【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】

新生児死亡率 チェルノブイリ事故後に上昇
西独の研究者が論文

【ロンドン3日=竹内(敬)特派員】

86年4月のチェルノブイリ原発事故で放射能汚染を強く受けた西独の南部地域で、事故以降に新生児死亡率が上昇していると、ブレーメン大学物理学部のイエンス・シェール氏ら4人が3日発売の医学専門誌「ランセット」に発表した。
シェール氏らは、西独の生後7日以内の新生児死亡率を、北部、中部、南部の3地域に分けて、1975年から87年まで調査した。
事故以前にはどの地域でも新生児死亡率は順調に下がり続けていた。しかし、事故以降は南部地域でだけ、それまでの下がり方から予想できる死亡率をはっきりと上回っていた。
この南部はバイエルン州とバーデンビュルテンブルク州で、チェルノブイリ事故後10日間のデータによると、放射能雲が上空を通過し、放射性ヨウ素やセシウムなどでとくに大きな汚染を受けた地域にあたる。汚染が比較的軽かった北部と中部では死亡率の変化ははっきりしなかった。


(朝日新聞 1989/11/04)

【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】

スペイン 原発タービン爆発 冷却装置に大被害

【ロンドン支局23日】英フィナンシャル・タイムズ紙が23日付早版で伝えたところによると、スペイン・バルセロナの南タラゴニアに近いバンデロス原子力発電所1号炉で2基のタービン発電機の1基が19日夜に爆発、原子炉の冷却装置に大きな被害を与えた。技術陣は22日も炉心の冷却に努めたが、ケガ人もなく、放射能漏れもなかった、という。
事故の際、中央制御室から工場に煙が漏れたため、炉心冷却用ポンプ4つのうち2つの始動がほとんど不可能となった。当局者は同紙の取材に対し、この事故が1986年のチェルノブイリ事故以来最も深刻な事故だと語ったとされるが、ケガ人も放射能漏れもない事故が、なぜ最も深刻なのかの説明は伝えられていない。
この原子力発電所は72年フランスの技術授助で建てられたスペインで最も古い発電所の1つ。もともと西暦2003年に閉鎖の予定だったが、今回の事故で閉鎖となり、操業再開は無理とみられている。なおフィナンシャル・タイムズ紙は、遅版ではこのニュースを報道しなかった。



OECD(経済協力開発機横)から通産省に入った連絡によると、この事故は2台のタービンのうち片方で火災が発生したもので、その結果、タービンが2台とも自動的にストップ。これに伴って原子炉も自動的に止まったが、補助給水ポンプを動かして原子炉を冷却し、大事には至らなかったという。
同省の今永隆・原子力発電運転管理室長は「外部への放射能漏れや従業員の被ばくもなかったと報告されている。タービン火災という事故は起こったが、安全装置がうまく働いたと認識している」と話している。


(毎日新聞 1989/10/24)

【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】

チェルノブイリ事故で住民に染色体異常
「当局がデータ隠す」ソ連週刊紙が報道

【モスクワ11日共同】

11日発売のソ連の週刊紙モスクワ・ニュースは1986年のウクライナ共和国でのチェルノブイリ原発事故に関して、隣の白ロシア共和国では住民の間で染色体異常や免疫異常などの人体への影響が確認され、特に汚染地域では貧血症、子供の甲状腺(せん)肥大などの病気が増えていると伝えた。
「大きなうそ」と題された記事は、白ロシア出身の作家であるアダモビッチ人民代議員や、ウクライナの地元汚染地区の党第一審記ら4人の座談会をまとめたもので、当局が依然として同事故のデータを隠していると批判した。


記事は、事故発生の責任を問われて87年7月に矯正労働10年の実刑判決を受けたブリュハーノフ前同原発所長ら3人の幹部のうち、既に1人が死亡、1人が重い放射線障害にかかっていると伝えた。
しかし、具体的な死因や3人のうちだれが死亡したかなどには触れていない。


