動くんだって だから電気が通ってるんだって


■懐かしの講堂
もっとも北の盆地(くに)から-懐かしの講堂・1

週明けの1コマ目から、2コマブチ抜きで必須科目の講義を受けていたのはいい思い出。
あれまだ1年生だから受けられたんだろうなあ。2年生以降にアレ受けろって言われたら、きっとダレててムリ。

もっとも北の盆地(くに)から-懐かしの講堂・2

学籍番号順に席順が決まっていたなあ。
今でもそうなんだろうか。


■みそ×みそ
もっとも北の盆地(くに)から-『おすすめラーメンセット』420円


食堂入りしたのはクローズ30分前の午後2時半。
入り口の食券販売機のメニューもほとんど売り切れた中『おすすめラーメンセット』というなんだか強気なメニューがあったのでセレクト。

学食のおばちゃんに「ラーメンの味はどうしますかー?」と聞かれたので、なんとなく「みそ」をチョイス。まさか「麻婆丼」とのセットだったとは。
美味しかったからオッケーだったけど「みそ×みそ」アタックは予想してなかったぜ。でもこれで420円。学食すげえ。


そして、偶然居合わせた、学科こそは違ったけれども顔と名前はなんとなく覚えている教授たちが近くの席にいたので、隣のテーブルに陣取る友人。これがコミュ力の差ってヤツか?

さすが現役でデザイナーやったり、地元帯広で精力的に活動してたり、もっと遡れば学生時代から学校敷地内で(たぶん)無許可で実家の農場で採れた野菜やジンギスカン焼いてたりと目立ちまくりな人だけあって、まー声をかけられるかけられるw そんな様子を私は傍から「見てるだけ」でした。これがコミュ力の差ってヤツか?(大事なことなので2回言いました)


また、学生当時にはなかった「エレベーター」が新設されたらしく、教授・講師方から「どうぞ乗ってみてください」とお勧めされたり。薦めたほうも薦められたほうも「そこかよ!」って苦笑いでしたが。

まあ… 普通のエレベーターでした。

てか、「この大学自体がえらい山の上にある」ので、通学途中にほぼ毎日果てしない階段昇ってました。なので、たかだか地上3階地下1階構造のキャンパス内の階段での移動なんて、アレに比べれば驚くほどのことじゃないですよ。

…とは言いつつ、別館の教授・講師の研究棟にあったエレベーターは当時羨ましかったよな。「ちくしょう、先生方ラクしやがって」って。


そしてこの学食に来た時間が大体午後2時半。

私らが現役の頃は、講義をサボってたり全コマ終了後のサークル活動開始まで誰かしら学生は居たんですが… やっぱ3年後に店じまいする大学だからでしょうか、学食に居た学生さん、2人しか見ませんでした。というか、構内でもあんまり学生の姿見なかったなあ。
講義・実技中だったってのもあるんだろうけど、こんなに大学って静かだったっけ。


■BADな奴らのたまり場ジャン?
もっとも北の盆地(くに)から-独占ランチタイム

キャンパス3階にある「製図室」のまん前にあるスペース。

学生当時の昼休み。
ほとんどの学生が学食に行く中、なんとなく「はみ出し者」っぽい状態になった我々友人一同は、なぜかここに陣取って購買で買ったカップ麺やスナック菓子を毎日食べていました。

羊羹(お客様用に出すレベルの長いサイズ)を1本まるっと食べてしまう者。
北海道ローカルのカップ焼きそばに付属している粉末スープを、ただでさえ塩分の多いカップ焼きそばにふりかける猛者。
ポテチ(コンソメ味)とカレーヌードルが主食だった俺。

いろいろ居たなあ(遠い目)
この構図はその頃よく見た構図を意識して撮影しました。

「あの頃」と違っていることといえば、当然「あの頃」のメンバーはもうそこに集まることはないであろうこと。ていうか懐かしむ暇があるなら今を生きろって年代だしなあ。
それよりも印象的な違いは「当時はあたりまえのようにあった『灰皿』が軒並みなくなった」ことでした。

もっとも北の盆地(くに)から-灰皿の行方

ちなみに灰皿は、こんな風に屋外に移動させられています。


■図書館前
もっとも北の盆地(くに)から-図書館前

学生時代、たまにお世話になった図書館。
「なんでこんな宝の山をあの頃スルーしてたんだろう」って、このあと入ってぼやく場所。

極々まれに出されるレポート課題(注:デザイン系の大学だったので、提出課題はほとんど「レポート」ではなく「作品」だった。実際、卒業研究で「卒論」を書く人は年に1回居るかどうか)のときに参考資料探しに行くらいでした。


