神経質者はなぜ、「あるがまま = そのままでいる、何もしない、何も手を加えない」ことが出来ないのでしょうか。
それは、絶えず自分自身に注意を向けているからです。
頭が痛い、めまいがする、吐き気がする、動悸がする・・これはいったい何だろうと不安になります。何か重大な病気ではなかろうか?
人と話すとき、緊張してしどろもどろになってしまいます。人前で上がってはいけない、緊張してはいけないと自分に言い聞かせるほど、緊張状態はひどくなります。これがひどくなると、人前で話す機会を回避するようになります。しかしいつかは人前で話さなければならない時がやってきます。いつもびくびくしながら生活するようになります。
教室で赤面してしまい、皆から笑われたり、視線を集めたりと、穴にも入りたいような体験をすると、今度は赤面ばかりが気になって、いつも鏡を持ち歩くようになります。人と話すときでも、いつも赤面していないかと気になるため、まともに人の話も聞けません。
他者の評価も気になってしまいます。人は人と割り切ろうとしても、他人が自分をどう見ているか、軽蔑されているのでは? と言う不安がいつまでも去りません。
行動も気になります。あの時あんなことを言ってしまったけれど、あれで良かったのか、過去の小さな行動までが気になります。現在の行動よりも過去の行動の方が重要になります。
こうなってしまうと、自分の一挙一投足に至るまで、細かく点検するようになります。そして「好意って来たら、こう返してやろう」などと段取りを決めるようになります。
こうなると、現在と言う時間は、過去の行動を点検したり、未来の行動を決めるために費やされてしまいます。いわば「今」が、過去や未来に侵入されて、身動きが取れなくなってしまうのです。何時も過去や未来の事を考えあぐねています。その間、何一つ行動が出来ません。
まったく「あるがまま」とは正反対ですよね。
参考および引用・・・「森田正馬15の提言」、「死生観の時代」