息を整える | 神経質逍遥(神経質礼賛ブログ)

神経質逍遥(神経質礼賛ブログ)

何のとりえもない平凡で臆病者の神経質者が語る森田的生き方ブログです。

村長は、こんな話をしてくれました。

「日本人は、普段当たり前にしている所作の一つ一つを、愛していたんだ。息を吸っている自分、吐いている自分、それをこよなく愛していたんだ。家から一歩踏み出したときの、大地を踏みしめる感覚、これが喜びなんだ。日常の一つ一つに喜びを感じていたのが日本人だ。

人間は自然の一部ではない。自然そのものだよ。」

 

             画像 lclab.net  深呼吸をしよう

 

ある日、すごく嬉しいことがあって、それをすぐに村長に伝えたくなって、急いで家に帰ったんです。

「村長、聞いてーーー!」

嬉しくて興奮している私(SHOGEN)を見て、村長は笑って言いました。

「SHOGEN、まずは息を整えようよ」

「わかったわかった、でも聞いて、今日はね、こんなことがあったんだよ!」

「だから息を整えて! 今日と言う日は長いんだよ」

 

どんなときにも、まずは息を整えることです。すると心のゆとりが生まれてくるんです。今すぐ伝えたい時だって、心に余裕が必要なんです。

確かにどんなことでもその一瞬一瞬を味わうことが出来れば、より深い喜びも味わえますよね。それにはどうしても余裕が必要です。さらに息を整えることで、自分自身の存在をしっかり認識できます。自分の心にある本当の喜びを大切にしていこうと思えるんです。

 

         画像 nihonkirameld.jp マインドフルネス瞑想

 

まず心にゆとりを持つこと。一つ一つの所作や呼吸にまで意識を向けて味わうこと。そんな風に生きることで、些細な日常から大きな幸せを受け取って生きているのが、現在のブンジュ村の人々であり、かつての日本人だったのです。

 

身体に意識を向けると、「今、ここ」に戻ることが出来ます。私たちの意識は過去に行ったり未来に飛んだりしますが、身体が気づいたら一週間後に飛んでいた。なんてことはありませんよね。体はいつでも「今、ここ」にあるものです。ここで言う身体とは、「五感」の事なんです。

身体こそ最も身近な「大自然」です。この大いなる「大自然」を、ゆっくり丁寧に味わっていけばいいんです。このような生き方を神道では『中今』と言うそうです。『中今』には(悟りのような)ゴールがありません。いわば一瞬一瞬が「ゴール」なんです。

 

参考・・・「今日誰のために生きる」、「一隅を照らす生き方」