■大解放
もっとも北の盆地(くに)から-惜しげない開放

Googleで「椅子 コレクション」と検索すると出て… こないな(汗)

あまりにもプロ志向が強いため、とうか実際「筋金入りのプロの広告屋」だったため(今になって経歴ふりかえったら「なんでそれほどまでの人がこんな片田舎の私大の教授に?」って思うレベル)、世間を知らないアマアマな若造の集まりであった学生たちのほとんどから嫌われ者扱いされていた織田憲嗣氏の椅子コレクションの一部が、何をトチ狂ったか、大学の図書館で開放されて座り放題になっています。
まあ、36になった現在でもいまひとつ値打ちはわからないボンクラなんですけど私。

ただまあ「織田先生、どんだけ太っ腹なのよ。そして俺らも含めて東海大生、どんだけ恵まれた環境で学んでんだよw」と思わされるスペースです。
なんだかんだ言って、私大ってエネルギーの無駄遣いと使う方向性がハンパねぇっす。


■小岩井さん
もっとも北の盆地(くに)から-こんなところに小岩井さん

図書館でみつけた、どこかで見たことのある単行本。

隣には「オタクとデザイン」の1号(シリーズが続いてれば創刊号)が鎮座していて「よつばスタジオという革命」という名の特集がされています。

まあ、そんな写真を、思わず撮っていましたが…
よく考えたら
図書館内の撮影ってオッケーなのかアウトなのか
受付の人に確認しないで撮影
していました。


いろいろ大丈夫だったのかと、今頃になって思います。
とりあえず先に「すんませんでしたぁ!」って書いておこう。


■過去の宿敵たち
もっとも北の盆地(くに)から-あの苦闘の舞台・1



■こっち見んな
もっとも北の盆地(くに)から-その苦闘の相手

1年生のデッサンの授業でさんざん苦しめられた石膏像の皆様です。
今となっては、というか当時からも、誰が「メディチかそれ以外なのか」がさっぱりわかりません。



まぁそんなノープラン母校凱旋

友人と共に感心したのは、あと3年でこの学校がなくなるというのに、キャンパス全体、教職員、購買・食堂のおばちゃん、そして各所ですれ違った遠い後輩から「寂しさ、辛気臭さ、閉塞感」を微塵も感じなかったことでした。

とにかくね、明るいんですよ。何もかも。

別に「消えかけの蝋燭の炎がボッと激しく燃え出す」というやけっぱち具合や、「最後だし華々しく散ってやろうぜ!」といった感じでもないんですよね。

なんかあの構内一帯が「のびのび」してました。
久しぶりでしかもノープランで行っただけだったけど、行ってよかったな。


ただ、2人以上じゃないと「部外者だけどOBっぽい」感じが出せないので辛いなw
「このおっさん誰?」とか「懐古主義者乙www」とか思われそうで辛いです。

最後の最後で被害妄想かい。

あと、今週末の16・17日に学祭やります。
「現役学生の群れ vs 無職OBのおっさんひとり」状態がおっかないので、行くかどうかはわかりませんがw
■2012年6月4日

ハロワ、ならびに神社に行く前に、何かの用事で市街地に行ったんですよね。
あ、思い出した。新しく買った複合機プリンタを返品しに行ったんだ。

これがまた、4年前に買った複合機がとうとう壊れたらしく、何度給紙ボタンを押しても用紙を巻き込んでくれないという状況に。
履歴書や職務経歴書をする局面だってあるので、「これはイカン」と買いにいって帰って帰宅。
で、新しいプリンタ設置する前に「もう一回動くかどうか試してみよう」って試したら動いたというw

なので新しく買ってきたプリンタ、とりあえず出番なしですよ。
それでもひょっとしたら「最後の力を振り絞ってるのかも」と2・3日は様子見てたんですが大丈夫そうなので、購入もとの家電屋さんに「未開封なんですけど返品いいですか」って聞いてオッケーもらって、それで行ったんですね。返品開店ダッシュしに。

ええ、在庫処分できたと思った店員さんすんませんでした。
ウチのPX-A640は、まだ元気みたいです。


まあ、相変わらず長い前置きは仕様ってことで。
その帰りに市街地歩いていたら、先ほど書いた「護国神社祭」の準備をそこでもやっていました。別会場の常磐公園も近いし、まあ、歓楽街だし。