また、ソ連最高会議発電・核安全問題小委員会のシェルバク委員長は、ソ連専門家の推定として、3年半前の同事故で大気中に放出された放射能の量はソ連が公式に発表した5000万キュリーではなく、10億キュリーと明らかにし、64億キュリーと推定する専門家もいると述べた。
また、健康面への影響では、ウクライナのナロジチ地区では甲状腺肥大などのため健康な子供は事実上いないと同地区のブジコ第一書記は強調した。
第一書記はことし中に338家族の移住を上部当局が約束したが実行されず、1平方キロ当たり170キュリーの汚染だった村では学校の建設が進んでいると暴露した。
また、白ロシア共和国は先に汚染地域からの10万人の移住を決定したが、移住の経費が当局にないという。


(毎日新聞 1989/10/12)

【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】

ウラルの核惨事 32年経た汚染地区に入る
今も強い放射能 影響研究のため、立ち入り禁止

「ウラルの核惨事」。西側に亡命したソ連の科学者が70年代に指摘した放射能大量放出事故は少しずつ明らかになってきていたが、ソ連当局が公式にこの事実を認めたのは今年6月になって。32年ぶりにグラスノスチで表舞台に登場した放射能汚染地帯。放射能影響を研究するためそのままの状態に保たれた「立ち入り乗止地区」がこのほど、外国人としては初めて日本人記者団に公開された。(渥美好司記者)

9月20日、南ウラル最大の工業部市チェリャビンスクから記者団を乗せたバスが出発した。都心のアパート群はすぐに姿を消し、北にまっすぐ延びる幹線道の両側は、シラカバ林とすでに収穫が終わり黒土があらわになった畑が続く。
2時間後、枝道に入ると待機していたパトカーが先導。古びた農家の小さな集落を過ぎ、10分ほどで汚染地区の境界にある鉄筋4階建ての研究棟に着いた。
研究棟で靴をはきかえ、手術室の医師のような白衣と帽子を身に着ける。「放射能汚染の心配はありませんが、管理区域に入る時の規則なので」と、研究員。が、不安感は消えず、日本から持参したたばこの箱ほどのポケット線量計をそっと胸に潜ませた。
六輪駆動の地質調査車で汚染地区の入り口ヘ。検問所があり遮断機が道をふさいでいる。警備員のチェックを受けた。詰め所の壁には「国の禁猟区」「徒歩、車とも進入奈止」の掲示。「放射能」の文字はない。
車1台がやっとのでこぼこ道をくねくねと進む。広大なステップ(草原)にシラカバ林が点在するウラル地方の典型的な光景が広がる。どこまでも平たんな土地。快晴。気温15度。澄み切った空気。ノロジカが草原を駆け抜ける姿も目にした。肉眼で見ている限り、汚染のかげりはない。


「禁猟区」の中心付近で車を降りた。爆発現場から15キロ離れている。廃棄物中に含まれていた放射性物質ストロンチウムがたっぷりと降り注いだ場所だ。ライ麦、ジャガイモなどを植えている実験農場。ガンマ線量計を持った研究員が地表に検知管を近付けて数字を読み上げる。1時間当たり50マイクロレントゲン。自然状態の5倍。「この程度なら人体に何の影響もありません」とロマノフ実験研究室長が付け加えた。


周辺には昔、シラカバと同じくらいマツ林があった。しかし、マツは放射能に敏感なため枯死し、ほとんど見当たらない。草原の真ん中に2本のポプラの木が取り残されたように生えている奇妙な光景に出合った。
32年前、そこに70戸ほどの村があった。強い放射能のため、事故後10日の間に村人は土地を離れざるを得なかった。家はブルドーザーで壊されたが、村のシンボルだったポプラの木だけがその場所を示す「標識」として残された。


放射能のせいで村を捨てた住民は1万人を超す。禁猟区以外は表土を取り除くなどの除染作業が終わり、ほぼ自然状態に回復、元の土地で農業を再開した住民もいる。
禁猟区内に直径1キロほどのウルス湖がある。水深2メートルの水底にはストロンチウムが蓄積しており、魚類は放射線を浴び続けている。そんな環境下で、代謝機構が遺伝的に変化した新種のコイが生まれたとの説明。見掛けは何の変化もないが、従来種の致死量の1.5倍の放射線を浴びても死なない「放射能耐性コイ」である。
禁猟区の研究スタッフは生物、医学、地学、放射線などの専門家約400人。一般作業員も含めると1万人近くが大気、土中の放射能の測定、被ばく生物の変化、放射能除去法の研究に取り組んでいる。
研究棟では、牛、豚、羊などを飼い、放射性物質を混ぜたえさを与えて遺伝的影響などを調べている。新種のコイのように強い耐性をもった動物はまだ生まれていないという。


