【小説】スター・ゲートの向こうへ・6 | 沈黙こそロゴスなり

沈黙こそロゴスなり

The Message from the stars that illuminate your life.

それまでの基礎データの蓄積があったため、周波数変調型転送システムの開発はわずか10年という、比較的短期間で達成することができた。
転送精度も飛躍的にアップし、生物転送実験においても事故が起きることはほとんどなく、生きたまま安全に転送が可能となった。
もちろん、以前のシステムで懸念されていた数々の問題のほとんどがクリアされ、スターゲート計画は最終段階に入った。
つまりは、このスターゲートによってヒビルの惑星と地球を結ぶことである。

転送システムのデータはヒビル側に送られ、惑星ヒビルにおけるシステムの建造が始まった。
地球側のシステムも、星間転送に堪えられるように改良が加えられた。

「ここまでこれたのも、本当にみんなのおかげだわ」
「君こそ、本当によくやったよ、サラ。君がいなければこのプロジェクトはここまで到達できなかっただろうね」
「ありがとうラハブ、そしてザヒ。あなたがあの時、新しい転送方法についてのアイデアを発見してくれたからこそよ。あなたには本当に感謝しているわ」

サラは以前よりも痩せ衰えてきているように見えた。彼女はこの研究の為に文字通り人生のすべてをかけていた。そしてこの10年は、なみなみならぬ決意と覚悟をもって、全力で取り組んで来たのだ。
その頑張りが限界に迫っていることは誰の目にも明らかだった。

「あと一息よ。もうすぐこのシステムは完成し、ヘブンズゲートが開くわ」

サラはスターゲートのことをヘブンズゲートと呼んでいた。
彼女にとって惑星ヒビルに行くことは、悲願であった。彼女にとってヒビルはエデンであり、天国であったのだ。

「もうすぐ完成よ」と言うサラを見てザヒは複雑な気持ちになった。
星間転送システムは地球上でものを転送するのとは勝手が違っていた。
空間同士を安定して継続的に接続しておくには、より高出力の発電所と高効率の常温プラズマシステムが必要だとザヒは考えていた。
既存のシステムはすでに老朽化していた。これを改良したとしても、果たして十分な出力が得られるのか、ザヒには自信が無かった。
ザヒは懸念を分かち合った。しかし新規に発電所とプラズマシステムを建造している時間は無かった。なぜなら、惑星ヒビルは今や太陽から遠ざかりつつあり、まもなく夜の時代に入ろうとしていたからだ。そのため、"カー" は実験を優先するようにと指示していた。
同じくサラの体力も限界に近づいていた。

ザヒは懸念を飲み込むしかなかった。
「大丈夫だよ。既存のシステムでもしっかり補強すればうまく行くって」
ラハブはザヒを励ました。

間もなくヒビル側の星間転送システムが完成し、地球側のシステムも改良が終了した。

「僕の計算によればこれでうまくいくはずなんだけどね。」
本当のところ、ザヒには自信がなかった。しかし、是が否でもこの実験を成功させようと意気込んでいるサラの顔を見ると何も言えなくなってしまった。

ザヒにはもうひとつの隠れた思いがあった。そう、サラに対する変わらぬ思い。
結局ザヒはサラと結ばれることはなかったのだが、この研究生活の間、サラの近くで過ごすことができたことは幸せなことだった。
もし実験が成功したら、サラはラハブと共にヒビルへと行ってしまうのだろうか。
ザヒの心の中に葛藤が生じた。サラを愛している、だからサラには悲願を達成してもらいたい。その為には援助を惜しまない。今までもそうやってきたではないか。しかし、サラは結局僕のことを愛してはくれなかった。ならば...

ラハブ... 彼がいなかったとしたら...

ザヒはわき上がって来る心の声を必死に否定した。
それからザヒは何となくラハブを避けるようになった。
自分の中にあるこの思いがラハブに悟られるのが恐ろしかったからだ。


    ◆


物資による星間転送実験は、なんの問題も無く終了した。
次に生物による転送実験が行われた。
まずは、小動物から始めて、大型の動物でも行われたがこれも全く問題なく転送することが出来た。
まさに、ヘブンズゲートが開いた瞬間だった。
研究施設であるジグラットは歓喜に包まれた。その日は酒が振る舞われ、お祭り騒ぎとなった。
ラハブとサラは実験の成功を抱き合って喜んだ。
「おめでとう」
ザヒが二人に握手を求めて近づいてきた。
「いや、僕らだけじゃない、みんなのおかげだよ」
「そうよザヒ、あなたがいなかったらこの実験は成功しなかったわ」
「そういってもらえると嬉しいよ。頑張ったかいがある」
三人が話をしていると、辺りが急に静まり返った。
ラハブが顔を上げると、"カー" がこちらに近づいて来ていた。
「"カー" !?」
"カー" は滅多に姿を現さないため、そこにいたスタッフ一同は驚きに包まれた。