■幟を立てろ
もっとも北の盆地(くに)から-幟設置なう


■町内会ごとに幟の名称が違うんです
もっとも北の盆地(くに)から-エリアによって違うのです

手前に見えるのは「三条八丁目町内会」
奥に見えるのは「三七会」と書いて「みなのかい」と読むそうです。

ウチの近所も、道路一本はさんで別の町内会なんですが、幟の名称が違いました。


さて「国民の祝日がひとつもない」と全国的に落胆されがちな6月ですが、こと旭川市の場合は色んなイベント目白押しでございます。
やる方は大変だろうけど、まあ、活気や華やかさがあっていいやね。

…まあ、私は人ごみ苦手なんで行かないんですけど(どないやねん)
■2012年6月5日

■急がば回れ
$もっとも北の盆地(くに)から-Walk Don't Run


「働かねば」と急遽思い立ち(いつも行動は突発的)、近所のコンビニバイトの面接に行ってきました。

即決でしたなあ。

「別の職種を探したほうがいいですよ」って方向で。


うん、前日に面接のアポ取りの電話した直後からなんとなくそうは思ってた。
■2012年6月4日

去る6月4~6日まで「護国神社祭」こと正式名称「護國神社慰霊大祭」がありました。
市内でもっとも人と屋台が集まって「縁日」となる会場が別にあるんですが、そういやもともとの会場はこっちだったなと。

というか、たまたまこの日の午前中、ハロワにぶらっと職探しに向かったんですが、その途中にこの神社があるんですよね。
それで見かけて「あー、そういえば」と思って、まんまと人出の少ないその時間帯に行ってきた次第です。


■おしらせ
もっとも北の盆地(くに)から-告知



■縁日カモォン!
もっとも北の盆地(くに)から-入口

神社入り口で訪問客を待ち構えるカラフルな屋台たち。
別会場の「常磐公園」では、もう公園中が屋台だらけ。
そして文字通り老若男女のみなさんでごった返すお祭り会場なので、まあ人手がハンパない。
誰か一緒に行く人でもいれば別だけど、一人で行くと完全アウエーというか「ぼっち確定」なので、近寄らないほうが吉。あそこだけは「おひとりさま」で行ける気がしない。

あとまあ、一緒に盛り上がる人もいないので「屋台の食いものってやっぱ高けーなー」に終始する傾向があります。誰かと一緒に行きましょうw


■鳥居
もっとも北の盆地(くに)から-鳥居

ここをくぐると「やっぱ神社だな」って気がしますね。


■おみこしワッショイ
もっとも北の盆地(くに)から-神輿

たぶん、お祭りの期間中に担いだのでしょう。
…そうじゃなきゃ出す意味ないしなあ。


■境内
もっとも北の盆地(くに)から-境内・遠景

この先を行くと「さらにいよいよ神社だな」って感じがします。
また、行事そのものがまだ始まっておらず、私のような一般人よりは神社関係者の数のほうが多目。
いわゆるリハーサルの最中かと思い、中へ進むのがはばかられましたが、たまたますれ違った宮司さんに「この先進んでもよろしいですか?」と聞いたら「どうぞどうぞ」と快い返事をいただいたので入っていきます。


■手水(ちょうず)
もっとも北の盆地(くに)から-手水

初めて「手水」って言葉を知ったのは中学の修学旅行(京都)か、古文の「徒然草」あたりだったかなあ。


■遺族席
もっとも北の盆地(くに)から-遺族席

“北海道・樺太関係の戦没者等の国事殉難者を英霊として祀る。北海道招魂社を経て昭和14年(1939年)4月から北海道護國神社となる。戊辰戦争から大東亜戦争(太平洋戦争)に至る英霊が祀られ、祭神は63,141柱におよぶ。”(Wikipedia より引用)

ということなので、その英霊たちの「遺族席」と思われる。
北海道内の各市町村から、遺族会提供の提灯もずらりと並んでいて、その写真も撮影したはずなんですけど、データなくなってるなあ。
どれ撮ろうか迷ってるうちに、結局撮り逃してしまったのかも。