これまでの調査によると、事故後数年間は、植物の葉の巨大化やネズミなど小動物の染色体異常が頻繁に現れた。汚染のとくにひどいホットスポットでは、小動物、昆虫の死体が目についた。年を追うごとに生態系は元の姿を取り戻し、今では奇形はほとんど見当たらない。


被ばくした住民の診断、治療、追跡調査を担当しているのはチェリャピンスク市内にある生物化学研究所。最も被ばく量の多かった住民600人(平均52レム=0.52シーベルト)の調査では、事故直後に白血球数が通常の6割程度まで激減した人が目立った。1年半後には全員もとの数に戻ったという。
「奇形出産やがんの多発はない。放射線が原因とみられる症例は1つもない」と女性の診断部長ガセンコ博士は断言した。


禁猟区内に滞在したのは3時間半。胸からポケット線量計を取り出しデジタル表示を見た。2ミリレム。東京で同じ時間内に受ける自然放射線被ばく量の数十倍だ。年間被ばく限度の100ミリレムよりずっと低いが、汚染地を歩いた痕跡はくっきりと残っていた。


<ウラルの核惨事> 1957年9月29日、南ウラルのキシュチュム軍事核施設で起きた。現在も2基の原子炉が稼働中だが、来年中には廃炉にする計画。事故は、原爆の材料となるプルトニウム生産用原子炉5基から出た放射性廃棄物の貯蔵タンクで起きた。冷却装置が故障し、高放射能液が乾燥、過熱して化学爆発した。タンクから約200万キュリーの放射性物質が放出された。チェルノブイリ事故の25分の1に相当する。幅8-9キロ、長さ105キロにわたる地域が1平方キロ当たり2キュリー以上の放射能で汚染された。このうち20%弱の167平方キロが、生態研究用の「禁猟区」として確保された。


(朝日新聞 1989/10/03)

【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】
「チェルノブイリ原発事故後遺症」──ソ連紙が報道
白ロシアで奇形児、がん急増

【モスクワ30日共同】

30日付のソ連紙「ソビエト文化」は、1986年4月にウクライナ共和国で起きたチェルノブイリ原発事故の後遺症として、北隣の白ロシア共和国で奇形児の出産やがん患者が急増している実態を明らかにした。
同紙によると、ゴメル州ホイニキ地区では今年1月から6月までの間に13人の奇形児が生まれ、うち1人は腎臓(じんぞう)がんを併発していた。奇形児の出産率は原発事故前の85年に比べると3-4倍も高く、死産も増えているという。昨年の奇形児出産は3件だった。
またモギリョフ州スラブゴロド地区では、85年には11人しかいなかったがん患者が昨年は70人に急増。今年1月から6月までに新たに34人の患者が記録されている。


同紙は、汚染のひどい地域の放射能レベルは国際基準の10倍以上だと指摘。これらの地域に住む子供の37%に甲状腺(せん)異常が発見されていると述べている。


(中日新聞 1989/10/01)

【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】

高レベル放射性廃棄物 研究、処分施設は不可分 動燃内部資料


動力炉・核燃料開発事業団(動燃)は、留萌管内幌延町に建設を計画している高レベル放射性廃棄物貯蔵・研究施設(貯蔵工学センター)とともに、岩手県釜石市の釜石鉱山から同社有地に高レベル放射性廃棄物処理技術の地下研究施設を建設するよう誘致要請を受けているが、同研究施設は実際の最終処分施設の近くに置くべきだとの方向で動燃が討議をしていたことが28日、内部資料などで明らかになった。


動燃はまた釜石市などに対し「放射性廃棄物(核のゴミ)の処分地の選定は自らに権限はない」としていたが、化学技術庁の研究開発計画では動燃が処分選定のための調査の中心的役割をすると位置付けられていることも分かった。このため、釜石市の住民らは「地下研究所を誘致すれば最終処分地を押し付けられるのではないか」と不安を強めている。


内部資料は動燃が日本原子力産業会議に研究を委託、昨年9月にまとまった「地層処分に関する社会・経済的評価調査研究の概要」。これは処分地選定について「地層(処分)施設と同一条件下で研究と技術の実証を行い、これを地層処分に絶えずフィードバックすることが望ましく、このため地層(処分)施設に隣接して地下研究施設を置く」と提言している。


