【小説】スター・ゲートの向こうへ・4 | 沈黙こそロゴスなり

沈黙こそロゴスなり

The Message from the stars that illuminate your life.

「こんなに俺は彼女のことを想っているのに、なぜ彼女は気づいてくれないのだろうか」
この100年、ザヒは自問自答を繰り返していた。
「それはきっと自分にはサラに好かれるだけの魅力がないに違いない」
「確かにラハブのほうが人格的にも優れているし、男性としての魅力もある」
「でも俺もそんなに捨てたもんじゃないと思うんだけどなぁ」

実際、ザヒは優秀な研究員であった。緻密に計算を重ねるサラとは違い、どちらかというと直感で問題をクリアするタイプである。
ザヒの研究は常にサラとは違う視点から行われた。それゆえスターゲートの研究においてはサラと対立することも多々あったが、違った視点に立つということにおいて、二人は常に互いの成果を評価しあっていた。
サラはザヒを認めていたし、自分にはないザヒの才能を高く評価していたのだ。
しかし、ザヒにはそれがよく見えていなかった。

彼はネフィリムに対する劣等感を持っていた。
サラに惹かれながらも、サラの才能をうらやんでいた。
サラは決してザヒを否定したり遠ざけたりはしなかった。しかしザヒの劣等感が自らの目を曇らせていたのだ。
ザヒはサラが決して自分を愛してくれないものと思い込んでいた。
そして自分から進んで、他の女性を愛するようにしたのだ。
しかし、それはザヒにとっては単にサラの代わりでしか過ぎなかった。
幾人かの女性と結婚しながらも、ザヒは満たされることがなかった。
「俺のこの想いを満たすことができるのは、サラだけなのだ」
ザヒは日に日にその想いをつのらせていった。


「これなら、ノイズや混入を99.999%以上防ぐことができるわ」
新たに開発した受信機の性能テストのデータにサラは大満足だった。
量子コンピューターの開発チームが、より高速の演算システムを開発してくれたおかげで、転送データの正確なデジタル化が可能になったためだ。
「開発チームに感謝しなきゃね」
「ほんと、感謝だわ。ねえ、ラハブあなたはどう思う?」
「何が?」
「これだけ転送精度があがってきたのだから、そろそろ生物で転送実験をしてみたいと思うのだけど」
「う~ん、そうだねぇ、それに関しては "カー" の指示を仰がないことには何とも」
"カー" とは、プロジェクトを総括しているヒビルのリーダーの呼び名である。
「僕はまだ生物転送実験には反対だね」
ザヒが口を挟んだ。
「僕の計算では、転送精度は99.99998%以上必要だと思う。もし転送や復元段階で何らかの "欠損" があっても、この数字なら切り傷程度で済むけど、もしそれ以下だったら、欠損場所によっては障害が残る可能性があるからね。物資の輸送ならこの数値でも問題ないと思うけど」
「そう。一応報告しておくわ」
「それに、」
「それに?」
「この転送システムは、基本原理からして間違っていると思う」
「ザヒ、またその話? 私たちは200年かけてやっとここまでたどり着いたのよ」
「ならまた200年かけて別の方法を試したらいい」
「ザヒ!」
サラの顔色が変わるのに気づいたラハブは、あわてて会話に割って入った。
サラの目にみるみる涙があふれてきた。サラは口をキッと結ぶと立ち上がり部屋から出て行った。
「サラ!」
ラハブはザヒをちらっと見ると、サラを追って部屋から出て行った。

"カー" は実験データに満足したようだった。
そして物資輸送に限り、このシステムの実用化を許可した。なお、引き続き転送精度を上げるための研究は続けるようにとの指示を出した。

「なあ、ザヒ、なんでサラにあんなこと言ったんだい? 君だってサラの寿命が僕らよりずっと短いことぐらい知っているだろう?」
「わかってるさ。俺はただ、このシステムは生物の転送には向かないと言いたかっただけだよ。せっかくここまで来たけれど、最初からやり直すしかないって言いたかったんだ。悪かったよ」
「そうか、まあ、確かにそうかも知れないな。君の指摘する通り、このシステムにはいくつもの解決しなければならない問題があるのは確かだ。」
「ありがとう、ラハブ。君はやっぱり人格者だな」
「だてに300年も生きてないさ」
「サラに謝ってくるよ」
「そうだな、それがいい」

     ◆

サラは研究室にいた。彼女の頭は、どうやって転送精度を上げ、生物の転送にも問題のないレベルに上げるかでいっぱいだった。
「えーっと、サラ ...」
「どうしたの、ザヒ?」
「いま忙しいかな? 忙しかったらまたでもいいんだけど ...」
「いいわよ」
「じゃあ、ここじゃあ何だから、ちょっと表に出ないかい?」

ジグラットの上に設けられた展望台からは、ウルの北側に広がる広大な豊かな大地と、南側に広がる美しいペルシア湾が見渡せた。
一般人が立ち入ることのできないこの場所は、研究員たちにとって、ちょっとした憩いの場であり、また特権的な体験でもあった。
海からふいてくる南風が気持ちいい。

「こないだのこと、謝っておこうと思って ...。俺、べつに悪気はなかったんだ ...。ただ ...」
「いいのよ、ザヒ。私もつい感情的になって悪かったわ。確かにあのシステムには問題点も多いし、限界もあるわ。あなたの言う通りよ」
「サラ」
「私ね、エデンに行きたかったんだ。きっととても素敵な場所なんだろうなって。昔、"カー" が話してくれたんだ。エデンはとても星がきれいなんだって。ここから見える星の何倍も沢山見えるんだって。 それにエデンには不老不死の技術がある...。そこに行けたら...」
「そうだよね」
「だから、あきらめられなくって...、えへ、なんだかよくわかんないけどまた涙が出てきちゃった。変だよね」
「変じゃないさ、僕らは人間だもの」
「ありがとう、ザヒ」

サラの白銀の髪が夕日に染まって金色に輝いていた。
ザヒは、そんなサラの美しさに見とれていた。そして同時にとても悲しく切ない気持ちにもなっていた。
「どうして俺たちは結ばれないんだろう...」
サラの優しさと屈託のなさが、切なさに拍車をかけた。

「どうやら仲直りしたみたいだな」
ラハブが階段を上ってきた。
「そろそろ中に入らないと風邪をひくぞ」

「はいはい、ラハブ兄さん」
「なんだそりゃ、俺はお前を弟にした覚えはないぞ?」
「俺はちょっくら街へ繰り出してくるわ」
「夜更かしすんなよ。明日から実用化実験が始まるんだ」
「へいへい」
ザヒは階段を下りていった。

「まったく、相変わらずだなあいつ」
「ねえ、ラハブ」
「ん?」
「あたし、この生活が大好きなんだ。気の合う仲間たちとわいわいやりながら一つのことに向かうって、とっても楽しいの」
「うん、そうだね」
「あたしね、スターゲートを完成させて、エデンに行って、不老不死になって、またみんなとこんな生活を続けていたいな」
「そうだな」
「ラハブもザヒも大好き。みんなのことが大好き....うっ...うぅ...」
「サラ」
サラはとうとう涙をこらえられなくなって大声で泣きはじめた。
ラハブはサラを抱きしめた。サラの悲しみを思うと胸が締め付けられるように痛んだ。

つづく