■巫女さま 練習中
もっとも北の盆地(くに)から-巫女さま・1


もっとも北の盆地(くに)から-巫女さま・2

撮影許可はいただいています。
本番で披露する舞の練習姿ですね。


■参拝を終えて
もっとも北の盆地(くに)から-風は吹き雲は流れ


もっとも北の盆地(くに)から-大樹の陰

下の大樹は、巫女さんが舞の練習をしていた側にあった大樹。
快晴だったこともあり、新緑なんかを捉えてみました。


■縁日バッチコーイ!
もっとも北の盆地(くに)から-縁日・屋台

まあ神社入ったときと同じ屋台なんですが、帰りのアングルからももう一枚。
お面もわたあめも、フレッシュプリキュア勢が強かったです。おまえ、注目したとこそこか。


■夕方またこよう
もっとも北の盆地(くに)から-またこよう

と思って立ち去ったお昼前。
しかし夕方、久々に過度な心配事が自分の中で広がり始め、天気もいいのにそれどころではなくなってしまった模様。
結局、合祀祭も見に行くことはできなかった。
あー、巫女さんや宮司さんや神主さんの厳かな振舞い、見たかったけどなあ。

たぶんまた来年もこのアパート住んでるだろうから、そのとき行ってみよう。


▼北海道護国神社 Webサイト
http://www.hokkaido-gokoku.org/index.html
■2012年6月1日

雇用保険の給付があったので、「払うもの払う」行脚の旅。
あと、「買うもの買う」行脚も同時進行。


役所行ったり100均行ったり電器屋行ったりで、市街地中心部の買物公園をだいたい縦断。
まだ寒いかな、と思ってパーカー着てたんですけど、歩いていくうちに汗ばんできて脱ぎました。

■この人ほどの思い切りは無かったけど
もっとも北の盆地(くに)から-脱ぎます!


うん、俺これやったらタイホだわw
「彫刻の街」という謳い文句も掲げている(他には「川の街」と「家具の街」)ので、橋の欄干とか街角とか公園の一角にとか、このように平気で彫刻が展示されています。

以前に撮ったのだと
$もっとも北の盆地(くに)から-続・猫とおっさん


とか。
あと「手の噴水」の通称でおなじみの彫刻もありますね。

って、なんか急に旭川案内ブログみたいになってねーか? 大丈夫か? ここそういう「アド街」的なスタイルのブログじゃないぞ? 大丈夫か?



まあいいや。
そして歩を進めてちょっと一休み。
花壇の準備をしているおじさんたちが居たので、「花、撮らせてもらっていいですかぁ?」と一声かけて快諾してもらう。

■「俺あんまり写真詳しくないけどさー」
もっとも北の盆地(くに)から-お兄ちゃん、それ逆光だよ


「おにいちゃん、それだと逆光になるよ?」と、作業員のおじさんからつっこまれた。
逆光上等なカメラで撮ってる大前提は置いといて、言われるまで「逆光」だとは気づかなかった。本気で。

■アドバイス
もっとも北の盆地(くに)から-アドバイス受けてみた


というわけで、逆光にならない角度から回り込んで撮影
これもいいな。

■ドンジャラホイ
もっとも北の盆地(くに)から-ドンジャラホイ



作業に戻ったおじさんにお礼を述べて、買物公園中心部へどんどん進む。


■何コレ
もっとも北の盆地(くに)から-仮設テント… だと?


やたらと「数日後、ここで祭りやりますよ」ってフラグが、いやフラグどころかテントが立ってる。
確かに5日から護国神社祭あるけど、いまからその準備するっけ? あと会場変わった? または広げた?

■と思ったら
もっとも北の盆地(くに)から-テントの理由


6月2・3日と、この買物公園の40周年記念イベントをやるからなんだそうな。へー。


■そしてまた立つ赤テント
もっとも北の盆地(くに)から-祭の支度・3



■街は生きている
もっとも北の盆地(くに)から-街の賑わい


祭の準備を横目で見つつ、用事がある場所へ次々攻め込んで買物して帰ってきました。
ハンパに大きい買物は「すだれ」 特に大きな買物は「複合機プリンタ」


で、帰ってくると

■祭開催のお知らせ
もっとも北の盆地(くに)から-祭の報せ
(※au W64SH で撮影)


朝引っこ抜いて机のそばに置いといた地元広報紙ライナーさんが詳細を教えてくれていました。



…まあ、祭の当日はほとんど家に居たんですけどね。
なんだかんだで「やっぱ返品」することになった複合機プリンタ(未開封)持って行く用事はあったんですけど、イベント真っ最中の人ごみの中そのデカい荷物持って行くのやだなぁ、ってw

そんなわけで、これからプリンタ返しがてら、平常営業に戻ったであろう買物公園に行ってきます。