動燃は実現の可能性やそのプロセスなどについて内部討議を加えているという。
一方、科学技術庁原子力局が昭和61年11月にまとめた「地層処分研究開発五カ年計画」には、動燃は「地層処分の開発プロジェクトの中核推進機関として、処分予定地の選定のための調査を進めていく」と位置付けられており、動燃は処分地選定作業に深く関与する役割を担っている。


動燃は留萌管内幌延町にも地下研究施設を含む貯蔵工学センター構想を掲げているが、橋本好一理事は「幌延や釜石の研究施設は、最終処分地を決定する前段として、国民に理解を得てもらえるよう技術を確立するのが目的。原産会議のリポートは、いろいろな考え方を出してもらったうちのひとつにすぎず、将来、処分地が決まった後、その近くに研究施設も必要-という意味に理解している。現段階で最終処分地の選定にすぐ入れるとは思っておらず、いま考えている研究施設と原産の報告にある研究施設は直接結びつくものではない」と話している。


(北海道新聞 1989/08/29)

【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】
チェルノブイリ原発事故被災地 植物が異常生長
保護区設け追跡調査 タス通信

【モスクワ14日=新妻特派員】

ソ連国営タス通信が14日伝えたところによると、3年余り前のチェルノブイリ原子力発電所事故で、住民が避難した白ロシア共和国の3つの被災地区に、国の特別保護区を設けることが決まった。この地区の植物、魚類、動物に放射能による異常や影響がみられ、動植物界の現状と今後の変化を追跡調査していくためとしている。
1986年4月下旬の事故発生の初期の段階で、チェルノブイリ原子力発電所から半径6、7キロの範囲にあるマツとモミが強い放射能を受け、大きな被害を受けた。「今後、1000ヘクタールの森林が死滅するだろうと予測されている」としている。


3-4.5グレイの放射能を受けたいわゆる「傷ついた森林」では、マツに異常な現象が出ている。マツの葉の形には変化はないが、その数が通常の10倍近くになっている。また、「赤茶けた森」と呼ばれている死にかけた森林との境界地帯では、マツの葉が異常に大きくなっているのをはじめ、アカシアの葉が子供の手のひらの大きさになるなど多くの植物に「異常生長」が観察されている。


さらに、貯水池の底には放射性物質がかなり蓄積されている。白ロシア共和国の魚類学者たちは水の中に住む無脊椎(むせきつい)動物や魚類を調査した結果、カマスに似た淡水魚、スズキ類に、多量の放射性物質が蓄積していることも明らかになった。
また、ウグイとコイの場合、肝臓は放射能汚染がひどく、これに比べ皮膚、骨、筋肉はその度合いが少なかった。
一方、地上に住む動物では、ハリネズミとトガリネズミに放射性物質の異常に高い集中が観察された。
鳥類での放射能汚染のトップはコガモ、マガモだ。ほ乳類ではイノシシ、キツネ、ウサギにより多い放射性物質が認められ、オオシカ、ノロ、オオカミは少なかった。「これまでのところ、動物たちの行動には放射能が原因とみられる異常は観察されていない」と付け加えている。


(朝日新聞 1989/08/15)

【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】

スリーマイル事故原発 圧力容器に亀裂? 破壊寸前だった可能性も


【ワシントン4日=吉田(文)特派員】

10年前に炉心の半分以上が融けるという大事故を起こした米スリーマイル島(TMI)原子力発電所2号炉の圧力容器の底に2本の「亀裂のようなもの」が走っていることが、最近の炉心内部調査でわかった。米原子力規制委員会(NRC)筋が4日までに明らかにした。緊急時に圧力容器が破壊すると溶けた核燃料が外に流れ出して大量の放射能をまき散らす恐れが大きい。TMI事故は炉心溶融だけでなく、圧力容器破壊という最悪事態の寸前までいっていた可能性があり、「亀裂のようなもの」の重要度を調べるため、炉心底部の本格的調査が近く、NRCの指導で始まる。


TMI原発では、圧力容器内で溶けた核燃料や崩れ落ちた残がいを取り除く作業が、容器の上の方から底部に向けて進められ、この夏、底部付近まで除去が進んだ。「亀裂のようなもの」は、事故後初めて圧力容器底部を白黒ビデオカメラで撮影して発見した。

