【小説】スター・ゲートの向こうへ・7 | 沈黙こそロゴスなり

沈黙こそロゴスなり

The Message from the stars that illuminate your life.

「サラっ!」
ラハブとツェデクが部屋に駆け込んで来た。
それはサラがスターゲートを今まさに通過しようとしていた時だった。
次の瞬間、ゲート内できらめく事象の境界がまぶしく光ったかと思うとバシッという音がして境界が消え去った。
システムの異常を知らせる警報音とランプが点灯し、システムは緊急停止した。
「サラ....」
ラハブは急いでゲートに駆け寄った。もちろんそこにはサラの姿はなかった。
どこからともなく焦げ臭い、いやなにおいが漂ってくる。
ふと、ゲートの中に目をやったラハブが奇妙な言葉にならない叫び声を上げた。
ツェデクは言葉も出なかった。
半ば呆然としながら、ラハブが急いで拾い上げたものを見た。
それはサラの履いていた靴だった。
ラハブがそれを両手で握りながらワナワナと震えている。
ツェデクの顔から血の気が引いていった。
ラハブが握っていたもの。
それはサラの靴と、焼けこげ溶けたように変形した彼女の足だった...
ツェデクは力が抜けてへなへなと座り込んでしまった。
「俺のせいだ...、俺があの時伝えなかったばかりに...」


       ◆


プロジェクトは終了した。
チームは解散し、主だった研究施設は機密保持のために解体された。
およそ200年余りかけて行われたスターゲート計画は、結局日の目を見ることはなかったが、貴重なデータはすべてヒビルに預けられ、継続的に研究が行われることになった。
明日は、いよいよ"カー" がヒビルに帰還する日だ。

ザヒはジグラットの頂きにある展望台から景色を眺めながらため息をついていた。
「なんだ、まだ落ち込んでいるのか?」
ラハブが階段を上って来た。
「ああ、悔やんでも悔やみきれなくてね。あの時、俺がちゃんと危険性を報告していたら事故は起きなかったかも知れないんだ」
「ザヒ。お前は本当によくやってくれたよ。同じ地球人の科学者として、俺はお前のことを誇りに思っている」
「・・・・・」
「考えても見ろ、ほんの二百数十年前までは、俺たちはまだまだ猿みたいな生活をしていたんだ。それが今や文明を手に入れ、宇宙にまでいける知識を得た」
「それも今日で終わりだ」
「ザヒ、もしもはないんだ。たとえそれが望まない出来事だったとしても、すべては完璧なんだよ」
「だけど、結果としてこのプロジェクトは失敗だ。サラは事故にあってしまった。スターゲートも完成させられなかった。俺たちがやって来たことは、みんな水の泡だ」
「果たして本当にそうだろうかな。確かにこのプロジェクト自体は未完成のまま終わったけれど、これを通して俺たちは沢山のことを学んだんじゃないだろうか」
「いったい何を学んだというんだ」
ラハブは、にっこりしてザヒの顔を覗き込んだ。
「ザヒ、おまえサラのこと愛していただろう?」
「な、何を?」
「ごまかしても無駄だぞ」
「おれはただ、彼女は最高のライバルだって思って...」
「だってお前、結局だれとも結婚してないじゃん。してもすぐにわかれるし」
「いや、ほら、俺は結婚には向かないっていうか」
「サラもお前のことを愛していた」
「えっ」
「確かに俺たちはずっと一緒に暮らしていたさ」
「でもな、サラは家に帰ってくるとお前の話ばっかりするんだよ。今日はザヒがこんなこと発験したとか、こんな工夫をしていたとか、そんなのあたしには全然思いつかないとか、だからザヒはすごいって、おまえのことえらく褒めていたぞ」
「そ、そうなんだ」
「もちろん、めちゃめちゃ怒っていたときもあったけどな。お前が余計なことをしてくれたって...。そんなとき、俺はうれしくて仕方がなかったがな」
ラハブは声を上げて笑った。
ザヒは驚いていた。サラが俺のことを愛してくれていた...?
「ザヒ、おれはな、時々思ったよ。ひょっとしてサラは俺よりもザヒのほうを愛していたんじゃないかってね。そのぐらいサラはお前のことをうれしそうに話していたんだ」
「知らなかったよ」
「なあ、ザヒ。お前はずっとサラがお前のことを愛してくれないと思っていたかも知れないけど、そんなことはなかったんだよ。サラはいつだってお前のことを愛していた。もちろん俺のことも愛していた。愛にはいろいろな形があるんだ。俺とサラは夫婦としていることができたけど、お前とサラだって親友としていたじゃないか」
「サラが、俺のことを愛していた...」
「サラがどうして俺と結婚したかわかるか?」
「・・・・」
「サラの愛に答えたのが俺だったからだ」
「まて、俺だってサラから愛していると言われれば答えたはずだ」
「本当にそうか? ではなぜサラは俺を選んだのだ? サラはお前のことも本当に心から愛していたんだぞ」
「・・・・」
「ザヒ、どうしてお前があのとき、事故を予測できたのに言わなかったのか、自分でわかるか?」
「俺は...、お前とサラが一緒にいるのが悔しかったんだ...」
「そうだ。お前はサラが自分のことを愛していないと勝手に思い込んでいた。だから悔しかったんじゃないのか」
ザヒの表情が硬くなった。
「でも俺は知らなかったんだ」
「知らなかった? そんなはずはないだろう。彼女はいつだって愛を表現していたぞ。確かに得意ではないようだったがね」
「・・・・」
ザヒの体が震えていた。
彼女が俺のことを愛していた。ラハブにそう言われて、ザヒはサラとの研究の日々を思い起こしていた。サラの言動、表情、自分に対する態度....。
まさか...、バカな....、じゃあ俺はいったい....?
「ザヒ....。お前さ、愛を表現するのに、ケチなんだよ。結局だれも信用してないってことじゃん....」
何かがザヒの心の琴線に触れた。
「ケチ?」
ラハブがやさしくうなずいた。
「俺は、俺は...」
ザヒの目からみるみる涙があふれてきた。
「俺は....、なんてバカだったんだ!」
ザヒは声を上げて泣いた。
泣いて、泣いて、泣いた。
そんなザヒを見ながら、ラハブも泣いていた。