「おめでとう、ラハブ、そしてサラ」
「ありがとうございます」
「今回の実験の成功について、ヒビル一同を代表し、あなた方に感謝の意を伝えます。およそ200年の間、あなた方は本当によく働いてくれました。おかげでスターゲートが完成し、我々は自由に互いの星を行き来することが出来るようになりました。これはとても喜ばしいことです。そこであなた方の中からまず一人、スターゲートをくぐってヒビルに行くことを許可します」
「ひとり、ですか?」
「そうです。まず一人です。ヒビルの王が直接面会したいと述べています」
「ではまずサラを」
とラハブが申し出た。
「私はすでにその人間を選んでいます。ラハブ、あなたは事実上このプロジェクトのまとめ役でした。まずはあなたから招待します。一時間後、スターゲートの前に来て下さい」
"カー" はそれだけ言うと、部屋を出て行った。

「おめでとう、ラハブ。一番乗りね」
サラが微笑みながらラハブを祝福した。
「サラ、すまない。次は君が行けるように頼んでおくよ」
「そんな謝る必要なんてないわ。あなたの支えがなければ私もここまでこれなかったもの」
「ありがとう、サラ」

「一時間後?」
ザヒは時計を見ながら考えていた。
「たぶん大丈夫だと思うけど...」
一抹の不安がザヒの頭をよぎった。
転送システムの心臓部、常温プラズマシステムは老朽化を補強、改良しただけのものであり、ヒビル側に設置してある新型のものよりも大量のエネルギーを使用するため、一度転送を行った後はしばらく休ませる必要があった。そうしないと回路が加熱して転送中に破損する可能性があるからだ。
計算上では1時間休ませれば大丈夫だが、念のために2時間以上空けた方が、完全に冷却されるので安全である。

ザヒはそれを言おうとしてラハブの方に振り返った。
ザヒの目に、固く抱きしめ合い、キスをしあっているサラとラハブの姿が飛び込んできた。
一瞬、ザヒの頭に血がのぼった。

「ラハブさえいなければ...」
恐ろしい考えがザヒの頭をかすめた。
まさかね、事故なんて起きるはずはないさ。
計算上、一時間休ませれば大丈夫なんだから。

ザヒは近くにあった器を取り上げると、中に入っていたビールを一気に飲み干した。

「効くねえ~」
「飲み過ぎはダメよ」
サラがウインクしながら部屋を出て行く所だった。
「どこへいくのさ、かわいこちゃん?」
「ちょっと、用事」
「あー、はいはい、ごゆっくりどうぞ。飲むとトイレが近くなるからねぇ」


     ◆


サラは、転送装置が設置してある部屋にいた。
鈍く光る金属製の円形をしたゲート、たくさんのパイプ類。
大型の演算システムやモニタスクリーン、通信機や実験機の数々。
たくさんの本、などなど。
そこに置いてあるものすべてが、サラにとって宝ものだった。
およそ200年、サラは自分の全生涯をかけてこのプロジェクトに打ち込んできたのだ。
ヘブンズゲートはまさに彼女の目の前にあった。
夢にまで見た惑星ヒビル、エデンの地。美しい草原、野山、海、夜ともなれば満天の星空。そして不老不死。いや不老不死でなくてもいい。ただ、ラハブと最後まで一緒にいたい。私だけ先に死ぬのはいや...。
サラの目に涙が浮かんだ。

サラは、転送装置の起動ボタンに触れた。
「スターゲート、システム起動」
自動音声によるアナウンスとともに、一瞬にして計器類が立ち上がり、ヘブンズゲートの金属製の輪がゆっくりと回転を始めた。
「転送準備に入ります」
コンピューターからのアナウンスが続く。
「発電システム起動、正常値到達まであと30秒、29秒、28秒....」
「電圧、電流異常なし、常温プラズマシステム起動します」
「プラズマ粒子加速開始します、正常値到達まで、あと1分、59秒、58秒、57秒....」
ゲートの金属製の輪は、今や高速で回転していた。
「加速正常値に到達しました。プラズマ照射します、ゲートより離れて下さい」
「照射10秒前...」


サラが部屋を出て行ってから30分ほどが経過していた。
最初に異変に気付いたのはザヒだった。
「ラハブ」
「ん?」
「何か音がしないか?」
「なんの音だい?」
「ほら、金属がキーンって言うような...、まさか...、転送装置だっ!」
ザヒはそういいながら走り出していた。
ラハブもその後を追った。
それを見ていた他のスタッフたちも後を追って走り出した。


プラズマが照射されると、それまで何もなく、ただ向こうの壁が見えていただけのゲートが光り輝きだした。そしてまるで光り輝く水面に見える「事象の境界」がゲートの中に出現した。
「転送準備完了。目的地、惑星ヒビルに接続しました」
「続いて終了シーケンス開始します。ゲート終了1分前、59秒、58秒...」

ゲートが開いているのは1分間だけだ。
サラはゲートに近づくと、「水面」にゆっくりと手を入れて行った。
水面の向こう側で、手がひやっとした空気に触れた。
「ヒビルの空気!」
サラは喜びに打ち震えながら、ゲートの中に入って行った...


「まさか、サラがゲートを起動したんじゃ!」
「ばかなっ」
ザヒとラハブは走りながら叫んでいた。
「まだ起動しちゃダメだっ! プラズマシステムの冷却が十分じゃないっ!」
「なんだってっ!?」
「サラ~っ!! ゲートに近づいちゃダメだ~!!!」
「サラ~っ!!」


つづく