見つかった場所は炉内に温度計や中性子計測器を送り込む「案内管」(直径2.5センチ)を圧力容器に溶接している部分。2カ所にみられ、大きい方は長さ約10センチで幅が数ミリ。ビデオでは黒い影のように映っている。
この映像について、発電所当局者は「まだ、はっきりと亀裂とは断定できない。事故が進行中にできたのか、その後かもはっきりしない」とし、亀裂であったとしても、厚さ13センチの圧力容器が破れるような亀裂とは考えにくいとの見方を示している。また、現在進められている核燃料除去作業にも支障がないとし、計画通り作業を続けることにした。
しかし、NRCの専門家らによると、亀裂が溶接部を越えて圧力容器の内張りであるステンレス鋼層に達している可能性がある。その場合、その外側の炭素鋼層がどの程度傷んでいるかが大きなポイントになる。圧力容器は、大事故の際、放射能が外部に漏れ出るのを防げるかどうかの重要なカギを握るシステム。今回発見された「亀裂のようなもの」は、圧力容器が事故時にどこまで耐久性があるかという問題にかかわるため、黒い影の部分の金属切片を採取するなど、NRCの指導のもとで徹底調査することになった。


(朝日新聞 1989/08/05)

【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】

米原子力施設の周辺 赤ちゃんに奇形続出
健康被害調査で分かる

【ワシントン=共同】

米エネルギー省はこのほど開かれた上院政府活動委員会に軍用原子力施設で働く労働者の発がん、死亡率についての内部研究資料を初めて提出、労働者の発がん率が異常に高いことを公式に認めた。この資料によると施設周辺で生まれた赤ちゃんにも先天的奇形などが続発。第2次世界大戦中から健康被害がなおざりにされていた実態と合わせ、改めて原子力の安全性が問題になりそうだ。


同委員会に提出された資料は2国立研究所、4核兵器製造工場、2核物質生産工場、3濃縮工場の労働者と、第2次大戦中の「マンハッタン計画(原爆製造計画)」に従事していた人の健康被害を科学的に調べた30編の研究文献。


委員会は“要約”を一般に公開した。それには、ハンフォード核物質生産工場では周辺住民にも被害が及び、1968-80年に生まれた赤ちゃん2万3319人のうち、1.9%に当たる454人に神経網欠損などの先天性奇形が出ていた。


また同工場の約2万人の従業員のうち「統計的に有意な数」の骨髄腫(しゅ)やすい臓がんの発生がみられ、勤めていた夫婦から生まれた赤ちゃん12人のうち2人に、低レベル電離放射線を被ばくしたことによるとみられる先天的な欠陥が見つかった。


(朝日新聞 1989/08/04)


【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】

児童に放射能後遺症 貧血などの症状
チェルノブイリの北50キロの白ロシア


【モスクワ31日=時事】

史上最悪の放射能流出事故を起こしたソ連ウクライナ共和国チェルノブイリ原発の北方50-60キロ圏内にある白ロシア共和国ホイニキ市で、児童の間に貧血やのどの炎症など放射能の影響とみられる症状が広がっていることが、住民の告発で明らかになった。30日付政府機関紙「イズベスチヤ」が同市住民600人の署名した放射能後遺症を訴える手紙を掲載したもの。


それによると、ホイニキ市一帯は「理論的には安全」として避難地域に指定されなかったが、事故から3年余りを経て、数百人の児童が貧血やのどの病気、風邪で苦しみ、各種の炎症を併発しているという。手紙は「われわれは子供たちが日増しに衰弱しているのを見ているが、病気には薬品は医療設備が決定的に不足している」と告発した。


住民は「われわれはもはや新鮮な空気を吸い、森を歩き、水浴するという基本的権利を奪われた」と述べ、「放射能の影響はない」とした当局や学者の予測の誤りを指摘した。住民はさらに、過去3年間にホイニキ地区の党第1書記ら地区幹部や大半の医師が住民を残して同地区を脱出したと非難した。


白ロシア共和国では先月、原発から約300キロ離れたモギリョフ州でも児童の貧血や運動機能障害などの発生が伝えられた。共和国最高会議は新たに10万人以上の住民の疎開を決定したが、これらの地区が避難対象となったかどうかは不明。


(朝日新聞 1989/08/01)