      ◆


太陽が西の山々の向こうに沈もうとしていた。
「なあ、ラハブ、お前これからどうするんだ?」
「明日、ヒビルに行くよ」
「やっぱり行くのか」
「ああ、"カー" の計らいで宇宙船に乗せてもらえるようになった」
「よかったな」
「うん。向こうでサラが待っているからね」
「サラの容態はどうなんだ?」
「幸い主要臓器は無傷だったから命はとりとめたものの、転送時の波動の乱れでずいぶん姿が変わってしまったらしい。"カー" 曰く、とても人間には見えないそうだ。今は向こうの病院の集中治療室に入院しているらしい」
「大丈夫なのか? 俺だったらショックだろうな」
「そうだな。ショックだろうな...。でも俺は彼女と結婚したときから決めてあるから。彼女と最後まで一緒にいるって」
「ラハブ、お前はほんとに偉いな...」
「単なるバカかもな」
ラハブは微笑んだ。
「ザヒ、お前はどうするんだ?」
「うん、やり直すことにしたよ」
「やりなおす?」
「ああ。これからは愛を表現するのにケチケチしないことにするよ」
「それはいい。なんせ俺たちは、まだあと500年は生きる。失敗しても何度でもやり直せる」
「そうだな、何度でもやり直せるか...」
「うん、人生は学校だ。こうしなきゃならないことなんて一つもない。自分の学びたいことを学べばいいんだ」


      ◆


「あなた、こんなものが玄関の前にあったわ」
エレナが黒く四角い薄い箱のようなものをもって外から帰ってきた。
「なんだろう?」
「あなた宛のものみたいですよ」
見ると、表に「親愛なるザヒへ」と書かれている。
ザヒがそれを受け取ると、箱の周囲が光り映像を映し出すスクリーンが投影された。
「これは?」
「どうやら、古い古い友人からの手紙らしい」
スクリーンには元気そうなラハブとサラの姿が映し出された。
「親愛なるザヒへ。このメッセージを見ているということは、僕らの開発した新型の転送装置が成功しているということだ。見ての通り僕らは元気でやっている。サラもかなり時間がかかったけど、ほぼ元通りの体にまで回復することができた。この映像メッセージを送るにあたって、サラは随分自分の顔が変わっていないか気にしていたが、ご覧の通り、あの頃のままだ。むしろ若返ったくらいで私は大変満足している・・・」
スクリーンのラハブは白髪だった。彼が相当苦労したことが忍ばれる。しかしラハブもサラも幸せそうだった。どうやらサラはヒビルの再生治療によってラハブと同じぐらい生きることができるようになったらしい。しかも見るからに若返っている。喜ばしいことだ。
ザヒはそんなニュースレターを目を細めて眺めていた。
「不思議な箱ですのね。」
「私の若い頃には当たり前の技術だったのだよ。今やこの知識も失われた」

ザヒのほうは今やウルを離れ、地中海に近いサレムに住んでいた。
多くの子ども、孫、ひ孫に囲まれながら幸せに暮らしている。
今やザヒはその地方唯一の大長老になっていた。
そのころの人々はネフィリムとの混血が進み、ザヒのように長生きするものはほとんどいなかった。
ザヒは『世界の初めから生きている者』とか『義の王』などと呼ばれ、人々に信頼され大切にされていた。

「お父さん、アブラムという人が面会を求めて訪ねてきていますが...。なんでもカルデヤのウルの出身だそうです。」
「そうか、ウルとは懐かしい。ぜひ彼を迎え入れなさい。話を聞くことにしよう」
「はい、お父さん」

ザヒの脳裏にあの若き日々のことが思い出されていた。
まるで昨日のことのように。